第五十六話 曇天
国道沿いのラブホテル。追われる身となった門浪千春にとっては、直接顔を見られることなく泊まれる貴重な場所で、そのアンドロイドらと一晩過ごしていた。
「アンドロイドと初めてこんな所に来るなんてな」
「案外価格が安いので本来以外の用途で借りる人も多いようですよ」
「だとしてもだろ」
他のアンドロイドはそれぞれ一定の距離を離して隠れさせている。と言っても人間である私だけが顔が割れて追われているから、こうやってコソコソと隠れないといけないのだが。
「防犯カメラは大丈夫?」
ベットに腰掛け玄関側に立つアンドロイドの太郎へと話しかける。
「既に加工しているので大丈夫です。足は付きません」
「そか。じゃあ良いか」
そしてこの場にはあともう一体のアンドロイドがいた。今まで圧倒的に不足していたアンドロイドに関する知識のある個体、所謂管理者と呼ばれていたこのアンドロイド。
私は自身の状況が安全だと判断すると、その目立つ銀色の髪の女型のアンドロイドへと視線を向ける。
「アンドロイドについて教えてくれる?なんでこの時代に来た目的とその総数とか諸々」
アンドロイドというものはすごいらしく、さっきまで中身の部品が露出するほど破損していたが、代替パーツをはめれば、もうその破損の跡すら見えず綺麗さっぱり元通りだ。それでいて初期化をせずに所有契約を引き継げたから、データも管理者権限も保持したままの一番いい結果でこのアンドロイドを手に入れれた。
「目的は……特に無いです。総数は27体です」
「その内訳は」
確か既に堤君の所にいた2人はあの渚とか言うアンドロイドの元に行ったと報告が来ている。27体となれば、各陣営のアンドロイド数を知れるかもしれない。
「その内7体が過去に来た衝撃で再起不能、時間遡行後に破壊されたのが3体。貴女の手持ちに6体、堤岳人に1体とその仲間に2体。渚と呼ばれる個体が1体。残りの7体は連絡を絶たれており不明です」
思ったよりもアンドロイドがこの時代に来ていなくて驚いていた。さっきの下水道での2体のアンドロイドの破壊を除けば、既に4体は私が短期間に破壊していたから、もっと数百単位で来ている物だと思っていたのだが。それにあの渚も3体はアンドロイドを集めたという話だし、そう考えると……
(内訳全てが分かったのか)
エムブラにとって不明な7体の内4体は私が破壊。残り3体はあの渚に。と考えれば、アンドロイド数は6対6。想ったよりアンドロイドが少ないならば、話は大きく変わってくる。
私は太郎へと視線を向ける。
「仕掛け時だよな」
「えぇ。全てのアンドロイドの行方が判明し、相手陣営と数が並んだとなればこれ以上の状況は望めないでしょうしね」
話だと相手は戦闘用じゃないアンドロイドも多いって話だ。なら質の面でも勝ち目は大いにあるし、警察の追っ手もある以上、時間を悠長にかけてられない。
「……でもその警察をどうするかか」
「警察の介入があるとアンドロイドでは無いとは言え数的優位で劣勢になりますし、世間にアンドロイドの存在が露見しますからね」
そこをどうするべきなのか。そう門浪千春はアンドロイドである自分に問いかけるように眼鏡のレンズ越しにその眼を送ってくる。
そんな所有者の視線に対して、どうするべきかを思考する。これまでは嫌々と表現するのは正しくないが、殺人のリスクのある門浪千春の行動に賛同してこれなかった。けどここまで来てアンドロイドの根絶が実現可能な場面になったとなれば、考え方を変えないといけない。
(だが、アンドロイドの癖にアンドロイドの根絶を願っているのか)
ふと、そう自身の思考に違和感を抱いていると、門浪千春が心配したように声を掛けてくる。
「どうした?」
「いや、少し考える時間を」
だが、事実この時代にアンドロイドなんてもの過ぎたもの。無い方が良いに決まっているが、それを実現するには多くの人間を巻き込み殺さないと、実現できないと判断してきたから反対し消極的な態度を貫いて来た。
しかし今は状況も変わった。この状況なら実現可能性は大いにある以上、その選択肢を捨てることは出来ない。そう考えている内にも、門浪千春は1人で思索にふけり、偶に独り言を漏らす。
「……でも数は並んだとはいえ、あっちは管理者権限が通じないアンドロイドばっかじゃな……」
だが私はこんな門浪千春を私は守りたいと、そう考えてしまっている。それがバグなのか偽物の作られた感情でしかないのか、それは分からないが今自身の思考に影響を及ぼしているのは分かる。
あと一つ私の背中を押すものがあるとすれば。
死に際の人間にこの人を頼むと懇願され、殺人犯として裁かれる男に任せられた責任感なのだろう。
「1つ考えがあります」
だから私は門浪千春と心中することにした。
それでもこれまでのように命令に従って嫌々ではなく、己の意思でそれが正しいと信じて、その所有者の瞳を見る。カメラのレンズ越しで、機械的な電子的な視界。それでも私にはしっかりとそれが見えていた。
ーーーーー
閑静な住宅街。普段ならば帰宅したリーマンを家庭が出迎え食卓を囲む暖かい時間帯。
だが今は違いパトカーの光らせる赤色のライトが辺りに反射し、物々しい雰囲気になっていた。そしてそんな中パトカーの中、一人の人間と一体のアンドロイドは話す。
「まーた取り逃したのー?って言いたいけど仲間見つけてくれたんだね」
「ですがアンドロイド関係は一任するという話ですよね」
「まぁそうだけどねー。なんか被害者が増えてくるとどうしても仕事が増えるからさぁ」
所有者の蒲生定範。基本アンドロイドである私に不干渉で一つを覗いて何か要求することは無い。ただアンドロイド関係の事件を早く解決しろと要求するだけの男。
「だからこの書類だけやってくれない?すぐできるでしょ?」
「……その携帯端末に入っているAIでも可能でしょう」
「いやぁまだまだ発展段階だからねー。まだ人の確認がいるからさ」
ただ雑用を回してくるのは腹立つが、それでも所有者の要求には一応従う。それにアンドロイドの事を他に漏らさず、岳人さんの事も放置してくれているから、下手に機嫌を損ねる訳にはいかないからだ。
「で、本題なんだけど。まだ捕まえれ無いの?堤君のアンドロイド回収したとて、門浪千春をどうにかしないと終わんないよ」
「それは分かっています。けどあちらも着実に数を増やしている以上下手に動けないのも事実です」
「だけど好き放題されすぎじゃない?別に面倒だからアンドロイドの事言ってないだけで、あんまりにも終わらないと君を解体して周知させることになるけど」
「……手を抜いている訳ではないので」
この人間は良く分からない。出世欲はあるようだが、私らアンドロイドを使ってそれを実現をしようとはしない。あくまで自分の力で出世する事に拘っているらしい。が、正義感というものは持ち合わせているのか、門浪千春の行為には嫌悪している。人間らしいと言われればそうだが、ただ一点、私をいつまでも機械扱いするのが腹立たしい。
「それとも堤岳人も共犯だから君が庇おうとしているだけとか?」
カチっとライターの音がし煙が車内に漂う。
「なら命令なりなんなりして、私から無理やり聞き出せばいいでしょう」
「あくまで友好的にいこうよ~。自白強要なんて警官が一番しちゃいけない事だよ~?」
あくまでこの男は隠しているようだが、しっかり部下を使って私らの周囲を探らせている。ただまぁバレるのは承知で、私らに下手な行動をさせないためだろう。おおよそ信用なんてしてなくて、門浪千春の一件さえなんとかしたら用済み。とことん道具扱いって事だ。
「結果は出します。あちらもアンドロイドの数が増えたので追跡は容易になりつつあります」
「じゃあ言葉じゃなくて身柄で結果だしてね」
灰皿にタバコが押し付けられ、車の扉が開けられる。遠巻きに聞こえていたサイレン音が良く聞こえるようになった。
「……」
そしてまた密室に戻った車内で、ある通信が入る。
それは管理者権限による強制的な通信回路から送られてくる座標。どうやらエムブラは門浪千春の手に落ちたらしい、その通信を見てそう判断する。
「罠か」
指定されたのはある湾口の倉庫群の内一つの棟。こんなものに従う義理は無いが、付け加えられた文言にどうしても引っかかってしまう。
堤岳人も呼んである
ただそれだけ。それだけなのだが、これだけで私にこの座標を無視する選択肢をなくしてしまっていた。
おそらく無視すればあの女は岳人さんを殺す。実際今回の件でも状況からして殺そうとしていた、ただの脅しと考えるのは難しい。そして警察を巻き込むという手段。それも現場に岳人さんがいるとなれば、あの蒲生は確実に疑いの目を岳人さんに向けるだろう。そして事実私が蛇西を殺している以上、所有者権限で吐かせられたら岳人さんも捕まってしまう。
「……手のひらで転がしているつもりか」
だがそれぐらいで破綻してなるものか。アンドロイド数が同数で、スペック上では私が全アンドロイドに対して優位。ただ期日が2日後というのが小細工の時間を用意させない点では姑息としか言えないが。
「そっちが纏めて来るなら丁度いい」
一々捜索して破壊する手間が省ける。ここで纏めてアンドロイドも門浪千春も全て消してしまえる絶好のタイミング。そしてひと段落して浜中結衣も殺せば、あとは岳人さんの傍に残るのは私だけ。
「これで全部終わる。やっと日常生活に戻れる」
そう思うと自然と笑みが漏れる。あと3日後には、あの頃みたいにただ普通の生活が待っている。こんな感情要らないと思ってきたけど、この高揚感の為かと思うとすべてが許せる。
「待っててくださいね」
灰皿に落ちた吸い殻から、もう煙が未だに上がり続けていた。
ーーーーーー
雨足の強く落ちる雨粒は、スクラップの山に弾かれ集まり排水溝へと流れていく。そして傘のリズミカルな雨音を感じながら、二つの足音がかき消されながらもわずかにある。
「千春さんも焦っているのかな」
「さぁ。誰しも追われる身というのは存外ストレスがあるのでしょうね」
昨日。千春さんとの一件があってすぐに、エムブラからの通信があった。もしかしたら助かったのかとも思ったが、どうやらそれは違うらしく千春さんの伝言役でしかなかった。
ここに来て。渚がここを指定してきたから共闘しよう
意図は分からなかった。罠かもしれないが、わざわざこんなことしなくても俺を追おうとすれば出来るはず。だからそれ以外に目的があるか、それこそ本当に渚がこの騒動を終わらせるために場所を指定したのかもしれない。
そんな可能性が巡ったが、どちらにせよこれを断ることは無い。主要な人物が揃うならこれ以上の機会はない。渚と千春さんを止め、アンドロイドがこれ以上暴走しないよう管理下に置く。その目的が達成できるかもしれないのだから。
「で、共闘はするので?」
「しない。共闘したと手渚の次にお前が破壊されて終わりだろうから」
「ですが戦力不足ですよ。私は殆ど戦えませんし」
スクラップの山を越え、奥へ奥へと進んで行く。木を隠すなら森の中というが、ここまで奥に隠すぐらいなら粉々に破壊すれば良い物を。そう思いつつもそのお陰で助かったとエムブラに俺は感謝しないといけない。
「だからこうやって勝ちの目を増やしに来たんだろ」
未来から過去に来た時破壊されたアンドロイド。それの数をエムブラが把握していた時点で、これがあるのを想定はしていた。
「ですが正真正銘スクラップですよ。これは」
人が見れば事件性を感じ、バラバラ殺人だと騒ぎそうな絵面。だがその中身はシリコンや金属の塊でしかない、アンドロイドの成れの果て。
「お前博士だったんだろ。出来ないとは言わせないぞ」
地面に転がるそのパーツを拾い上げ、それを傘を差さずに同胞の残骸を見下ろすアンドロイドへと投げる。するとそのアンドロイドでは無く、中の博士が答える。
「専門外だが、失敗しても文句は受け付けないからな」
「そん時はそん時だ。それに最悪明日までは生きられるだろ」
どうやら明日も雨の予報らしい。台風が明日上陸だから余計に明日は雨も風も強いかもしれない。だけど時間は進むし、その時は今も近づいてきている。
「俺も身を張る時が来たんだな」
雨音に遮られない内に俺はその覚悟を示す時が来たらしかった。




