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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第四章
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第五十三話 急転直下


 所有者同士の集まりが終わり1時間と少し。

 駅まではそれぞれ一緒だったが、方向は違うらしく俺以外の二人は先に電車へと乗り込んで行ってしまった。そうして俺は最後までホームに残っていたのだが、そのタイミングでエムブラが話しかけてくる。


「……ちょっと良いですか?」


 俺の隣に並んでホームに並ぶアンドロイド。珍しく俺と会話をする気らしいから、俺はとりあえずその続きを催促する。


「何かあったか?」


「いえ、確証がある訳では無いのですけど……」


 自分から話しかけた割に歯切れの悪いエムブラ。だが俺はとりあえず聞き手に回ろうと、黙ったまま向かいのホームをボーっと見て待つ。

 

 すると戸惑いながらもエムブラは言う。


「嫌な予感がするんです」


「……アンドロイドの癖にか?」


「……」


 嫌味を言ったつもりだが帰ってきたのは沈黙だった。それが気になりエムブラを見るが自分でも分からないといった顔をしている。

 自分でも分かっていない予感を俺に言われても、こっちが困るだけ。だが、こういうのを無視するのは俺としても後味が悪いだろうか。


「今から追うか?吉岡さんと高垣さんまだそこまで遠くまで行ってないと思うけど」


 まだ吉岡さん達が電車に乗ってそこまで時間が経ってない。今から次の電車に乗ればまだ追いつける距離ではある。


「……私を信じるんですか?」

 

 こっちが寄り添っているというのに、エムブラは疑心に満ちた目をこちらに向けてくる。


「信じねぇよ。お前らアンドロイドは」


「ならなぜ━━」


 エムブラがそう言いかけた時ちょうどその電車が俺らの前を速度を落としつつ通り抜ける。そして空いたドアを見て、家とは逆方向の車両へと俺は足を進める。


「俺も嫌な予感するんだよ。それだけ」


 俺が振り返り質問に答える。けどそれで満足しないのかエムブラは、ホームに立ち尽くしたまま俺を見る。


「合理性もなにも無いんですね」


「そりゃ、人間だからな。周りの迷惑だから早く乗れ」


 てかアンドロイドの癖して予感とか言っている奴に、合理性がどうのこうのと言われたくないが。そう思いつつ俺は座席へと座ると、遅れてエムブラも乗り込んできて隣に座る。


「で、事実としてあの二人は大丈夫なのか」


 予感があったとは言え俺にわざわざ報告したって事は、何か不信を抱く点があったのだろう。西日でオレンジ色になる車窓に、俺は眩しさから目を細めつつ問いかける。


「……吉岡紗南。彼女との通信が傍受されたかもしれません」


「大丈夫って話じゃなかったのか?短時間なら心配ないって」


 それにわざわざ携帯を新調までして、念には念にを重ねて対策をしたはずだった。だがそれを承知の上での懸念らしく、エムブラは顎に手をやりつつ呟く。


「ですが伊佐治蓮の住居付近に、門浪千春らがいたとなれば話は別です。近距離だと可能性は捨てきれません」


「だけどこの1週間何も無かったんだろ?」


「えぇ、ですから大丈夫だと思うのですが……」


「でも嫌な予感がすると」


 俺の言葉にエムブラは頷く。吉岡さん自体割と街の方に住んでいるから、早々襲われないと思うが、こんなこいつの様子を見ると俺も心配になってしまう。まぁだからこの電車に乗り込んだのだし、今更引く訳にもいかないか。


「ま、何も無かったらそれで良いって事で。戦闘になっても大丈夫なようにアンドロイド呼んどこう」


「えぇ、それは既に。アイを呼んであります」


「なら良いんじゃないか。取り越し苦労は何も悪い事じゃないしな」


 どうせあと1週間は動けないし、あの二人にもそれぞれアンドロイドをつけてある。数の暴力エd戦闘になっても負けないだろう。


 そして俺の意志がやっと伝わったのか、エムブラも頷きこれからの方針は一致する。


 それからは俺らは数駅は俺らは沈黙のまま、段々と光を灯すビルを眺めながら時間を過ごす。まだ吉岡さんらの降りる駅は遠く、どうせ暇だからと俺は隣のアンドロイドに質問する。


「お前らは何がしたいんだ。歴史改変とかか?」


「……」


 俺の問いかけに口を噤んでしまうエムブラ。俺が所有者だから無理やり聞き出してやっても良いけど、そういうのは趣味じゃないと、俺は回答しないならしないで良いかと黙って待つ。


 すると今日はやけに感情豊からしく、エムブラは困ったようにため息を零しつつ天井の広告を見上げる。


「何をしたいんでしょうね」


「俺にそう言われても。わざわざ過去に来たのあんたらだろ」


 また駅に止まり、人が降りてまた新しく人が乗り込んでくる。時間が時間だからかリーマンや学生の人が多い。

 ここでこの会話はもう終わりかと思っていたが、エムブラはさらっと俺にとっては重要な事を言う。


「私らも自発的に来た訳じゃないですから」


「……その話は聞けば答えてくれるのか」


 俺がエムブラへと目線を向けると、どうやら答えてくれるらしく語り出す。


「人類社会が崩壊するってのは知ってます?」


「その辺りは渚から聞いてる」


 すると話が早いとエムブラは続ける。


「私達はそんな世相の中博士の元で研究をしていました」


 そうして語り出した内容は言い方を飾らなければ、エムブラの製造過程だった。どうやらその博士ってのは、アンドロイドに感情を搭載しようと研究をしていたらしく、エムブラや渚を造ったと。そしてその傍ら時間遡行を研究していたって話で、アンドロイドがいるとは言え内容が随分SFな物だった。


「で、博士はコールドスリープから起きるなり、私達を過去に送りました」


「急だな。何も説明無しに?」


「そうです。自由に生きろとそれだけ言って」


 エムブラの話を鵜呑みにする訳じゃない。けど渚の話と言いある程度事実ベースの話なのは聞いていれば分かった。


「じゃあお前はこの時代でどうしたいんだよ。自由にしろって言われてんだろ」


「……それが分かったらこんな事なってませんよ」


 俺はどう言葉をかければいいのだろうか。アンドロイドに感情があるかもまだ疑念だし、あったとして機械の心なんて俺に察せる訳がない。


「……それに心なんて曖昧な物ある訳ないですから。アンドロイドに本当の意味での自由意思は無いんです」


「アンドロイドも哲学とかやるんだな」


 俺の嫌味にも何も反応を示さないエムブラ。真剣に悩んでいると言えば良いのか、自分の存在について考えているのか。その博士とやらは何を望んでこいつらを過去に送ったのだろうな。歴史を変えたいならもっと明確に命令すれば良い物を。


 そんな推測もしつつ、俺は多少真面目に答えるかとゆっくりと話し出す。


「俺は思うんだがな」


「……はい?」


 確か渚と初めて会った時も同じような事を思ったっけか。


「人だって科学的な反応で感情が産まれたり思考してんだ。そういうのを考えれば、脳の仕組みなんてアンドロイドも変わんねぇだろ」


「……ですが生物と被造物の差は確実にあります」


 やっと俺を見るエムブラ。意地でも自分はアンドロイドだと言い張りたいらしい。まぁ俺としてはどうでも良いけど、そう思いつつも俺は言葉を続けてしまう。


「タンパク質で出来てるか金属で出来ているかの差だろ。仕組みが一緒ならそれは同じだよ」


 そんな俺の言葉に少し間を置きエムブラは返す。


「……人の脳は主に脂質で出来てるんですよ」


「お前なぁ……」


 さっきまでやけに感情を出していたくせに、急にアンドロイドっぽい反応をしやがって。そう俺は呆れそうになるが、少しだけ微笑むエムブラだった。


「でも、博士と同じ事を言うんですね」


「そりゃ光栄だな。こんな文系大学生が未来の科学者と同じ思想なんて」


 田舎から街中へ。そして今度はベットタウンへ電車は通り抜けて行き、車内の乗客も段々と減って行く。


「遺伝子なんですかね」


「あ?遺伝子?」


「なんでもないです」


 さっきまで悩んでいたかと思えば、今度は珍しく柔らかい雰囲気になるエムブラ。というか初めて笑っているのを見た気がする。

 

 そんな会話が明るい調子で、俺は少しはこいつの事を知って見るかと思った。


「てかその髪色は拘り?銀色って目立つけど」


 軽い世間話。ずっと夕日に銀色が照らされて綺麗というか、少しだけ眩しかった。こんな髪色だから人目を引くから、会った時からずっときになっていたこと。


 するとエムブラは大事そうにその髪を触ると、懐かしそうに零す。


「これは……博士の好みです」


「へぇ、未来は髪色まで多様性か」


「いや、博士が珍しいだけです」


 俺もそうだがエムブラと珍しく普通に会話をしている。そしてその髪を俺に見せるようにエムブラは持ち上げる。


「貴方はどう思います?この髪」


「……まぁ、綺麗なんじゃねぇの」


「そうですか」


 自分から聞いた割に淡白な返答。相変わらず感情が読みずらいのは変わらないらしい。


 でも雰囲気のせいかもしれないが、渚じゃなくこいつが最初のアンドロイドだったら色々違ったのかもしれないな。会話をしていてそう思えてしまっていた。


「ま、やりたい事が見つかると良いな」


「手伝ってくれないんですか?」


「俺はアンドロイドは嫌いだからな。全部終わったら1人でやってくれ」


 すると丁度吉岡さんの家の最寄駅へと到着する。ぞろぞろと降りていく乗客に連れられるように、俺らも会話を切り上げホームへと降りる。


「今吉岡さんは?」


「ちょうど高垣さんと別れる所ですね」


 そうして俺らは改札を通り抜け知らない街へと降りる。

 嫌な予感と言いつつも何も起きないだろう、エムブラはどう感じているか知らないが俺はそう思っていたし、実際嫌な予感なんて相場外れる物だったはず。


 そうして駅を降り日も暮れつつある閑静な住宅街を俺らは進んで行くのだった。


ーーーーー


「紗南は気持ちは変わらないの?」


「……ここで逃げたら……多分自分を許せないから」


 2つの影が駅前の交差点で向かい合う。辺りは帰路に就く社会人と塾へと向かう学生が溢れる。


「でも伊佐治君の為にそこまで身を張らなくても……」


「それはそうだけど……殺されるべき人じゃ無いのは事実だから……」


 高垣は迷いつつも、本心では警察に頼りたいと思っていた。堤の日常生活が送れないかもという言葉に揺らぎはしたが、国がそこまでひどい事をするとは考えづらかったからだ。


「……紗南の人生だから止めないけど。家までは送るよ」


 そう高垣は吉岡の背を押して歩き出そうとするが、それを止めるのは高垣のアンドロイド。


「明日は1限にテストがあるけど良いの」


「それぐらい良いって。何時間もかかる訳じゃないし」


 吉岡のアンドロイドは黙ったままそれを眺め、高垣はそのまま歩き出す。人が2人にアンドロイドが2体。この時代にはあるはずの無い光景。でも高垣にとっては人が4人という認識だった。


 すると手を繋いだ吉岡が高垣に弱々しく言う。


「私に気を…使わなくていいからね」


「気なんて使ってない。友達だから」


 アンドロイドの所有者だということを抜きにしても、歳の差が気にならない程2人は関係が進んでいた。友人として語り合える互いに貴重な存在。だから互いに進む道が違うとしても、これからも関係を維持するものだと思っていた。


「紗南の家綺麗だね」


「でも今日は結婚記念日でパパもママも遅いから」


「あ、そう……なんだ」

 

 同じような家が立ち並ぶ住宅街。育ちは良さそうだなと感じていたけど、もしかしたら家庭環境は少しだけ複雑なのかもしれない。そう思うと高垣は吉岡を1人にさせられないと更に感じてしまっていた。


「コンビニ行って一緒にパーティーする?」


 そんな言葉に紗南は一瞬パァっと笑顔が漏れそうになるが、咄嗟にそれを控え暗い顔に戻る。


「え、あ、でも……こんな時に……」


「こんな時だからこそ。今日ぐらいは楽しんでもバチは当たらないでしょ?」


 高垣としても目の前の年下の女の子をどうにか慰めてあげたい気持ちが強かった。それに家に帰って1人ってのは、寂しい物だとそう自身の経験から重ねてしまっていたからだろう。


「あ、じゃあ1回家にスマホ取りに行っても良い?」


「良いよ良いよ。ここで待ってるから」


 私には難しい事は分からない。堤も亀田も何か難しく考えてるし、紗南も暗い顔ばかりしている。私みたいな一般人に出来る事があるとは思えない。


 そんな時私の肩を、堤の寄越したアンドロイドが叩く。普段は不干渉を貫く癖に珍しいと思いつつ、私は振り返る。


「あの、お耳に入れたい事が……」


 その瞬間玄関を開けた紗南から叫び声が聞こえ、それらの会話は打ち切られる。


「耳痛った。そんな叫ばないでよ」


 開け放たれた玄関の奥にいるのは見知らぬ男と、最近よくテレビで顔を見る女。


「……門浪千春?」


 私がそう呟くと同時に、傍にいた紗南のアンドロイドが助けようと走り出していた。けど門浪千春は私に一瞥したかと思うと、紗南の首にナイフを突きつける。


「そこの子殺されたくなかったら動くな」


 走り出していた紗南のアンドロイドが止まる。そして更に私の後ろには誰かが覆いかぶさり首元にはナイフの鈍いきらめきがあった。


「アンドロイドは5対4か」


 そう呟きながら門浪千春は紗南を起き上がらせ、まさかナイフを突きつけ今にも殺そうとしていた。

 でも私と紗南を抑えられているせいか、護衛のアンドロイドも動けないままで事態は硬直してしまっていた。


 けど門浪千春は至近距離で怯える紗南に向かって語り掛ける。


「アンドロイドの所有権移譲してくれる?」


 今までずっと日常生活を送っていた。アンドロイドが来てからも少しだけ生活が便利になった、それだけだった。なのに急にこんな事に巻き込まれるなんて。ただ楽しく生活を送りたかっただけのに。


 そう私は意味も分からないまま、死の淵に立たされてしまっていたのだった。


明日は投稿時刻が遅くなります

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