第40話「ちゃんと『半殺し』にしてあげるからさっ!!」
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【8月31日 23時30分】
ありえない。
ありえない、ありえない、ありえない!
男の目の前で、黒服の仲間が宙に浮く。
フランスの外国人部隊にいた軍隊格闘術のプロフェッショナル。身長207cm、体重96㎏。まさに超ヘビー級。一般人では、彼を動かすことさえできないだろう。
それなのに。
なぜだ。
なぜ、あの少女は。
あの男と殴り合って、一方的に叩きのめしているいるのだ!?
「ん~、いまいち。楽しめたのは最初の五秒くらいかなぁ」
まだ十代と思われる彼女から放たれたのは、腹部に突き刺さるヘビーブロウ。鋭い。まるでミサイルだ。あの華奢な体から、いったいどこからこんなパワーが生まれるのか。まともにガードすることができず、仲間の体がわずかに浮き上がる。
ぐおぉ、と仲間が嗚咽を漏らす。
そのまま次の拳で、顔面を殴りとばされてしまう。仲間の体は人形のように、コンクリートの地面を力なく転がっていく。
まさに暴風。
激しく吹き荒れている暴風雨の中心にいるのが、その金髪の少女だった。
拳を振るうたびに、空気が唸りをあげて。
蹴りを放つたびに、激しい風が生まれる。
暴風雨の女王。
金色に染められた彼女の髪が美しく踊る。彼女を中心に、絶えず風が唸りをあげている。
「おらぁ! 死ねぇ!」
黒服の一人が伸縮式の特殊警棒を振り上げて襲い掛かる。
だが、彼女は。
拳を構えて、腰を落とし。完璧なカウンターで、これを返り討ちにする。放った拳の後に、空気が引き裂かれたような風切音が響く。
風が唸り。
男が吹き飛ぶ。
……綺麗すぎる。
人間が、あんな綺麗な放物線を描いて殴り飛ばされるなんて、どこの紛争地帯でも見たことがない。
この国は。
もしかしたら、世界のどんな戦場よりも危険な場所なのか。先ほどの、50口径の狙撃銃による襲撃。外と連絡の取れない電波障害。そして、この目を疑いたくなる暴風雨のような少女。
常識を、踏み外している。
自分たちが相手にしている連中は。
こいつらは。
頭のネジが、完全にブッ飛んでやがる。
「ほらほらぁ、どんどん行くよ!」
少女は凶悪な笑みを浮かべながら。
その場で軽く跳躍した。高さにして、軽く2メートルは超えている。そのまま格納庫の天井に着くんじゃないかというような彼女は、その場で身を翻すと。
「きゃはは! 死にたくない奴だけがかかってきなさい! ちゃぁんと《《半殺し》》にしてあげるからさっ!!」
豪脚といわんばかりの踵落としを地面に叩きつける。
ぐらりっ、と地面が揺れた。
舗装されていたはずのコンクリートの地面が、歪な歪みを残している。その光景に息をのんでいた黒服が、次の瞬間には―
「はい、おやすみ」
瞬時に距離を詰められて。
顔面をつかまれたまま地面に叩きつけられていた。何かが砕けた音とともに、床にヒビが走っていく。
男は動かなくなった。
黒服たちに動揺が走る。
間違いなく自分たちは、生死の狭間に立っているのだと、静かに悟る。
「さてさて、可愛い後輩君の頼みだしね。きっちりバイト代は稼がせてもらうよ」
そして、彼女は。
にやりと舌なめずりをするのだ。
凶悪にして凶暴な。
肉食獣のような笑みを―




