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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第四章
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第五十五話 瀬戸際


 住宅街から退避をし、俺らは警察を避けつつかなりの距離を走った。もう時間もかなり遅くなり辺りは街灯だけが頼りな中、パトカーのサイレンが聞こえなくなったことを確かめると、緑の深い公園のベンチへと腰掛ける。


「高垣さん。大丈夫?」


 ここには俺と高垣さんの人間が2人。そしてアンドロイドが2体。結果だけを見れば俺らは仲間を減らして敵に戦力を送っただけになる。


「……紗南は大丈夫なの?」


 俺の心配をよそにベンチに項垂れる高垣さんは、そう取り残された吉岡さんの心配をする。けど俺も同じ心配はあるからと、落ち着かせるように言う。


「今2体のアンドロイドに見に行かせてる。まだ近くに千春さんも警察もいるだろうから、中々難しいかもしれないけど」


 エムブラの部下のアンドロイド。管理者であるエムブラがあっちに行った以上、いつ寝返るか分からないから半ば無謀な突撃をしてもらっている。だがその中でもアイはエムブラの所有アンドロイドでは無かったのが、不幸中の幸いだろうか。


 目の前の高垣さんはその所有物であるアンドロイドの愛衣に慰められるように、背中をさすられ泣いているのか肩を揺らしている。


「……あいつらはまだ私ら狙うの?」


「アンドロイドがいる以上狙ってくるだろうね」


「……」


 さっきまで力も何もかも違うアンドロイドに自身の命を握られていたとなれば、そう怯えてしまうのは理解出来る。そして何より目の前で友人である吉岡さんまで同じ目にあって、今生きているかも分からないとなれば尚更。


「……詩織。私は大丈夫だから。気にしなくても良いんだよ?」


 アンドロイドが人間を慰める。だがその所有者の高垣さんにとって、アンドロイドの愛衣は軽い存在ではないのは俺でも知っている程だった。


「ダメ。愛衣に死んでほしくないから」


「でも……私はどこまで行ってもアンドロイドだから。命の重さで言うなら詩織が━━」

 

 確か以前俺が愛衣をアンドロイド扱いして怒ったのは高垣さんだっけか。それと同じ事を、その庇ったアンドロイドの愛衣から言われれば当然、激昂するのが高垣さんだった。


「だから!私にとっては愛衣は友達で家族なのッ!!」


「詩織……」


 俺はその会話をただ眺めていた。アンドロイドである愛衣がここまで人の為に所有者の為に、自身を差し出そうとするのは、所有物としての義務付けられた献身なのか。それとも別の感情と呼べるそれなのか。


 エムブラもそうだったけど、人である俺にはそれらの判別が出来なかった。でもそれがアンドロイドの機能だとは感じれないのは事実だった。


 けどそんな中ずっとそばで沈黙を続けていた、俺のアンドロイドであるアイが耳打ちしてくる。


「吉岡紗南は無事な様です。ですが……」


「なんだ?」


 少しバツの悪そうに言葉を濁すアイ。けどそれもすぐに終わり再び口を開く。


「アンドロイド2体破壊されました。下水道を経由させたのですが運悪く」


「……こっちの手持ちのアンドロイドはお前だけか」


 そう言いながら高垣さんとそのアンドロイドの愛衣を見るが、あれはもう協力させられないだろう。


「それにやはりエムブラを含めあちらには合計6体のアンドロイドが確認できました」


「1対6か」


 正面から戦っても勝てない。というか俺らが千春さんに一方的に狩られるだけだと表現した方が良いだろうか。まだ未確認のアンドロイドが数体いる話だが、もう捜索にも時間も人員も足りない。


 潮時。そんな言葉が浮かぶが、俺はここで引く気は無い。だけどここで高垣さんを巻き込む訳にはいかないと、そのベンチへと近づく。


「亀田さんはもう警察にいる渚と合流しました。吉岡さんもそこのアンドロ━━詩織と一緒にいたいなら送りますよ」


「……あんたはどうするの」


「やれる事をやるだけ。ここで引く訳にもいかないですから」


 エムブラのことだってあるし、そもそも渚の件だって解決していない。また放り出して籠る時期はもう来ない。


「……ごめん」


「うん、別に責めないから」


 高垣さんは頭を垂れてしまう。もしかしたら協力するって言うかとも思ったけど、やっぱり無理はさせられない。俺の自己満足に巻き込むわけにはいかないし、俺にはもう高垣さんの安全を保障出来る力は無い。


「じゃあ詩織。君に任せるから」


「……はい」


 アンドロイドは困惑しながらも俺の言葉に頷く。渚の所も俺や千春さんが絡まなければ安全なはずだから、あとは託すしかない。


 そう俺らが会話をしていると、頭上の街灯のライトが点滅をする。経年劣化のせいだろうか、そう思っていると後ろから足音がする。


「だから後悔すると言ったじゃないですか」


 聞き覚えのある声。ちょうど会話に出たからこのタイミングなのかと、俺は一気に冷や汗が湧き出る感覚と共にその声に振り返る。


「そっちからお出迎えか」


「えぇアンドロイドを回収しに。戦力が足りないので」


 現れるのは渚とその後ろから亀田さんとそのアンドロイドのメイ。どうやら俺らの場所はお見通しだったらしい。


「で、高垣詩織。君にも保護する代わりに門浪千春を殺すのにも協力してもらいますよ」

 

 殺人を隠そうともしないアンドロイドの渚。相も変わらず千春さんへの殺意は隠そうとしないらしい。

 でも唐突なそんな言葉に怯える高垣さん。


「……良いの?知り合いじゃ……」


「俺は気にしなくていい。高垣さんが自分で判断しな」


 おそらくさっき俺と千春さんの会話を見て、ある程度関係を察したのだろう。だが、渚に千春さんを殺させないし、それは俺が防ぐ。


「……じゃあ」


 俺の事を気にしつつも、やはり自身とそのアンドロイドを守る為高垣さんはベンチから立ち上がり、渚の隣へと歩み寄る。それにアンドロイドの愛衣も警戒しながらもついて行く。


「で、岳人さんはどうします?そのアンドロイド寄越してくれると嬉しいんですが」


 俺の隣に立つアイへと視線をやる。相変わらず沈黙で何を考えているのか分からないが、微笑んでいて楽しそうなのは気味が悪い。


「すまんが断る。お前らで勝手にやれ」


「私は既に他のアンドロイド3体回収しています。既に門浪千春の所有するアンドロイドと同数で、岳人さんが参加すれば数的優位を確保できます」


「……」


 しばらく動きが無かったと思えば、渚も渚で水面下で動いていたって事なのか。


「理解できます?今の状況だと貴方は私を頼らざるおえないんですよ?」


 だが俺は何も答えずジッと渚を見る。俺はどうやってもお前の仲間にはならないと、そう目で伝えるように。すると俺の性格をよく理解しているらしく、俺の沈黙に対して渚は諦めたようにため息をつく。


「まぁ、そのアンドロイドなら良いですか。門浪千春を処理してからでも」


 するとアイがやっと口を開き、間延びした声で返す。


「私って貴女と面識ありましたっけ~?」


「白々しい。オンボロらしく黙ってれば良いのに」


 何か会話がかみ合っていない。けど渚の口ぶりからして今は俺らを見逃すって事らしい。どちらにせよここで騒ぎを起こせば警察もすぐに来るからだろうか。


「でも待っててくださいね。全部終わらせてから迎えに来ますから」


「じゃあ戸締りしっかりしとかないとな。不法侵入されないように」


 そう意趣返しだと言い返すと、分かりやすく渚は機嫌を悪くする。


「私は岳人さんにとって必要な存在なんですから。いい加減分かってください」


 渚がキッと俺を睨んでくる。必要のないって言っているのに、いつまでもアンドロイドに執着されるとはな。感情なのかバグなのか分からないが、どういう原理なのだろうか。


「申し訳ないが分からない」


「分からず屋」


「人にアンドロイドの気持ちは分からないな」


 こうやって言葉を交わしても無駄だと思ったのか、それとも時間的制約があったのか。渚は不満ありげだったが、そのまま俺に背を向け闇夜の中へと消えて行く。


「また私を必要とさせますから。門浪千春を殺して」


 そして亀田さんと高垣さんは申し訳なさそうに俺を見るが、やがてつられてその暗闇の中へ消えて行く。


 また静かな公園が戻って来て、そこには2つの影だけが残る。


「で、どうするんです?もう既に門浪千春と渚の対立になっていますが」


「俺らにはもう主導権は無いだろうな」


 最後に残ったのがこのアンドロイドかと思わなくもない。比較的関りはあったけど、一番得体の掴めない奴。


「ならどうするので?オーディエンスに徹します?」


「火事場泥棒するしかないだろ。貧弱な第3陣営がやれることと言えば」

 

 渚と千春さんの対立を利用して俺の要望を通すしかない。もう俺から現状を動かすだけの力が無い以上、状況に合わせて臨機応変とかいう半ば無計画で挑まないといけない。


「なら私は情報収集に徹してればと」


「分かってるじゃん。頼める?」


「まぁ私としてもアンドロイドの数が減るのは望ましく無いので」


 でも会話をしていてやはりこのアンドロイドは何かが違う。視点が違うというか、目的が違うのか。エムブラや渚とは違うタイプの様に感じてならない。俺がそう錯覚しているだけなのかもしれないが。


「お前って誰なんだ」


 湧き出ていた疑問がそのまま口に出ていた。別に知らなくても良い事ではあるが、疑念からかそう言ってしまっていた。

 するとそのアンドロイドは少しだけ驚いたように目を丸くする。


「貴方もアンドロイドを人だと思ったのですか?やはりエムブラや渚の様に感情の醸成が進んだ個体を見れば、人はアンドロイドを人間として━━」


 早口で長々と語り出しそうになるアイを遮る様にして俺は言葉を重ねる。


「お前の話だよ。お前はエムブラや渚とも違う何かなんじゃないか」


「……へぇ、そう思う根拠は?」


「勘だよ。お前はアンドロイドにしてはアンドロイドっぽくない」


 俺がそう言うとアイは腹を抱えて笑い出す。俺は大いに真面目に言ったつもりなのだが、冗談と受け止められたのだろうか。


「勘ですかぁ……いやぁやっぱり私の考えは正しかったのかな」


 偶にあったこと。普段のアイの雰囲気と口調が変わる。見た目通りの柔らかい雰囲気から、飄々と浮世離れしたような雰囲気に。


「考え?」


「そう考え。人とアンドロイドの違いだよ」


「……?」


 急に何を話し出し始めるかと思えば、また哲学の話か。エムブラと言い最近のアンドロイドは自身について思考でもするのだろうか。

 

 そう思っていたのだが、アイは街灯のライトの下へと赴き踊る様に回り出す。


「皆が言うには機械の体か肉体かの違い。でも殆どの肉体が機械になったサイボーグはそれでも人だろう?」


「…それはそうなんじゃないのか?」


「なら人とアンドロイドの違いは何か。それはここだよ」


 アイは自身の頭を指差す。


「半導体で出来ているかニューロンか。同じ電子的な科学的な反応なのに、人は脳が何で出来ているかを区別するんだ」


 急に科学的な話をしだしたが、そもそも俺の疑問に対しても一向に答えようとしないし、何が言いたいのか一向に分からない。

 けどアイは一方的な会話を続ける。


「でも君は私をアンドロイドでは無いと感じた。そうだね?」


「……そこまでは言ってない。アンドロイドっぽくないと言っただけだ」


「殆ど同義だよそれは。つまり機械の脳を持った私を君は人だと錯覚した、恐らくエムブラや渚にも同じ感想を抱いたんだろう?」


「……」


 渚のあれは人の感情なのだろうか。確かに俺に執着しているのはアンドロイドっぽくないが、それでも人だと思えない……


(でも最初の頃はアンドロイドにも感情があるのかと思っていたのか……)


 それはエムブラもそうだ。さっきの行動と言い、俺はそう認識していなかったと言えば嘘になってしまう。だがそれは人が勘違いしただけなのでは、そう思ったのだがアイは話を進めるらしく、両手で乾いた音を鳴らす。


「それに君はエムブラに近しい事を言っていたじゃないか。人とアンドロイドの違いなんてそれを構成する物質だけだと。本質は変わらないと」


「……だからなんだよ」


 何気に俺とエムブラの会話を盗み聞かれていたのにも少し腹が立つ。だがそれと同時に確かにこいつの言っている事が、本来俺の持っていた考えと同じなのにも気付かされる。


「つまり機械でも人の脳を再現できるって事なんだよ。観測者である人間がそう思えばそれは人間なんだ」


 だがいい加減御託に付き合っている義理も無いので、俺は質問を改めて伝える。


「……で、お前は結局なんなんだ。ただの壊れたアンドロイドなのか」


 乗りに乗っているのか人差し指を左右に揺らしそれを否定する。


「私は人の脳にある全ての情報を移したアンドロイドです。これを人と定義するかアンドロイドとして定義するかは、それこそ人次第でしょうけどね」


「……?」


 電脳世界みたいな話だろうか。人の記憶も電子的ななんとかって話聞いた事あるし、それをメモリーに入れたって事か?そう疑問符しか湧かない俺だったが、アイは続ける。


「だからさっき言ったじゃないか。君が私を人間だと思った時点で私は人間を、そしてその感情という不確定な物を再現出来ているってことなんだよ」


「お前は自分を人間だと思っているのかよ」


「君が私を人間だと思ったんだろう?それに私が人間だった頃もエムブラも渚も人間的だと感じていたしね」


 会話の流れからこいつの中にいる人間が誰なのかは察しがついてはいた。けど今の会話で気になることがあるといえば。


「お前にある情報がその博士ってだけで、本物はここにはいないんだろ?」


 おそらくこいつがアンドロイドを送ったその博士ってのなんだろう。エムブラから断片的にしか話を聞いていないから、殆ど人物像は知らないが。


「うーん、それはどうなんですかね?もちろん肉体を持った私は未来で死んだのでしょうけど、記憶も感情もこの機械の体に継承されていますから」


「じゃあただの人間のコピー品って事かよ」


「同一性で言ったらそうかもしれないけどね」


 駄目だこいつの話を聞いていると頭がおかしくなるから、どこかで情報に区切りを付けないと。

 つまりアイは人の情報を埋め込んだアンドロイドだってことだ。アイにすれば違うのだろうが、俺はそう思う事にした。


「まぁもういい。多分俺には分からない話だ」


「そっちから質問したんじゃないか。ま、君に理解してもらわなくても良いけどさ」


 だがこいつが渚やエムブラをこの時代に送り来んだ張本人である博士の記憶を持っているのは、本人の口から確認できた。ならずっと俺が抱いていた疑問を最後に向ける。


「なんでアンドロイドをこの時代に送った。お前がその博士なんだろ」


 そう聞くとなぜかすぐに返答をせず迷う素振りを見せる。


「まぁ~有体に言えば感情を持ったアンドロイドが、人とどう関わり変化するか見たかったから?私の時代には人間なんて殆どいなかったからさ」


「……じゃあ大した目的は無いって事だろ。お前が自分の作ったおもちゃを観察したいってだけの理由で」


 なんなんだこいつはと怒りが湧きそうになるが、コツコツと足音を立て俺の元へと歩み寄ってくるアンドロイド。


「ん~実験結果を確かめたいと思うのは当然では?」


「それが多くの人を巻き込んだとしてもか?」


「どうせ数百年後には滅ぶ世界だろう。別に良いじゃないのか?」


 やはりこいつは人間じゃ無いのだろう。それとも元々こんな性格だったのかもしれないけど、俺にはこの自分勝手さには同じ人間だとは思えなかった。


「……分かり合えないな」


「数百年も違う人類となればそりゃそうでしょう。私も期待はしていませんし」


「そうかよ、でも命令は聞いてもらうからな」


「もちろん、私は貴方の所有物ですから」


 そうしてアンドロイドのアイこと博士は消えて行く。あれを信用できない事は確かだが、目的の方向はある程度同じ。それに俺はあいつを信用しないと何も出来ない状況にいるから、背に腹は代えられない。


「……賭けだな」


 状況が何もかも不安定で自分でコントロールできない。けど俺はこんな中進まないといけない。

 そんな弱気になりそうな感情を抑え、俺は気合を入れ直すように強く一歩を踏み出すのだった。

 

すみません。明日明後日の投稿をお休みさせていただきます。

次話は2月4日(水)に投稿します

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