第13話「この街で一番の危険人物」
「本当に、お祭りのような街ですね! 見ていて楽しいです!」
「そりゃ、よかったな」
次郎がおざなりに返事をすると、先を歩いていたモブ子がくるりと振り返る。
「もしかして、立ち入りできない危険な場所もあるんですか?」
「そりゃ、あるさ。繁華街の裏路地とか、とても親切なヤクザな事務所とか」
先に言っておくが。
そこには案内しねぇぞ。海外に売り飛ばされちまう、と次郎はクギを刺す。
「大丈夫ですよ。その辺は弁えていますから。……じゃあ、この街で一番の危険人物って、どんな方なんですか?」
そんな彼女の質問に、次郎の肩がピクッと震える。
一番、危険な人。
最初に思い浮かんだ人間のことは、何があっても口にはできない。その名前を口にしただけで、なんだか不幸になりそうな気がする。そんな不安に駆られながら、彼女に説明をしようとすると。
思ってもいない方向から、声が掛かった。
「あれ、次郎君じゃん。ひさしぶり〜♪」
不意に声をかけられて、次郎はそちらを見る。
ぞくりっ、と緊張が走る。
今まで涼しい顔をしていたはずの次郎が、その表情を強張らせる。ただならぬ雰囲気が、そこから発せられていた。
「おはー、最近どうよー♪ ちょーし良さげー?」
そこにいたのは、ギャル風な少女だった。
金髪に染めた髪。背は高い。男子高校生の平均くらいある次郎と同じくらいだ。年頃の少女らしく、短いスカートや派手なアクセサリーで着飾っている。手に持っているバックには、推しなのだろうか。アニメのキャラクターの人形がじゃらじゃらとぶら下がっていた。
まごうことなきギャルである。
それなのに、なぜか。
手の甲に包帯を巻きつけている。
まるで、拳闘屋のようであった。
「あー、久しぶりです。『天上天下先輩』……」
敬語だった。
普段は誰にでも、不遜な態度の次郎が、慣れていない敬語で話す。
よく見ると、その顔は緊張で引きつっていた。
わずかに身構えて、もはや臨戦態勢だ。
「態度が固いなぁ。もっと馴れ馴れしく『ユイ先輩〜❤︎』って呼んでよー」
「……善処、します」
「むー。そういう態度が一番傷つくんだよぉ。また一緒にバイトしようよー。今度はちゃんと《《半殺し》》にするからさぁー」
「やめてください。また高校の謹慎処分を食らいますよ?」
次郎は、自分が冷や汗をかいていることに気がつきながらも、なるべく自然なそぶりで距離をとる。
天上天下 唯我センパイ。
天で上下に挟むから『もなか』と読む。
次郎の一つ年上の先輩で、今は陣凱高校の三年生だ。以前、何度か一緒にバイトをしたことがあるが、もう二度と一緒に働きたくない。それくらい、頭のネジがぶっ飛んでいる人だった。
「あれ? そっちの可愛い子ちゃんは? カノジョ?」
「今日、知り合ったばかりです。町の観光案内をしているんで」
「なるほどー。デートってわけね! うん、いいことだよ。若人よ!」
「いや、人の話を聞いてください」
自分で勝手に納得した天上天下センパイは、モブ子のことをじろじろ見ると、にやりと笑う。あれだ。獣が獲物を見つけたときの顔だ。自然とモブ子を庇うように、センパイから引き離す。モブ子をされるがまま、次郎の後ろに身を潜める。
そんな二人のことを見て、天上天下センパイは、……肉食獣の笑みを作った。
「きみ、いい男を捕まえたね!」
「へ?」
突然なことに、モブ子は目を丸くさせる。
そんな彼女にお構いなく、天上天下センパイは続ける。
「じろー君は口が悪いけどね。信頼できる良い男だよ。何より腕が立つ。絶対に手放しちゃダメだよ」
「は、はぁ」
「なはっはっは! まー、ゆっくりしていってよ。忙しない街だけど。何かあったら、このユイ先輩が助けてあげるから!」
そう言って、片目を瞑りながら颯爽と去っていく。そのウインクだけで肝が冷える。肉食獣と草食動物は仲良くできないのだ。
「な、なんだか個性的なお人でしたね」
知り合いなのですか、と問うモブ子に、次郎は疲労をにじませながら答える。
「あぁ。学校で一番の問題児というか、この街を満喫している人でな。とにかく常識が通用しない」
「危ない人、ってことですか?」
「この街で関わってはいけない人間の一人だよ。ヤバい。とにかくヤバい」
次郎は、自分の考えを振り払うように首を振ると、モブ子を促して歩き出す。
騒がしすぎる、この街で。
少女の姿はひどく浮いていて。
そのせいか、不安そうに歩きながらも。
人懐っこく見上げてくる、その愛らしい姿に。
思わず、手を差し出さずにはいられない。
……よくない。
……あぁ、よくない。
次郎は自分に言い聞かせる。
彼女の姿に目を奪われながらも、自分に言い聞かせる。
……《《今日限り》》の関係で終わらさなければ。
……困るのは、自分なのだから。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【8月31日 11時00分】
陣凱町駅前の商店街にて―
陣凱町の商店街が見えてきた。
昔ながらの風情を残している商店街だ。夕方になれば、コロッケのいい匂いが漂ってくる。この街の住人は、この商店街で買い物を済ませる人が多い。
去年、近くに大きなショッピングセンターができたが、この街の経営者に求められる最低条件である「犯罪者が来ても、素手でボコボコにできる」。それを満たすことができず、あっさりと撤退していった。この街で商売をしたければ、拳で語り合うくらいの気概が必要だ。




