第42話「絶対にぶっ飛ばす! 地球の裏側までぶっ飛ばす!」
「あは、あははッ!!」
笑い声を上げたのは、黒服の男だった。
血だ。
奴から血が出ている。
だったら、……殺せる!
こんな化け物でも、殺すことができるんだ。最後の一人になった黒服は、狂気と興奮の混じった笑みを浮かべる。そして、新しいマガジンを取り出すため、腰に手を回した。
……違和感を感じたのは、その時だった。
銃で撃たれた少女。
肩と腹を撃たれて、ふらふらになっている少女。
それなのに、どうして。
あの少女は倒れていないんだ?
「……あぁ、やっちゃったな。これで三着目だっけ。また店長に怒られるなぁ」
じわじわと血が漏れていく腹を抱えて、唯は悲しそうな顔になる。
過去に彼女は、バイト先に恵まれていなかった。問題やトラブルを起こしていなくても、彼女のことを怖がって相手から離れてしまう。そんな環境にいることが辛くて、何度もバイトを変えた。そして、とうとう彼女にも安心できる場所が見つかった。
少し年の離れた、居酒屋の店長。
まるで台風のような彼女でも、普通の女の子として接してくれた店長には、感謝以上の気持ちを抱いていた。そんな店長に対して、彼女の胸は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていく。
「……あまり、痛くはないんだよ。痛くはないけどさぁ。……でも、やっぱり胸は痛いや」
腹を抱えたまま、ふらふらとしていた彼女。
だが、不意にその動きを止めると、ゆっくりと顔をあげる。
その濁った視線が、黒服を捉えた。
ひっ、と男は悲鳴を上げる。
「はぁ、仕方ないか。ちゃんと謝ろう。……あいつを地球の裏側までぶっ飛ばしてから!」
唯は血がにじむ腹を抑えたまま、居酒屋の制服のポケットをまさぐる。
身構える男。
だが、彼女が取り出したのは。
黒色と緑色の缶をした炭酸飲料、……怪物の爪痕があるエナジードリンクだった。
「……やっぱり、エナドリといったらモンスターだよね。この体に悪そうな甘さが最高だよ」
そうやって独り言を零すと。
傷だらけの彼女は、エナジードリンクの蓋を開けて、くびくびと飲みだした。
何が起きているのか、呆気にとられる男。
しかし、その行動の理由は、すぐにわかることになる。
「ぷはーっ! これだよ、これ! 体に染みわたるぜ~」
一気飲み。
がぶがぶと口元から溢れるのを気にも留めず、彼女は黒と緑色のロング缶を一気に煽る。そして、その味を堪能するように身を震わせてると。
彼女は言った。
「よし、治った!」
唯が満面の笑みを取り戻していた。
ぐるぐると肩を回して、空になったエナジードリンクを握りつぶす。
男はまだわからない。
腰に手を回した態勢のまま、彼女の変化の原因を探っていく。
そして、気がつく。
気がついてしまった。
「……まじかよ」
傷だらけだったはずの、その体に。
銃弾を浴びて。
血が溢れていたはずなのに。
その傷は、どこにもなかったのだ。
出血も、腹に空いた穴も。
傷口そのものがなくなっていた。
「よぉーし、ぶっ飛ばすぞーっ!」
絶対にぶっ飛ばす!
何があってもぶっ飛ばす!
この拳に力をめい一杯込めて!
地球の裏側までぶっ飛ばしてやるからな!
「え、ちょっ、やめー」
焦った男が彼女を静止しようとする。
だが、遅すぎた。
まるで肉食獣の笑みを浮かべた唯は、目にも止まらない速さで黒服に近寄ると、そのまま力一杯に殴りつけたのだ。
ぴぎぃ―
男の小さな悲鳴が聞こえた気がする。
嵐のような暴風が吹いて、格納庫の中が激しく揺れた。
ガタガタガタ、と屋根と壁が振動する。
そして、男はいなくなった。
いなくなってしまった。
その場には。
彼が履いていた革靴だけが、寂しそうに転がっている―




