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第27話「…いつまでも、この時間が続けばいいのに。」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――



【8月31日 15時00分】


「えへへー。どう、似合っている?」


 天使が目の前に立っていた。

 長い蜂蜜色の髪。それをバッサリときって、今はゆるふわのショートボブくらいの長さになっている。元々、活発な性格だと思っていたから、今の髪型のほうがしっくりくるくらいだ。


 がたん、と地面が揺れた。

 次郎がバイト道具の入った鞄を落とした音だった。


「きゃっ、どうしたんですか? 次郎さん? おーい?」


「……」


「あれ? あれれ~? もしかして、私が可愛すぎて見惚れちゃいましたか? いやぁ、私って罪な女ですねぇ~」


「あぁ、そうだな」


「へっ!?」


 次郎が素直に答えて、聖女のモブ子が驚きの声を上げる。

 そして、次の瞬間には。

 ぼふんっ、と顔中が真っ赤になっていた。そんな二人のやりとりを、美容師さんたちが微笑ましそうに見ている。


 ……ひそひそ。

   この二人、カップルかしら? 初々しいわ。

 ……ひそひそ。

   見て、あの女の子。

   彼氏に褒められて顔を真っ赤にさせてるわ。


 美容師たちが生暖かい目で見ていると、モブ子が恥ずかしがるように顔を背ける。


「そ、そ、そんな、真顔で言われると、なんか、照れるっていうか―」


「いや。こういう時、俺は嘘をつかない。うん、似合っている。すげー可愛い」


「や、や、や、やめてくださいっ!? そんな真剣な目で見つめられると、わたし―」


「はぁ〜。これで性格が、もうちょっとマシなら言うことないんだがな」


「……は?」


 モブ子の表情が固まった。

 微笑ましいやり取りに笑っていた美容師さんたちも凍りつく。店内の空気が、完全に死んだ瞬間だった。


「なんでだろうな。どうして、お前は中身がポンコツなんだろうか。なんか、こう、もうちょっとお淑やかというか、可愛げがあれば完璧なのに、……おぶはっ!?」


 次郎の体が《《く》》の字に曲がる。

 モブ子の放った正拳突きが、溝内に深く突き刺さる。倒れる次郎。そんな彼に美容室のスタッフが総動員して塩を巻いていた。


 ……ひそひそ。

   女の敵よ、恋心を弄びやがって。

 ……ひそひそ。

   どうして男って、一言多いのかしら。

   私たちの楽しみを奪わないで。


 などと、私情が入り混じった罵声を受けるはめになる。


「まったく。いいですか、次郎さん?」


 塩まみれになっていく男に対して、モブ子は人差し指を突き付ける。


「女の子っていうのは、褒められたい生き物なんです。可愛いね。綺麗だね。そういった言葉だけで報われる想いもあるんです。たとえ、そう思っていなぃても、その本心を口にしてはいけません」


「……そのようだな。そのすぐ手が出る性格をなんとかしないと、嫁の貰い手がなくなるぞ。せっかく処女膜も新品のままなのに、独り身として哀しい人生を、……あぶねっ!?」


 モブ子の振り下ろした踵落としを、次郎が全力で回避する。

 くそ、この女。

 今、顔面を狙いやがったぞ。


「ちっ。うまく避けましたね」


「ほら、その口調。本心が漏れでてますよ、聖女サマ!?」


 こんな汚い口調で罵る女が、世界的に有名な聖女であるはずがない。


 まったく。とんだガセ情報だ。

 闇バイトの広告には、聖女を確保した人間に報奨金を出すと書かれているが。いくから顔は似ていても別人では報酬も出やしないだろうに。やれやれ、こんな偽物を追っている連中がいるんだから、不憫にさえ思ってくる。


 まぁ、そんな少女の『護衛』を依頼された自分は、もっと可哀そうであるが。


「そういえば、ノラちゃんの姿が見えませんね?」


「すぐに戻ってくるさ。あいつは仕事に時間をかけない」


 そう言って、次郎は起き上がると。

 服に積もっていた塩をはらう。


「あ、頭にもついてますよ?」

「む。どこだ?」


 次郎が振り返ると、モブ子が背伸びをして前髪についた塩を払う。


 そんな仲が良いのか悪いのかわからない光景を、美容師たちがニコニコしながら見ている。


 ……ひそひそ。

   これは、どっちに転ぶのかしらね。

 ……ひそひそ。

   どちらにせよ、私たちにとってはご褒美ね。

   推せる~


 そうこうしていると、美容室の扉が開いた。

 いらっしゃいませー、とホウキとちりとりで塩掃除をしていた美容師たちが笑顔で迎え入れる。予約ですか、と声をかけられた人間は、その空虚な瞳でやんわりと断る。


「にゃは。待ち合わせですー。……あっと、じろー。それと聖女ちゃん」


 野良猫ノラが軽やかな足取りで近寄ってくる。

 その体からは、わずかに火薬と硝煙の匂いがした。


「わー、聖女ちゃん。かわいい、似合ってる」

「えへへ。ありがとうございます。ソラちゃんは素直で嬉しいです。《《誰かさん》》と違って!」


 きりっ、と睨む少女に。

 それに対して、次郎は鼻くそをほじって見下ろしてやる。


「にゃはは。仲が良さそうでなりよりだねぇ」


「どこを見たら、そうなるんですか!?」


 次郎の足を踵で踏みつけている聖女のモブ子が、不満そうに頬を膨らませる。


「さぁて、会計は済んだのかな。次は、どこに行きたいの?」


 悶絶している次郎のポケットから財布を抜き取ると、それをそのままレジに出して会計を済ませる。


 あぁ、やっぱり。

 ここの代金も俺が払うのか。

 くそっ。こんな面倒な依頼だと知らなかったぜ。バイト主任め、後でちゃんと経費に請求させてもらうからな。


 三人が連れ添って、美容室を出る。

 遠くから救急車の音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。


「えーと、ですね。次は映画館で映画を見たいです!」


「映画? 今からか?」


「はい! こう、ポッポコーンを食べながら、映画館で映画を見るのが夢だったんですよ!」


 モブ子は楽しそうに笑いながら、両手いっぱいでポップコーンを抱えて食べる真似をする。


「ふーん。そんなものなのか?」


「まぁまぁ、次郎。きっと聖女様みたいに忙しい御人は、きっと映画館に行く時間もなかったんだよ。ですよね、聖女様?」


 ノラが確認するように尋ねると、モブ子は少し複雑そうな顔をする。そして、困ったように笑った。


「えーと、そうですね。あまり自由に外出できる生活ではなかったので」


 愛想笑いのような顔。

 似合わない。

 次郎は、直感的にそう思った。

 こいつは、心の底から笑ったほうが可愛い。


 くそ、どうしてだ。

 ずっと落ち着かない。


「よーし、じゃあ。いつもB級映画しか上映していない陣凱映画館にご招待。最後まで眠らずに起きていたら、ボクからホットドックをプレゼントさ」


 野良猫ノラが、元気よく歩き出す。

 その後ろを次郎とモブ子がついていく。

 その姿は、とても自然で。

 この街の一部に溶け込んでいた。


 ……いつまでも。

 ……この時間が続けばいいのに。

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聖女モブ子、大変身。 ポッポコーン呼び可愛らしい。 ノラちゃんも合流して映画へ?
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