第16話「雇われスナイパーは今日もバイトをしている…」
ロープから手を放して。
小柄な男が、塀から仲間たちへと落ちていく。
……なにやってるんだよ。
……しっかりしろ。仕事だぞ。
初めは、この小柄な男が体勢を崩したのだと思った。仲間たちは嘲笑を交えながら、落ちてきた男を見下ろす。
だが、様子がおかしい。
反応がない。
仲間内でも身軽さをウリにしてきただけあって、こういったトラブルは何度もあった。三階のアパートから飛び降りたこともあった。それでもケガはおろか、そのままに走り出りだせるほど軽快な身のこなしを持っていた。
そのばすだった。
何か違和感を感じて、やっさんと呼ばれたリーダ―格の男が、倒れたままの仲間の顔をよく見る。
「……なんだ、これ」
そこにあったのは。
眉と眉。
ちょうど眉間に刻まれた。
痛々しい痣であった。
まるで戦争映画で見たような、遠くから狙撃手によって頭を撃ち抜かれた時のようだと、純粋に思った。
「や、やっさん。これって―」
もう一人の仲間が何かを感じたのか。
声を震わせながら、リーダーの男に声をかける。
「お、俺、聞いたことがあるっす。どんなに美味い話でも、……陣凱町では仕事をするなって。あそこはヤバい連中が集まっているって」
「馬鹿野郎! そんなの美味い話を独り占めにしている奴らの作り話だと、ここに来る時に話しただろうが」
「で、でも! なんかヤベーっすよ! この街、なんか変ですって! 早いとこズラかったほうが―」
そこまでだった。
タンッ、という乾いた音がして。
もう一人の仲間が。
前触れもなく横に倒れた。
悲鳴はなかった。
その時、リーダーの男は見た。
何か。
何か高速のなにかが。
目の前の仲間のこめかみに衝突して、そのまま彼の意識を奪ったのを。
……撃たれた。
不意に、そんなことを思った。
リーダーの男は思考が定まらない。
確かに、闇バイトを生業にしている灰色のフリーターたちの間でも、犯してはいけない不文律がある。そのうちのひとつが『陣凱町で仕事をするな』だ。
噂では犯罪者よりもヤバい奴が潜んでいるとか、小遣い稼ぎに強盗に入ったら返り討ちにあったとか、そんな話が絶えないという。
ふん、バカバカしい。
そんなのデタラメに決まっている。映画やコミックであるわけもなし、そんな話を信じられるわけがない。
……今の、この瞬間まで。
……そう思っていた。
キラッ。
何かが光った。
クリーニング店の屋上。
ちょうど看板に隠れるような場所で、わずかに光が反射している。
俺は何をするべきか。
停滞する思考の中で、背筋が冷たくなるのを感じることしかできなかった―
そして、乾いた銃声と共に。
死神によって意識は刈り取られた。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【8月31日 11時35分】
陣凱町の小さなクリーニング店の屋根にて―
「ったく、面倒な仕事を押し付けやがって」
次郎は独り言をぼやく。
バイト道具を鞄に片付けて、それを肩に背負う。硝煙の匂いした。だけど、それも街に吹く風によって、すぐに日常のものに置き換わる。ここは、そういう街だ。
カタン、カタンとクリーニング屋の錆びた外階段を下りていく。先ほどまでいたのは、クリーニング屋の屋上だ。そこそこの高さがあり、視界も開けている。
この街のスナイパーポジションは、全て頭に入ってた―




