表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

第32話「こんなことなら、恋なんてするんじゃなかった」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――


【8月31日 20時00分】

 


 ……自由になりたかった。


 一日だけでいいから好きに生きる。

 コンビニでアイスクリームを買ったり、自動販売機で炭酸飲料を飲んだり、美容室で嫌いなこの長い髪を切ったり、友達と映画館でつまらないB級映画を見たり、そんな普通の日常を。


 夢みてた。

 だから、満足。

 これで満足したことにしよう。


 窓の外で流れる高速道路の夜景を見ながら、モブ子こと。聖女シャルロット・ヨハネ・モブコール・ライトストーンは無表情を浮かべている。


 彼女の隣には、神父服を着た外国の男。

 金髪を短く刈り込んでいて、その表情には冷徹な笑みを浮かべている。胸元には蛇座サーペントのブローチをつけている。


「嗚呼、我らが聖女様。日本ジャパンでの一日は楽しんでいただけましたかな?」


「……」


 教会が差し向けた暗殺者。

 サーペント卿の問いに、聖女シャルルは黙ったままだった。そんな反応を意外に思ったのか、神父服の男が首を傾げる。


「おや? 聞こえませんでしたか? 楽しかったのか、と私は聞いたのですよ?」


 男の問いに。

 しかし、彼女は答えない。


 感情の抜け落ちた瞳で、味気ない夜景を見ている。高速道路の案内板に『HANEDA-AirPorte』という文字が流れていく。


「……えぇ、とても。人生で最も楽しいひと時でした」


「それはよかった。我らが聖女様にとって、何よりも思い出になったことでしょう。きちんと胸の中に刻み込んでいてください」


 神父服のサーペント卿は薄く笑ったまま、続ける。



「なにせ、《《あと半日の命》》ですから。最後までいい思い出に浸っていたいでしょう?」



 悪意も。

 狂気もない。

 サーペント卿は何が楽しいかわからないが、上機嫌のまま彼女に告げる。


 そして聖女であるモブ子も。

 彼と同じように、薄く笑いながら答えた。


「えぇ、わかっています。私は明日、祖国に帰る途中で死ぬことになっている。もう何年も前から決まっていた。聖女としての務めです」


「ノンノンノン。何年も前からではありません。貴方が聖女となった時に決めたのです。我々、信徒としても。聖女様がお亡くなりになる日は、それはもう特別な日ですから」


 予定の日取りが、一日ズレてしまったことは。

 まぁ、この際。どうでもいいでしょう。

 サーペント卿は上機嫌に話を続ける。


「嗚呼、明日から忙しくなりますね。国を挙げての葬儀。悲嘆にくれる国民たち。貴女様とのお別れを悲しんで、幾日も喪に服すことでしょう」


「……ぜんぶ、あんたらの都合じゃない」


「ん? なにかいいましたかな?」


 彼女の独り言に、サーペント卿が訝しむ。

 それに対して、聖女シャルルは。先ほどと同じ薄い笑みで答える。


「いいえ、なんでもありませんわ。全ては主の赴くままに」


「えぇ、それで結構です。間違っても、逃げだそうなどと考えないでくださいね。貴女様のことは、四肢を切り落としてでも連れてくるように、と命令されていますので。私の愛用のナイフを、貴女様のような下賤な血で汚したくない」


 サーペント卿が神父服の前を開いて。

 その中に収められている大振りのナイフを見せる。


 大型の獣を解体するときに使うような、切れ味の良いハンティングナイフだった。人体など、骨ごと切り落とせるほどに。


「ンー、もうすぐ空港に到着しますね。邪魔が入らないように、プライベートジェットの発着口まで行ってください。……まぁ、貴女様などを助けようとする輩が、いるはずもないですがねぇ」


 くくく、と笑いながら。

 サーペント卿が聖女の頬を舐める。ねっとりと味見をするように。


 モブ子は無表情だった。

 全てを諦めたような虚無が、その瞳を支配している。


 ただ、ひとすじ。

 彼女の胸にある想いが。

 とある男子高校生と重なって、諦めきれずに輝いている。


 ……ああ、こんなことなら。

 ……恋なんて、するんじゃなかったなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
少女、自身の運命を悲しむ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ