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第一話 おはよう、世の中

R15・残酷描写あり・暴力描写あり

異能力バトルですが、ダーク寄りです。


「クソっ!!どいつもこいつも!!」

酔っ払った男が地面にへたり込む。

「俺の……ヒック……“アイデア”……バカにしやがってよ!氷だって強えだろうが!」

大きな声で叫んでも、その声は闇に飲み込まれていく。

「俺の能力さえあれば……あいつらなんか……」

言えなかった。

「クソがっ!!誰がビビりだよ……!!」

地面を殴りつける。痛みで頭が冷えた。そしてふと思い出す。

「あ、あれ……使ってみるか……。」

取り出したのは、注射器。先輩からもらったものだ。先端のカバーを取った。親指をかけて押すと、少しだけ薬液が漏れた。

「痛って……」

親指を押すたびに痛みは強くなる。涙が出た。少ししてそれはきた。

「ああ……いいぜ……!」

頭がふわふわと浮いている感覚に包まれた。

「いまなら……できる!」

脳内のスペースが広がったような感じがした。心地がいい。楽しい。もっと試したい。

「むかしぃっからよぉ、ほのおがでたらぁ、いいって思ってぇたんだよなぁあ……」

言葉がうまく出ない。体が熱い。いや、痛いのか。区別すらつかない。

「てのひら、あつくなってぇきたなぁ……おぉりゃ!」

手のひらから弱々しい火の粉が出る。ボヤ騒ぎすら起こせないほどの火の粉だ。

「おぉ!!でたでだぁ!!」

「つぎはぁ、もっとつよくぅ!」

ライターほどの火が少し出て消える。

「もっとぉ…もっともっともっとぉ!!」

男は思いつく全てを試した。炎も氷も分け隔てなく、想像力の限りを尽くした。

数時間がたった頃、男がいたところには人影があった。だが、それは人間ではない。薄灰色に光りぼやけた、今にも崩れそうな肉体。そして、胸元に輝くコア。

 

「…………」


好奇心が生んだ化け物。“アイデアゾンビ”である。


 

サイレンはうるさいほどいい。先輩の言葉だっただろうか。一年目にはあれほど鬱陶しかった警報も、今は鳥の囀りにさえ聞こえてくる。ズカズカと聞き馴染みのある足音がして、

「おいショウ。いつまで寝てんだ!出動だぞ!」

と気だるげなこの男、ショウをベッドから引っ張り出した。

「リョウゴ隊長…なんでそんな元気なんですか?今朝の四時ですよ?」

「それはお前が…まあいい、さっさと行くぞ」

気の進まないまま、紙のように軽い戦闘服を身につける。ハンドガンやナイフ、その他装備を指差しで確認した後、ショウは装甲車に走った。

「はいどーも…」

車の後部座席にはいくつかの自動小銃とグレネードが申し訳なさげに置いてある。先に乗っているのは6人。今日のメンバーはマコ、ミツル、アキ、アメリ、ガイ、それにリョウゴ隊長だ。

「みなさん早いですね。」

「紙人形くんさぁ、もうちょっと申し訳無さそうにしたら?可愛げないよ〜?」

マコがにやにや笑いながら話しかけてくる。

「いじらないでくださいよマコさん。隊長にも同じようなこと言われましたから。」

教育係としてショウについた時から、ずっとこんな調子だ。

「よし、全員乗ったな。ガイ、発車してくれ」

「はいよ。隊長。」

ガイがアクセルを踏む。それに呼応して、装甲車はごうごうと物々しいエンジン音をたてる。そして、その巨体を動かし始めた。この始業を体に響かせるような振動。ショウにはとても不愉快だった。

「では今回の詳細を話していくぞ。マコ、頼む。」

走行が安定してくるとこの時間が始まる。作戦伝達、およびに状況説明だ。

「はーい。警察によると、今回の目標は北西地区の廃ビルエリア。対象の“アイデア”は“炎熱”と“氷結”だって。クスリはキメてる。まあキメすぎでアイデアが暴走って原因っぽいね。いつも通り。やっちゃっておっけーだって。」

「なんだ今回も“二つ持ち(ダブルホルダー)”かよ。心配して損したぜ。」

「ガイ!下手に油断しない!」

油断を咎めるリョウゴ隊長の目はいつも猛禽類のようだ。どんな緩みも絶対に逃がさないという力強さが、その目には溢れている。とはいえ心の中ではショウもガイに同意していた。生きて帰れる可能性が上がるのだから当然のことだ。

「じゃ残りは隊長お願いしますねぇ。」

「おう。今回の作戦について説明しよう。皆少し集まってくれ。」

ショウにとって、この時間が世界で一番流れの遅い時間だ。

「ガイにああは言ったが、今回あまり人員は割かない。アメリ、ショウ、俺、一応ガイ。」

「おい隊長!一応ってなんだ!」

ガイが突っかかる。

「……それ以外のメンバーは待機。ショウとアメリの偵察の後、俺とガイで叩く。命令違反は、くれぐれもないように。」

「……スルーは傷つくぜ?」

「すまない。説明しきりたくてな。」

悪気を感じさせない乾いた返答だ。

「マコさん、隊長なんて言ってました?」

「え〜紙人形くん聞いてなかったの〜?仕方ないなぁ。」

「その呼び方やめてください。」


しばらくすると車が止まった。目的地に到着したようだ。それを見計らってリョウゴが話し始める。

「皆、準備はいいな?」

皆一様に頷く。そこには迷いはない。

「作戦開始。」

車のドアが開き、各員作戦通りに散開していった。砂埃舞い散る忘れ去られた街。その空気が不気味さを引き立てる。下水の垂れる道端には大量のゴミに紛れてストローや注射器、そして中毒者が打ち捨てられていた。

街を歩くショウたちの前に目的のビルが現れる。壁は所々が剥がれ、蔦が繁茂し、階段は今にも崩れそうな6階建ての不気味な雑居ビル。

「蔦が凍ってますね…それに焦げてる。」

「ええ…。あれならそこそこですね。」

「じゃあアメリさん、合図待っててください」

小さく頷く。アメリが次、ショウを見た時には、すでにショウは紙人形と化していた。そして狭いビルの中を、風にあおられた紙切れが滑り抜けていった。


ショウたちの任務は“斥候”と“索敵”。そこまで終われば撤退の手筈となっている。入り口付近には敵影なし。

「臭い…」

廃ビルというのはこれだから嫌いだ。そのまま階段で2階へと体を滑らせる。欠けた壁の穴から内部を視認する。 (ここにも敵影なし。)

だが、上階からする足音をショウは聞き逃さなかった。

(敵は3階にいる。)

それを意識するだけで心拍数が上がり、呼吸が少し浅くなるのを感じた。階段を文字通り這って上る。すると、すぐそこにドアを見つけた。そして直感した。

「ここに敵がいる。」

ツカツカと足音がする。耳にその音が響くたびに緊張が高まるのを、肌で感じる。任務はここまでで終わり。だが、ショウは胸の奥から湧き上がる感情を無視できなかった。

「見てみたい。知りたい。」

やめる理由は、なかった。見てみよう。覚悟をようやく決め、ドアの下の隙間から部屋の中を覗く。

「いた。敵だ。」

生唾を飲み込んでしまった。もう十分だった。

(よし、このまま脱出…)

 瞬間、アイデアゾンビが体を翻し、手をかざしてきた。『まずい…!』

そう思った時、頬はひんやりとした感覚に包まれていた。すでに頬は薄氷に覆われていた。それを追いかけるように、大きな氷が射出された。

(薄氷はガイド…!)

口角が上がる。そしてショウの体はそのまま氷に押し出される。そして窓から吹き飛ばされた。

アメリは無意識に唾を飲み込んでいた。すぐに彼女の“アイデア”を用いて他の5人にメッセージを送る。

 『三階、敵影1、その他危険認めず、メインは氷』

リョウゴの脳内に直接声が響く。それが彼女のアイデアだ。

 

メッセージを受け取り、リョウゴが少し鼻をならす。

「ショウにしちゃ、なかなかやったんじゃないのか?」

マコがため息を漏らす。

「たいちょー、そーゆーのは後ですよ。ほれ、行った行った!」

「ああ、任せておけ」

そういうと、人間大の狼が駆け抜ける。それがリョウゴのアイデア。作戦は第二段階に突入した。


「…痛っいなぁもう」

そう呟くのは、吹き飛ばされた張本人、ショウだ。なんとか地面に叩きつけられる前に体を紙にすることで受け身を取ったが、交通事故に遭ったかのような衝撃がショウを襲っていた。動けないので寝ているとアメリが走ってくるのが視界に入ってきた。

「大丈夫?!生きてます?!」

焦ったアメリが食い入るように見つめてくる。

「…生きてますよ、アメリさん。とりあえず拠点まで運んでくれます?」

「わかりました。いや〜…ほんとに死んじゃったかと思いました」

「死んでも生き抜いて見せますよ」

そう言いながら、ショウは自分の冷静さに自分で驚いていた。

「大丈夫、私たちの仕事はここまで。」

「あとは隊長のステージですから」

ステージとは笑ってしまうような表現だ。だが、まさにそれが相応しいのだ。


「あそこか。」

警察の報告にあった廃ビル。あれだろう。三階の窓から大きな氷塊が見える。ショウのやつが無茶したな。伝令によると敵がいるのは三階。

「ショウと同じとこを張ってるな。」

直感。根拠はない。だが、長年の経験から確信を得ていた。すぐに行き先を隣のビルに移す。三階まで登り切った。そしてそのまま古びたガラスを割って隣のビルに飛び込んだ。

「……ッ!」

何か言いたげに奴が振り返る。そして両の手のひらをかざす。

「来る…。」

左の手のひらからは薄氷を作る氷の風。右の手のひらからは炎が放たれる。炎の方は弱々しいが氷は強力だ。

『パキパキ…』

音を立てて氷が生成される。だが、氷がリョウゴに当たることはない。薄氷とのタイムラグが大きい。これならあのデカさでも、当たるわけがない。炎の方はそもそも氷にかき消されてしまっていた。バランスが悪い。悪い意味で、非常に二つ持ち(ダブルホルダー)らしい。

「終わりだ。」

そう呟き、灰色の塊の中にあるコアに爪をかける。このくらいのコアを砕くなどわけない。だが、走る違和感。何かまずい。リョウゴは思わず五メートルほど後退した。

「ぐっ……」

リョウゴの肺に痛みが走った。リョウゴがその原因を理解し距離を取るのに時間は掛からなかった。

(吐く息が…冷たい…。薄氷か)

肺を刺されるような痛みがある。薄氷の噴霧した破片を吸い込んでしまった。汗が滲む。思考が鈍っていくのがわかる。そんな焦りが確実にリョウゴを追い詰めていた。

(次ミスをすればまずい。)

思考を巡らせる。何か解決策はないか。頭の中を探る。そう考えているうちに、来た。右の手のひらからの炎熱。体の毛が焼ける。戦闘が長引けば不利。

『ゴゴゴ…パキ…』

氷塊が動く、薄氷が辺りに満ちる。

「ゴホッ…ゴホッ…」

咳が漏れる。息が浅くなる。次には氷塊が来る。なんとかこの状況を打破する要因が…。

『パリン!』

窓が破れる。敵の背後に銃弾が数発撃ち込まれた。

『……?』

敵が気を取られた。隙ができる。それは時間にして数秒にも満たない。わずかなもの。だが、

「充分だ!」

もう一度リョウゴの方をアイデアゾンビが振り向いたとき、すでにリョウゴの爪は敵のコアに手をかけていた。

「今度こそ。終わりだ。」

長年戦場で研ぎ澄まされてきた爪。それが敵のコアに突き刺さる。創意工夫(アイデア)の亡霊は塵となって消える。作戦終了である。

弾痕を手でなぞる。

「…ガイだな。」

「全く手のかかるリーダーだぜ」

「ゴホッ…酒でも奢ってやらんとな。」

そう咳混じりに呟いた。


ショウは拠点でマコの手当てを受けていた。先の攻撃で、全身打撲の上頬が霜焼けになってしまった。呆れたマコが少し怒りを乗せた声で、

「全く、無理しすぎだよ?」

とショウを諌める。

「わかってますよ。状況判断が甘かった、それが敗因でした」

「…ほんとお?わかってたけど。紙人形くん長生きしないよ?今回の敵、二つ持ちにしちゃかなり強かったんだから」

そう言いながらマコは手際よくショウの手当てを終えた。

「私のアイデア知ってるよね?ショウくん?」

「…なんでしたっけ?」

「応急処置したとこ、それ3日で大体治るから。」

なぜか恥ずかしそうに呟く。畳みかけるようにマコが呟く。

「そういうことで3日は安静ね。この仕事終わってからだけど。」

「…まじですか」


ショウたちの仕事は現場の記録までだ。普段なら誰も見向きもしない、薄汚れた廃ビルの中を詳細に記録するのだ。表向きは再発防止の情報収集となっているが実態はリングファイルにしまう紙ごみが増えているだけである。その日もそうやって無為に仕事をするはずだった。ショウの担当は一階。少しばかりの計らいと優しさらしいがそれなら寝かしておいて欲しいと心から思っていた。それを見つけるまでは。


不意にショウの目に窓の近くに置かれたミニテーブルが目に止まった。木製で手触りの悪い、まさに安物のテーブルという風体のなんら変哲のないものだった。


「なんだ…これ?」


机の上には使用済みの注射器と一冊の本が並べておいてあった。古ぼけた本で持ち上げて触るたびに埃が指先にまとわりつく。ザラザラとした手触りの紙に滲みかけの文字が整列されていた。普段なら捨て置いていた。必ず報告していた。それなのに、なぜかこの埃っぽい遺物を気づけば胸の装備のうちに隠していた。あまりにも自然な動作の完了に自分でも驚いてしまった。


「やっぱ置いとこ…」


戻そうと本に手を掛けた。そのまま引っ張り出し、置くだけの簡単な動作のはずだった。


「………」


なぜか手が震え、動悸がした。これだけは手放してはならないと、本能が訴えてきたような気がした。そして何より、この本を置いたら、自分も置いてかれる。そう確信した。


「おいショウ!終わったなら行くぞ!」


隊長の怒号でやっと我に返った。本はあとでなんとかしよう、そう自分にいい聞かせて隊長に続き装甲車に乗り込んだ。ショウが乗り込んだのを確認して車の扉は閉まる。いつもと変わらない仕事の終わりに、ショウだけが興奮冷めやらぬ思いでいた。これから何かが始まる。何かが変わる。そう思って吸い込む空気は埃とカビとインクの味がした。存在しない固有名詞の刻まれた本が、俺の緞帳をあげて行くのだ。


 少年がいる。玉座に座す少年。その前には1人の老人がひれ伏している。

「へえ、“本”が。動いたんだ。」

本を読みながらまるで静かに話す。その口角は少し楽しげにあがっていた。

「ええ、確かに。」

老人が少年に報告する。

「次は誰が破ってくれるかなぁ。」

「そうなれば、何年ぶりですかな?」

「う〜ん…わかんない。もう覚えてらんないよ。君たちってすぐいなくなっちゃうよね。ほんともったいない。」

読んでいた本をパタリと閉じる。

「でも、すっごく久しぶりだ。」

老人に本を押し付け、窓を開ける。その腕は二股に割れていた。

可能性(アイデア)を与えてから久しぶりの夜明けさ!おはよう、世の中!」

世界はかくも楽しい。窓から差す陽光がそれを語っていた。

 

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