第六話 傍観者
門浪の葬式から一週間が経った。
千春君からかなり危うい雰囲気を感じて放っておけなかったのだが、結局何か連絡がある訳でもなくいつもの会社勤めの日々は続いていた。
「・・・・・花金だってのに」
パソコンと睨み合いをしたせいで、ピントの合わなくなった目元を抑えながら背もたれに体重をかける。外はもう暗いが、繁忙期で管理職な以上私の仕事は未だ終わりそうになかった。
「これ一昨日言われた奴出来たので確認お願いします」
「え、あ、あぁはいはい」
若いのに随分顔が暗い男社員から書類を手渡される。もうこんなちっさい文字読めないから、眉を顰めつつ老眼鏡を取り出す。
そうしてしばらく確認してから書類を机の上に置く。
「いくつか修正必要そうだけど、後はやっておくから今日は帰りなさい」
若い子にこれ以上辞められたら私の胃が持たないからと、とりあえず帰らせることにした。
でも口には出さないけど、「いえ自分でやります」とか言ってくれないだろうかと男社員を期待し見るが、その当人は軽く頭を下げて言った。
「あ、はい。どうもっす」
そう言って私に背を向けさっさと帰宅の準備を始めてしまった。
それを眺めつつ昔と今は違うのだなと感じつつ、自分の仕事へと戻る。私らの頃はもっと・・・と言いたくなるがそれをグッと抑え込む。
そうして更に二時間ほどだろうか。丁度良くキリが終わったのと、他の残った社員が皆若いから私がいない方が良いかと、帰宅の準備を始める。
「締めだけお願いね」
「分かりました~」
そんな事務的な会話をしつつ喫煙所で一服してからいつもの帰路へとつく。だがこの日の駅のホームで珍しく私の携帯が揺れた。
明日会えますか
携帯に登録した千春君の連絡先からそう通知があった。一週間で落ち着いてくれたのではとも期待していたが、やはり余程覚悟は決まってしまっているらしい。
まだどうすれば良いのか分からないが、それでもこの誘いを断る訳にはいかない。そう判断し私は返事を人差し指で打つ。
会えます。
どこで、集合しますか。
するとすぐに既読が付き返信が来る。苗字が父親と一緒だから画面越しだとあいつ連絡しているように錯覚してしまう。
今祖父方の実家にいるのでそちらが指定してくれればどこでも良いです
門浪の実家は岐阜だっけか。でもあいつの親はもう数年前に亡くなっていたはずだが、まだ家は残していたって事だろうか。
そんな疑問を抱きつつもとりあえず返事を書く。
私から向かうので、大丈夫です。
駅に12時で、良いですか?
そうメッセージを送った所で電車がホームにやって来て、私と同じように疲れ顔の社会人たちとレールに揺られる。
(アンドロイドかぁ)
椅子に座りつつあの雪の降る葬式の日の事を思い出す。
「じゃあまず、アンドロイドという単語について知っている事ありますか?」
その言葉の意味を理解出来ず門浪千春をジッと見つめる。だが私の返事待ちなのか一向にその続きを喋ろうとしないので、昔見た映画やアニメの事を思い出しつつ口を開く。
「いやぁあれでしょ?映画とかで見るロボット?だよね?」
随分真剣な表情から素っ頓狂な事を言うものだから面を食らってしまう。ただ気を紛らわせたくてこんな事を言っているのか、それは分からないが千春君は眼鏡を鈍く反射させて言った。
「私の父を殺したのアンドロイドなんですよ」
「・・・・・え、あ、え?・・・はぁ・・・・え?」
もしかしてショックで頭がおかしくなってしまったのだろうか。確かに門浪の所は親娘仲は良かったし、現実逃避に走るのは理解出来なくもないが。それにしても話の飛躍について行けない。
「2人組でしたが片方もそうなのかは分かりません。ですが実際に警察も全く足取りを追えていないらしくて」
「へ、へぇ~」
明らか想定していなかった事に声が震える。気が動転しているとかその段階では無さそうだけど、安易に否定とかしたらダメだろうし、どう声を掛ければ良いのか分からない。
「ちなみにそれは警察には・・・・?」
「言ったけど相手にされなかったです」
腹を立てたように強く歯噛みしながら千春君がそう答えた。だがまぁ警察からしたら当たり前の反応ではあるんだろうけど、当人はいたって真面目なのがどうもか。
「バカな事言っている自覚はある。でもあいつら自身そう言ってたんだから、少しでもヒントになるかもしれない」
「・・・・・そう・・・・だね」
藁にも縋るって言葉が適切なのだろうか。犯人が捕まりそうにない現状に理由付けしたくて、自分が何か出来ないかと焦っている。そう考えると今の彼女の事をおかしくなったと一蹴してしまうのは大人として違うだろうか。
「まぁ・・・・そのアンドロイド?がどうのは置いといて助けになる事があれば手を貸すよ」
これは話を聞いても変わらなかった。どちらにしても千春君を放っておけない状態なのは確かである以上、頼られた大人として私が責任を負わねば。
すると千春君は早速行動を起こすらしく、私の車のボンネットに手のひらを置き喋り出した。
「まずは大まかに行動範囲を探ろうと思ってます。あの犯人ならまた同じような事件を起こすはずだから」
そう言って車の運転席へと視線をやった。つまり私には足になって欲しい、そう言う事らしかった。
「でも手がかりは無いんだよね?」
「無いからとりあえず一番可能性の高い所に行きます」
それは滅茶苦茶で可能性なんてほぼ無しのまさに無計画そのものだった。でも彼女にとっては何かしていないとどうにかなってしまいそうなのだろう。
私はそう察し彼女の手を取り続ける事に決めたのだった。
(だがそれも正解だったのかは分からないが)
地下鉄内の代り映えの無い景色を眺めながら電車に揺られる。
あの時にもっとかける言葉があったのではないか、彼女の決心を翻意させることが出来たのではないか。そんな後悔にも近い思考を葬式の後からずっとしている。でもどんな言葉もきっとあの子には届かない、そう感じる。
「・・・・・・・」
そんな思考を終わらせる為携帯を開きニュースサイトを開く。すると突然千春君から連絡が来た理由がそこにはあった。
(犯行声明って奴か)
動画には本人だと証明する為か、門浪の免許証や保険証・・それに裁判官バッジが無造作に真っ黒なテーブルに転がされていた。趣味が悪い事この上ないが、こんな物を見せられれば千春君が我慢ならなくなる気持ちも理解してしまう。
そうして動画を見るが電車内で音を出す訳にはいかずただ映像だけをジッと眺め続ける。
コロコロと裁判官バッジを白い手袋で覆った手で転がし動画が始まった。イヤホンを鞄の中から取り出そうと色々弄っている内に、更に動画は進み何やら表の様な物が画面に現れた。
ずらっと人の名前の羅列が流れた。ちょくちょく知っている名前もあるが、どれも芸能人から政治家まで随分広い範囲の人間を挙げていた。音声は聞こえないが犯罪予告って事なのだろうか。
そう思った段階でやっと携帯にイヤホンを差し込み、今更ながら何を言っているのかが分かった。
「ここからランダムで殺していく。全員殺し終わる前に俺を捕まえれるといいなクソ警察」
そう言って門浪の保険証を二つに折った所ですぐ動画が終わった。犯行予告というのだと思うがこれで社会に相手されると思っているのだろうか。それにこれを面白がってニュースにするメディアもメディアだ、こんな幼稚な奴無視をすればいいものの。
「━━お出口は左側です」
「あ、もうか」
だがこんなネットに上げてしまえば警察に捕まってしまいそうなものだが。それならそれで千春君が暴走せずに済むが、そうなった時あの子は自死するって言っている以上安易にそれも喜べないか。
「・・・・・どうしろってんだよ」
心配ごとに考える事が多すぎる。あいつの墓参りで愚痴らなきゃいけない事がどんどん積み上がっていく。
そうして何でもないただの一般人で中年の私は静かに帰路へとついて行ったのだった。
ーーーーーー
そして次の日。
無理を言って出勤は日曜にずらして予定を開けた今日は、約束の為久々に私服を着て出かけようと思ったのだが。
「・・・・やめとくか」
どれも年季が入っているし暫くスーツ以外着ていないから、おしゃれかどうかじゃないかなんて分からない。
だから私はいつものようにスーツを選択して、車内が温まるのを待ちつつコーヒーを飲み窓の外を眺める。
「・・・・今日は雪か」
テレビで流れる天気予報。時間が無くてやってなかったが、そろそろタイヤを交換しなければいけないか。
そんな事を考えながら家を後にし、途中コンビニでブレスケアを買いつつ向かう事一時間ほど。コインパーキングに車を止め、信長の像が立つ駅前へと向かう.
(口臭くないよな・・・?)
白い息を吐きながら10分ほど駅前で待っていると、近くで止まったバスからロングコートを身にまとった門浪千春が降り私の元まで歩み寄ってきた。
「お時間を頂きありがとうございます」
以前会った時の不安定さはどこへやら、礼儀正しくペコっと頭を下げてきて少したじろぐ。昨日の犯人のニュースからかなり荒れているのではと警戒していたから、肩透かしを食らった気分だ。
「じゃあどっか店入る?」
中年の私に大学生の千春君。この組み合わせで人目のつく所にいるのは恥ずかしいが勝つ、だから私がそう提案すると行きたい所があるらしく。
「少し歩きますけどいいです?」
「あぁまぁ別に良いですけど、遠いなら車出しますよ?」
「いや歩いて数分なので」
やはりこの子の心中は中々察せない。無表情で淡々と私と会話し決まっていたことの様に歩き出す。これで復讐を考えているとなると恐怖心すら覚えてしまう。
(タバコ持ってこれば良かったか)
そう口元の寂しさを覚えつつも千春君の背中を追うが、その背は父親と一緒でなで肩で懐かしさを思い出させる。確か大学の頃もよくこうやって近場のチェーン店で飯食ったけな。
(と、そうそうこの喫茶店チェーンで食ってたっけ)
そう俺が懐かしさを覚えつつその店を通り過ぎようとするが、先を行く門浪の娘である千春君は足を止め振り返った。
「あ、ここでも良いです?」
「まぁ良いですけど・・・・・」
本来目的の店があったようだけど、私と同じようにチェーン店を見て考えを変えたらしい。まぁ断る理由もないからと、私達は店へと入りテーブル席に腰を下ろした。
「・・・じゃあ私はコーヒー頼みますけど何か注文します?」
「私も同じので良いです」
頬杖を突き退屈そうに千春君は机に指先をコツコツと当てている。苛立っているのだろうか、そう思いながらも、彼女の要求通り注文を済ませた。
「祖父母さんの家はどうですか?」
いきなり本題に入るのはためらってしまいとりあえず近況を探る様に質問を飛ばす。
「取り壊す前だったですが快適ですよ」
やはり普通だ。葬式の日の様な不気味さも不安定さも感じられない。やはり落ち着いたのだと思いたいが、わざわざ私を呼び出したと言う事はそうじゃないのか。
慎重に慎重に言葉を選びつつ会話を続ける。
「・・・あ、そうなんですか・・・・じゃあ暫くそこに住むので?」
「いえ、賃貸に引っ越しますよ。手元にお金必要ですし流石に立地が不便ですから」
千春君はやっと届いたホットコーヒーにスティックシュガーを入れながら答えた。コーヒーに口を付けてはいるが、やはり敵討ちを諦めていないようで薄っすら怒りの表情を見せていた。
そしてズッと雰囲気が重くなったと思うと、携帯の画面を開き私に見えるよう机の上に置いて来た。
「で、昨日のニュースは見ましたね」
「・・・・・・・犯人の声明ですよね」
千春君の顔を見る事は俺には出来なかったが、顔を見なくてもその感情が分かる程にその声には怒気が孕んでいた。
「本当に幼稚な奴です。こんな低俗な奴に父さんが・・・・」
なんとか視線を上げ表情を伺おうとするが、コーヒーの湯気で眼鏡が曇っていてそれを伺う事を出来なかった。
私はその強く握られた千春君の拳をただ視界端に入れ、なんとかその激情を抑えれ無いか思考を回す。
「でも自分から情報を出したって事だしすぐに捕まるんじゃないんです?ネットとは言えそういうの最近分かるって言いますし」
ネットで見た話だからどうやってとかは分からないけど、誹謗中傷して捕まったとかってニュースを見た記憶がある。
だがそれで納得している訳では無いらしく千春君は、コーヒーカップを受け皿に置き言った。
「アンドロイドがいるとすればそんなヘマはしないと思いますが」
「・・・・・あぁ」
確かにこの一週間門浪の事件の犯人に関して何も進展について発表は無いが、だからってアンドロイドとかいう話をそう簡単に信じる事は出来ない。
だがここで否定しても仕方ないので流しつつ会話を続ける。
「じゃあ特定できないとすればどうするんですか?警察でも無理なら、一般人の私達ではどうにも━━」
だが私のその言葉を遮る様に千春君が言葉を被せてきた。
「出来る出来ないじゃないんです。私がすべき事なんです」
レンズ越しにひどく淀んだ瞳が私を貫く。やはり私の言葉では全く意思は変わってくれないらしかった。
「可能性が低くてもやれる事はやりたいんです。あちらが動き出したら力を貸していただけると」
でもやはり放ってはおけない危うさは依然として残っているのが、私が彼女を見放すと言う選択肢をなくしていた。
「・・・まぁ仕事の都合次第ですが」
実際殆ど犯人とは接触出来ないのだろうし、付き合う分にはまだ良いだろう。それに今日集まったのもこの子がやりたいと言った事に付き合う為だったのだから、ここで梯子を外す訳にもいかない。
「じゃあ今から東京行きましょう。リストの7割の人物は首都圏での活動が主ですから」
そう言ってすぐに動くらしく席を立とうと荷物を纏め始めてしまった。
意味が薄い事なんて自分でも分かっているだろうに、やはり何かしていないとどうしようもないのだろう。そうどこか保護者にも近い感情を抱いていると、その千春君は立ちあがった後私に一礼してきた。
「貴方を頼って良かったです」
「・・・・おう」
しばらくは付き合う。いくら恨んでいても時間がそれを解決するのを待つしかない。私の言葉はこの子には届かないのだろうから、せめて死なぬよう手綱を持っておこう。そして言葉通り彼女にとって救世主になり得る人物を待つしかない。
(友人の娘だしな)
そうして私は会計を済ませ、さっさと店を出てコインパーキングまで会話無く歩いた。そして清算を済ませ車の後部座席を空け千春君を招き入れる。
「タバコ臭いのは我慢してください」
「はい」
エンジンをかけると共にラジオが流れエアコンの音が車内を揺らす。今から東京に行くって話だが月曜までに帰れるのだろうか。流石にこの状態の子を東京に置き去りにする訳にもいかないし、どうしたものか。
そうハンドルを握ったまま少し考え込むと後部座席から千春君が問いかけてくる。
「行かないんです?」
「え?あっ、うん。行こうか」
ふとライターに伸びそうになった手を止めサイドブレーキを下ろす。そうして私は車を走らせ始めたのだが、意外にもその道中千春君から話しかけてきた。
「・・・・父とは仲が良かったですよね」
「え、あーまぁこの歳まで交流があったからね。昔からお世話になってたからお父さんには頭上がらないよ」
だからこそ死んでほしくない人ではあったんだがな。色々思ってきたが門浪が父親なら千春君みたいに犯人を恨む気持ちも分からなくもない。それぐらい死ぬには惜しい人間だった。
「・・・・・・・父は貴方の事良く話していましたよ」
「それは嬉しいですね」
少しだけハンドルを握る手が強張る。
「あいつは俺がどうなっても裏切らなかった。だから自分に何かあったら貴方を頼れって」
「・・・・それは随分過大評価して貰ってたんですね」
あの時の事をそこまで重くとらえなくても良いのにな。それこそ私なりの恩返しのつもりだったんだから、気にしす過ぎって生前から何度も言っていたんだが。
「でも父は感謝していましたから。それだけ伝えたかっただけです」
「・・・・さいですか」
娘にまでそんな事を言っていたと知ると少し恥ずかしい。そんな信頼を寄せてくれて嬉しいが、そこまで私は大層な人間じゃないのだがな。実際今も門浪の娘を守る事なんて何も出来ていないのだが。
だから少しでも私にできる事をと牽制する。
「じゃあお父様に貴方を託された以上死なせるわけにはいきませんから」
「・・・・・・・」
答えは無言のため息だった。まぁ復讐しようとする時点で父親が望んでいない事だってのは千春君自身も分かっているのだろうしな。死ぬことでそのケジメを付けたいとか思っているのだろう。
(・・・・・お前ならなんて声かかけんだよ)
そう既にいない友人へと問いかけるが、もちろんそれは返ってくる事も無くただ私は車を走らせるだけだった。
そうして私達は東京へと向かいとりあえず議員会館の傍まで行ったりしたが、そもそも犯行予告のせいか警備が強化されており近寄れなかった上、政府系施設に他芸能事務所も同様だった。そしてそれを日曜まで続けたのだが事件が起こるはずも無く、分かっていたが言ってしまえば無駄足と言うものだった。
だが千春君はこれで終わるつもりはならしく、日曜夜にふと止めていたパーキングでの車内で口を開いた。
「ダメ元でしたけどやはり無理ですか」
「・・・・・そうですね」
これで納得してくれれば良いのだがそうではないらしい千春君は言葉を続ける。
「とりあえず私は暫く東京で寝泊まりしますが、貴方はどうしますか?」
どうしたものだろうか。私も仕事はある以上明日以降も付き合うとなると難しい。だがこの状態の千春君を放置するのも危険になってしまう。
未だ答えの見つけれない私は答えを出すのを避けるように質問で千春君に返した。
「今日と同じような事を繰り返すのですか?」
「いえ。やはり手法を変えます」
その言葉の続きを促すようにラジオの音声を切り静かに待つ。だが私の予想以上に千春君は犯人を見つけ出す事に本気だった。
「メディア露出します。今の話題性なら遺族の娘として犯人に声を届けれますし、ちょうど東京に来ましたしね」
「・・・・それは」
思わず後ろを振り返るが、私を見ることなく携帯の青白い光でその顔を照らしていた。
「声明からして犯人は承認欲求が高く幼稚な人物です。私が煽れば確実に行動を起こす」
「・・・・つまり自身を囮に誘い出すと」
「えぇ、そう言う事です」
鈍く眼鏡のレンズが青白く反射し私へと視線を向けてくる。女の子なのに相変わらず髪の毛を放置しているのかボサボサになってしまっている。
「でも見つけた所で━━」
「別にどうとでもなりますよ。誘い出される時点で頭の良い人物では無いのは確定的ですし、対面出来ればやりようはいくらでも」
おそらく私が何を言っても変える気はないのだろうし、詳細は教えてくれないのだろう。それは私の目を見ている様で見ていない上に、沈んだその雰囲気からありありと伝わってきた。
「危険だとか言っても・・・ですか」
「分かってるじゃないですか」
下手に単独で動くよりは世間の話題になれば逆に安全だろうか。標的になれば警察も動くかもしれない。が、それがわざわざ危険に身を晒す事には変わらないのは事実、かと言って代案を出せるわけでも無い。
(・・・結局友人の頼みすらも果たせないのか)
前へ向き直り深く座席に体を埋め天井を見上げる。
「私がいなくてもやってしまうって事ですよね」
「・・・・そうですね」
止めようが無いのか。犯人への復讐を達成させてしまったら、彼女は自死すると言っている。結局それを翻意させることも出来なかった。でもこの先私が仕事も生活も捨て、彼女と一緒に行く覚悟も根性も無い。
(あれだけ大層に千春君を守るとか思っておいて情けない)
ならせめてこんな何も出来ない私がすべきなのは、いつかこの子に残る言葉を送るだけか。
「じゃあ仮に復讐できても三回忌までは生きなさい。親父さんがあの世で不当判決受けるかもしれないしな」
「・・・・・・」
帰ってきたのは無言。やはり父親の事となるとだんまりになるのは、気後れしている部分もあるって事なのだろう。
「まぁ何かあったら連絡しなさい。生きたくなったら保護者として名義貸すぐらいはできるから」
「・・・・・お気遣いどうも」
バックミラーに写る千春君の顔が携帯を消した事で暗くなった。そして私をただの一度も見る事無く車の扉を開け、冷たい冬空の空気が暖房で乾ききった車内を切り裂く。
「じゃあさようなら」
短くそう言って扉を閉めようとする彼女に言葉を返す。
「・・・またな」
バタンと強く扉が締められる。やはり不快な思いをさせてしまっただろうか、要らぬことを言ってしまっただろうか。
「これでどうしろってんだよ・・・・」
そんな結論の出ない迷いをかき消すようにライターを取り出し火をつける。
「・・・・まっず」
結局なにも彼女にしてあげれなかった。こんなんじゃ俺を頼る様に言った門浪の奴に失望されちまうだろうか。
そんな不安か後悔のようにも取れる鬱蒼とした感情を乗せ灰色の煙が昇って行った。




