第18話「嗚呼。 今日も陣凱町は平和である」
鉄パイプが振り下ろされる。
次郎の頭を砕かん勢いで。
錆びた凶器が襲いかかってくる。
だが、その寸前に。
次郎は鞄からバイト道具を、……《《抜いた》》。
「……え」
ダンッ!
狭い裏路地に鋭い破裂音が響いた。
いや、もっと正確にいうならば。
この路地裏に『銃声』が鳴り響いた。
「が、がぁ」
脳天に直撃して。
その勢いのまま、頭部を後ろにもっていかれる。自身と相反する力が加わり、鉄パイプを持った男は空を見上げるようにして倒れた。どさっ、と非日常的な重い音が地面を揺らす。すでに言葉はなく、反応もない。白目をむいて、泡を吹いている。脳を揺らされたのか、目が覚める様子はなかった。
「……え、……お、おい、なんだよ、それ」
目の前のことが理解できないのか、入れ墨の男が言葉を失ってしまう。自分たちが襲おうとしていた男が。どこからどう見ても、普通の男子高校生に見える奴が。
今、こうやって。
狙撃銃を構えて反撃してくるなんて。
「え? 銃? なんで」
なんで、そんなものを持っているんだ。ここ、日本だぞ。アメリカでもなければ、戦争をしているわけでもないのに。
……あー、そうか。おもちゃのエアガンか。俺も子供のときに欲しかったなぁ。いろんなタイプのエアガンがあってさ。おおきい電動エアガンをもっている奴は、ヒーローだったなぁ。あぁ、そうか。おもちゃのエアガンなら高校生が持っていても―
ダンッ!
二発目の銃声がして、入れ墨の男が倒れた。
カランカラン、と男が持っていた金属バットが路地裏の隅に転がっていく。
眉間を撃ち抜かれて、すでに意識はない。
それを確認するよりも早く、次郎はスナイパーライフルのボルトハンドルを操作する。排莢、次弾装填。薬室より吐き出された空薬莢が、綺麗な放物線を描く。そして、それが路地の砂埃に落ちたときには、すでに三人目の男へと狙いを定めていた。
「……誰が、逃げ出すって?」
次郎が手にしていたのは、もちろんおもちゃのエアガンではない。
長距離の標的を狙い撃つための狙撃銃。
『九七式・有坂歩兵狙撃銃』。戦時中、この国で製造・使用された国産の狙撃用ライフルである。手で握る部分にはウッドストックが採用されている年代物。だが、造りは古くても性能は優秀。整備・現代的改修を加えて、こうしてならず者を一撃でダウンさせる模擬弾も使用できる。
もちろん、この銃は。
普通の高校生である次郎のバイト道具だった。
「お、おいおい!? 銃を使うなんて卑怯じゃねーか!」
「は? 先に手を出してきたのは、お前らだろう。そんな覚悟もなかったのか」
それに安心しろ。
この模擬弾は優秀だ。精々、関節を砕いたり、眼球を潰したり。脳に多少の後遺症を残すくらいの威力しかない。
次郎は濁った瞳を向ける。
その目を見て、最後に残されたスキンヘッドはようやく覚悟を決める。
ベストのポケットに手を入れると、そこから折りたたみ式のナイフを取り出した。カシャン、とナイフの刃を露出させると、いつでも飛び出せるように前傾姿勢になる。抜き身の刃が鈍く反射する。
「てめぇが銃を撃ってこようが、そんなの関係ねぇ。こいつで心臓をひと突きすりゃ、俺の勝ちってことだろう!」
スキンヘッドの男が静かに言う。
男には勝算があった。
例え、撃たれたとしても、距離をつめれば刃物のほうが強い。骨を折られようとも、関節を外されようとも、近づいて、絶対に仕留める。
「……ごくり」
「おい、モンキー。喉が鳴っているぞ。平静を装っているが息も荒い。体の揺らし方も無意識に単調になっているじゃないか。これでは飛び出すタイミングを教えているようなもんだぞ。この素人童貞モンキー」
「う、うるせえっ!」
スキンヘッドの男は煽られるままに迫ってきた。
頭を撃たれて気絶しないように、空いた片手で頭部を防御している。これなら撃たれても、奴に近づいてナイフでさす―
「え」
その瞬間だった。
スキンヘッドの男の顎に、強烈な衝撃が走った。
脳が揺らされ、聴覚が遠くなっていく。
何が起きたのか。
すぐにわかった。
男の突進とともに、次郎もまた前に飛び出していた。1メートルを超えるスナイパーライフルを、まるで棒術のように構えなおして、その頑強なウッドストックで男の顎を打ち上げたのだ。
「がはっ」
男の体が綺麗に宙を舞う。
そのまま背中から落ちて、嗚咽をもらす。
頭が揺れる。
体が言うことをきかない。
耳がよくきこえない。
視界がかすみそうだ。
……くそ。こんなガキに。
……俺が、負けるのか。
絶対に許さねぇ。
復讐だ。
復讐してやる!
今度、会ったらタダじゃすまな―
「悪いがこのまま見逃すつもりはない。やるなら最後まで。徹底的に追い詰める。復讐する感情がわかないほどに」
「……え、ちょっと、ま」
もう逃げ出すこともできない男を相手に。
次郎はゆっくりと迫ってくる。
その手には、銃身の長いスナイパーライフルが握られていて。
なんの良心の呵責もなく。
その銃口を、男へと突き付ける。
「選べ。無くなるのはなんだ? 眼球? 顎の関節? 脳に多少の後遺症が残るほうでも、俺は構わないぞ」
無慈悲に。
無感情な。
まるで何年も日の光が当たらない闇社会で生きてきた殺し屋のような口調で、次郎は自分を襲ってきた男に選ばせる。そこまでされて、スキンヘッドの男はようやく理解する。
覚悟の意味を。
この街で、この高校生に手を出したことが、そもそもの間違いだったと。
やがて、悲鳴が上がる。
それは悲鳴と呼ぶべきかわからないくらい掠れていて、許しを求めていた声だった。
それから。
一発の銃声がして。
次郎だけが、その路地裏から出ていった。
……嗚呼。
……今日も陣凱町は平和である。




