第14話「こんなことのために、バイト道具(スナイパーライフル)を持ち歩いているわけじゃないんだぞ?」
「なんだか、レトロな街並みですね」
「昔っから、何も変わっていないらしい。だけど、それがいい。コロッケも美味いしな」
少し歩くと、目的の古着屋が見えてくる。
平成どころか、昭和の風情を残している服屋だ。店内は薄暗く、所狭しと並べられたハンガーラックに、様々な服が並べられている。和服、チャイナ服などの外国籍の服から、メイド服やアニメのコスプレ衣装まで。様々な衣装が無秩序に並んでいる。
このような服、誰が買うんだろうか。と疑問になるが、ここは非常識が日常の陣凱町だ。外国出身どころか、国籍不明な人間もたくさんいる。
「いらっしゃーい。……あれ? じろーじゃん?」
薄暗い店内の奥から、眠そうな声が聞こえてくる。折りたたまれた古着の棚から、ひょっこりと顔を出したのは。
体の線が細い少年だった。
ゆったりとしたショートヘアーは色素の薄いくすんだ灰色。その顔には、幼さを印象づけるアンダーリムの眼鏡をかけている。服装はラフな高校のジャージ姿。その手には、見たこともない機種のスマホが握られている。
「珍しいじゃん。バイト代でも入ったの? それとも女の子とデートとか?」
「そんなんじゃねーよ。こいつの服を見繕ってくれないか。なるべく安くな」
次郎が、まだ店の入り口にいるモブ子を指さす。
そこでキョロキョロと店内を見渡している少女を見て、店番をしていた少年は。
……なにか考えるように目を細める。
……そして、こう言った。
「あぁ、なるほど。そういう展開になったんだね」
「あ? 何がだ?」
「いやいや、こっちの話。それにしても本当に可愛いね。スマホ越しとは違うなぁ。嫉妬しちゃうくらいだよ」
何か意味深に頷くと、少年はモブ子に向かって手を振る。どうしたらいいのか困惑している彼女に対して、「こっちに来い」と声をかけると嬉しそうに近寄ってくる。
「初めまして。ボクの名前は野良猫ノラ。この古着屋でバイトをやっているんだ」
にこり、と人畜無害そうな笑みを浮かべる。
だが、その瞳の奥には。
空っぽのペットボトルのように、何の感情も浮かんでなかった。
「わぁ、素敵です。ノラさんは私と同じ年くらいなのに、もう働いているのですか?」
モブ子が関心したように問うと、ノラもまんざらでもないように答える。
「まぁね。この陣凱町では、バイトで生活費を稼いでいる学生は多いから。『働かざるもの高校に通うべからず』ってね。ちなみに、じろーもバイトで生活費を稼いでいるよ」
「えっ、そうなんですか? 次郎さんは、どのようなお仕事をしているんですか?」
目をキラキラさせながら、モブ子が下から覗き込んでくる。その勢いに押されながらも、数歩ほど後ろに下がる。バイト道具の入った頑丈な鞄が揺れた。
「……別に。俺なんて、この街では普通の高校生だ」
「またまたぁ。じろーのバイトが普通だっていうのなら、ボクなんて大気中の酸素くらい普遍的なものだよ」
ノラがけらけらと笑う。
くそ、こいつ。全て知っているくせに、わざと言っているな。それなりに付き合いも長いが、どこまで本音なのかわかったものではない。
「そういう、こいつの本業は情報屋だからな。古着屋のバイトなんて、ただの小遣い稼ぎだろう」
「にゃはは。情報屋なんて廃業寸前だよ。外の街のことなら、スマホがあれば何でも調べられるしね。お金になるディープな情報は、そもそもリスクが重すぎる」
まぁ、この街に限って言えば、存在そのものがアングラなんだけどね。とノラは続ける。
そんな級友のことを冷ややかな目で見るが、ノラの態度は変わらない。あっけらかんとした様子で笑みを浮かべていると、モブ子が首を傾げながら尋ねる。
「あの、……情報屋って何ですか?」
「その名の通り、情報を売っている人間さ。この陣凱町はいつだって混沌としているからね。ネットでは調べられないこともゴロゴロ転がっているのさ」
例えば、と言ってノラが商店街のアーケード通りを見る。
「さっきまでやっていた八百屋のBoBと魚屋のS aMYの喧嘩。今日も引き分けだったよ」
「あの二人、なんであそこまで仲が悪いんだ?」
「知らないよ。アメリカ人とロシア人だからじゃない? ボクがこの街に流れ着いたころには、すでに険悪なムードだったし。ちなみに今日の喧嘩の原因は、……おっと、これ以上の情報には課金が必要だ」
そんなどうでもいいことにも金を取るのかよ。
次郎が呆れていると、ノラは猫のように笑う。
案外、その笑顔は可愛かった。
「さて。その子の服だったね。お代はツケかい?」
「手持ちがねぇ。次のバイト代が入ったら払いに来てやるよ」
「にゃはは。踏み倒さないでくれよー。さてさて、どのようにコーディネートしようかなー、と。……おや?」
ノラが無感情な笑みを浮かべる。
その時だ。
ノラの持っているスマホから着信音が鳴った。警報音のような音だ。ピーッ、ピーッと鳴り続けているスマホの画面を見て、ノラは何やら考えるように手を顎に当てる。
そして、ノラは次郎のほうを見ると。
ニヤッと野良猫のように笑う。
……嫌な予感がした。
だが、次郎が身構えるよりも早く、ポケットのスマホが揺れた。不幸の通知だ。
「む?」
次郎がポケットからスマホを取り出して、その宛名を見ると。げんなりとした表情となる。
送信者は、なんと目の前にいるノラだった。
この野良猫のように自由気ままに生きている人間は、目の前に相手がいるというのに、わざわざメッセージで会話の内容を送ってきたのだ。それは、同じ空間にいるモブ子に配慮したのだろう。
つまり、このメッセージは。
モブ子には知られたくない内容だということだ。
「……」
次郎は黙ったまま、ノラからのメッセージを読み進める。
隣でモブ子が首を傾げている。
そんな彼女に見られないように注意をしながら、依頼内容を確認していく。まったく。こんなことのために、バイト道具を持ち歩いているわけじゃないんだぞ。
……面倒ごとを俺に押し付けるな。
……まぁまぁ。この娘の服代だと思ってさ。
言葉を交わすことなく。
次郎とノラは視線だけで無言で会話する。
そして、先に折れた次郎が肩を落としながら、モブ子へと口を開いた。
「……なぁ、モブ子。悪いが急用ができた」
「え? どうしたんですか?」
突然なことに、わずか不安をにじませる。
そんな彼女のことを察したのか、次郎は何でもないことのように答える。
「大丈夫だ。急なバイトが入っただけだ」
すぐに戻ってくるから、お前はゆっくりと服を選んでいるといい。そう言って、次郎はバイト道具の入った鞄を背負い直す。
……『聖女の誘拐』。
行方不明になっている聖女には、ネット上で賞金が懸けられている。そんなおいしい話、犯罪者たちが黙っているわけがない。特に『灰色のフリーター』と呼ばれる闇バイト専門の連中は、フットワークが軽い上に、人数だけはすぐに揃えられるからな。
多少、強引な手を使ってでも、モブ子を狙ってくるだろう。
……誘拐。
……拉致、監禁。
そんなことを企んでいる連中に、手心を加えてやる道理はない。手を出してくるなら、それに対処するまでだ。
次郎の瞳が変わる。
夏休みを過ごす学生ではない。あれは、狩る者の眼光だ。
「店を出るなよ。俺が戻ってくるまでな」
そう言い残して、次郎は古着屋を出ていった。
あまりに突然なことで、モブ子は呆気にとられていると。……首筋を、冷たい手で猫撫でされた。
「あひゅい!?」
突然のことに、モブ子は思わず変な声が出てしまった。そのことを恥ずかしがっていると、後ろに立っていたノラが悪戯をした子供のような顔で見ている。
「はいはーい。お嬢様はこっちだよ。この古着屋のバイト半年のボクが、ぴったりなコーディネートを選んじゃおうかなー」
空っぽのペットボトルのような瞳で、ノラは丁寧に接客する。
そんな彼に、ふと何を思ったのか。
モブ子はずっと抱えていた疑問を尋ねる。
「あのー、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なになに? ボクの秘密以外だったらなんでも教えちゃうよ。もちろん、課金は必要だけどー」
「ノラさんは男の子? それとも、《《女の子》》?」
ぴくり、とノラは固まった。
ゆったりとしたショートヘアーが揺れて、男性にしては細すぎる体が強張る。慎ましい身体の曲線は、野暮ったい学生ジャージに隠されていた―




