第2話 働かざるもの高校に通うべからず
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銃声が鳴る。
深夜になっても、人が途絶えない陣凱町の繁華街。
若者たちが路上で語り合い、中年たちが酒に溺れて倒れている。そんな居酒屋が並ぶ通りには、学生にしか見えない少年少女が働いていた。こんな灰色の光景こそ、この街のイカれ具合を表している。
『働かざるもの高校に通うべからず』。
正々堂々と年齢詐称をしてバイトをする学生たち。バレなければ灰色は白である。そんなイカれた理論を掲げている街の頭上を、ひとつの銃弾が空気の壁を突き破って、飛翔音をまき散らしていく。
キィーン。
銃弾はまっすぐに飛んでいく。500メートルという長距離狙撃を経て、狙いすましたかのように目標へと着弾する。
ぷちん、と電線が切れた。
街の一部だけが暗闇に飲み込まれる。
停電だ。
一瞬、その地区だけが静かになる。だが、すぐに停電した廃ビルから怒鳴り声が響いた。野太い男たちの声だった。「おい、コラァ! どうなってんだ!」「さっさと明かりをつけろ! 『人質』が逃げるだろうがっ!」 男たちは戸惑っているようだ。それが落ち着くよりも早く。待機していた警官隊がビルに突入していく。対テロ対策の特殊部隊だ。激しい閃光弾。ドアは鍵ごと破壊された。淡々と仕事をしていくプロフェッショナルの隊員たち。廃ビルに強盗団の悲鳴だけが闇夜に響く。数分後には、パトカーの赤色灯に包まれていた。
そんな異常な日常風景を見届けることもなく。
その男は、……いや、まだ少年と呼ぶべき年齢の男子高校生は、バイト道具であるスナイパーライフルを鞄の中にしまい込んで、繁華街の喧騒へと消えていった。
途中、スマホをポケットから出して、バイト先の主任に報告をする。
酔っぱらいの喧騒をかき分けて。
爛々と輝く居酒屋の看板の下を通り、風俗店の違法な客引きを無視して。
人通りの少ない路地裏を選んで歩く。
遠くからは、どこか歪な笑い声が聞こえてきた。
狂気と渇望を孕んだ、不安定な街。
一歩間違えれば、とんでもない事件に巻き込まれてしまいそうな。そんな予感さえする。
嗚呼。
今日も、陣凱町はいつも通りだ。
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有坂式次郎は、普通の男子高校生である。
少なくとも、この街では―
東京都練馬区にある陣凱町。
この街は、いろんなヤバいものを詰め込まれてできている。池袋や新宿からも地下鉄で繋がっていて、高速道路の出入り口である大泉I.Cもある。そのせいかはわからないが、この街は、とにかくいろんなものが流れ着いてきた。
次郎が『雇われ狙撃手』なんてバイトを始めたのも、一年ほど前のことだった。
少し前までは『組織の裏切り者を始末するだけの簡単な仕事』なんてことをしていたが、今は普通の男子高校生だ。この街では、ちょっと変わった過去があるくらいで特別扱いをされない。
バイトを終えた帰り道。
時刻は、深夜になろうとしていた。
さすがに駅前から離れたら、人通りは少ない。
次郎は、自分の住んでいる築30年のボロアパートを目指しながら、明るくライトアップされている消費者金融の看板を見上げる。
……今日は二人か。
次郎が呟く。
ニコニコマークが描かれた看板に、人間の下半身がぶら下がっていた、今日は二人だ。多い時には片手では数えられない人数が、あの看板からぶら下がっていた。金を借りておいて返さない債務者たち。この街では督促状などという優しい手段は取られない。期限を守れなかった人間には、とても怖い人たちがお宅を訪問すると、そのまま拉致して自社の看板へと投げ込んでいくのだ。
泣こうが喚こうが関係ない。
看板に突き刺さったら、ピタリと静かになるのだから。
金を返さないほうが悪い。
まぁ、死んではいないようだから、誰もそれほど気にはしない。
ニコニコ・陣凱町ローン。この街でも有名で、とても親切な高利貸しだ。あそこを仕切っている陣凱組。そこの組長の一人娘が同じクラスなのだが、彼女がいうには「黙っていても金を落としてくれる阿呆たち」と蔑んでいた。
やはり、人間。
慎ましく生きるのが一番だ。
宝くじが当たってお金持ちになりたいとか、推薦で有名大学に入りたいとか。はたまた、物語のように美少女と運命的な出会いをしたいとか。そんなこと考えてはいけない。
いけない。
いけないのだ。
そんなことはわかっている。
自分だって、そのような面倒ごとに関わるのは愚かだと思っている。
それなのに―
どうして―
……目の前に、女の子が倒れているんだ?
「すー、すー。むにゃむにゃ」
見たこともないような可愛い少女が、次郎のアパートの前で倒れていた―