第30話「彼女は最初からわかっていたように、静かに笑みを浮かべる」
酷い映画だった。
さすが、B級映画を専門に上映している映画館だ。ここの館長も頭のネジが飛んでいるに違いない。物語のヒロインが序盤でサメに食われて、そのままヒロイン不在でストーリーは進行。最後には巨大化したサメと主人公が素手で戦うなど、数あるサメ映画の中でも、屈指のクソさを誇るだろう。
あまりにも退屈な展開に、もはや眠ってしまおうと思うほどだった。だが―
「わぁ、見てください! サメが出てきましたよ!」とか。
「きゃあ! 女の子が食べられてしまいました! この後、どうなるんでしょうか!?」とか。
「あれ? 食べられたはずの人が普通に出てきてますけど、これはどういうことなんですか?」とか。
事あるごとに、モブ子に肩を揺らされて眠ることもできなかった。
どうせ、他にほとんど客はいない。
そう思って、他の席に移るが。なぜかモブ子も一緒に動いて、次郎の隣から離れようとしない。えぇい、こうなったらノラに犠牲になってもらうしか。と奴のほうを見るが、すでにその姿はなく。さっさと一人だけ逃げやがった。
結局、最後までサメ映画を堪能して、今に至る。
「にゃはは。楽しんでもらえたようで、なによりだよ」
同じテーブルに座っている野良猫ノラが、メロンソーダをおいしそうに飲んでいる。
その様子を、聖女のモブ子が新鮮そうな目で見ている。「んにゃ? 聖女ちゃんも飲む?」とソラが声をかけるが、モブ子は遠慮するように断る。
「いいえ。私は自分で注文したものがありますから」
「……自分の金じゃないくせに」
「あ? 何か言いました? 足、踏みますよ?」
「すぐに暴力に訴えるな。あと、もう踏んでいるだろうが」
次郎が頭を悩ませるように眉間をもむ。
まったく。
自分のことを聖女だと勘違いしているくせに、どうしてこうも手が先に出るのだろうか。そんなことを考えていると、次郎とモブ子が注文したものが運ばれてくる。アイスクリームがのったコーヒーフロートだ。ちなみに次郎は無糖のホットコーヒーである。
「にゃはは。次郎はまたコーヒーだけかい?」
「うるせ。これが一番安いんだよ」
これでもバイトで生計を立てている苦学生だ。
贅沢は敵だ。夏休み最後の日だからといって、古着屋で服を買ったり、映画館に行ったり、あまつさえ喫茶店でメロンソーダなど。そんな人生を怠惰にさせる誘惑に屈したりはしない。
男、有坂式次郎。鋼の意志は固い。
「男は黙ってブラックコーヒーだ。メロンソーダなんて軟弱なものを頼めるか」
「おや。思っていたより財布がピンチみたいだね。なんだったら、ここはボクが奢るよ?」
「店員さん、すみません。抹茶パフェの特盛とバタースコーンを追加注文でお願いします。こいつの気が変わらない内に」
「え?」
機敏な動きだった。
次郎は自身の鋼の決意を綺麗に折りたたむと、自分の財布が痛まないことをいいことに、遠慮なく注文する。ノラの冷たい視線が痛かったが、この街ではそんなことを気にしていたら生きていけない。
しばらくすると、抹茶ラテに大盛のアイスクリームがのった、ジョッキサイズの商品が届く。ふふふ、やはり糖分。糖分はすべてを解決する。
さてさて。
次郎は長細いスプーンを手に、その大盛アイスクリームへと突き立てようとする。……が、それを物欲しそうな目で見ている人間がいた。
モブ子だ。
「じー」
瞬きを忘れている。
髪を切って、可愛いショートボブになったモブ子が、ジョッキに盛られたパフェと次郎の持つスプーンを交互に見る。
なんだ。
もしかして、食べたいのか。
次郎は自分のスプーンをアイスクリームに突き立てて、ひとすくい。真夏の店内に、スプーンのアイスクリームが輝く。その光景を、モブ子が口を半開きにしたまま見つめている。
……ちょっと。
……そんな見られると食べづらいんだが。
「まぁ、俺もそこまで心の狭い人間ではない。ひとくち分けてやろう」
尊大なものの言い方をする次郎に、自分の金じゃないくせに、とノラが呆れた顔になる。
だが、モブ子は。
その言葉に目を輝かせた。
「え、いいんですか!?」
「あぁ。ただし、ひとくちだけ―」
「店員さん、すみません! スプーンをください。あ、一番大きいので大丈夫ですよ」
「え?」
次郎は常人よりも敏感な反応速度を持っている。
過酷なバイト生活と、日々に培われた技量。体育テストでやった反射神経試験では、クラスでもトップクラスだった。
その次郎の、常人を超える反応速度を。
あざ笑うかのように。
モブ子は当然のように、抹茶パフェを自分の前に持っていくと。店員が持ってきた大きめなスプーンで、遠慮の欠片もなく、もりもりと美味しそうに口に運んでいく。
……あれ。俺、ひとくちって言ったよね。
「さて、聖女様。これからどうしますか? 夏の日は長いとはいえ、もうじき夕暮れですよ?」
あ、お前。
何事もなかったように話を進めるつもりだな。
次郎が無言の抗議をソラに、そして幸せそうに抹茶パフェを頬張っているモブ子に注ぐが、まったくもって効果はなく。
「もぐもぐ。……ん? 次郎さんも食べますか?」
「お前、頭シバくぞ?」
結局、次郎は。一口しか食べれなかったパフェのスプーンを口にくわえて、モブ子が話し出すのを待つしかなかった。
今日一日。
聖女様のわがままに付き合ってあげる。
そう言いだしたのはソラだったが、一応、次郎も。最後まで付き合ってやるつもりだった。
……別の目的もある。
次郎のバイト道具の入った鞄が、重そうに呻いた。
「えぇ、そうですね。いろんな経験をさせてもらいましたから。私は満足したかなぁー」
モブ子が笑みを浮かべる。
次郎とソラが、彼女の顔を見る。
それは予想もしない言葉だった。
今日一日、というからには。
もっと無理難題な注文が飛んでくるものとばかり思っていたのに。
「楽しかったですよ。知らない街を歩けましたし、コンビニでアイスクリームも買った。自動販売機で炭酸飲料も買いました。映画館では面白くもない映画を見て、今はこうやって美味しいパフェを食べている。……えぇ。とても楽しかったです」
彼女は笑顔だった。
それは誰にでもわかる偽りの笑みだった。
「ですが。それももう、おしまい。どうやら迎えが来てしまったようです」
「迎え?」
次郎が首を傾げると、ノラが目を細める。
野良猫のように警戒している。そのまま、そっと背後を確認すると。小声で次郎に囁く。
「……しまった!相手が素人だと思って油断した」
「……何人だ?」
「……店の外に5人かな。どれも灰色のフリーターなんかじゃない。完全に雇われたプロの傭兵たちだ」
あの動き。実戦経験のある軍人かもしれない。とノラがはっきりという。
その言葉に、次郎は動揺することなく頷くと、目の前に座っている女の子を見る。
彼女は、最初からわかっていたように。
静かに笑みを浮かべていた。




