第22話「この街の、コンビニ強盗にあう」
モブ子が驚いたように次郎の顔を見る。
次郎も呆れたように、友人の岸野を見るが、彼は肩の力を抜いたまま否定しようとしない。
岸野良太は、岸野まほのことを見下ろしながら。
肩の力を抜いて話しかける。
「まだ結婚してないだろう」
「じゃあ、団地妻?」
「違う」
「通い妻?」
「それも違う」
「むー。婚約者?」
「その一歩手前だ。ちゃんとした生活ができないと、結婚してやらないからな」
「むむむ。がんばる!」
むすー、と黒髪の少女はむくれながらも両手を握って気合を入れる。
岸野優斗。
岸野まほ。
この二人のことを、モブ子は両手を口に当てて見ていた。顔を真っ赤にさせて、あわあわと動揺している。
「はわわわ! じ、次郎さん!? あのお二人って―」
「言っただろう。ウチの学校には変な奴が多いって。こいつらも、その仲間ってわけだ」
「で、でも! 結婚って!?」
「ただの仲良しってだけだよ。こいつらにも、それなりの事情があるしな」
ふん、と次郎は言い聞かせるように話す。
次郎も同じであるが、この街に住んでいる高校生には、それなりの事情がある人間が多い。地元にいられなくなった奴もいるし。変な事件に巻き込まれたせいで、無理矢理に転校させられた奴もいる。この二人の場合―
「おっ、客だ。いらっしゃいませー」
岸野良太がコンビニ店員らしく脱力した挨拶をする。開かれた自動ドアから入ってきたのは、一人の男だった。
怪しい男だった。
見るからに浮浪者といった風貌で、ボロボロの服に伸び放題になった髭。目は虚ろで、どこを見ているかはわからない。一目で、普通ではないとわかった。
「……あー、……いらっしゃいませ」
岸野良太の目が、一瞬だけ鋭くなる。
だが、いつものように死んだ魚の目になると、黙ってレジのカウンターから動こうとはしない。隣には、岸野まほが肉まんコーナーの裏に隠れていた。
どうやら面倒な客のようだ。
お前らは、飲食ブースに隠れていてくれ。岸野良太が小声で言うと、店内の奥にある飲食ができるスペースを指さす。
「……手を貸そうか?」
「……いや、面倒だけどバイト中だからな。お客様の手を借りるわけにはいかない。面倒だけどな」
岸野優斗は死んだ魚のような目で、浮浪者のような客のことを目で追っていく。
その客はゆっくりと歩きながら、商品を物色していく。コンビニのビニール傘が立てられている棚を通り過ぎて、パンやコンビニ弁当を手当たり次第に買い物かごに入れていく。汚れている男の手は土色をしていた。そのまま浮浪者の男は、買い物かごを手に持って、レジへと向かっていく。
「いらっしゃいませー。レジ袋はご利用になられますかー」
「……」
岸野優斗のおざなりな接客にも、何も答えることもなく。浮浪者の男は汚れた作業着の内側に手を入れたまま、岸野のレジ打ちが終わるのを待っている。
「えーと、お会計は1871円ですー」
お支払いは現金でいいですか? と問いかけようと岸野が顔を上げる。
その時だった。
不意に浮浪者の男が動き出した。作業着の上着で隠していた右手をあらわにさせると、その手で持っていたもので岸野優斗に殴りかかったのだ。大きな工具レンチだ。
ガシャン!
レジが大きな音を立てて壊される。
古い型式のレジスターは数字を表示させる掲示板しかついておらず、それも浮浪者の一撃によってヒビが入っていた。
「っ??」
戸惑ったのは、襲い掛かった浮浪者のほうだった。レジを打っている岸野優斗へと殴りかかったはずなのに。レンチを振りぬいた時には、ギリギリ躱せる距離をとっていた。
……とんでもない反応速度だった。
「あー、やっちまったなぁ。今月でレジ壊れたの二台目なんだよ。どーしてくれるんだよ、また備品の損壊報告を書かなくちゃいけないじゃないか」
岸野優斗が、死んだ魚のような目をしていた。
突然、襲ってきた浮浪者を前にして、肩の力を抜いてぼりぼりと頭をかく。そこで初めて、浮浪者の男が口を開く。
「ちっ、外したか。……金だ! レジの中の金を出せ!」
「金って。ここにある現金よりも、あんたが壊したレジのほうが高価なんだが」
「はぁ!? おれには関係ない! いいから金を出せ! そこの女がどうなっていいのか!?」
浮浪者の男は、肉まんコーナーに隠れている岸野まほへと視線を向ける。男の血走った眼を向けられても、彼女はよくわからないというように首を傾げている。
「はぁ。……なぁ、おっさん。あんた、この街の人間ではないだろ? わざわざ電車に乗って、この店にコンビニ強盗かい? 暇なんだね?」
「お前には関係ないだろうが!」
「まぁ、俺もバイトだし。あんまり関係ないけどさ。でも、あんた。……誰かに雇われているだろう?」
一瞬だけ、岸野優斗の目に光が灯る。
酷く不安定な鈍色の光だった




