第46話「『報復者』」
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有坂式次郎は、元は裏社会の人間だった。
生まれたときから天涯孤独で、生みの親が分からなければ、育ての親もいない。
もし、彼に両親がいるとなれば。
それは、この街に他ならない。
どこまでも歪んだ街、陣凱町。
秩序は常に乱れていて、無秩序が敬礼して跋扈する。首都圏から追われたものが流れ着き、地方から逃げてきたものが滞留する。ここには法律や秩序より、生きていくために必要なものがある。
それは、スジを通すこと。
法律を基準としない。
他人から言われたことに依存しない。己の信念と、真正面から現実と向き合っていく覚悟。誰かに指を刺されようとも、誰かからバカにされようとも。
己が、己として生きていく。
その気持ちこそ、何よりも大事だった。
……故に。
……恩義のあるものを裏切ることは、何よりも許されないことだった。
スジを通せ。
スジの通らない裏切りには、裏社会の『報復者』が来るぞ。奴らは尋常ではない。どんな言い訳をしようとも、どんな姑息な手で逃げようとも。裏社会に雇われた報復者たちは、絶対に裏切り者を許さない。
有坂式次郎。
17歳。
職業、男子高校生にして、裏社会の元・A級スナイパー。陣凱町を裏切ったものを、どこまでも追い詰めて、その命を狩り取る。
……『報復者』の一人だった。
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「きぃええ!」
サーペント卿が跳躍をする。
頭上から飛び掛かる男が構えているのは、二振りのブッシュナイフ。獣の骨すら断ち切りそうなほどの大振りの刃。それを空中で構えると、一直線に次郎に向かって襲い掛かる。
刹那。
刃が空気を切り裂く音が、耳鳴りのように響く。
そんなわずかな余韻すら許されない。
冷たく、鋭利な斬撃音は。
次郎がわずかに体を傾けたことによって、完全に空を切る。
一撃を躱わすにしては、あまりにも紙一重。
次郎の首の産毛を撫でるように、必殺の一撃は悲しくも外れる。
「ちっ!」
サーペント卿が舌打ちをする。
「(……まただ。どうして、このガキは。直前で私のナイフを避けることができる。そんな甘くはないはずだぞ、我が暗殺の刃は)」
彼の表情が少しずつ強張っていく。
歯ぎしりをして、唾をはいて、冷静さを欠くように息を荒くさせていく。
「どうした、蛇野郎。不意打ちができなければ、その程度の実力か?」
わずかに呼吸を乱していたサーペント卿に向かって、次郎が揶揄うようにヤジる。
先ほどから一方的に攻撃をされているとはいえ、次郎は一撃も受けていない。それどころか、完全に相手の攻撃を読み切って、常に紙一重で避けていた。
「くっ、この腐れジャップがぁ!」
サーペント卿はナイフを構えると、地面を強く蹴った。
目で追うことさえ許さない疾走。
瞬きをする間に、サーペント卿は完全に間合いに入る。そして、次郎の顎から頭にかけて切り裂こうと、その刃を振り上げる。
「……」
だが。
その一撃も間一髪のところで避けられる。まるで、どこを攻撃してくるのかわかっているような動きだった。
だからこそ、サーペント卿は。
次郎の懐にまで潜り込んでいた。
「勝った! 死ねぇ!!」
サーペント卿は隠していたもう一つのナイフを逆手に持つと、そのまま次郎の心臓にめがけて突き刺した―




