第12話「同じクラスにUFOを撃墜した奴がいる」
次郎の肩には、細長い鞄が背負われている。
四隅を金属で補強された頑丈な鞄だ
初めてモブ子と出会った時と同じ。中に入っているのは、いつものバイト道具だ。この街に来る前から使っていた『九七式・有坂歩兵狙撃銃』。
つまり、スナイパーライフルだ。
別にバイトの予定など入ってはいないが、キナ臭い時は持ち歩くことにしている。この街は、それくらい油断がならない。
……あれが電気屋で、あっちがコンビニだ。
アイスクリーム? 後で買ってやるよ。夜になったら、うまいラーメンの屋台にでも行くか。とりあえず、お前の着る服だな。こっちだ、ついてこい。
そうやって、異国の少女にもわかるように丁寧に教えていく。すると、モブ子の目がキラキラしたものになっていった。
次郎のアパートでのことだ。
彼女が口にした言葉があった。
……今日だけでいいから自由になりたい。
それが彼女の口にした願いであった。
正直、その言葉がなければ、警察にすべて丸投げしようと考えていた。こんな街であっても、警察はそれなりに動いてくれる。彼女のことも保護もしてくれるだろう。
だが。
その時の真剣な表情が。
まるで、《《今日が人生最後の一日》》だというような悲壮感が。次郎の考えを変える。
今日くらい、普通の女の子として。
一緒にいてやってもいいだろう。
そんなふうに思わなければ。
次郎も、こうして彼女と一緒に外を出歩くことはなかった。
途中、足を止めて自動販売機の前に立つ。
何か飲むか? と次郎が問うと、モブ子はわからないというように首を傾げる。適当に炭酸飲料のボタンを押して、下の取り出し口から350mlの缶を取り出す。その様子を、モブ子は興味津々に見つめている。まるで、自動販売機でものを買うのを初めて見たような印象だった。
「わっ、しゅわしゅわしてますよ!」
「そりゃ、炭酸だからな」
次郎は自動販売機の横に腰を下ろして、自分の缶のプルタブを開ける。
どうしたらいいのか、わからないモブ子はコーラの缶を持ったままオロオロとしていたが、次郎が横に来るように手招きすると、嬉しそうに顔を輝かせて、次郎の隣にその小さな体を縮こませた。
次郎が駅前の光景を見ながら炭酸飲料を飲むと、それをマネするようにモブ子も缶を傾ける。
そんな彼女の姿を見て。
次郎は穏やかな様子で話しはじめる。
「この街は変わっているけど、他の街にはないルールがあるんだ」
「へぇ~、どんなものなんですか?」
「……『普通の高校生には手を出すな』だ」
「は?」
モブ子が小さなゲップをしながら驚くと。
次郎は自嘲するように口を開く。
「俺が通っている高校は、奇人・変人ばかりだからな。他の学校で問題を起こしたか、大人たちの手に負えなくなったとか。そんな奴らだ」
この街の住人は知っているけど。よそから来た人間は、そんなこと知らずにちょっかい出してくるからなぁ。と、次郎は呆れてみせる。
「どんな人がいるんですか?」
「同じクラスにUFOを撃墜した奴がいる」
「へ?」
ぽかんと、モブ子が口を開ける。
しかし、すぐに冗談だと思ったのか、その顔から笑みが零れる。
「またまたぁ。そんな冗談に騙されませんよ。いくら、私が世間知らずだとしても、その程度のウソなんて、すぐにわかりますよ」
「いやいや。マジの話らしい。宇宙人に攫われて改造手術までされたけど、そのままUFOの中を暴れまわって、山奥に墜落させたとか」
「はぁ」
「大きな山火事にもなった。そいつが警察に発見されたときには、両手に宇宙人の首を掴んで、地面を引きずり回していたらしい。逃げ出した宇宙人たちは、泣きながら警官に助けを求めてきたとか」
ウソみたいな話を、次郎が大真面目に話していく。
どうせ最後には、冗談だ、と言うに決まっている。タカを括っていたモブ子だったが、いつになっても訂正しない次郎を見て、いよいよ、これが事実なのだと悟った。
「まぁ、頭の中には変なチップを埋め込まれているらしくてな。手術で摘出することもできないから、ウチの高校に転校して様子を見ることになった」
「手術で取り出せないって、そんなこと―」
「大脳のド真ん中だぞ? 脳みその中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、宇宙人のチップを取り出せっていうのか」
次郎の憐みの目に、さすがのモブ子も何も返せなかった。そんな様子に、今度は次郎がいじめっ子のように笑った。
「まぁ。そんな奴らばっかりがいる高校だからさ。普通に見える高校生でも、本当はヤバい奴だったりするんだよ。ちょっと変わっているくらいじゃあ、誰も驚かない」
……もし、この街に。組織の裏切り者を始末する、《《元・A級スナイパー》》だった奴がいたとしても。そいつは普通の男子高校生だよ。次郎は自嘲するように言った。
そうやって自分の通っている高校について話していくと、彼女は興奮したように目を輝かせていく。
「本当に、いろんな方が通っているんですね。祖国で見た、日本の漫画やアニメーションみたいです」
「そういえば、日本文化に詳しいよな。外国生まれだろ? 誰かに教わったのか?」
「いいえ。私の世話役のメイドさんが、日本のアニメやマンガが大好きだったので。旅行に行くたびに、いろいろと買ってきてくれたんです」
教会の外に出られなかったし、他に楽しみもありませんでしたから。アニメやマンガが、私の唯一の娯楽でした。自由時間のときは、もう何度も見直していましたよ。それこそセリフも覚えてしまうくらい。
と、彼女は困ったように笑う。
「へぇ。マンガか。何を読んでたんだ?」
日本の漫画も世界で人気だと聞く。おそらく、有名どころのタイトルだろうと思っていると、モブ子がぱぁっと花のような笑を浮かべて言った。
「同人誌です!」
「……え」
「同人誌です。18禁の!」
「……あー、そう」
次郎はめまいによろける。
なるほど。こいつの常識がズレているのは、それが原因か。頭の中がピンク色で、エロ漫画の発想。そんな女が聖女であるわけ―
「ん? 何か言いましたか? 処しますよ?」
「遠慮する」
にこにこ、と笑うモブ子の頭を軽く小突く。
そのまま次郎は、彼女が歩きやすいようにゆっくりと歩いていく。
その横を、彼女が上機嫌についてくる。
まるで、迷子の子犬に懐かれた気分だ。街の風景に目を輝かせて、次郎の話を嬉々として聞き入れていく―




