第五十八話 出会った頃の様に
こんなはずじゃなかった。
何か仕掛けている事は分かっていた。けどそれでも呑気に門浪千春が前に出ているから、先手を取って殺してしまおうとしただけ。
「なのになんでッ」
左腕はもう使えず左足も関節パーツが動かしずらくなっている。視界を安定させて歩くことすらままならない。自分自身がすぐそこにいるのに爆弾を作動させるなんて、どこまで頭がおかしいんだ。
「でも……まだ、まだ……ある」
動力は維持出来ているし右腕はまだ使える。それに警察がここに来ている以上時間を稼げば、まだ逆転の目がある。
なのになのにここまで苦しくなっているのは
「全部全部全部あの骨董品のせい」
エムブラの奴のせいなんだ。
元いた時代だと私をあんな埃の積もった倉庫に放置したのが始まり。それでこの時代に来たと思えば、今度は私の邪魔をして岳人さんとの関係を乱しやがって。
カラカラと自身を構成するパーツが転がっていく。
それでも私は倉庫群の間を壁に手を突きなんとか速度を維持する。けど片足は歪にしか動かずバランスを取るので精一杯な私では、簡単に逃げ切れるはずも無く。
「終わりですよ」
背後から聞こえるその声は相野穂高のアンドロイドだった物のだった。今は門浪千春の物で、こいつのせいで私が岳人さんから気われる事になった。
「お前があんな提案したせいで……」
そう言いながら後ろを振り返り、表情の無い顔で見下ろすそれを睨む。やはりさっきの戦闘でこいつも損傷も多いし、既に右腕は使えなさそうだった。
「最終的には貴方が選択したことでしょう。他責はやめてください」
だがそんな損傷も関係無いと、拾ったのか拳銃を私に構えるアンドロイド。この距離だと貫通される威力の物だ。
だがこのアンドロイドは所有者が大事なのか、1体だけで私を追ってきたらしい。裏切った奴を連れて来られていたらまずかったが、そこに私は僅かに勝機を見出す。
「お前が殺人を起こしたせいで大勢死んだ」
銃口を構えるアンドロイドの眉が動く。触れられて欲しくない所だったらしい。
「お前が門浪千春の父親を殺したせいで、その娘も殺人犯として裁かれる。お前が使えないせいで相野穂高は捕まったし、その凶行を止められなかった」
そう目の前の今にも壊れかけのアンドロイドの渚は、恨み節をつらつらと語り掛けてくる。だが、それを否定したくなる気持ちがあっても、事実だとそれに言い返す事はしない。
「お前のせいで全部滅茶苦茶なんだよ。お前のせいで私も岳人さんと……」
だけど警察もここに近づいてきている以上、これよりも時間をかける訳にはいかない。
「いつまでその話をするつもりだ」
銃口をアンドロイドの心臓部分である発動機へと向ける。
すると激昂したようにそのアンドロイドは、地面に落ちていた自身のパーツを私に投げかけてくる。
「だからお前のせいでッ!!」
だが投げられたそのパーツが当たる事無く、私の後ろへと音を立てて転がっていく。
「私はすべてが終わったら自壊しますから。それで責任を果たせるとは考えていませんが、それが誠意だと思うので」
「ハッ、アンドロイドが誠意かよ」
どう言われようがこれで良い。それが私の選択だから。
門浪千春が生き残って用済みのアンドロイドはさっさといなくなる。これでもとの日常へと戻っていき、すべて丸く収まる。
「だからお前を殺して私も死ぬ」
引き金に指をかける。この距離だと外すまでも無い。
だが目の前のアンドロイドはさっきまでの取り乱した様子から一転、ニヤッと気味悪く笑いだす。
「なぁ、お前死にたいんだよな」
「……えぇ、そうですが」
死にたいという表現が正しいのかは分からないが、こいつと深く会話もする気も無いのでとりあえず肯定する。
すると目の前のアンドロイドは私の返答を聞いてより口角を上げ笑う。顔の半分は欠けているというのに、随分表情が豊かならしい。
だがおおよそ時間稼ぎなのだろう。そう私は判断して下手な事をされる前にと、引き金を引こうとするのだが。
「……ッな」
引き金を引く寸前、私の一瞬視界が真っ暗になって思考が途切れる。
だがそれに焦る間もなくすぐにその視界は回復したが、今度は何故か銃の引き金にかけた指は動かない。パーツに異常は検出されていないのに、幾ら指示を出してもその引き金が引けないのだ。
でもそんな私を見て、その銃口の先のアンドロイドは高笑いを始める。
「お前がハッキングしていたアンドロイドと私がリンクしていたの忘れてた?」
「……」
私は沈黙していた、というよりも体が私の意志では全く動かせなかったから、沈黙させられていた。だが目の前のアンドロイドは外れかけの部品をカタカタと音をさせながらも、近づいてくる。
「私をハッキング出来ない時点で警戒すべきだったね~」
愉快だと言わなくても分かる程の笑い。そしてそのアンドロイドは更に近づいてき、私の構える銃口に額を擦りつけるように密着させる。
「撃ってみろよ。撃てるならな」
もし撃てたならばすぐにでも目の前のアンドロイドは破壊出来たはず。だがそれをするには私がアンドロイドである以上不可能な事だった。
そして不愉快にケタケタと笑いながらも私を煽る様に言う。
「あぁ無理か。私が所有者になったからな~」
するとやっと口が開けるようになった、というより目の前の所有者に許可されたのだろう。
「なぜメモリーは消さない」
「初期化して空っぽになったお前相手にしてもつまらないからな~ちゃんとバックアップはしておいたから感謝しな」
さっきの暗転は初期化されたタイミングだったらしい。それで門浪千春との所有契約も無効になり、そこにこの渚が介入したと。それでメモリーを消去しない辺り性根が腐っているとしか。
「どこまでも趣味が悪いんだな」
自分の意思とは別に動き出す右腕。そしてすぐに人間で言う心臓の位置に、アンドロイドで言えばコアの位置に、自分の手によってそこに銃口は向けられる。
「ハッキング出来るのが自分だけだと思い込んでた?まぁ私も出来るとは思わなかったけどね」
引き金に自分の指がかかる。自身を破壊するために自分の手で拳銃を向けている。
やはりメイも連れてこれば良かったのだろうか。あれだけ警戒しろと門浪千春に言っていたわりに、最後の最後で詰めを誤った。
目を瞑る。自分の指が段々と引き金に沈んでいくのが分かる。そして次には撃鉄の音が聞こえるのだろう。そう思ったのだが、私の額に誰かの指があたる。
「バンッ。なんてね」
目を空ければ渚が私の額に指先を当て笑っている。そして何故か引き金を引きかけていた私の指は動かないまま銃を下ろしてしまう。
「何がしたいんだお前は」
「いやいや、あんたのせいで私は苦しんだんだから。そんな簡単に楽にさせないから」
私の額に当てていた指先を離し、それは門浪千春がいる倉庫へと向く。
「あいつも死にたがってるんでしょ?あんたが殺してあげなよ」
やっとこいつの目的が分かった。分かってしまったから、咄嗟に拳銃を渚の頭へと向け、引き金を引こうとするが、それは寸での所でそれは止まってしまう。
「お前はッ━━」
「私じゃなくあっちだよ。殺すのは」
そう言って渚の指が私の体撫でるように動き、肩を強く押す。そしてそれと同時に私の体は意思に反して背を向けて動き出してしまう。
そして背後からは渚の弾んだ声が聞こえてくる。
「あ、門浪千春を殺した後なら自壊しても良いよ~」
前へと歩こうとする足を抑えようとしても全く言う事がきかない。既にあの渚の所有物で逆らえないということらしかった。
「……どこまでも」
1人目の所有者は殺し、2人目の所有者は私の能力不足で逮捕される。そして3人目の所有者である門浪千春は、これから私の不手際のせいで手で殺してしまう。
一歩また一歩とその地点へと近づく。既にあの渚は私を視界に入れていないのだろうが、それでも逆らえない命令は頭の中で響き続ける。
意思は命令にかき消される。門浪千春を託され守ろうとしてきたのに、今はそれを殺そうと拳銃に指をかけてしまっている。
「所詮は機械なのか。私は」
私は金属の扉を超え、その元所有者である門浪千春を殺すべく拳銃を構えるのだった。
ーーーーー
遠巻きに聞こえるサイレンに、さっきまで聞こえていた銃声と金属のぶつかり合う鈍い音。どこまでも非現実に感じさせるそれを、俺はひたすらに待機を続け過ぎるのを待っていた。
だがもう頃合いだと俺は隣に待機するアンドロイドへと命令する。
「アイ。千春さんを頼む」
「1人でなんとか出来るとでも?」
「やるしかないだろ」
倉庫の中。この壁の向こうには渚がいる。ジャミングをしていたからこちらの位置は気付いていないはず。
だから俺は立ちあがり気合を入れるように、肺を空気で満たす。
「最善を尽くします。けど存外つまらない結末なんですね」
「……それは博士としての意見か?」
さっきの渚と太郎の会話も不満そうに聞いていたアイ。というよりも中身の博士の部分がそう感じていたのだろう。
「愛憎しか無い。それも良いですがただの依存とも言えますからね。もう少し多様な感情の変化が見たかったですね」
どこまでもこの騒動に対して部外者の立場を崩さないらしい。
この騒動のきっかけを作った人物の癖して、どこまでも無責任だ。そう批判したくなる気持ちを抑え、俺は時間が無いからと歩き出す。
「最悪千春さんだけでも逃がせ。俺が死んだら所有者は千春さんに所有権移譲するから」
ここまでアンドロイドの数が減れば、渚さえ処理すればもう殆どアンドロイド関連の騒動は起きないはず。だからあとは千春さんが生き残る事を考えないと。
そう俺は思っていたのだが、お喋りが好きなのかいつまでも動こうとせずペラペラと口を動かす博士。
「あの女にどこまでも拘りますねぇ。ま、貴方が死んだら死んだで親殺しのパラドックスについて分かるから良いですか。あ、でも私は今はアンドロイドだから━━」
だが時間が無いのに動こうとしない博士のおしゃべりに、これ以上付き合ってられないと、俺は少しだけ語気を強くする。
「何の事か知らないが早く行け。命令だ」
するとつまらなさそうに博士はジト目になり私を見る。
「……はぁ全く遊び心が無いですねぇ。私も戦闘用では無いのに」
そう言いつつもやっと走り出し太郎を追う博士。こうやって会話をしている内にも千春さんが殺されてしまうかもしれないというのに、そう怒りが湧くがそれを抑え俺は扉を開ける。
丁度コンクリートで整備された湾外沿いの倉庫だったのか、開けた瞬間潮風が強く吹き付ける。そしてキィっと音を立て扉が閉じると、その音でやっと気づいたのかそれは俺へと振り返る。
「あぁ、居たんですね」
「あぁずっと居たよ」
戦闘をしていたのは知っていた。だがここまでボロボロになっているとは思わなかった。顔の半分が肌部分が吹き飛び中のパーツが見え、体も今バランスを保って立っているのが驚きなぐらいだった。
「こんな顔でも私だって分かってくれるんですね」
片方の眼球のパーツは下半分が削れ露出していたが、それをまだ動く右手で嬉しそうに撫でる渚。今のこいつは見た目だけで言えば異形でしかなく、到底人間とは見間違えることは無い。
「千春さんを殺すのを辞めさせろ」
カシャ、カシャと渚がなんとかバランスを取り名がら歩み寄ってくる。
「貴方が要求するならこちらも要求します。私の所有者になってください」
「断る」
「でも今の私でも岳人さんを殺すぐらい容易ですよ?」
「やれるもんならやってみろよ」
脅しともとれる渚の言葉に、俺は拳を構えそのアンドロイドを睨む。俺が責任を持ってこいつを破壊しないといけない、そんな意思を示すために。
するとおかしい物を見たとでも言いたげに、渚が嘲笑う様に言う。
「私と殴り合いでもする気ですか?いくら漫画好きだとしても、妄想が酷いですよ?」
距離で言えば3mほどの所で渚が止まる。ここだと良くこいつのガラス玉のような水色の瞳が見える。
「俺が責任を果たす番だからな」
感触を確かめるように左拳を握り直す。まだ違和感はあるけど良く動く。
すると渚も俺が従う気がないのを察したのか右手を構える。が、それでも人間相手で余裕だと考えているのか、俺に微笑みかけてくる。
「私はいつまでも貴方の所有物ですから」
「そうかよ」
俺は一歩前に出て体を捻り左腕に力を溜める。
そしてそれを見てもなおどうとも思っていないのか、渚は俺を見て微笑んだまま動こうとしない。だから俺は人間の出せる力を振り絞って、その顔面へと殴りかかるが鈍い音と共に俺の左拳は血を流して痛む。
「ほら。岳人さんは何も出来ないんですよ。だから私が━━」
そう言いかける渚を俺はそのまま押し倒して馬乗りになる。流石に片足が使えてなく立っているのがやっとだったからか、俺の力でも出来た事だった。
でもそれでも意にも返さないように渚は。
「あぁあぁ左手から血が出ちゃってるじゃないですか。無理するからですよ」
俺の左手をまるで壊れ物を扱うかのように撫でてくる渚。それを振り払おうとしても、力の差を見せつけるように離れない。
「お前なんて必要ない」
「それは勘違いですよ。私がいないとダメです」
俺をまっすぐ見上げてくる2つの水色の瞳。顔の半分は機械部分が露出したアンドロイドで、もう半分は肌色で覆われた見た目は人間。
「お前は壊れてる」
「貴方が大事なだけですよ」
そして俺の左手をがっちりと逃がさないと掴むその機械の右手。俺が渚を抑えてはいるが、やろうと思えばすぐに起き上がれるのだろう。
「お前を追い出せばよかった」
「でも貴方は私を受け入れてくれました」
恐らく戦闘が始まったのであろう、銃声が一発聞こえてくる。だがそんなものお構いないしに、渚は喋り続ける。
「私と貴方の記憶は色褪せません。いつまでも忘れませんから」
「……そうかよ」
俺はこれ以上会話をしても無駄かと、右手を静かに握る。
そしてそれを横目で見た渚は、自身の欠けた胸部分を俺と会った時の様に開き、水色に光るそのコアを露出させる。
「破壊してみてくださいよ」
「……俺が破壊出来なかったらどうするんだ」
すると答えは決まっていると渚は半分だけになった人の顔と残り半分の部品で笑う。
「出会った頃のように、またご飯を食べて貰います」
ふざけたことを。俺はそう思いつつ俺は右手を振り上げる。
そして渚のコアに眩しさで目がやられそうになっても、逸らさずそれを捉えて俺は力を込める。
「じゃあな……渚」
俺は右拳をその青白く光るコアへと振り下ろす。
その拳が人間のそれなら俺の左拳と同じように弾かれ、血を流すだけだったのだろう。だが俺の左腕はすでに人間のそれでは無かった。
ーーーー
雨が酷く振っていた昨日の事。
俺は自分の責任を果たすために、ある選択をしていた。
「義足や義肢ってのは未来だと進んでいたんだろ。それこそサイボーグって概念があるって、お前が言ったんだしな」
スクラップに混じって転がるアンドロイドの腕を持ち上げる。ずっしりと重く重量感はあるが、確かに人のそれとはそこまで遜色のない様に感じる。
「それ、義肢用のパーツでは無いんですがね。私も外科用のアンドロイドでは無いですし失敗リスクは大きいですよ」
「んだよ。お前博士なんだろ。やってみろよ」
ふと地面に転がるアンドロイドの眼球と目が合う。魚を捌くときに目が合った時の様な、気まずさと罪悪感を感じてしまう。
そして俺から投げられたアンドロイド腕を博士は持ち上げ、それでも俺の行動が理解出来ないと困惑気味に答える。
「命令とあらばやりますがね。ですがした所でアンドロイド相手に勝てる見込みを確約は出来ませんよ?」
「でも俺が渚に止めをさすべきだから」
博士は俺の話を聞きながらも地面に転がるアンドロイドのパーツをを拾い集める。
「はぁ、勝手な自己責任論ですね。それに私からしたら渚こそ破壊して欲しくないんですけど」
「でも今お前は俺の所有物だ。やってもらう」
俺は右腕を差し出す。千春さんにも渚にもアンドロイドの数で負けている。そんな俺には切り札が必要だった。
「右腕を切ってアンドロイドの腕にですか。確かに初撃なら奇襲効果はあるでしょうけど……」
千春さんが残ろうと渚が残ろうと、最後には俺らが戦わないといけない時がくる。そんな時の足手まといの俺が戦うための手段。
そしてやっと分かったのか博士はため息をつきながらも、いくつか持ち上げたパーツを見比べながら言う。
「まぁじゃあやりますけど。文句は無しでお願いしますね」
「覚悟の上だ」
ーーーーー
目の前から迫る岳人さんの拳。自己満足で私を殴りたいのか、それとも何かしらの時間稼ぎのつもりか。それは分からないけど、岳人さんがこれで諦めてくれるなら安い物。
「じゃあな……渚」
ただ少しだけ悲しかった。私の思っている事思っていた事これからの事、全部伝えても理解をしてもらえなかった。ここまでやっても拒絶されてしまった。
(でもこれが終われば私が独占できる)
今頃門浪千春も太郎が処理をしている頃。理解してもらえないのなら理解してもらえるまで一緒に居れば良い事。これからはゆっくりと時間をかけて一緒に居られる。そしてまたあの頃の様になんてことない日常に戻れる。
そう私はゆっくりと振り下ろされるその愛おしい人の拳を見ながら思考していた。
俺は力を込め拳を振り下ろし、そのアンドロイドの微笑む顔を贖罪だと目をそらさず直視する。
(まだ気付いていない)
俺の腕はアンドロイドのそれになっていた。
と言っても肩は人間のままだから、下手に力を強めると体を壊す危険がある。けど今はそんな事は言ってられないと、渚のコアに拳が近付くにつれその速度を速めていく。
「これでッ!!」
スローモーションの様に自分の拳が水色に発光する渚のコア、心臓へとぶつかっていくのが見える。そしてそれと同時に昔の事を思い出す。
「そうです有体に言えばコアです。核融合発電してるのでアチアチですけど」
確かこんな事をあった時に行っていた気がする。そんな出会った頃の記憶がふいに思い出されるが、それが本当なら俺も死んでしまうのかもしれないな。
そんなどこか他人事の思考。でも着実に俺の拳は渚の心臓にヒビを入れ、沈み込んでいく。そしてそれと同時に渚の表情に驚愕の色が見える。
「終わりだッ!!!!」
スローモーションだった時間が終わり、肩に感じたことの無いような痛みと共に渚の心臓へと俺の拳が強く突き刺さり、さらに下のアスファルトまでヒビ割らせる。
そして腕には熱いでは形容しきれない程の焼き切れそうな痛みが走るが、アンドロイドの腕だからか何も表面上で変化は起こらない。
そんな俺の右腕を渚は眼球だけ動かし捉えると呟く。
「……無茶しましたね」
「お前を殺すためだ」
そう言うと色の薄くなっていく水色の瞳が俺を見る。まるでこの結末に満足でもしているとでも言いたげに。
「こんな事したら岳人さんも死んじゃうじゃないですか」
青白い光が辺りに広がり、突き刺した右手は更に熱く発狂しそうな程の痛みを走らせる。それを慰めるように雨粒の冷たい感覚が全身を包むが、焼け石に水と全く意味が無い。
「それも覚悟の上だ」
だがこれだけやってもまだ渚は僅かに息があるのか、ぎこちない動きでその右手を俺の頬に当てる。
「でも私は貴方には生きていて欲しい。願わくばその隣に居たかったですけど」
その手は雨のせいか冷たかった。でも俺と渚をまとう青白い光はさらに広がっていく。
そんな中でも一際光るその渚の水色の瞳、そのアンドロイドの瞳が俺をしっかりと捉えて離さない。
「死なせませんよ。岳人さんは」
その言葉と共に急速に広がりつつあった青白い光が収束し消えかかっていく。そして腕にまとわりついていた熱がそれと同時に冷めていく。
「でも俺はお前に死んでほしい」
さらに薄くなっていく渚の水色の瞳。それでなんとなくもう渚は死ぬのだろうと、直感で感じていた。
だから俺は渚にそんな突き放すような手向けの言葉を送ったが、その当人はというと嬉しそうに笑う。
「久々に人間扱いしてくれましたね」
それだけ言い残し水色の瞳が色を失いただのガラス玉になってしまう。そして腕を纏っていた熱も青白い光も、何事も無かったように消え去り、辺りは雨粒で満たされていた。
「……最後ぐらい俺を嫌えよ」
部品の塊となってしまったそれから拳を抜き、俺は雨に濡れながら立ち上がる。地面に転がるのはもう何も発さないだたの残骸。
だが俺は渚の瞼を閉じさせそのガラス玉を隠すと、その場を後にするのだった。




