第十話 落第回避
「……負けないでください。リョウゴ隊長」
「……おう」
リョウゴが会議室にスタスタと入っていく。
それを見送ったのち、ショウはいつもの部屋に戻った。デスクとパソコンが立ち並ぶ、あの忌々しい部屋だ。
戻るとそこには、アメリが一人パソコンの前に座っていた。ショウのデスクの向かいに座り、キーボードを叩いている。
「おつかれさまです。アメリさん」
「あら、ショウくん。おつかれ」
「まだ仕事ですか?」
「ええ、ちょっと別件のね。隊長が見送った決定の皺寄せがね……」
「あー……リョウゴ隊長、普段は意外と優柔不断ですよね」
それを聞いてアメリがふふっと笑う。
「そうね。あの人前ね、食堂のデザート、オレンジかりんごかでご飯冷めるまでまよってたのよ」
リョウゴが悩んでいる絵がありありと浮かんできた。思わず笑いがこぼれる。
「ははっ、なんか本末転倒ですね」
「ほんとにね、任務だとすごいのに」
「もういっそ、毎日任務だったら……」
「それは私たちが持ちません」
きっぱりとアメリが遮った。話しながらもアメリはその手を止めない。
「アメリさん、話してて集中途切れませんか?」
「え?大丈夫だけど。逆に集中できるくらいよ」
(どんだけ仕事できんだこの人……)
正直少し引いた。顔もすこし引き攣ったと思う。
キーボードの音が二人の間に響く。ショウは自分のデスクに戻り、少し荷物を整理した。
「んん〜〜あ〜〜……終わりました〜……」
振り返ると、アメリが伸びをしながら声を漏らしている。
「おつかれさまです」
「ん、ありがとショウくん」
達成感に満ちた顔で、アメリは静かにそう返した。
「あそういえば、他の人たちは?」
「あ〜……他の人たち、ね」
「え?面倒ごとですか?嫌ですよ」
「いや、そうじゃないんだけど……みなさんお疲れのようでして……」
アメリの目が泳ぐ。そこまではぐらかされると、訊きたくなる。
「みんなどこなんですか?教えてください」
「……隊長には秘密ですよ」
口に手を当てて、アメリが手招きする。意図を汲み取ったショウは耳をアメリの口元に近づけた。アメリがヒソヒソと話し始める。
「全員、仮眠室。とくにマコさんとアキはダメそうだったから無理矢理送ったの」
「あ〜……そりゃまあ……別の意味で面倒ごとだったでしょ」
「そりゃもう!」
ショウの耳から離れてアメリが語り始めた。
「ガイとミツルはさっさといったけど、あの女子二名!
『大丈夫!唾つけときゃなおるよぉ』だの
『仕事は、死にかけてからが本番です!』だの!」
「アキとかほぼリーパー見えてたよ?刃が!首元に!」
ものすごい勢いで言葉を紡いでいく。なんでこう言う時の人のモノマネは絶妙なクオリティなのか、少し笑ってしまう。
「……面白いですか?」
「はい……それも結構」
「はぁ、笑いの種になったなら良かったです」
半分やけのようにアメリはパソコンの電源を落とした。パソコンが独特の音を立て、画面が消える。
「あ、アメリさん保存しました?」
「…………あ」
時が、固まった。
「いやまだ可能性は……」
アメリがいそいそとパソコンの電源を再度つける。
先程まで使っていた文書作成ソフトに、それはなかった。
「ああああ………………」
よろよろと萎びた植物のようにアメリが顔を机に伏せる。
「……お悔やみ申し上げます」
「もう……リーパー呼んできて」
「ちょっと早すぎますよ。俺らも復旧手伝いますから」
ショウが椅子から立ち上がった。そしてそのまま歩き始める。
「え?ショウくんどこいくの?」
「ガイって野郎を呼びに。なぜかはわかりませんが、今ごろ元気いっぱいのはずですから」
「ふふっ、たしかに」
ショウは部屋を出て仮眠室へと向かった。
この後、アホ面で寝ていたガイを叩き起こし、復旧作業を手伝わせ終了するまでに一時間強を要した。
そうこうしている間に、会議は終わりを迎える。ゾロゾロと小隊長たちが部屋から出ていく気配がした。
「終わりましたかね」
「ええ」
「ふあぁ……もう一回寝てきていいか?」
あくび混じりにガイが呟く。
「ガイお前さぁ……」
言いかけた時に、一人の男が部屋に入ってきた。リョウゴだ。
「おつかれ様です。隊長」
「おうショウ、アメリとガイもおつかれな」
いつも通りの言葉。だが少し疲れが滲んでいる。リョウゴは、いつもより重そうに戦闘服の第一ボタンを外した。
「勝ちましたか……?」
恐る恐るショウは尋ねた。なんだか、そんな予感がした。
「そうだな、100点中なら」
「40点だな」
軽いようで重い、不思議な口調だ。それでも、響く。重い雰囲気があたりに満ちた。少しの静寂が続く。
「……すげえ、落第回避だ。おれ取ったことねえわ」
「ちょっとガイくん……!」
(あのアホ……!やりやがった!)
静けさを打ち破ったのは、ガイ。あまりにすっとんきょうな発言をアメリが咎める。ショウまで変な汗をかいた。
「フッ、そうだな。落第回避――いい評価かもな」
少し笑ってリョウゴがいった。
「教えてください隊長。会議の内容を」
「いいぞ、議事録も書かなきゃだしな。よし、皆を集めてくれ」
「「はいっ」」
リョウゴの言葉を受けて二人が駆け出す。
「ああ、はい」
ワンテンポ遅れていつまでも寝起きのガイも動く。
「はあ、これからどうするかな」
一人残されたリョウゴは椅子にどっかりと座ってつぶやいた。
『会議もまた、“戦闘”だぞ。』
アザミの言葉が脳内でこだまする。こだまに応えるように、声がもれた。
「師匠には、いつだってかないませんよ……」




