第17話「この町では、暴力さえ通じないときもある。」
外の階段を降りたところで、クリーニング屋の店長に片手で挨拶をする。この街では、多少の騒音など気にもされないけど。その足で、モブ子たちが待っている商店街を目指す。
最近、また変な輩が増えた気がする。
『灰色のフリーター』と呼ばれている。報酬さえ良ければば、どんな犯罪行為にも手を染める連中。個人で動く奴もいれば、奴らはチームを組んで行動することもある。誘拐を目的としている場合なら、実行班と回収班にわかれて動くことだろう。
まぁ、俺には関係ないことだ。
そんなことを考えて、近道のため細い路地に入る。ここを通れば、商店街まで目の前だ。
……が、その時だった。
「おい、ガキ。ちょっと止まれや」
不意に声をかけられて、顔を上げる。
ぶわっ、という風を感じた。
目の前に、……錆びた鉄パイプが迫っていた。
「ッ!?」
瞬きはしなかった。
眼前に迫ってくる凶器を、次郎は感情のない瞳で追う。
まったく。
どうして。
この街は、こうも落ち着きがないのだろうか。
「……ッ」
首を逸らす。
地面を後ろに蹴る。態勢を崩すことなく、それまで自分の頭部があった場所に、力任せに振り回された鉄パイプが通り過ぎていく。あの陣凱高校で平穏無事に生きている次郎であっても、さすがに鉄パイプで頭を殴られたら死んでしまう。
つまり。
この目の前にいる奴らは。
次郎が死んでも構わない、と考えて襲っている。
「……悪いが、誰かと勘違いしていないか? 不意打ちで襲われる覚えはないぞ」
次郎の口調は、その場の緊張感とはかけ離れたものだった。
目の前にいるのは、……三人。
鉄パイプで殴りかかってきた男、へらへらと笑っている入れ墨の男、がっしりとした体のスキンヘッド。スキンヘッドの男は何かを隠し持っているのか、ベストの胸ポケットが歪な形で膨らんでいる。
「へぇ、よくかわしたな。運がいい奴だぜ」
鉄パイプの男がにやにや笑いながら、次郎へと歩いてくる。
屈強な体だ。
背が高く、肩幅も広い。平均的な男子高校生くらいの体格である次郎では、喧嘩なんかしようものなら、あっという間に病院送りとなるだろう。
それが、鉄パイプの男もわかっているのか。
次郎のことを威嚇するように、鉄パイプの先端ををアスファルトに擦らせて、カリカリカリと不気味な音を立てて近づいてくる。
「へへ。これで1000万円。一人頭でも100万の仕事なんて。割がいいぜ」
「おいおい。俺の質問に答えてくれよ。人違いだって言っているだろう?」
「こいつが逃げ出さないように注意しろよ。せっかくの高額収入の獲物なんだからよ」
「だから、話を聞け。この言葉を喋るモンキーども。《《マスをかきすぎて》》脳みそまで退化したか?」
次郎の不遜な言葉に、スキンヘッドの男がわずかに反応する。自身が感じた違和感の正体を、うまく掴めない。
なにか、おかしい。
こんなふうに襲われたら、誰だって動揺するはずだ。『仕返し』の闇バイトで襲ってきた中年のサラリーマン、学生、元・警察官だって。その顔には恐怖と不安が刻まれていた。
そのはずなのに。
なぜ、こんな普通の高校生である、このガキは。
ビビることもなく平然と喋っているのだ? そんな疑惑を、スキンヘッドの男は感じていた。
「へへへ、教えてやろうか。てめぇには賞金が掛かってるんだよ。まー、ゲンミツにいえば。てめぇと一緒にいる女に賞金がかかっているんだが」
「女?」
「あぁ、そうさ。俺たちでは、そのことで話題沸騰よ。女を連れてくれば報奨金をくれるって。……で、仲間内でも情報の売り買いがされている。俺たちが買ったのが、この写真だ」
鉄パイプの男はポケットのスマホを取り出すと、その画面を次郎に見せる。それを見た次郎は、思わずうなり声をあげてしまった。
「……げ」
「へへへっ! ここに映っている男は、やっぱりテメェだったか!」
男のスマホ画面に映っていたのは。
陣凱町駅前で炭酸飲料を飲んでいる男女だった。少女のほうはTシャツとスウェットというラフすぎる格好で、もう一人の男は大きな長方形の鞄を背負っている。……モブ子と次郎だった。
見れば、SNSで拡散されていた写真だった。
時刻は30分前。
くそ、いつの間にこんな写真を隠し撮りされていたんだ。いったい誰の仕業だ? と考えていると、なんと拡散元は同じクラスの奴だった。
『ウチのクラスの冴えない男が美少女とデートしてやがる。悔しいから拡散してやろうぜ』だと!? くそ、ふざけやがって。完全にこいつのせいじゃねーか! ちくしょう、お前なんて宇宙人に連れ去られたまま帰ってこなければよかったんだ!
「へへ。大丈夫。殺しはしねーよ。ただ、ちょーっと痛い目を見てもらおうかな。この写真に映っている女の居場所を教えてくれなければ、だけどねぇ」
鉄パイプの男が、何の前触れもなく壁を蹴りつける。
古いモルタル製の壁に穴があく。
散々、勿体つけて次郎に脅しにかかる。
それでも、次郎には。
動揺が見られない。
ここは陣凱町。
この程度でビビってしまう高校生など。
最初から存在していない。
「……お前ら、この街の人間じゃないだろう?」
落ち着いた声だった。
あん? と頭に疑問符を浮かべているならず者たちに、次郎は中学生にでもわかるような口調で言う。
「この街は、不安定で、歪んでいる。お祭り騒ぎこそが日常で、頭のネジが飛んだ連中が集まっている。それが陣凱町だ。でも、そんな街でもルールが存在している。そのひとつが―」
鉄パイプの男が動く。
次郎が大人しく話さないと察したのだろう。
それは正解だった。
さずがは言葉を喋っているモンキーども。感情で生きる動物には、思慮や言葉は通じない。
ただ、ひとつ。
男に誤算があるとすれば。
ここでは、暴力さえ通じないときもある。
「この街のルールは、……『普通の高校生には手を出すな』だ!」




