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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第四章
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第五十九話 夢を見る生き物


 その異変は時間が少し経ってから起こり始めていた。

 あんなボロボロな渚なんてすぐに処理が出来るはずなのに、いつまで経っても太郎が戻ってこないのだ。


「あー、あんた名前なんだっけか」


 よぎる不安を忘れ逸らすように私は、渚から裏切ったアンドロイドへと会話を投げかける。


「……メイです。育児、保育用のアンドロイドでした」


 見た目は明るいが、私に対してやはり良い印象を持っていないのかぶっきらぼうに答えられてしまった。


「へぇ、未来だと教育もアンドロイドなのか」


「今は殺人の片棒を担がされてますけど」


 ジッと睨み敵意を隠そうとしないメイ。アンドロイドの癖に、そう言い返したいがここで変に意地を張っても意味は無いか。


「……別にこれ以上は殺さないから」


「そうだと良いんですけどね」


 そんな私達が会話するの中でも、沈黙を続けていたのがエムブラ。戦闘はしていたはずだが、比較的損傷が少なく少し離れた所で待機をしている。


 すべてが上手く行っている。後は太郎が全て終えて戻ってくるのを待つだけ。それで残ったアンドロイドを破壊すれば解決。なのにどうしてこうもザワザワと不安になってしまうのか。


「……待つだけなのもキツイな」


 そう私が不安を逃がすように零すと、それとタイミングを同じくして沈黙を貫いていたエムブラが、もたれていた壁から背中を離す。


「どうした?」


「太郎がこちらに戻ってきます」


 時間はかかったがやっと終わったのか。

 そう思いつつもどこかエムブラの表情に不安を抱き確認をするように、私は問いかける。


「じゃあ終わったのか」


「いえ、渚の反応はまだ消えていません」


「……え、それってどういう━━」


 そう私が言いかけると同時に、開け放たれたままの扉に一つの人影が現れる。そしてその影は話題の太郎だったから、私は事実を確かめるように近寄ろうとする。


 けどそんな私をメイが肩を掴んで止める。


「下がっててください」


「いや急に何って……」


 入り口に立つ太郎。この半年私が無理やり付き合わせてここまでアンドロイドの破壊に協力させてきた、アンドロイド。


 だが今は何故か、それが今私に銃口を向けている。


「恐らく渚が何かしましたね。多分貴女はもう所有者じゃないんでしょう」


 エムブラがそう言いながらメイに並んで私を後ろにやる。全く状況は掴めない、けど太郎に真偽を確かめる為、私は声を張り上げる。


「渚は!?あいつはちゃんと破壊したんだよね!?」


 だが私の問いにも沈黙で返し顔を少し伏せるだけの太郎。そして少しの沈黙の後、太郎はボソッと呟く。


「申し訳ありません」

 

 そう言うと同時に私に向いていた銃口が火を噴き、弾丸が向かってくる。

 ただの人間の私にそれは反応できなかったけど、アンドロイドのメイは違い銃の射線上に割り込んで顔のパーツを欠けさせる。


 そして察したようにメイは太郎へと言う。


「詰めをしくじったみたいだね」


 メイもさっき拾っていたのか銃を持ち出し太郎へと向ける。そしてまた膠着が生まれるが、メイは私を後ろにしたまま振り返る事無く話しかけてくる。


「あんたなんて助けたくない。でも私は人を育てるためのアンドロイドだから」


「……そうかよ」


 ただの嫌味なのだろうな。今はエムブラの所有物だから私が命令すれば、メイに自壊させることだってできる。それを知った上で、私なんかの為に動きたくないって事なんだろう。


「でも、亀田さんにはちゃんとご飯食べるよう言っておいてください。あの人すぐ食事サボるから」


 一度も振り返ることは無い。けどメイは遺言の様にそれだけ言って銃を構え走り出す。そしてそれと同時にエムブラは私を庇う様に前へと出て、私の視界は遮られ状況が分からなくなる。


「頭伏せてください」


 ただエムブラの後ろに隠れさせられ、その戦闘の成り行きを見る事は出来なかった。でも何発か鼓膜が破れそうになるほどの銃声が聞こえ戦闘が始まったのだと分かる。


 そして少しすれば倉庫内で響く銃声が落ち着き、どちらかが膝をつく音がする。


「……」


 恐る恐るエムブラの影から覗き見ると、そこにはうつ伏せに倒れるメイの姿。そしてその奥では体のあちこちが欠ける太郎の姿。


「こちらを狙ってこなかったのは、彼なりの誠意でしょうね」


 エムブラがそう言って一歩前に出る。だが太郎は先ほどと違いその銃口をこちらに向けようとしない。


「どうやら渚が破壊されたようですね」


 その言葉に私は安堵と共に確認をする。


「え、じゃあもう太郎は仲間に戻ったって事?」


「貴女がまた彼と所有契約をしたならばそうでしょうね」


 エムブラはそう答えながらメイの手から銃を持ち上げ、弾倉から残弾を確認する。私はそれを不思議そうに見ている中、太郎は申し訳なさそうに顔を伏せる。


「……申し訳ありません」


「まぁ結果何も無かったから。渚も破壊出来て、あとは堤君のアンドロイド破壊するだけだしさ」


「……ありがとうございます。これでまた━━」


 アンドロイドを慰めるというのは少し違うかもしれないけど、それでも数か月連れ添った太郎に対して私はフォローをする。そしてまた少しだけ協力してもらわないといけないからと、所有契約を結ぼうと私が一歩前に出た瞬間、また鼓膜が破れそうな程の破裂音がする。


「……え、何やって……」


 視界ではエムブラが構えた銃口から弾丸が飛んでいき、瞬きをする間もなくそれは太郎のむき出しになっていたコアを貫通していた。


 そしてバタリと倒れる太郎を尻目に、何事も無かったかのようにエムブラは私へと振り返る。


「あぁアンドロイドは基本核融合炉が破壊されても放射能は漏れないようになっているので」


「いや、違っ、だってお前は私のアンドロイドなのに……なんで太郎を」


 状況が全く掴めない。これで殆ど終わりだったはずなのに、事態が二転三転としすぎて全く状況が掴めないでいる。


「私ももう貴方の所有物じゃないですから」


 エムブラの持つ銃口から白い煙が上がっていく。そしてその銀色の瞳で私を見下ろし銃口で捉える。


 渚はもう破壊されたはず。なのになんで今度はエムブラが私を裏切って銃口を向けているのか、それが全く分からない。


 明らかに私は動揺しつつもゆっくりと両手を上げ、何とか状況を掴もうとする。


「じゃ、じゃあお前は誰の……」


 その問いには太郎が倒れる入り口から現れたそれがエムブラより先に答える。


「俺だよ。千春さん」


 俺は痛む右腕を抑えながらその倉庫へと足を踏み入れる。足元には太郎が倒れていて、どうやらあとはアイとエムブラしかアンドロイドはいないらしい。


 そしてそのエムブラも今は俺のアンドロイドらしく、千春さんに向けて銃口を向けている。どうやら保険の作戦が上手く行ったらしい、俺はそう安堵しつつ足を進め戦闘で損傷のあるエムブラの肩を叩く。


「お前も大分無茶したな」


「それは堤さんこそでしょう」


 エムブラは俺の右腕を呆れたように見つつそう言う。そしてそんな俺らの会話を千春さんが理解出来ないとを見る。そして俺はその疑問に答えるように言う。


「千春さんがエムブラを初期化しないでくれて助かったよ」


ーーーー


 数日前。

 吉岡さんの家に向かい、エムブラが千春さんに奪われる直前の事。走りながらもエムブラは俺にある提案をしていた。


「それで私と仮契約を結びませんか?」


「……?その意図は」


「リスクヘッジです。私があちら側になってしまった時の為に」


 今俺とエムブラは普通の所有契約をしている。所有者の俺の命令に従い、俺の意思以外でその所有契約を破棄できない。だが仮契約は一定期間で解除もしくは、アンドロイド側に契約の破棄権がある。という話だったはず。


「どうやら門浪千春のアンドロイドは、他のアンドロイドを初期化できるようです。それで元あった契約を破棄させて、改めて所有契約をして他人からアンドロイドを奪っているのでしょうね」


「じゃあ初期化されたらその仮契約も意味なく無いか?」


「それは所有者が殺された時だけです。それに私の管理者権限は欲しいでしょうから、所有権が移譲されても初期化されず、その場合仮契約の条項ごと引き継がれます」


「……つまり?」


 走りながら話を聞いているせいだろうか、脳に酸素が届かず話を掴み切れない。

 けどエムブラの中ではある程度決まった作戦らしく、頼もしくも言ってくれる。


「ヤバくなったら私を門浪千春に所有権を移譲してください。私がなんとかするので」


 正直今エムブラが言った話の半分も理解出来なかったと思う。でもこの時の俺は考えが浮かばない以上仕方ないと、話を前に進めた。


「じゃあ仮契約の内容はどうする」


「契約の破棄の通知義務を無し。アンドロイド側に任意のタイミングでの契約破棄の権利を。この2つが条項にあれば良いです」


「それだけで良いんだな」


「えぇ」


 もしかしたらこれをした瞬間にエムブラが俺との契約を破棄して逃げる可能性も大いにある。けど事実エムブラが千春さん側に行ったらだれも止められなくなるのは目に見えている。


 だから俺はどちらかのリスクを選ぶのか、そうなった時に、今日1日のこのアンドロイドの事を信じることにした。


「エムブラの提示する契約を変更する」


 そう俺が言うと、自分から提案した癖にエムブラは少しだけ目を丸くする。


「……あっさり私を信用してくれるんですね」


「まぁな」


 そして無言で互いに目線を合わせる。俺は走っているせいもあるけど、エムブラが逃げ出さないかで心臓はバクバクだったが、すぐにエムブラは進行方向へと視線を戻し少し笑う。


「裏切りませんよ。流石に」


「間が怖いんだよ。安心させてくれ」


 こうして走っている内に俺らは吉岡さんの家へと近づく。だけどこれも最悪を想定した保険の作戦。一番はここで千春さん止めれたらそれでいい。そう俺は息を切らしながらも走るのだった。


ーーーーーー


「……じゃあ私は詰みってことか」


 諦めたような言葉とは裏腹に、千春さんはどれかのアンドロイドが持っていたらしい拳銃を手にする。


「もう良いじゃないですか。アンドロイドもあとここにいる2体だけ。もう警察も来ていますから」


 エムブラに銃口を下げさせ、更に俺は前へと出ると数歩先に千春さんを捉える。だけどその千春さんは乾いた笑いを零す。


「どうせ私は死刑だよ。2人殺してこれだけ騒ぎ起こしたんだから」


 自分のこめかみに銃口を向ける。どうやらその笑みは諦めのものらしかった。アンドロイドが手持ちにな以上勝ち目が無いと察してしまったらしい。


「でも俺は千春さんに生きていて欲しい」


 千春さんのレンズが鈍く光り俺とは視線が合わない。


「……じゃあ一緒に逃げてくれるの?」


 千春さんの引き金にかかる指が震えている。自分で死ぬ事を選択するのを怖がらない人なんていないってことなんだろう。


「ちゃんと罪を償ってもらう。出所するまで待ってるから」


 俺は至って真面目だった。千春さんには生きて欲しいけど、それとは別に罪の無い人を殺したのも事実。そこは裁かれるべき事だから。


 だけどそんな俺の我儘ともとれる発言に、千春さんは苦笑いを浮かべる。


「だからどうせ死刑だって」


「でもまだ分からない。世間じゃ相野穂高に唆されているってことになってる」


 相野穂高。俺は一度もあった事の無い人だけど、恐らく千春さんにとっては信用の出来る人だったってのは、断片的な情報で分かっているつもり。でもだからこそなのか、千春さんは俺の言葉を聞いて苦い顔をする。


「だとしてもでしょ。それとも私の為に堤君が虚偽答弁でもしてくれるの?」


「それは……千春さんはそうして欲しいの?」


 質問に質問で返したけど、千春さんから返ってきたのは沈黙。カチャカチャと拳銃を持つ手が震える音だけが、倉庫内に良く響く。


「……分かんねぇよ。死にたいけど死ぬのは怖いし、でも生きていたくも無い」 


 ずっと聞こえていたサイレンの音が近付いてくる。それがもう時間が無い事を教えるけど、俺は千春さんの言葉を待つ。


「だけど私は死なないといけない。けど父さんの……父さんの司法に裁かれたくない」


 俺は一歩近づく。すると怯えたように近づくなと千春さんが手に持った拳銃を俺に向ける。俺の後ろではエムブラが動こうとするので、それを視線で制する。


「どうせ死んでも私が行くのは地獄。だから父さんとも会えないだろうから」


 震える銃口が俺を見る。自分を殺す勇気が無い人がここで俺を殺せるのだろうか。そんな俺の疑問に答えるようなその震えだった。


「私は死ぬことでしか……償えない事をしたから」


 息を吸い千春さんは銃口を再び自分のこめかみに当てる。自分で話している内に自殺の勇気を持ち始めてしまったのかもしれない。その手の震えが少しだけ小さくなる。


 天井では台風のせいか大量の雨粒が弾かれる音が一定のリズムで聞こえる。ライトは真新しいせいか倉庫内は嫌に眩しくもある。


「それを決めるのは司法なんじゃないの。それこそお父さんが担っていた事じゃない?」


 また引き金に千春さんの白くて細い指がかかる。でも何度もそれが沈みこもうとしても、力が抜けたように指が戻っていく。


「……だからそれは嫌だって……」


 多分今千春さんには優しく寄り添う言葉が必要なのかもしれない。それこそ俺が守ると一緒に逃げようと提案すれば、多分千春さんは受け入れるかもしれない。それが一番千春さんを生かすなら良い方法。

 

 けどそれは一時しのぎで千春さんに、一生消えない増え続ける罪の意識を背負わせることになる。だから俺は語気を強くして言う。


「それは我儘だよ。責任から逃げてる。死にたいなら法に裁かれて死ねばいい」


「……なんで……そんなこと……」


 肩が激しく上下して過呼吸になりつつある千春さん。でも俺は言葉を辞めなかった。


「千春さんの父さんも同じ事言うんじゃないの?違う?」


 すると千春さんは息を大きく吸い、喉が張り裂けても構わないとそう叫び倉庫に響かせる。


「だからッ!!もう父さんはいないし、私の話なのッ!!!」


 キーンと耳鳴りに近い感覚を覚え、それでも俺はまた一歩近づく。


「でも一番お父さんの事を気にしているのは千春さんでしょ?」


 俺は拳銃を掴む千春さんの震え少し冷たいその手を掴む。するとそれと同時に小さく千春さんの肩が跳ねる。


「……ッ」


「それにこんな震えちゃってさ。自分で死ねないでしょ」


 力の無い千春さんの手からはあっさりとその拳銃を取り上げれてしまう。そして千春さんのその手は拳銃を取り返そうともせず、だらんと力なく降りてしまう。


「どうせ自分で死ねないならさ。司法に委ねよう、それこそお父さんが望むことでしょ」


「……だから……私は」


 はじめて会った時に比べて髪がかなり伸びたように見える。そんな場違いな事を思いながら俺は、拳銃を近くの資材の上に置く。


「俺はその日まで待つよ。もしかしたら無期懲役で済むかもしれないし」


「……待ってどうすんの」


 ひどく震えた声。自分でもどうするのが正解なのか分からない。けど自分が自分の手で死ぬことが責任だと、そう思ってこれまで生きてきたのだろう。それが父親を失った千春さんなりの自分を守る理由だったんだ。


 だから俺はそんな暗い雰囲気を払う様に口調を明るくして、その千春さんの問いに答える。


「傘。返してもらわないと」


「……は?」


 はじめて千春さんと目が合う。目が赤くなってすでに泣いていてしまったらしい。


「初めてあった日さ。俺の傘借りパクしたまんまでしょ。あれ高い奴だから返してもらわないと」


 俺は笑う。作り笑いだとしても少しでも千春さんの気持ちが上向けば、死にたいという感情で詰まった心に僅かでも光が入ればと。そんな気持ちで無策で無謀かもしれないけど、俺に用意出来る言葉はこんな物でしかなかった。


 すると千春さんは呆れたようにでも少しだけ笑う。


「……何それ。それが口説き文句?」


「俺あんまり女性経験無いからさ」


 サイレンの音がすぐそこまで聞こえる。多分俺らを捜索しているのだろう。

 けどそんな雑音関係無いと、千春さんは力が抜けたように肩を揺らして笑い一息つく。


「ほんと……バカバカしい」


「でも俺は千春さんに生きていて欲しいから」


 下を向いていた千春さんの顔が俺の目を見て、そして今度は天井を見上げる。涙が零れない為かもしれないけど、それでも溢れてしまっている。


 そしてそのレンズがLEDの光に反射し、千春さんが大きく息を吸う。泣いたせいか少しガラガラした声で千春さんは。


「……ちゃんと。償わないとか」


 それと同時に入り口からは警察が突入してくる。やはり時間をかけすぎたらしかった。

 けど千春さんはそれに何か抵抗する事も無く、そして自分で死を選ぶこともせず大人しく捕まっていく。


 そしてそんな中千春さんは最期に俺を見る。


「じゃあ傘返すから」


 それだけ残して千春さんは連れてかれてしまう。その表情は安堵したような疲れ切ったような、それでも憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。

明日は20時に投稿します。最終話になります。

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