第48話「おら、どうした蛇野郎。さっさと立てよ。同じ奇襲が二度も通じると思ったのか?」
「っ!?」
突然、次郎が体を逸らした。
まるで攻撃を避けるような態勢に、彼を見ていたモブ子は困惑する。なぜ急に、そのような回避行動を取ったのか?
だが、その回避行動は正しかった。
わずか薄皮一枚。
次郎の首から、真っ赤な血が垂れている。
サーペント卿の姿は。
どこにもない。
『……ンン~、我は蛇。蛇座のサーペント卿。我が教団によって受け継がれてきた秘匿魔術【蛇】を、どうぞ堪能していってください。……殺される、その瞬間までね』
男の不気味な声が。
闇の中から聞こえてきた―
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
『魔眼』とは。
この世界に存在する異能のひとつだった。
歴史上を見ても、様々な人間に発現しており、その時代の権力者たちに重宝されてきた。中世では大勢いたとされる魔眼の使い手も、現在では希少な異能として数えられている。
故に、それを欲する。
「(……はっはっは! まさに僥倖なり!)」
蛇座のサーペント卿は、心の底から歓喜していた。教団の幹部であっても『魔眼』ほどの異能にはそうそう出くわせない。それに、いくら希少な異能であっても、他の魔術師に先を越されたのでは意味がない。実際、過去には同僚である射手座に、獲物を横取りされた経験がある。
「(……くくく。相手の動きを先読みする目ですか。まだ、能力の詳細はわかりませんが、このまま逃すのはあまりにももったいない)」
影の深淵。
自身の魔術【蛇】で身を隠しながら、サーペント卿は舌なめずりをした。『魔眼』には、他の異能にはない特徴がある。それは、移植が可能なことだ。相手の眼球をえぐり、それを自分のと交換する。それだけで完全ではないが、その異能を扱えることができる。
「(……もったいない! 嗚呼、もったいない! これほどの希少な異能。このサーペント卿が貰い受けてさしあげます)」
影の暗闇から、じっくりと獲物を狙う。
狙われている次郎は、別の方向をじっと見たまま動こうとしない。その手に握られている狙撃銃も、静かに下を向けられている。
やるなら、今だ!
サーペント卿を気味悪い笑みを抑えることができず、ゆっくりと飛び出せる姿勢を整える。
……魔眼には弱点があった。
それは、相手のことを見なければ発動しない、というものだ。
深夜。飛行場にある格納庫。それに加えて、サーペント卿には教団内で秘匿に受け継いできた魔術がある。暗闇に身を潜ませ、背後から獲物を狩る。いくら希少な異能を持っていようと、発動しなくては意味がない。
……殺す。
……殺す、殺す、殺す。
心臓を刺して殺す首を切って殺す耳を削いで殺す皮膚を千切って殺す四肢を切断して殺す肺を内臓を脳みそをぐちゃぐちゃにして殺すその目さえ無事であれば、お前の価値なんてどこにもないんだよ!!
「ンン~ッ、ン、ン、ンンン~~ッ!」
サーペント卿は狂気と興奮により絶頂した。
ナイフで人を殺せることに神へ感謝して、この希少な出会いに悪魔へ感謝した。
そして、男は。
両手に大ぶりのブッシュナイフを構えると。
音もなく、疾走した。
――、――!
まさに、蛇。
暗闇の中の暗殺者。
わずかな雑音も、呼吸の音すらさせない。
存在すら消して、獲物へと迫る。
――、――!
まだ、気が付いていない。
完全に無防備になっている次郎の背後に迫り、手に持ったナイフを振りかぶった。狙うのは、首。まずは真っ赤な血飛沫で、この私を楽しませてくれ。
サーペント卿が振り上げたナイフが、暗闇の中で静かに反射する。刃が煌めき、肉を裂き。切りつけた頸動脈と頚静脈から、鮮血と赤黒い華を咲かせる。
――、――そのはずだった。
「……?」
サーペント卿は正しかった。
状況を正しく読んで、自身の技量、相手の技量。すべてを考慮したうえで、確実に勝てると踏んでいた。実際、それは正しい。唯一、サーペント卿が見誤っていたことがあるとすれば。
有坂式次郎が。
陣凱高校に通う普通の高校生であることだ。
「………??」
サーペント卿は、状況を理解できない。
脳が、理性が、理解を拒む。
なぜ。
なぜ、この私が。
確実に獲物を殺せる状況であった、この私が。
今、こうやって。
……無様に《《反撃》》を食らっているのだ!?
「おら、どうした蛇野郎。さっさと立てよ。同じ奇襲が二度も通じると思ったのか?」
有坂式次郎が。
生意気そうに。
そして、意地悪そうに笑っていた。




