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第五話 “一つ持ち”

「あーー、あーー。なんだよこいつ…使えないなあ。」

ミツルが声を吹き込むたびに、拡声器は金切り声を出した。バシバシとミツルに叩かれる拡声器。それを見かねて、アメリが声をかける。

「それ、しばらく使ってますよね。新しいのにしないんですか?」

「そうしたいのは山々なんスがねぇ。うちの予算が三倍くらいありゃなぁ。」

「そうですねぇ、三倍あれば私も新しい銃の支給をお願いしたいです。」

「え、アメリさん銃好きなんスか?意外っス。」

「そりゃあもう!あのスライドの重さ、ボルトの収まり…それでいて無骨な色気のあるフォルム…!たまりません…!」

「あ〜、訊いた俺が悪かったっス…」

そうしているうちに拡声器が調子を取り戻した。

「お!キタキタ!じゃあ行くっスよ!」



『えー近隣住民に警告します。現在この付近でアイデアゾンビの発生を確認しています。激しい戦闘が予想されます。直ちに避難してください。』


何度か同じ放送が繰り返されるが、それに呼応する影はどこにも見られない。あたりにミツルの声が響き、反響する。その拡声器は明らかに本来の性能を超えた音量を吐き出していた。

「まあ、そりゃこんな街もうほとんど逃げおおせたっスよね。」

この放送の目的は“警告”にあらず。真の目的は“索敵”である。

「そろそろ音返ってきました?」

ショウが準備をしながら話しかける。ショウの手に握られたすでにピンの抜かれた手榴弾はたちまち薄い一枚の紙へと姿を変えた。それを胸ポケットに仕舞い込み、ミツルの報告を待つ。

「もうちょい待ってくださいっス…きた!僕の“ソナー”に引っかかったっス!」

ミツルのアイデアは“ソナー”。反射した音から物体や生物の位置を割り出すことができる。

「大体ここの路地を出て400mくらい行って曲がって少しいったとこのビルの3階っス。公園らしきものの入り口前なんですぐわかると思うっス。近隣住民はいないっスね。」

「わかりました。じゃあ次は俺たちのターンですね。アメリさん、行きましょう。」

そういうと、ショウの形をした紙が風に乗って路地を飛び出した。

「あ、待ってよショウくんったら…」

アメリがひょこひょこと後ろをついていく。



「公園…入り口…ここか。」

5分ほど進んだショウたちの前に現れたのは、クリーム色の壁をしたビルだった。

「…アメリさん、感じてます?」

「ええ、わかるわよ。言わずともね。」

僅かに緑の香る住宅街によく似合う、普通のビル。かつてはそうだったのだろう。だが今は、異様な雰囲気をこれでもかと漂わせていた。全身がビリビリとその空気を感じとり、痺れるのを感じる。足がすくむ。ビルからは微かに異音が漏れている。

「ひとまずアメリさんはここに待機で。みなさんに“メッセージ”を。」

こくりとアメリが頷く。ショウはそれを見届けるよりも早く、いつも通りカビ臭いビルに吸い込まれていった。

ミツルの言葉通り、三階には奴がいた。今回の標的、一つ持ちシングルホルダー。左腕は大きなハサミ、右手には何かが握られている。

「キィ…ギギィイイイ…」

金切り音が喉から漏れる。そして歩くたびに廃ビルの年老いたコンクリートは悲鳴を上げ、ヒビが入っていた。よろよろと歩く足元には警官の死体が二つと、報告にない死体がいくつか転がっていた。血の匂いが漂う。三つほどの死体には誕生日を祝うろうそくかのように、包丁が突き立てられていた。

(趣味わるいなぁ…)

心の中でそう呟く。だが、そんなことより気になるものがあった。敵の動き、それは明らかにものを探しているときのそれであった。引き出しを荒らし、彷徨い歩いては部屋のあちこちの隙間を覗いていた。

(ともかく、1人では相性が悪い。一度撤退して…)

そう思った矢先、部屋から何かが飛び出してきた。それはあの趣味の悪い包丁。それが紙となったショウの耳を掠り、壁に突き刺さった。

「まずいっ!!」

能力の瞬発力が今までの相手とまるで違う。このままでは流石に分が悪すぎる。焦りの混じる動きで、手榴弾の紙切れを落としながら窓から身を投げ出した。ともかく広いところに出なくては。先程ショウが立っていたところに次々と包丁が刺さっていく。一本、また一本と刺さっていく。落ちた包丁の刃が床に擦れ、火花が散る。気づけば壁は包丁で塗れていた。あんなの食らったら五体満足は期待できない。ショウもまた、敵の位置と紙切れの位置の一致を見極め能力を発動する。

「解除」

ショウの宣言に呼応して紙だったものは、元の無骨な兵器へと戻り、閃光を放つ。爆音と高温が当たりを包み、三階の一角を焼き尽くす。散る鉄片とコンクリートが構成する小さな高熱の窯が敵の体を焼き焦がす。

「ギィ…!ギリリ…」

金属を爪で引っ掻くような声が響く。不愉快だ。長時間は聞けたものじゃない。

「これで死んでくれないかな…。」

窓からひらひらと舞い落ちながら、心からそう思った。ひとまず、コアまでは露出して欲しい。そうでもしてくれなければ、増援が来るまで耐えられない。

「ショウくん!」

着地したショウに、アメリが切迫詰まった声で声をかけてくる。

「アメリさん!増援よんで!」

「もうやりました!もう三分耐えて!」

三分…?!三分だと?!長すぎる…!普段なら吹けば飛ぶ時間だが、今は話が違う。

「…わかりました。アメリさん距離とって援護射撃。おれは前で囮。息合わせてください!」

「ええ!」

「アメリさん」

「何?」

「…いや、なんでもないです。」

死なないでください、そう言いたかった。だが、言ってはいけない気がした。

「そう…ほら!きたよ!」

アメリがそう指さす先には、銀色を纏った孤影があった。追ってきた敵だ。身体の欠損はほぼなし、だがコアの位置がわかるくらいのダメージは入ったらしい。胸周りに金属光沢に包まれた丸いものが光っている。あれを砕ければそれで終わりだが、そう簡単にはいかないだろう。なんとか機動力を奪って時間を稼ぎたい。

「俺、あいつの膝奪ってきます。」

そう言ってまた体を紙に変えて距離を詰める。ショウが自分以外で紙にできるのは、手のひらサイズのものまで。その上限を超えなければ、生物か無生物かは問われない。

「キリキリ…ギリギリ…」

(また来る!)

そのとき、空中にいくつもの包丁が生成された。全て捌き切るのは不可能。一本でもリタイアが見える。だが、俺は1人じゃない。

「やります!」

高らかに宣言したアメリが、次々と包丁を撃ち落としていく。一本飛んでは落とされ、また一本飛んでは弾丸の餌食になっていく。

「……ッ!」

いくつかは掠っているが大したものではない。流石の銃の腕だ。これなら距離を詰められる。このまま近づいて膝を奪ってしまえば、あいつはもう移動できない。時間稼ぎどころか、トドメまで見えてくる。奴はコアを何かで覆っているようだが、紙にして仕舞えば硬度など関係ない。

(いける!)

スルスルと地面スレスレを移動するショウの動きには確信が滲んでいた。しかし、ショウの目にとんでもないものが飛び込んでくる。やつの右手が動きを見せていた。カチャカチャと何かを弄るような動き。直感にビシビシと訴えかけてくる。あれは、まずい。

(なんだ…何が来る?さらなるナイフか?それよりも問題は…!)

身を翻し、力いっぱい叫ぶ。

「アメリさん!来……」

叫んだ頃には、もう遅かった。アメリの左腕と右肩、太ももを何かが貫通し、抉っていた。いや、その何かには見覚えがあった。“金属メジャー”だ。

「速い……」

ばたりとアメリがその場に倒れ込んだ。

(しくじった!相手の能力の幅を見誤った…。メジャーにハサミに、包丁…日用品か!)

おそらく能力は「日用金属製品の生成と操作」。まさか一つ持ちシングルホルダーがここまでとは。能力の活用の幅が他と一線を画している。全身から汗が吹き出す。先程まで動いていた体が嘘のようにすくんでしまった。

シュルルル…と金属メジャーが巻き取られ、次はショウの方に飛んでくる。頭の中に思考が氾濫する。どうしたらいい。どうすべきか。地面スレスレに走るメジャーが、土をえぐる。首元にメジャーの刃が近づいてくる。

(あ、これはやばい…)

その時、ガイの発言が脳裏をよぎった。

「“回収”か“継続”か」

そうだ、今集中すべきは任務。それ以外はなんであろうと後だ。本来ならば究極の2択。だが今のショウの中で選択肢は一つ。

「継続だ。」

迫る刃を紙の薄さを活かし、ギリギリで避け切った。残りの2本もくるとわかっていれば怖くはない。片腕だけでも、やつの膝に届かせなくては。前を向く男の目にもう迷いはない。包丁の生成はメジャーよりも遅い。一気にいける。

「ギィ…!ギィ!」

近づくショウを嫌うように、大振りにその左手のハサミを振り下ろす。だが、それは地面の土をえぐるに留まった。その攻撃を嘲笑うかのようにショウは敵の股の間をするりと抜けていく。ショウが抜けたと同時に、敵は地面にばたりと跪いた。敵の両膝は既に紙に変化し、機能を失っていた。

「よし…このまま!」

後ろからコアを紙にしようと近づくショウ。それを感じ取って何本かの包丁を飛ばすが、当たるはずもなく、明後日の方向に飛んでいった。どんどんショウとの距離は近づいていく。敵は這いずって動こうともしない。

(油断はない。攻撃は封じた。いける。)

死の覚悟。動く選択。それに呼応しはじめた肉体。体温の上昇。全てがショウにとっては初めての経験。それに、ショウは酔っていた。悪酔いしていた。


「グゥッ…ガアアアァッ!!!」

金属が裂ける音がすると同時に、背中が張り裂ける。出てきたのは、大量の包丁。

「こいつマジか、」

動かなかったのは、全て反撃のため。ショウから見えない角度に包丁を生成し続け、勝利を確信した小僧を狩るため。自分の腹ごと貫いて、刃物の雨をショウに浴びせるためのブラフ。

「ここまでか…」

思わず呟いた。紙になったところは破れやすい。破れたダメージは見た目そのまま肉体にフィードバックされる。

(母さんには…申し訳ないな)

そう思ったとき、聞き覚えのある声を聞いた。馴染みはないが、あの人のものだ。

「“リーパー”!!」

アキの言葉と同時に、ショウの体が横に吹き飛ぶ。追撃の包丁も何かに撃ち落とされた。

「よかった!間に合った!えらいぞショウくん!」

「おいおい死んだかと思ったぜ。」

アキ、ガイが口々に呟く。

「ああ、いくぞ、反撃開始だ。」

リョウゴが呟く。作戦は最終フェーズに突入する。

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