第49話「元・A級スナイパーの有坂式次郎」
顎を打ちぬかれて、脳を揺らされる。
目に見えている薄暗い天井も、どこかぼやけていた。
サーペント卿が次郎の背後をとったとき、すでに反撃は始まっていた。躊躇なく振り下ろしたブッシュナイフ。それよりも早く。次郎は無防備に構えていた狙撃銃を素早く持ち直す。引き金から指を放して、銃身を握る。
旧帝国式銃剣術。
戦時中より存在する、銃を持った状態での近接戦闘。背後をとったと思っていたサーペント卿は、その次郎の身構えていた反撃によって。顎を強烈に打ちぬかれた。
……問題だったのは
……この時。次郎はサーペント卿のことなど、まったく視界に入っていなかったことだった。
「(……なぜだ! ヤツの視界には入っていない。魔眼は発動してない。なのに、なぜ―)」
無防備のまま背中から崩れ落ちる。
その直前。なんとか、サーペント卿は姿勢を取り直して、軽快に地面に着地する。腰を落とした前傾姿勢。吐き気をするほどの頭痛がのたわまわるが、まだ戦闘態勢を解かない。
まだ、自分が勝てると思っている。
「ッ!?」
目を見開いたのは、サーペント卿だった。
顔を上げ、その視線の先にいたのは。
銃口をこちらに向けた次郎の姿。
その瞳は、無感情な鈍色に染まっている。
「(まずいっ!?)」
瞬間、サーペント卿に余裕がなくなった。
この戦いで、初めて危機感を感じた瞬間だった。サーペント卿が飛んで避けるのと、次郎が撃つのは、ほぼ同時だった。
ダン、ダン、ダンッ!
次郎は無言のまま引き金を絞って。
サーペント卿を追い込んでいく。次弾装填の手つきに迷いはなく、ボルトハンドルを手前に引いて、空薬莢がゆっくりと回転しながら地面に落ちていく。硝煙の匂いをまとわせながら、次郎は敵が逃げこむ先へと狙い続ける。
なんとか、格納庫の支柱の裏側に隠れて。
自身の魔術で影の中に身を潜ませるが。
その表情には、すでに憔悴したものになっていて。
荒い呼吸と冷や汗。
そして、余裕のない表情が何かを物語っていた。自分が手を出した相手が、いったい何だったのか。そんな疑念。
「(ありえない! ありえないだろうっ! 教団でトップクラスの暗殺者である、この私が! こんな辺境の島国の、しかも青臭いガキを相手に! ここまで追い詰められているのだ!)」
その豊富な実戦経験が、何かを囁いている。
自分は、何かを見誤っているのではないか、と。そんな直感だ。
「おいおい、かくれんぼか? 悪いが、おっさんを探すような趣味はないぞ?」
格納庫の中心から、不遜な声が響く。
次郎の声だった。
次郎は手にした狙撃銃の薬室を開放して、銃弾をひとつずつ装填している。今なら、隙だらけか? そう思うサーペント卿だったが、体が思うように動いてくれない。それほどまでに、先ほどのカウンターは強烈だった。これまで積み上げてきた自信やプライドを、へし折る程には。
「あんた、さっきから俺の目について話していたな。『魔眼』だっけ? 確かに俺にはいろんなものが見える。けど、その手の話には疎くてさ。自分の眼について、よくわかっていないんだわ」
薄暗い格納庫の中。
鈍色の瞳だけが淡く光っている。
「だけど、残念なことに。陣凱町では、『ちょっと未来が見える』くらいで調子に乗れるほど、ぬるい街じゃないんだよ。頭がイカれた人外たちが集まる場所。それが陣凱町だ」
先読みの狙撃なんて。
喧嘩のひとつの手段でしかない。
技術のほうが上なのだ。
経験のほうが重要なのだ。
能力に頼っている奴は、すぐに痛い目を見る。例え、先読みの目を持っていたとしても。背後から襲ってきた男を、呼吸をするように反撃できなければ、あのイカれた街では喧嘩をしていられない。
「それにな。俺を肩書とか能力だけで決められるのは、ちょっと納得できねーな。お偉いさんからの指示だからって、『報復者』として裏切り者を追いかけたり。元・A級スナイパーなんて呼ばれたこともあったが、もう、そんな生活とはオサラバしたんだよ」
俺は、練馬区陣凱町に住んでいる。
普通の高校生だ。
カコン、と最後の銃弾を装填させて。
その殺意の籠った瞳で、見えないはずのサーペント卿を睨みつける。
「そして、陣凱町に住んでいる連中にとって、大切なことは自分らしく生きることだ。聖女だからとか、死ぬために生きてきたとか、そんな理屈。俺たちには通じねぇな」
銃を構えて。
射抜くような目でサーペント卿を脅す。
「……モブ子を返せ。あいつはな、普通になりたい普通の女の子なんだ。俺たちの町から奪っていこうっていうなら、てめぇひとつの命じゃ足りないと思え」




