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第19話「夏休み最後の日を浪費しよう」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――


【8月31日 13時00分】


 時刻は正午過ぎ。

 陣凱町の不安定な賑わいは留まるところを知らず。さらに勢いを増して混沌としている。『夏休みの延長』などという馬鹿げた主張をしていた学生たちだったが、その声は陣凱高校の教師たちによって制圧された。今では、駅前でずらっと正座をさせられて、生徒指導の先生による教育的指導が始まっていた。


「はははっ、残念だったな! 学生風情が、俺たち教師に勝てると本気で思ったのか!」


 我ら、教師軍団を倒さない限り、貴様たちに夏休みは来ないものと思え! 

 と何かちょっとズレたことを言っている教師たち。彼らに見つからないように、次郎たちは駅前の広場をそそくさと横切っていた。


「さて、聖女様。次はどこに行きたいのかな?」


 まず、口を開いたのは野良猫のらねノラだった。

 コイツときたら、次郎が古着屋に帰ってくるなり、自分も一緒に行動すると言い出したのだ。結果として、こうやって夏休み最後の日を浪費している。


「聞いたよー。聖女様、自分が泊っているホテルから逃げてきたんだって?」

 

 うんうん、いいことじゃないか。

 ローマの休日ならず、陣凱町の休日というわけだねー。まかせてよ。この町のことは次郎より詳しいし、まぁ飽きることはないからさぁ。


 そう言いながら、感情のない灰色の瞳を細める。何を考えているのかわからない目だった。

 奴の服装は、ラフな夏服だ。Tシャツにオーバーオール。活発な男の子にも見えれば、ボーイッシュな女の子にも見える、なんともいえない絶妙な格好だ。……いや、男にしては身長が足りないか。


「まったく。俺は観光に付き合うつもりはないぞ」


 次郎は不貞腐れるように、わざと大きな声でぼやく。だが、それはあっさりと無視される。隣でニコニコ笑っている少女。自称、聖女様はノラに向かって恭しく頭を下げる。


「本当にありがとうございます。この国での良き思い出になりそうです。《《誰かさん》》と違って、ノラちゃんが優しい人でよかった。……そう、誰かさんと違って!」


 モブ子は次郎のことを上目遣いで睨みつけた。

 その服装は、リボンのついたブラウスにキュロットスカート。古着屋でノラが選んだチョイスだった。「どう、可愛いでしょ?」と何かを期待した目で次郎のことを見上げていたが、「まぁ、可愛いじゃないか」とか、そんな適当な態度しかできない次郎に、モブ子は見るからにへそを曲げる。


 それからというもの、『不機嫌です』と言わんばかりに頬を膨らませて、唇を尖らせている。


「……なんだ? 俺に何か文句でもあるのか?」

「べーつーにーっ!」


 ふんっ、とそっぽを向いてしまう。

 それでも次郎の隣から離れようとせず、人ごみに流されそうになると彼の服を摘まんだ。それを次郎は見て見ぬフリをする。


「ふーん」


 そんな光景を、ソラは興味深そうに観察する。

 それなりに長い付き合いになる次郎が、あんなふうに心を許すのがとても珍しかった。


「それで? 聖女サマはどこに行きたいんだ?」


 どこか小馬鹿にした口調で、次郎はモブ子に問う。まだ本物の聖女であると信じていない次郎は、モブ子に対して普通の女の子として接していた。


「そうですね。ずっと自由になる日を待ち望んでいましたから、やりたいことは色々とあります。コンビニで買い物をしたり、自動販売機で炭酸飲料を飲んだり。……あ、あと、夜になったら屋台のラーメンを食べてみたいです!」


「なるほど。随分と庶民的な夢だな」


「おはようから、おやすみまで。食事のメニューはもちろん、トイレの回数まで監視されて。そんな生活を何年も送っていたら、あなたにもわかりますよ」


 モブ子は不貞腐れるように唇を尖らせる。

 なるほど。

 それは嫌だな。


「それじゃあ、まずはコンビニだねぇ! 聖女様の有意義な休日のために、ボクたちもがんばろうー」


 おー、元気よく拳を上げて、ソラが人ごみの中を進んでいく。こいつもいい加減、身長が低いので、ちょっと目を離すと見失いそうだ。


「なんだったら、お前にすべてを任せて、俺はここで帰っても―」


「はいはい。次郎さん。行きますよ」


 モブ子に引っ張られるような形で、次郎は渋々と歩き出す。 

 それにしても、この異国の聖女サマは元気だな。ちゃんと話を聞いてみると、どうやら昨日は赤坂の高級ホテルに泊まっていたらしい。いろんな国を回ってきたが、この国が最後の外遊先だったとか。だが聖女としての日々が嫌になって、赤坂のホテルから逃げ出した。そして、途中で疲れて休んでいたら。気がつけば、練馬区の陣凱町にある次郎の家にいたのだと。


 本当は、次郎の部屋の前で倒れていたのだが。


 その話をすると、行き倒れになっていた聖女サマを燃えるゴミに投げ捨てた、という事実がバレそうなので黙っていた。バレたら、後が面倒だ。


「……まったく」


 次郎が呆れたように不貞腐れる。

 日常が嫌になってホテルから逃げ出して、気が付いたら陣凱町にいた、か。



 ……嘘をつくなら。

 ……もっとマシな嘘をつけばいいのに。


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