第八話 視野狭窄
俺の人生はこんなになるはずじゃなかった。
中学に上がるまでは順調そのもののはずだった。
俺は優秀でまともだったのにバカな周りのせいで滅茶苦茶になったんだ。
あのクソみたいなクラスに教師に親のせいで狂ったんだ。
「俺の名前は蛇西侑哉って言います!西って名前に入ってますが東小出身です!東小の友達沢山いるんですけど、このクラスに居ないんで友達になってくれる人募集しますッ!!」
中学校に上がってすぐの事。最初の授業での自己紹介、そこまで変な事を言った覚えは無いのだが、その時はまばらな拍手に少しだけ違和感を覚えていた。
でもその程度当時の俺にはそんなことどうでも良く、次の休み時間には、俺は隣の席の明らか陰キャの根暗そうな奴に話しかけてやったんだ。
「お前その鞄ぼろ過ぎねぇ~?貧乏かよ~」
「え、あ・・・いや・・・これ兄ちゃんので・・・・」
「結局貧乏じゃねぇか!なに見栄はってんだよ!!」
パシっと頭を叩く。名前も知らないがこれぐらいなら小学校では当たり前のノリだった。それに今でも思うが、これぐらいの弄りで周りも熱くなりすぎなんだよ。ほんとあのクラスは冗談が通じない奴ばっかだったんだ。
「い、いや、でもお母さん頑張ってるし・・・・」
「なに母ちゃんが働いてるん?もしかして片親なん!?お前んち?そりゃ貧乏なるわな!」
ふとそんな俺らが笑いながらの会話の中、関係ないくせに俺の肩を叩き入ってきた奴がいた。
「初対面でそれはないっしょ。あ、俺もランシュー兄貴の奴だし気にする事ないからな」
そう後ろの席の北山が出張ってきやがったんだ。勝手に話に割り込んできたのも意味分からないが、それで勝手に良い奴ぶって正義の味方面しやがってきもちの悪い奴だった。
「こんぐらい普通だって~なっ?別に嫌じゃないだろ?」
「え、あ・・・・いや・・・・」
「ノリわりぃなぁ~おい~」
そう今度は少し強めに肩を叩く。たかだか少しいじったぐらいで効くとか、どんだけメンタル弱いんだよ。どうせこいつも今頃しょうもない人生を送っているに違いない。
「多分君がノリ違うよ。人の家庭環境弄って面白いって思ってるなら幼稚だし、それこそ関係性があって弄りが成立するんでしょ」
「え、は、何お前?急に何言ってんの?」
その時やっと後ろを振り返る。今でも覚えてるぐらい何もかも恵まれてきたんだろうなっていう整った顔。それに論破した気にもなっているのか中一のくせに難しい単語使って偉そうに俺を見下ろしていたと、今思い出せば余計に腹が立つ。
「まぁとにかく彼が嫌がってるんだから辞めな。あ、俺の名前北山光輝なよろしく」
この時上からに差し出された右手を俺は握り返さなかった。だってこいつがおかしいだけで、他のクラスの奴は普通だって思っていたから。
でもやっぱりどいつもこいつもしょうもない奴ばかりだった。
「ちょっと蛇西君は黙っててくれる?」
「そういうの本当に辞めた方が良いと思う」
「お前単純におもんない」
「煙たがられてんだよ、少しは気付けよ」
多分一週間の内に言われた言葉がこれだ。誰もこれも冗談は通じないし、俺が会話に入って行ってもすぐ逃げていく。それで俺をガキだのなんだの批判してくるが、今思えばこんな全員で俺をハブったお前らこそガキだろって言い返したくなる。
だがこんな奴らとは違ったのは学力だった。所詮全員バカばかりで俺はいつも成績上位だった、ただまま運動は中ぐらいになったがこれは勉強に集中したんだから仕方ない。
でもそれすら奪ったのはクソみたいな母親だった。
「90点で自慢されても順位からして上に10人いるんでしょ?」
「え、いや、でもそれでも300人の内だから━━」
「小学校の頃はもっと出来てたでしょ。サボってんじゃないの?」
「いやサボったわけじゃ━━」
「テレビも禁止ねこれじゃ。ゲームももちろんだけど」
自分は高卒のくせして勉強に一々口を出してきて鬱陶しかった。自分が勉強出来ないからって俺に押し付けてくる典型的な毒親。こいつさえいなければもっとまともな奴がいる学校に行けていたに違いない。
そうしていくら頑張ってもそれを評価する仲間も親もおらず、周りのせいで俺のそもそもの学校へのモチベーションすら落ちていったのだ。だからこんなバカな奴らに付き合うのが疲れた俺は、中学二年の頃には学校にすら行くのを辞めていた。もちろん最初はクソ親やクソ教師どもが色々手を回したらしいが、言いなりになる訳がなかった。
今思い出してもやっぱりそうだ。俺を正当に評価できない周りのせいで俺はこんな生活をする事になってしまった。ただただ環境が悪かったんだ。
だがそう言っても結局それ以降俺の見える景色はこの薄暗い部屋だけだった。でもそんな日常が変わったのがこいつが来てからの事だ。
「え、は・・・誰」
久々に声帯を使ったせいか擦れながらも、部屋の中に忽然と現れた人だと思った物へと声をかけた。だがそのガタイの良い人モドキはゆっくりと俺を見ると一言零した。
「・・・・・なるほど」
「な、なんなんだよお前はッ!!で、出てけよ!!!」
後ずさりしながらも後ろのドアノブに手をかける。だが散らかった部屋のせいか何かに引っ掛かりドアが開かない。
「単刀直入に言います私はアンドロイドで、貴方に所有者になって欲しいのですが」
それからは散々意味の分からない事を言っていたが、結局こいつがアンドロイドというのは本当の事らしかった。しかも理由は知らないが俺の言う事をなんでも聞くときた。今まで不運で恵まれなかったけど、やっと俺に運が回ってきたと思っても当然の事だった。
だからまず俺はその力を試した。
「じゃあこいつの住所割り出して」
「何故です?特に蛇西様とは関係の無い人物ですが」
「良いからやれって。こいつは居ない方が良い無能な奴なんだよ」
そうあのクソクラスメイトにクソ両親と同じ腐った使えない奴ら。正直誰でも良かったが、丁度良くこういう奴がいてくれて助かった。
「で、こいつを殺す。俺が世直ししてやるんだよ」
俺を認めないこの社会も俺に居場所を与えないこの世の中を変えれる。というかただ単にこんな世の中が腹が立つから、滅茶苦茶に壊せるならなんでもよかった。こいつがいればできるそう思って、実際にその一歩をやり遂げる事ができた。
「だって今でも警察は俺の尻尾も掴めてないんだろ?」
「そうですね。私が傍受出来た範囲での事ですが」
そして今日はもっとでかい事をするためにアンドロイドを集めにきていた。こいつ一人じゃ出来ないとか抜かすから仕方ない。だから俺はその間に行動を起こして犯罪予告をしたり、俺をコケにした北山の奴の住所を探らせたりした。
そうしている内にアンドロイドの奴とふと会話をした事がある。
「てか結局エネルギーがどうのとか言ってたのはどうなったんだよ」
「いえ、あと4日は通常稼働ならば大丈夫ですから」
「なら初めから言うなよ。ややこしいな」
「・・・・申し訳ありません」
こういう融通が利かないと言うか言葉不足な所があるポンコツさもあるが、事実俺は警察に捕まっていない以上有用なのに変わりはない。アンドロイドの仲間を集めて北山とあの陰キャをやって、次に売国議員に金持ちとか薄っぺらい芸能人に顔だけのアイドル共をやって・・・・。
「だが今はそれよりもアンドロイドだ」
後々問い詰めた時こいつが言うには所有者を殺せば所有権を移譲させれるらしいから、そいつを殺すのを優先しよう。
そうしてアンドロイドから反応があったと知らされた俺は、日も暮れ真っ暗になった公園へと踏み出していた。
「この辺にいるんだよな?」
「えぇアンドロイドの反応がありますので」
「見た目は」
「女性型ですね。見た目はある程度可変できるので何とも」
相変わらず肝心な所で使えない奴だな。まだまばらに人はいるとはいえ、夜だし少し探せばそれっぽい奴はどこかに━━
「あいつは?」
「アンドロイドでは無いですが、所有者かどうかは」
ベンチに座っている女が少し離れた所にいる。まだこの公園内にアンドロイドは居るって話だし、所有者の可能性もある以上一応接触してみるか。どうせ関係ない奴だったとしても、最悪殺せば解決できるしな。
「あ?なんか用?」
酒臭い。それに女の癖に愛想も悪い。
どうせ整形してるんだろうけど面だけは良いから少しだけ話してやるか。
「この辺に変な奴見なかったか?」
「今目の前にいるけど」
だったらなんで俺が聞いているんだよ。本当に女ってバカで話が通じないな。
そう辟易しながらも会話を続けてやる。
「二人組で片方は女、知らねぇか?」
「何、あんたストーカーって奴?女々しい事してないでマチアプでもやったら」
「だからそういう事を聞いてるんじゃないんだよ」
一々腹が立つ奴だな。質問に答えれてないしこんな所で潰れている辺りやっぱバカなんだろうな。それにこいつの明らか俺を煽るような言い様にもだが、わざわざこっちが頼み込んでやってんのになんでちゃんと答えないんだよ。
「・・・・で、なんか用?」
「いやだから聞いているんだけど」
「答える気が無いって分かんないの?明らか不審者じゃんあんたら」
なら無駄に時間を使わせるなよクソ女が。
やっぱりこいつも生かす価値も無いゴミか。腹立つしここらでまた事件でも起こして俺の存在を世間に示すいい機会になるか。
「おい」
後ろを振り替えりアンドロイドに顎で指示をする。人気も無いしカメラとかの証拠もすぐに消せるだろうしな。
「ですが所有者では無さそうですが?」
「お前一々口答えすんなよ。やれって言ってんの」
俺の周りは本当に使えない奴ばかりだな。だがまぁこの酒臭い女を殺せば多少このイラつきも収まるだろう、そうベンチに座る女へと視線を戻す。
「あ、何?今度は」
「謝るなら今の内だぜ」
「あーもうめんどいから警察呼ぶわ」
今のうちに粋がるだけ粋がっておけ。どうせそのスマホも使えないのだろうしな。
そう俺が笑みを零すのを我慢しながら見下ろすと、そこの女は不思議そうにスマホの画面を見ていた。
「あ?んで繋がらねぇんだ?」
「今土下座すれば許してやるけど?」
「・・・・・んだよお前ら」
やっと俺の目を見た。どうやら立場関係がやっと分かったらしい、そして前に出ようとしたアンドロイドを一旦止め俺が一歩前に出る。
「ほらどうしたよ。さっきまで散々煽った癖によ」
「いやだから何がしたいんだよ・・・・」
あぁ気持ちいい。散々俺の事を見下して見向きもしてこなかった人種が、今明らか怯えと恐怖で俺を見ている。こんな経験が出来るなら要人とかじゃなくて一般人を暫く襲ってもいいかもしれないな。
「ほら謝れよ。地べたに頭こすりつけてよ」
「・・・・・意味分かんねぇわ、帰る」
そう生意気にも立ち上がろうとした女の腹を思いっきり蹴り飛ばし、ベンチの背へと押し付ける。多少音は出たが、これがまた俺の感情を昂らせる。
「立場分かんないか?」
「・・・キモいってんだよッ」
まだ強気に俺を睨み上げようとするから、その生意気な目を打ち消そうと更に深く腹に足裏を埋め込む。
「━━ッ」
「これはもう謝罪じゃ許されねぇな?」
ゆっくりと手を伸ばし厚化粧された女の頬を触る。
「どうせ整形とかしてんだろ?偽物で着飾って楽しいか?」
「・・・・・死ねッ」
余程バカなのかこの状況でも俺を睨みつけてくる。心底腹は立つがこいつは面は良いし、どうせ殺すなら有効活用してやるか。
「まぁいいや。一旦こいつ俺の部屋に連れていくから運べ」
「・・・・・・・・」
何か口答えするかと思ったが、無言でアンドロイドは頷き俺の脇を通り女へと近づいく。
そんな光景を見ながら私はアルコールで温まった体が芯から冷えるのを覚え、必死に何か出来ないか頭を回す。
(こいつはともかく後ろの男は明らかガタイが良い。それに足も手も・・・・」
寒さのせいかやけに震えて力が入らない。目の前ヒョロイ男なんて押し返せるはずなのに、なぜか全く力が入らない。それなのにガタイの良い男の足音が着実に近づいてきている。
そして目の前の男がゆっくりと私の首を掴む。
「絶対楽には死なせないからな?俺が満足するまでは」
「・・・・っさい」
今日は楽しく呑めたってのになんでこんな事になってんだ。なんでこんな奴らに怯えなきゃいけないんだよ。しかもこいつもこいつでずっと意味の分から無い事言ってくるし気持ち悪い。それになんでこのベンチでこんなクソみたいなことに・・・・。
そう不満が出てくるが、それよりも恐怖と共に沸々と怒りが湧いてくる。
「あ?言いたい事あるならはっきり言えよ」
「うっさいん━━」
そう私が叫ぼうとした時、男の手に力が入ると私の喉が一気に狭まりその叫びは押し込まれた。そしてコヒュっと空気が漏れるように喉が鳴り、強く締められた事に明らかやばいと脳が信号を出す。
「やっぱいいわ。うざいしここで殺す」
片手だったのが両手となり私の首を絞めベンチに押し付けられる。爪を立て必死に掴むがやっぱり力が上手く入らない。
「お前みたいに顔だけで人生生きてきたんだろうなって奴一番嫌いなんだよ」
苦しい。それに酒を飲んだせいか吐き気もしてくる。だからなんとかその手から逃れようと爪を立てるがそれも段々と力が抜けていく。
「お前みたいな奴が俺を苦しめるんだ」
なぜか苦しそうな表情をした男の唾が顔に降りかかる。だがそれを払う事は出来ずに意識が薄れ歯を食いしばろうにも段々と口が開いて行く。
「俺は悪くねぇんだよッ」
なんとか手足を暴れさせ意識を保つが目の前の男の顔すらピントが合わなくなっていく。その時一瞬男の手が緩み、私は睨み上げ零すように止まった言葉を向ける。
「・・・・・・・なせって」
だがすぐに男は私へと視線を戻し、すぐに喉はきつく締められ私の言葉は喉の奥に押し戻された。
「ッチ、目撃者か。お前殺っとけ」
すぐに男の手が戻って来て首をさっきよりも再び強くしめられる。何が起きたのか分からないけど依然として私の状況は最悪そのものだった。
「俺だってこれぐらい出来るんだよ・・・・」
高揚したように笑みを浮かべる男。そしてその強まる男の手に抵抗していた私の手は力が抜け意識も朦朧としてくる。
「・・・・・・・ッ」
頭もボーっとするし胃からこみ上げる吐き気に締められるの喉元の熱さ。色んな痛みや苦しさを感じながらも、それすら呼吸が出来ない時間が延びるほど薄く感じずらくなっていく。
「死ねッ・・!死ねッ!!お前みたいな奴なんてッッ」
耳元で叫ぶ男の声すら遠のいていく。時間感覚も曖昧で分からないけど、確実に私の体は力を失い全身の筋肉から力が抜けるのが分かる。
「要らねぇんだよッ!!!」
でもなんとか爪を立て喉に隙間を作ると、私は必死に息を漏らす。
「・・・た・・・すけっ・・・・・・」
言葉を振り絞るがそれも空を切って誰にも届かなく、すぐに喉は締められ希望と共に喉の奥に再び押し込まれる。
「だれも助けに来ねえよ」
視界はぼやけているのに男の嫌に笑う顔だけがはっきりと見えてしまう。
「いい気味だよ。報いって奴だ」
もしかしてこんな所で死んでしまうのか。しかもこんな良く分からない奴に意味も無く。しかも私にとって大事なこの場所で。
「お前を殺して俺がッ━━」
そう男が言いかけ更に強く私の首を絞めようとした時。私はどこか諦めたようにしと言うものを実感して、必死に抵抗していた手を下ろしてしまった。
だけどそれと時を同じくしてもう殆ど音を失っていた鼓膜が揺れたのは。
「浜中さんッ!!!」
誰かの声が私を呼んだ。でもそれを認識する前に私はやっと開かれた喉を開き呼吸を取り戻した。
「・・・・・・ッ」
でも視界が色を取り戻し始めると同時に、私は胃からこみ上げるその吐き気に負けてしまっていたのだった。




