第47話「東洋の魔眼使い」
最初の一撃を囮にして、本命の二撃目で命を絶つ。
暗殺者として、もっとも理性的な攻撃。
標的を殺すことができれば、奇襲だろうが、騙し討ちだろうが、使えるものは何でも使う。結果こそ全てだ。それこそが、サーペント卿の人格基盤であった。
……だが。
「おいおい。男に抱きつかれる趣味はないぜ」
至近距離。
まさにゼロ距離からの刺突を、次郎はありえない反応速度で対処する。手に持っていた狙撃銃でナイフの切っ先を受け流す。
そのまま勢いに流されて、サーペント卿と次郎が交差する。
必殺の二の刃がかわされて、完全に無防備になっているサーペント卿。そんな彼のことを、まるで虫けらを見るように、次郎の瞳が《《鈍色》》に輝く。
緩慢な刹那の中。
次郎の攻撃は、一瞬だった。
「がふっあ!?」
次郎は、その手に持っている狙撃銃を、まるで棒術か槍術のように持ち代えると。無防備になっているサーペント卿の顎に向かって、頑強なウッドストックを叩きつけた。
その所作からは、遠距離狙撃だけではなく。
近接戦闘にも手慣れていることが一目でわかるほどだった。
旧帝国式銃剣術。
戦時中に帝国陸軍によって考案された、ライフルを使った近接戦闘術。その動作は、日本槍術や棒術を元に考えられており、有坂式歩兵銃のようにリーチの長いライフルであれば、それは最強の近接銃剣術となる。
嗚咽をもらす暗殺者。
次郎は、そのまま狙撃銃を両手で持つと。
その男の後頭部に目掛けて。
まるでバッティングセンターでフルスイングするように、思いっきり振り抜いた。
確かな手ごたえが腕に響く。
銃を通して、顎の骨が砕ける感覚がした。
常人ならば、この一撃すらまともに受けられないだろう。脳を激しく揺らして、そのまま無様に気絶する。昼間の灰色のフリーターたちのように。
「がはっ、……はぁはぁ」
しかし、次郎が相手にしているのは暗殺のプロ。幾多の修羅場を乗り越えてきた、生粋の殺し屋だ。この程度では倒れない
「はぁはぁ、……なるほど。いえ、なるほど」
サーペント卿は口元から溢れている血を乱暴にぬぐうと、その苦痛に満ちた顔で笑う。何に気がついた顔だった。
「そうですか。いえいえ、失礼しました。世界は広いといことですね。まさか、このような辺境な島国で、あなたのような存在に巡り合えるとは」
痛みに堪えながら含み笑いを漏らす。
それまで、どこか見下した慇懃無礼な態度だったのが、今は最低限の敬意すら払っている様子であった。
「……ン、ンン。私の暗殺術は簡単に見抜かれるものではない。これまで、どれほどの人間を闇に葬ってきたのか。その中には、我々のような常識から外れた異能の能力の持つものもいた」
キィン、キィン。
サーペント卿が上機嫌にナイフを鳴らす。
「しかし、あなたのような人間は珍しい。私の攻撃を紙一重でかわし、その瞬間的な隙を縫って反撃するなど。常人では何が起きたの目に追えないことでしょう。……ええ、そうです。その《《鈍色に輝く瞳》》がなければ!」
サーペント卿は正体を見破ったぞ、といわんばかりに指をさす。
次郎の、暗闇の中でもわずかに輝いている。
その瞳に向けて。
「ンン、希少! まさに希少な能力! まさかこんな島国で『魔眼』使いに出会うなんて!」
嗚呼、僥倖!
私は運がいい!
神父服を着た殺し屋は、人殺しナイフを掲げて神に感謝する。
「東洋の『魔眼使い』ですか。魔力を保有する瞳を持つもののこと。その人物に魔術の才がなくとも、異能の能力を持つことができる。あなたが私の刃をかわすことができたのは、その瞳があってのこと」
名前を付けるならば、先読みの魔眼といったところでしょうか。サーペント卿が得意げに笑う。
「その魔眼。どのような経緯で手に入れたか知りませんが、こんな島国にはもったいない! 私が有効活用して差し上げましょう」
……そう。眼球ごと抉りとってね!
サーペント卿が嗤う。
今までとは違う。
驕りや侮蔑なと微塵もない。
純粋100%の完全な殺意であった。
「相手が魔眼使いであるならば、こちらも遠慮する必要はない。我が教団に受け継がれてきた秘匿魔術、とくとご覧に入れましょう」
サーペント卿が不気味に笑う。
まるで蛇のように舌をチロチロと出して。
薄暗い奥へと、一歩、一歩と下がっていく。
そして、男が影に踏み入った、その瞬間。
サーペント卿の姿を。
……完全に見失っていた。




