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第28話「この街の高校生たち」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――



【8月31日 15時30分】

 陣凱町の目白通り。国道8号線にて。


「……くそっ、やってられるか!」


 その男。『灰色のフリーター』の仲間たちからはヒビキと呼ばれていた回収係の男は、ミニバンのハンドルを切りながら悪態をつく。


 赤信号だろうが関係ない。

 アクセルを踏みっぱなしの状態で、国道を走り続ける。その後部座席には、この街の高校生たちにボコボコにされた仲間たちがいた。何とか自分で歩き出せるくらいに回復したものもいれば。あー、うー、と唸り声をあげているものもいる。別行動をしていた連中とは、電話をかけても連絡もとれない。


「畜生! せっかく、このミニバンを借りてきたってのに!」

「いいから、さっさと走らせろ!」


 法定速度を無視したスピードで走っているミニバン。その助手席には、手傷を負った男がいた。

 やっさんと呼ばれていた彼らのリーダーだ。古着屋に押し入ろうとしたチンピラの一人で、本来ならこのミニバンで聖女を誘拐するつもりでいた。


 それなのに。

 あの町の高校生たちときたら。


「おい、もっとスピードを上げろ!」


「赤信号っすよ! これ以上は無理っす!」


「いいから! どうせ通行人のほうから逃げていく!」


 運転席の男は煽られるまま、さらに速度を上げた。

 もうすぐ陣凱町を出る。

 一度、仕切り直しだ。このまま引き下がったのでは、ただの笑いものになってしまう。灰色のフリーターたちにも独自のネットワークがある。大きな仕事には必然とリーダー役が必要になっていくし、そのポジションを守るためにも、このまま引き下がるわけにはいかない。


「おい、すぐに兵隊を集めろ!」


「兵隊って、何をするつもりっすか!?」


「このまま黙っていられるか! あの街のクソガキどもに、目にものをいわせて―」


「……うわっ!? やっさん、人が!?」


 赤信号のまま交差点を突っ切るミニバン。

 その横断歩道を歩いていた少女が、何事かと振り返る。

 明るい色に髪を染めた、ギャル風の少女。

 その姿が見えたのも一瞬だった。

 がんっ、と強い衝撃が走って。

 少女の体は宙を舞った。

 

「うわぁっ!? 人を、ひいちまったよ!?」


「う、うるせえ! ちんたら歩いている奴が悪いだよ!」


 このまま逃げるぞ。

 そう激を飛ばすリーダーに、運転席の男はもはやパニックになっていた。轢き逃げ。どれくらいの罪になるのだろうか。罰金くらいで済むのだろうか。いや、でも、気づかなかったと言い訳すれば何とかなるかもしれない。そんな現実逃避の思考へと逃げていくなか。変化が、おとずれた。


 ……ミニバンが、急に進まなくなった。


「何やっている!? ブレーキなんか踏むんじゃねぇ!」


「ち、違う! アクセルは踏みっぱなしなのに!」


 ギュルル、ギュルルとミニバンの前輪がうなりを上げている。タイヤとアスファルトの地面が擦れて、窓を閉めていても焦げ臭い匂いがした。


 ……なんで。

 ……どうして、進まない。


 パニックになっている運転席の男は、必死にアクセルを踏み込んでいる。


 その時だ。

 ふと視界に入ってきたサイドミラーの光景に。



 脳が、理解を拒んだ。



「……は?」


 少女が立っていた。

 明るい色に髪を染めたギャル風の少女が、キャラクターのぬいぐるみをじゃらじゃらとつけた鞄を片手に。ミニバンのフレームを、拳闘屋ボクサーのように包帯の巻かれた手が掴んでいる。


 メキメキィと何かが軋む音がした。

 それは車の車体が歪んでいく音だった。


「ひぃ!?」


 運転席の男が短い悲鳴を上げる。

 ミニバンが更に加速しようとする。


 だが、前に動かない。

 タイヤのスリップ音だけが響く中。

 ミニバンの運転席側のドアが。

 《《むしりとられた》》。


「あのさぁー。人を車ではねておいて、ごめんもないわけー?」


 少女が呟く。

 額から血を流して。

 右腕はあらぬ角度に曲がってしまっている。

 常人なら間違いなく即死。


 だというのに、この少女は。

 楽しそうに笑いながら、車の中のチンピラたちを見ていた。それはまさしく。猛獣の目だった。


「ねぇ。この街のルール、おしえてあげようか?」


「ひえぇぇぇっ!」


 悲鳴が上がる。

 ミニバンは陣凱町を出ることができず、そのまま廃車となる運命をたどる。縁石と建物の壁に叩きつけられて、最後にはコンクリートで整備された石神井川へと落ちていく。もはや車と呼べない鉄屑となって、チンピラたちもまた。


 陣凱町から逃げ出すことはできなかった―


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