第二章 勇者の行く当て
【注意】
この作品の舞台は異世界ですが、転生ものではありません。
また、「小説家になろう」「ハーメルン」でも並行して公開しています。
この作品は「第二章」です。第一章を先にお読みいただくことで、より本作品をお楽しみいただけます。
第二章 勇者の行く当て
平原の中にあるただ一本の石の道は、いつしか土の道になった。空に目をやれば陽は西に傾き、最も暑くなる時間帯になった。
「…そういえば、もう夏なんだよな…。」
「そうだね…ユトキの服絶対暑いじゃん…。」
「暑いけど、脱ぐ訳にもいかないからなぁ。」
一言二言交わしながら、またしばらく歩き続けると、葡萄畑が見えてきた。二人はそんなに歩いた自覚は持っていなかったが、少し遠くに海が見えてくるほど、遠くまで来ていた。
「ユトキ!見て!海だ!」
「もうそんなに来たのか…!そういえばここら辺に町があったはず!」
眺めた海の少し右、小高い丘の麓に、白く輝く町があった。二人はとっくに歩き疲れていたので、城下町で遭ったことなどすっかり忘れていた。
その町は小さな町で、数隻程度が泊まれそうな港に、百軒程度の建物が並ぶ綺麗な所だった。
「門とかもないのか。」
「みたいだね。寄ってみよう!」
リアンはスキップにも見える足取りで町に向かっていった。ユトキは少し呆れ気味にその後を着いていった。
町は小さいながらも管理が行き届いており、等間隔で街頭が並んでいたり、道の隅々まで整備されていた。
「この町は静かでいいね~。」
リアンがどんどん道を進んでいくと、中心に大木が立っている広場に出た。
「リアン、ここで少し休もう。」
「そうだね~。あっ、そこのベンチ、ちょうど木陰になってるよ。」
二人は大木の側のベンチに腰掛け、ゆっくりと息を吐いた。波の音が遠くから聞こえ、鳥のさえずりと風で揺れる葉が二人を包んだ。城下町とは真反対の平和さは、勇者一行を守っているかのようだ。
しばらく休んでいると、路地から剪定鋏を持った人が現れた。麦わら帽子を被っていたので二人からは目元は見えなかったが、二人を見るなりかなり慌て始めたように思った。
「あの人、ここの住民かな?」
「多分。俺達みたいにふらっと寄った人っぽくはないな。」
二人が麦わら帽子を被った人を見つめ続けていると、その人は小走りで寄ってきた。リアンは挨拶をしようと口を開くが、その人は急に二人の手を取り、辺りをキョロキョロと見渡した。
「あっあの、」
「しっ、静かに。」
その人は二人を黙らせると、手を引っ張り、「着いてきて」と小声で言った。二人は言われるがままに着いていくと、町の中のある建物に着いた。
「ここ、私のお店だから。」
その人は店の裏口まで連れていき、二人を店の中に入れた。中に入ると、そこは休憩室のような場所で、外観とは変わって木材ベースの空間になっていた。
「ごめんね、結構狭いんだけど。」
その人は裏口の鍵を閉め、麦わら帽子を取って机の上に置いた。二人は、あまりの急展開にただ棒立ちすることしかできなかった。
「あ、そこのソファに座っていいよ。」
麦わら帽子の乗った机を囲むように置かれたソファに二人は座った。その人は部屋の外へ出てどこかへ行ってしまった。
「…ユトキ。」
「…どうする、これ。」
リアンもユトキも、この状況をどうやって飲み込めばいいかわからなかった。不安を紛らわすように、二人は部屋を見渡す。長方形の部屋には、壁一面の本棚や暖かい色のランプ、カーテンで覆われた窓など、誰かの自室に置いてあるようなものが多くあった。
部屋の観察を続けていると、その人が部屋に戻ってきた。「お待たせ~。」と言って向かいのソファに座り、新聞を机の上に置いた。
「急にごめんね。こんなよくわからないところに連れてきちゃって。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」
リアンはその人と話を始めた。ユトキはじっとその人を眺めている。
「この町、いいところですね~。」
「あらありがとう。目立つものも何も無いんだけどね~。」
「そうですか?僕はこの町全体が素敵だなって思いますよ!」
リアンはすっかりその人と話し込んでいるが、ユトキはかなり警戒していた。城下町での出来事を思い出せば、今目の前にいるこの人がどういう動きをするのかがわからないからだ。
「結構喋っちゃった、そろそろ本題に移ってもいい?」
「本題…ですか?」
「うん。その、間違ってたら申し訳ないんだけど、いや、多分間違ってないとは思うんだけど…。」
リアンは全くピンと来ていないようだったが、ユトキはこれから話されることを予想し、静かに鞘に手を伸ばしていた。
「二人とも…縦琴軍だね?」
「あっ、えっと」
「はい、そうです。」
リアンはどうして知っているのかという顔を浮かべていたが、ユトキは淡々と答えていった。
「ああ、よかった…。広場で会って、もしやって思ったから。」
「もう新聞になるほどに広まっているんですね。」
「そうだね、本当に早かった。」
ユトキは鞘に手を置いたまま答える。もし目の前の人がリアンが勇者になったことに反対だった場合、この距離だとリアンに危害が及ぶ可能性があるからだ。
「その、ね…。二人が縦琴軍になったこと、特に勇者については国中で口論が起きるくらいには賛否両論みたいなんだ。」
「やっぱり、ですか。」
「やっぱりって言うと?」
「実は…城下町で反対派に襲われかけて。」
「城下町って言うと天都?そんなに治安が悪かったっけなあそこ…。」
ユトキは、少しずつ目の前の人が自分達に敵対心を向けていないことを察し始めていた。だが、まだ確証を得られずにいた。
「おれ…いや私も疑問に思っていました。」
「そうなのね…。まだ幼いのに、大変だったね。私は賛成派だから安心してね。」
ユトキは、"私は賛成派だから"という言葉を見逃さなかった。そこに嘘のどす黒さは無く、潔白だった。ユトキは鞘から手を放し、静かに膝の上に手を置いた。
「賛成派なんですね。安心しました。」
「あはは、それはよかった。次も剣を抜かれないようにしないとね。」
ユトキはドキッとした。リアンも「け、剣?」と驚いた様子だ。本人は絶対に見られていないつもりで鞘に手を置いていたため、この人に見抜かれたとは考えもしていなかった。実際、鞘のある方に座っているリアンにも気付かれていなかった。
「ど、どうして気付いたんですか。」
「え~、そりゃ気付くよ。私も一応バーテンダーだからね。人の細かな動作も見逃さないよ。」
そういえば、この店が何の店なのか二人は聞いていなかった。店主がバーテンダーなら、ここはバーで間違いないだろうとユトキは思った。
「ここ、バーなんですね。」
「まあそうだね。一応酒場でもあるよ。」
確かによく見れば、この人の服装はベストを着けたワイシャツにパンツで、これぞバーテンダーといった装いだ。それに、よく見るとネクタイには葡萄のピンを付けている。
「お酒かぁ~。僕はまだ飲めないですね。」
「勇者くんにはまだ早いね。剣士くんはちょっと飲めそう。」
「いやいや、私も勇者様と同い年ですよ。」
お酒の話になり、バーテンダーは少しテンションが上がったように見えた。
「そういえば、これからどこに向かうの?」
「僕達はこのまま魔王城まで行って、魔王様とお話してくる予定です。」
「魔王様?もしかして、まだ魔王室で争ってて正式な魔王が決まってないこと知らない?」
「そうなんですか?!初耳でした。」
二人は顔を見合わせる。これでは、天都にも戻れないし魔王城にも行けない。遂に行く当てが無くなってしまう。
「どうしようね、二人とも迂闊に外に出られないでしょ?この町も私以外、反対の人だけだからね…。」
三人は、しばらく黙っていた。リアンとユトキは行く当てを探しながら困惑していた。
「…わかった、私が少し匿ってあげる。」
「えっ、いいんですか?!僕達がいるとバーデンダーさんも迷惑しちゃうんじゃ…。」
「いいのいいの、バーって言ってもこの町の人しか来ないからあんまり忙しくないし。」
バーテンダーは二人ににっこりと笑いかけた。リアンは目を輝かせ、ユトキは少し戸惑いながらも感謝を述べた。
「あっ、そうだ。勇者様って呼ぶのもリスクが高いし、バーテンダーさんって言われるのも慣れない気がするから、お互いに名前で呼び合わない?」
「わかりました。僕、リアンと言います。」
「ユトキです。」
「リアンくんとユトキくんね、忘れないようにしておくよ。私はセルウィヌムって言うんだ。よろしくね。」
セルウィヌムはそう言って、二人と握手をした。
勇者となって初めての味方がバーテンダーになるとは思ってもいなかったリアンは、これからどうすればいいのか悩んでいた。
「まあ、片田舎のバーテンダーと仲良くなったってどうもならないよね…。あんまり力にはなれないけど、ここにならいつでもいくらでも来ていいからね。」
「あ、ありがとうございます。」
「初対面なのに良くしてくださりありがとうございます。」
「いいのいいの。その代わり、大人になったら常連さんになってもらっちゃおっかな?なんちゃって。」
「うーん、僕ってお酒に強いのかな。」
「飲んでみなきゃわからないな。」
二人はすっかりセルウィヌムと仲良くなり、他愛もない話で盛り上がる。
すると、建物の外から、微かに誰かの声が聞こえた。
「おっといけない、帰ってきた。」
「町の人ですか?」
「そう。この町はワイン葡萄の農家さんが多くて、さっきまで一緒に仕事してたんだ。私だけ早く上がらせてもらった感じ。」
「そういえば、道中に葡萄畑がありましたね。」
「見つけてくれた?ありがとう~。でも今日はそっちじゃなくて、近くの丘を越えた先の畑で作業してたんだ。」
「畑、結構広いんですね~。」
「でしょう?この町の唯一の自慢だよ。じゃ、行ってくるね。一応、このお店の中だったらどこでも行っていいよ。」
「ありがとうございます!」
「あんまり動き回るもんじゃないぞリアン。」
「ふふっ、別に大したものもないし大丈夫だよ。ユトキくんはしっかり者だね。あでも、誰か来たらすぐここの部屋に逃げてきてね。」
セルウィヌムは立ち上がり、裏口のドアノブを握った。
「二人とも、縦琴軍だってバレないように気を付けてね。それから、私が賛成派だってことは三人だけの内緒ねっ。」
そう言って、裏口のドアを開けてセルウィヌムは外へ向かっていった。別れ際、「この町に居たらいつ見つかるかわからないし、他の町の様子も調べておくよ。」とも言っていた。
二人は、しばらくの間この部屋で待つことにした。外からは、複数人の話し声が聞こえてきていた。
「ただいま~。」
二人で雑談をしつつ小一時間経った頃、セルウィヌムは爽やかな笑顔を浮かべながら、裏口から帰ってきた。
「あっ、お帰りなさい!」
「二人とも、何話してたの?」
「別に、そこまで中身のない会話ですよ。」
三人で会話をしつつ、セルウィヌムは本棚から本を探していた。
「二人にちょっとだけ朗報。安全そうな町を見つけたよ。」
「おっ、それはありがたいです。」
「ちょっと待ってね、ここのどこかに地図が…あった。」
セルウィヌムは本棚から分厚い本を取り出してきた。
「この地図、この会社から出てる地図の中で一番新しいやつなんだ。あんまり冒険感はないけどね。」
表紙には、"大陸通道全図"と書かれていた。セルウィヌムは本を開き、数分にらめっこした後、あるページを開いて机に置いた。
「えっと、この町がこれで、多分二人が通ってきたのはこの細い道だね。」
縮尺がそこそこ大きめのその地図には、天都や複数の町があり、それらを結ぶ道の数々が描かれていた。
「こう見ると、結構歩いてきたんだな…。」
「だって、もう午後だよ?僕達が出発したのは朝早くだったはず。」
「休みなしにそんなに歩いてきたの…?!すごいね…。」
セルウィヌムは驚いた様子だったが、またすぐに説明を始めた。
「それで、安全そうな町って言うのはこの町。」
そう言って指された町は、少し内陸の方にある、ここより少し大きそうな町だった。
「ここは二人に賛成の人が多いみたいで、天都からも遠いから大丈夫なはず。」
天都から見て南にあるこの町の、更に南西にあるその町は、道もこの町から天都と同じくらいの長さであり、そこまで向かうのも大変そうではなかった。
「わざわざありがとうございます…!」
「いいのいいの、むしろこれくらいしかできることが無くてごめんね。」
「いえいえそんな、僕はすっごく嬉しいです!」
「んふふ、ありがとうねリアンくん。」
セルウィヌムはニコニコと笑みを浮かべ、二人に地図を渡した。
「これ、二人が持って行っていいよ。私はあんまり使わないからね。」
「いいんですか?」
「もちろん!地図もここの本棚にほったらかしにされるより、使ってもらった方が嬉しいと思うんだ。」
地図はユトキが受け取り、セルウィヌムは「今日は泊まっていっていいよ~。」と言った。この時間帯に次の町へ出発したら、すぐに夜になってしまうので、セルウィヌムは二人を泊めてあげることにした。
セルウィヌムの店は二階と三階が家になっていて、セルウィヌムはそこで生活しているようだった。
「わざわざありがとうございます。それにしても、落ち着く家ですね。」
「そうでしょう?結構こだわったからね。」
二階も深い茶色の木材で作られていて、確かな暖かみと安心感があった。
「二人とも、こことあの部屋使っていいよ。」
案内された二つの部屋はどうやら客室のようで、ベッドに机、クローゼットもあった。
「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ~。」
セルウィヌムはそう言って、下の階に下がっていった。ここはバーなのでそろそろ開店の準備をするのだろうと二人は考えた。
とはいうものの、まだ太陽も出ている時間なので、夜になるまでそこそこ時間がある。だからと言って町を出歩けるわけでもないので、二人は廊下で立ち話をすることにした。
「なんか、色々してもらっちゃったな。」
「そうだね、まあでもいいんじゃないかな。誰かの優しさを素直に受け取るのも大事だと思うんだ。」
「そう言われればそうだな。」
「そういえば、次に行く町ってどんなところなんだろうね。」
「確か、あっちの方は森があった気がするな。それと、高い山もその近くにあったはず。」
「山かあ。景色も見ながら向かえそうだね。」
「まあ、そうだな。山越えにならなければいいけど…。」
そのままかなりの時間雑談し、下の方から人の声がよく聞こえるようになってきた。
「あっ、気付いたら夜になってるな。」
「ほんとだ、結構喋ってたんだね。」
「そろそろ明日に備えて休もうか。」
その後は歩き疲れていたこともあり、寝る支度を一通り済ませ、それぞれの部屋で眠りについた。
鳥の心地よいさえずりで目が覚めたリアンは、大きく欠伸をした後、廊下に出てみた。どうやらユトキも起きていたようで、洗面所の方から水の音が聞こえてきた。
「ユトキ、おはよう。」
「おっ、おはよう。リアンも起きたんだな。」
「ついさっきね。」
二人は顔を洗い、服を着替え、支度をして下に降りてみた。そこではセルウィヌムが何か作業をしていた。
「セルウィヌムさん、おはようございます。」
「おお、おはよう。起きたんだね。」
セルウィヌムはガサゴソと音を立てながら、二つのリュックサックに物を詰めていた。
「二人とも、何か天王様から支給されなかったの?」
「あれ、そういえば、何もされてない…?」
「えぇ…。全く、今の天王様はどこか抜けてるんだよなぁ。」
それぞれ深緑のリュックサックと紺色のリュックサックで、丁度リアンとユトキの身に着けている服の色と同じだった。
「何もないと、これから大変でしょ?だから、私からのプレゼント。」
そう言って、セルウィヌムはリュックサックを二人に渡した。
「えっ、いいんですか?!」
「うん、私からのささやかなサポートだよ。」
ユトキが早速中身を確認すると、食べ物や寝袋といった基本的な物の他にも、クロスや砥石などの剣の手入れに使えそうなものが入っていた。
「こんなにたくさん…本当にいいのですか?」
「うん、いいんだよ。」
「ありがとうございます…!」
「いえいえ、私にはこれくらいしかできないから。」
二人がリュックサックを背負ってみると、丁度良く背負えるように調整までされていた。
「二人とも、何も無いんじゃ大変だと思って。」
リアンの方にはランタンやナイフなども入っていて、冒険に役立つ道具が多くあった。
「二人とも、もう出るの?」
「はい、その予定でした。」
「わかった、気を付けてね。」
セルウィヌムはニッコリ笑い、優しく手を振った。
「またいつでも来ていいからね。」
「ありがとうございます!」
「リアン、ここにテレポートできるようにしておくのはどうだ?」
「いいね、そうしよう。」
リアンは魔法を使い、ここにいつでもどこからでもテレポートできるようにした。セルウィヌムは感心した様子でそれを眺めていた。
「リアンくんがそんなに魔法を使えるとなると、私も安心だ。」
「まだまだ未熟者ですよ。」
「大丈夫だよ。私は少ししか魔法を使えないから、私よりよっぽど熟練してる。」
セルウィヌムは少し別れが惜しそうにしつつ、最後まで笑顔で会話し、二人を見送った。
「それじゃ、この町からは早く出るんだよ。そろそろみんな起きてくるからね。」
「わかりました!」
「色々お世話になりました。」
「どうしたしまして。昨日は急に引き留めちゃってごめんね。それじゃ、行ってらっしゃい!」
縦琴軍は、セルウィヌムのバーの表口から、次の町に向かって進み出した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。零雨朝陽です。
かなり第二章の投稿が遅くなってしまいました。申し訳ございません。
ここ二週間くらい、ずっと体調が悪くて、良くなったと思ったら悪化したり、散々な目に遭いました。
さて、この章に出てきた町なのですが、私達の世界の地中海風の建築をイメージしています。町のすぐ近くに葡萄畑っていうのはウィーンを参考にしています。
それからセルウィヌムさん。セルウィヌムという名前はラテン語風をイメージして付けてみました。ちなみに、セルウィヌムという響き自体は男性的ですが、セルウィヌムさん自身は特に性別は決めていません、これは私がどっちでもいいやとあまり拘らなかったせいです。皆様のご想像にお任せします。
また体調を崩したりしなければ、三日に一回くらいのペースで投稿していきます。
それでは




