第28話「この街の高校生たち」
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【8月31日 15時30分】
陣凱町の目白通り。国道8号線にて。
「……くそっ、やってられるか!」
その男。『灰色のフリーター』の仲間たちからはヒビキと呼ばれていた回収係の男は、ミニバンのハンドルを切りながら悪態をつく。
赤信号だろうが関係ない。
アクセルを踏みっぱなしの状態で、国道を走り続ける。その後部座席には、この街の高校生たちにボコボコにされた仲間たちがいた。何とか自分で歩き出せるくらいに回復したものもいれば。あー、うー、と唸り声をあげているものもいる。別行動をしていた連中とは、電話をかけても連絡もとれない。
「畜生! せっかく、このミニバンを借りてきたってのに!」
「いいから、さっさと走らせろ!」
法定速度を無視したスピードで走っているミニバン。その助手席には、手傷を負った男がいた。
やっさんと呼ばれていた彼らのリーダーだ。古着屋に押し入ろうとしたチンピラの一人で、本来ならこのミニバンで聖女を誘拐するつもりでいた。
それなのに。
あの町の高校生たちときたら。
「おい、もっとスピードを上げろ!」
「赤信号っすよ! これ以上は無理っす!」
「いいから! どうせ通行人のほうから逃げていく!」
運転席の男は煽られるまま、さらに速度を上げた。
もうすぐ陣凱町を出る。
一度、仕切り直しだ。このまま引き下がったのでは、ただの笑いものになってしまう。灰色のフリーターたちにも独自のネットワークがある。大きな仕事には必然とリーダー役が必要になっていくし、そのポジションを守るためにも、このまま引き下がるわけにはいかない。
「おい、すぐに兵隊を集めろ!」
「兵隊って、何をするつもりっすか!?」
「このまま黙っていられるか! あの街のクソガキどもに、目にものをいわせて―」
「……うわっ!? やっさん、人が!?」
赤信号のまま交差点を突っ切るミニバン。
その横断歩道を歩いていた少女が、何事かと振り返る。
明るい色に髪を染めた、ギャル風の少女。
その姿が見えたのも一瞬だった。
がんっ、と強い衝撃が走って。
少女の体は宙を舞った。
「うわぁっ!? 人を、ひいちまったよ!?」
「う、うるせえ! ちんたら歩いている奴が悪いだよ!」
このまま逃げるぞ。
そう激を飛ばすリーダーに、運転席の男はもはやパニックになっていた。轢き逃げ。どれくらいの罪になるのだろうか。罰金くらいで済むのだろうか。いや、でも、気づかなかったと言い訳すれば何とかなるかもしれない。そんな現実逃避の思考へと逃げていくなか。変化が、おとずれた。
……ミニバンが、急に進まなくなった。
「何やっている!? ブレーキなんか踏むんじゃねぇ!」
「ち、違う! アクセルは踏みっぱなしなのに!」
ギュルル、ギュルルとミニバンの前輪がうなりを上げている。タイヤとアスファルトの地面が擦れて、窓を閉めていても焦げ臭い匂いがした。
……なんで。
……どうして、進まない。
パニックになっている運転席の男は、必死にアクセルを踏み込んでいる。
その時だ。
ふと視界に入ってきたサイドミラーの光景に。
脳が、理解を拒んだ。
「……は?」
少女が立っていた。
明るい色に髪を染めたギャル風の少女が、キャラクターのぬいぐるみをじゃらじゃらとつけた鞄を片手に。ミニバンのフレームを、拳闘屋のように包帯の巻かれた手が掴んでいる。
メキメキィと何かが軋む音がした。
それは車の車体が歪んでいく音だった。
「ひぃ!?」
運転席の男が短い悲鳴を上げる。
ミニバンが更に加速しようとする。
だが、前に動かない。
タイヤのスリップ音だけが響く中。
ミニバンの運転席側のドアが。
《《むしりとられた》》。
「あのさぁー。人を車ではねておいて、ごめんもないわけー?」
少女が呟く。
額から血を流して。
右腕はあらぬ角度に曲がってしまっている。
常人なら間違いなく即死。
だというのに、この少女は。
楽しそうに笑いながら、車の中のチンピラたちを見ていた。それはまさしく。猛獣の目だった。
「ねぇ。この街のルール、おしえてあげようか?」
「ひえぇぇぇっ!」
悲鳴が上がる。
ミニバンは陣凱町を出ることができず、そのまま廃車となる運命をたどる。縁石と建物の壁に叩きつけられて、最後にはコンクリートで整備された石神井川へと落ちていく。もはや車と呼べない鉄屑となって、チンピラたちもまた。
陣凱町から逃げ出すことはできなかった―




