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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第四章
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第六十話 傘を差す


 何年も経ち季節も何十回も廻っていく。

 あれから俺の日常は平穏を取り戻し、そしてそれが乱れる事も無くその日々は続いていた。


「ご馳走様でした」


 洗い物で皿が擦れる音に、朝のテレビの音。最近はもう見慣れた朝の光景を後に、俺は椅子を引き皿を台所へと持っていく。


「今日健人の塾の迎えお願いね~」


 家事の傍ら俺を尻目にそう言うのは結衣。俺は弁当を用意したりと忙しそうな結衣の間をぬって、食器をシンクに置きながら返事をする。


「あぁ19時だっけ」


「そう。今日は美優も一緒だからお願い」


「はいはい~」


 そんないつもの朝の会話をしつつも、結衣の霜焼けで赤くなった指を見て洗い物を始める。すると隣で2人分の弁当箱を用意し終えた結衣が、今日の俺の予定について聞いてくる。


「今日門浪さんの仮釈放の日なんでしょ」


 わざわざこの日の為に俺は有休を取った。

 一連の事が終わってから千春さんの事はちゃんと結衣にも話はしてあるけど、それ以降今の今までこうやって自分から聞いてくる事は無かった。でもやっぱり気にしていた事なのだろう。


「そうだね。やっぱ嫌?」


「嫌じゃない訳無いじゃん」


 そう言いながら料理に使ったのであろうフライパンを、洗い物をする俺に手渡してくる。それを俺は受け取りながら答える。


「あれなら付いてきても良いんだよ」


 そう言うと結衣はテキパキと、俺が洗い終わった食器の水気を布でふき取りながら、少しだけ気まずそうに笑う。


「流石にそんなことしないよ。門浪さんの身寄りいないって話だし、それに……」


「それに?」


 2階から起きたのかバタバタと足音がする。その音を嬉しそうに見上げ、結衣は久々に俺の名前を呼ぶ。


「岳人にとって今日でやっと区切りがつくんでしょ?なら私は家で待ってるから」


 いつの日かも待ってるとそう言ってくれったけか。何回もつらい時に傍に居てくれたし、俺が最後までやりきれたのもこの人のお陰。


 その笑顔を俺は愛おしくも思いながらも、お礼を素直に口に出してみる。


「ずっと頭上がらないな。結衣には」


 そう言いながらも俺が少しだけ恥ずかしく感じると、結衣は自慢気に笑みを浮かべる。


「でしょ?来月の誕生日期待してるから」


「ならお小遣い増やして」


「ならもっと昇給して」


 そんな会話をしている内に眠そうな足取りで階段を下りる足音がする。これは健人の物だろうな、いつも朝練で大変だろうによくやってる。


 そう思いつつ俺はコートを着込み玄関へと向かい、傘を2本手にするとそこまで付いてきた結衣に振り返る。


「じゃあ行ってくる」


「うん行ってらっしゃい」


 騒がしくなりつつあるリビングを後に俺は玄関の戸を閉める。あの時はこうなる事は想像も出来なかったし、そもそも自分の未来がどうとか考えれてなかった。


 けど今、俺は幸せになっていると胸を張って言える。けど千春さんの人生はこれから始まる。だから今日は今日だけは、俺は千春さんに会いに行かないといけない。


「……さむ」


 息を吐けば白い息が上がっていく。温暖化だなんだと小さい頃から言っていたけど、冬の寒さはこの歳になっても全く変わらない。


 そうして俺は肩をすぼませながらも車に乗り込みエアコンが効くまで待つ。

 

 あれから20数年。結局アンドロイドはアイとエムブラがまだこの世の中にはいる。と言っても俺はもう連絡を取っていないから、どこにいるのかも知らないし、そもそもアイに関してはあの倉庫で別れて以来行方をくらましていた。


 そして千春さんが逮捕されてから後にエムブラと会った時も、俺は警察署で事情聴取を終えた時だった。


「じゃあこれで終わりだけど。もうアンドロイドは居ないんだよね?」


「いませんよ。というか居ても俺はどうとも出来ませんし」


 警官の蒲生さんの疑念の目が突き刺さる。事情聴取を終えて俺も共犯を疑われるかと思ったか、やはり渚が色々根回ししていたらしく、あっさりと解放される。けどやはり蒲生さん個人として俺は疑わしく見えていたのだろう。


「まぁ良いけど。もう僕と関わんないでよ。君のせいでしばらく睡眠不足だったし」


「そうですか。じゃあ今晩は沢山寝れますね」


「今日も事後処理で忙しーんだよ。差し入れの一つでもしろ」


 そんな距離感の掴めないような会話をし終える。渚が破壊された事にはどうとも思っていない様子に俺は見えた。


 そして警察署を後にした俺を出迎えたのはアンドロイドのエムブラだった。


「なんとかなりました?」


「多分」


 昨日の傷も既にきれいさっぱり消えて治ってしまっているエムブラ。本人曰く性能は大分落ちているらしいけど、それでも見た目の差異は殆どない。

 

「アイも連絡を絶ってどこかに行きましたし。私もどうしましょう」


「探さないのか?」


「しませんよ。まだ決まってないですけど、私として生きてみようと思うので」


 博士が最後に彼女に贈った、エムブラはエムブラの人生を送れという言葉。そんな言葉に縛られ意味を理解出来ないでいた、エムブラがこう言うのはどこか感慨深い物があった。でもまだその言葉に応えようとしているだけで、答えはまだ見つけれていないんだろう。

 

 だけど俺はふと思い出した事がありそれを伝える。


「そういやアイって博士だよ」


「は?」


 理解出来ないと鳩が豆鉄砲を食ったように目と口を丸く開けるエムブラ。本当に人みたいな反応に俺は少しだけおかしくなりながら、知ってる事を伝える。


「なんか記憶?意識?を移したとかで自分でそう言ってたよ」


「え、いや……え?」


 明らかに動揺し目が泳ぐエムブラ。まぁもう死んだと思った人が実は身近に居たら、そりゃそんな反応になるだろうか。


 そしてアンドロイドというかロボットっぽく片言になるエムブラ。


「ほん……とう?」


「ほんとのほんと。こんな嘘つく意味も無いでしょ」


 ジッとエムブラは地面を見つめ考え込む。そして乾いた笑いと共に空を見上げる。


「いきなり私のやりたい事見つかりましたね」


 それが最後のエムブラとの会話だった。今エムブラがアイこと博士を見つけて一緒にいるかは知らないけど、俺は幸せであってくれと願うことしか出来ない。


 そんな過去の事を思い出しながら俺は暖かくなった車内で、サイドブレーキを下げ、車を走らせる。もうしばらくこの街に住んでいるけど、いつもと違う目的地だからか知らない景色が流れていく。


「……ここ車線分かりずらいなぁ」


 アンドロイドもそうだったけど、人間の亀田さんや高垣さんや吉岡さん。その人たちとももうしばらく会っていない。それこそ貴方のアンドロイドは破壊されましたって、頭下げに行ったとき以来で、俺が合わせる顔も無い。


「亀田さんなぁ」


 エムブラからメイの亀田さん宛ての伝言を預かっていた。けど俺がそれを伝えに行った時も、大きく感情を顔に表す事も無く亀田さんはただぽつりと。


「……そうか。もうあいつはいないか」


 俺を責める訳でもなくそれだけ呟くと去ってしまった。責められると覚悟していた俺にとっては肩透かしだったけど、俺が亀田さんを引き留める訳もいかずただその背を見送っただけ。でも高垣さんそれに吉岡さんには泣かれてしまったっけか。


 でもそんな彼女らに俺は頭を下げて謝る事しか出来なかった。それしか誠意の見せ方は無かったと思うし、それで俺は頭を下げたまま去っていく2人を見送るしかなかった。


「今はとっくに社会人か」


 というか亀田さんはもう定年の方が近いんじゃないだろうか。そう推測だけするけど、連絡は取れる訳無いので何も分からない。


 そうやって色々思い出すけどもう全て俺にとっては過去の事。今は何年も経ってそれぞれ違う道を歩んでいる。それで千春さんだけはこれから新しく人生を歩み始めるのが今日。


「……雪か」


 信号待ちでエアコンの音だけが響く車内。車窓から見える薄灰色の空からフワフワと白い結晶が落ちてくる。


「そろそろタイヤ変えないとか」


 時間は昼前。しばらく車を走らせて、もうそろそろ目的地に着くが、交通状況が思ったよりも良くて少しだけ早すぎたらしい。

 俺はハンドルを回しながらも、時間を潰すかと近場にあったカフェへと目星を付ける。そしてコインパーキングに車を止め、肌寒い冬の空の下歩く。


「流石にモーニングは終わってるか」


 外のメニュー表を横目に、カランカランと入店のベルが鳴らす。小腹は空いたけど、少しだけ時間を潰すだけだからコーヒーだけでも良いだろうか。


 そうして窓際の席へと座り注文だけ済ますと、その待ち時間をボーっと過ごす。中途半端に昼前だけあってか客も少なくて落ち着く空間。


 でもそんな中俺の隣に座るのが1人。俺はそれに話しかける。


「久々だな。待ってたのか」


 久々に見るが俺とは違い、20年前と全く見た目の変わらないそれに、俺は届いたコーヒーに口を付けながら言った。するとその人も飲む気らしく俺と同じ物を注文し、俺の問いに答える。


「いや、一応門浪千春への警戒をですね。20年以上も経てば考え方も変わりますから」


「まぁ俺も面会してなかったしそこは少し不安だな」


 昔は苦手だったコーヒーも歳が経てばいつの間にか好んで飲むようになっている。それにここしばらく小さい文字も見えずらくなって来て、自身の体の時の流れを感じてくる。


「でも会ってどうするんです?」


「さぁ会ってみないと。千春さん身寄りが無いし、当面の生活は支援するつもりだけど」


「へぇ優しいですねぇ。既婚者なのに」


 相変わらず多少の嫌味を言ってくるエムブラだったが、様子が変わっていないその事に安心する。見た目も同じだから、俺だけタイムスリップした気分にもなってしまうが。


「で、そういうエムブラは博士を見つけれたのか」


 すると自身にも届いたコーヒーカップを握ったままエムブラは、いら立ちを示すように眉を顰め答える。


「3回捕まえて3回逃げられてます」


「……もしかして嫌われてた?」


 飲み干したカップを皿に戻し俺はエムブラを見る。そしてそのエムブラは呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに答える。


「博士が自由人すぎるんですよ」


「……そうか。良かったな」


「どこが良いんですか。今日もしかしたら博士が、ここに来るかもと期待していないと言ったら嘘になりますし」


 ぶつくさと言いながらも、エムブラがコーヒーカップに口を付ける。よくよく考えればエムブラが何かを飲食しているのを初めて見た気がする。


「でも所有者の俺も偶には助けてほしんだけどな」


 腕時計の時間を確認しつつ俺は背筋を伸ばしばがらそう言った。


「貴方が要らないって言ったんじゃないですか」


「それでも顔1回も見せに来ないとは思わないだろ」


 エムブラとアイこと博士は名目上俺の所有物のまま。そうしないと色々勝手に行動出来ないから、名義だけ貸している状況だった。


「奥様がいるんですから、家庭不和に私を巻き込まないでください」


「義理があるのか無いのか分かんねぇなお前は」


 そんな会話をしている内にエムブラの手に持っていたコーヒーカップも底が見える。そして俺ももうそろそろ時間かとコートを手に取ろうとした時、それを止めるようにエムブラが言う。


「迷ってたんですが……渚、彼女の遺言聞きたいですか?」


「……一応最後に渚と会った時会話はしたけど」


「それとは別でしょうね。伝え忘れた事なんでしょう」


 浮かしかけた腰を戻して俺はエムブラの話を聞く体勢を作る。そしてそれを見て俺の意志を確認したエムブラは言う。


「声も彼女の物に出来ますけど。どうします」


「……いや。エムブラの声でいい」


 少しだけ迷ったけど今更後ろを自分で振り返る訳にはいかない、そう俺は考えて答えた。そしてエムブラはジッと窓の外を見たまま、その遺言とやらを俺に伝える。


「幸せに生きてください。願わくば私の事を忘れないでください、と」


「……それだけか」


「それだけですね。貴方に破壊されて少ない時間で、私にこの言伝を送ったからかもしれないですけど」


 アンドロイドが最後に願うのが、自身の存在を誰かに覚えて貰いたいという実に人間らしい物。それも含めて渚らしいと言えばらしいのか。


 そう俺は遺言を受け取りつつも席を改めて立つ。


「あんな事あって忘れる訳ないのにな」


 エムブラはまだここにいるのか席に座ったまま、窓の外を見たまま俺に答える。


「さぁ私には彼女の気持ちはまだ分かりませんから」


「分かる日がいつか来る様な言いぶりだな」


「博士より先に私が壊れたら、そう思うかもしれないというだけです」


 その会話を最後に俺はコートを再び纏い会計を済ませてカフェの外へと出る。


「……傘。持ってきて良かった」


 俺は傘をさし千春さんの元へと向かうのだった。


ーーーーー


 私は裁判の結果無期懲役になった。

 相野さんは死刑だったのに、私はこの国に死ぬことで償う事を拒否された。でもその結果にどこか安堵してしまう私もいて、そこでやっと死にたくないんだと自分で理解してしまった。


 そして今日は仮釈放の日。まだ一般人として生活は出来ないけど、それでも私は今日社会に復帰する日。


「説明した通り、出所後は保護観察所に出向いてください」


「はい」


 刑務作業のお金があるとはいえ、これからは働いて厳しい社会で生きていかないといけない。それこそ前科のある私にとっては猶更。


「お疲れ様です。これから頑張ってください」


「……こちらこそ長い間ありがとうございました」


 お父さんと一緒に居た日々よりも、この刑務官と顔をあわせていた時間の方が長くなってしまったかもしれない。こんな犯罪者にここまで腰を低く丁寧にしてくれた事には感謝しかない。


 そして私は敷地内を歩き久々に刑務所の外へと出る。


「お迎えは来ますか?」


「……多分」


 堤君とは連絡をしていない。それこそ私と関わっている事が堤君の周囲で知られていたら、迷惑だろうから。


 久々に見上げる空は雲に覆われてしまっていて、雪がぱらつく。


「それに、傘返さないといけないですから」


 こんな天気だと私に傘が必要になってしまうか。

 そんな自分の中だけで完結した言葉を零したせいか、少しだけ刑務官は困惑しながらも改めて私に頭を下げる。


「はぁ……?あぁ、でもこれで私は。改めて長い間お疲れさまでした」


 そう言って自身の職務へと戻っていく。そして私は刑務所の前で1人、そこで来るかも分からないそれを待つ。


「……」


 20年以上前の会話。それに出迎えてくれると直接約束した訳じゃない。けど私はどこか期待してここで立ち止まってしまっていて、それこそ私の感情も精神も20年前に留まったままなのかもしれない。


「…………」


 雪が解けずに少しだけ肩に被る。まだ待ち人は来ない。


「………………」


 あまり荷物は無いけど手にぶら下げるそれは、冷たい指に食い込んで少しだけ痛い。


「……………………」


 白い息が一つだけ空に上がって、どこかで消えて行ってしまう。


「……………………流石に来ないか」


 もう20年。いやそれ以上経って私の事を気にしている訳がないか。どこか期待していたけど、流石に夢を見すぎだっただろうか。


 そう私が近くのバス停まで歩こうと、その道の先を見ると傘を差した人影がそこに見える。


「━━ッ」


 嬉しような恥ずかしい様な。でもその背格好に私は見覚えがあった。

 だから咄嗟に私は自分の髪を触りながらその場に立って、その人を待つ。


 その姿を追えば段々と心拍が早くなっていくのが分かる。

 けどそれとは反対にその人が歩く速度は遅く感じてしまう。


 緊張のせいか寒いのに少しだけ汗をかいてしまう。

 でもその人がここに来るのを目が離せないでいる。


 そしてその人は私から数歩の距離で止まると傘を少し持ち上げる。

 そこから見えるのは私が待っていた少しだけ老いたその人の笑顔。


「傘持ってきましたよ」


 手に持ったもう一本の傘を持ち上げ私に見せる。けどその左手の薬指には銀色に反射する光がある。

 

(あぁ、そうか。いやそうだよな)


 少しだけ心臓が締め付けられるような辛さがある。けどこの人なら当たり前なのだろう、そうどこか納得も行ってしまう。でもやっぱり辛いという感情は湧き出そうになってしまう。


 だけど私は精一杯笑顔を作る。私はこれから新しく人生を送る、けどこの人の人生には関わらないから。


 そして私は胸の内にあった暖かい空気を、冷たい白い息にして空に昇らせる。


「また傘。借りるよ」

 

 これでこの物語は完結です。


 ここまで書き続ける事が出来たのは読み続けてくださった皆様のお陰で、感謝の言葉しかありません。


 私自身色々悩みながら方針に迷いながら連載をしていて、不出来な所や読みずらい点が多々あったかと思います。ですがそんな中でも読み続けてくれる皆様のお陰で、ここまで書き切ることができました。本当に感謝してもしきれませんし、この作品が面白いと思っていただけたなら、なお嬉しいです。


 そして今までブックマークや評価や感想などアクションをしてくれた方々もありがとうございます。モチベーションに繋がりましたし、とても嬉しかったです。

 

 そして前作の最後でも書かせていただいて再度になりますが。


 また皆様が面白いと思える作品に出合えることを願っています。そして皆さんのそういった作品の内に、私も自分の書いた作品が入れるよう努力していこうと思いますので、また私の名前をどこかで見かけたら読んでくださると嬉しいです。


 ではまたどこかで皆様と出会えることを楽しみにしています!


 重ねてですが!今まで読んでくださった皆様!本当にありがとうございました!!!!

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