第五十二話 面影
パトカーのサイレン音が、閑静な田舎には似合わずあちこちから反射して聞こえてくる。それが私を探している物だと分かってはいるが、大人しく捕まる奴はいない。
「ルートは」
「次の警察車両が通り抜けたら渡りましょう。そこから橋を陰に河川敷に降ります」
こういう時アンドロイドがいると、俯瞰的に判断してくれるから助かる。だからといって信用なんて一切するはずも無いが。
そして赤色に乱反射するそれが遠くへ行くと、アンドロイドが合図する。
「行きますよ」
指示通りに道を渡りそのまま堤防を越え河川敷へと下っていく。橋の上にパトカーのライトが見えた一瞬、肝が冷えたけどすぐに橋下の影に潜り込む。
「一旦待機です。中州を経由して向かいに渡りますけど今は目立つので」
段々と日が傾き川下側から暖かい光が差し込んでくる。日常的で平穏な光景だけど、未だにサイレンの音は鳴りやまない。
「夜に渡るって事だな」
「そうです。濡れるのが嫌なら橋でも良いですけど、リスクはその分ありますが」
「いい。渡る」
パトカーのサイレンの音に混じって救急車のサイレンまでも聞こえてくる。
あのアンドロイドの所有者の伊佐治はもう助からないはず。手にはあの返り血もまだ拭えてないし、ちゃんと私がとどめを刺したから大丈夫。
「堤岳人とはあれで良かったんですか」
暇なのかそう問いかけてくるアンドロイド。答える義理も無いが、いつまでもサイレンの音を聞いていると気が滅入るから答えてやる。
「別に。私みたいな犯罪者、堤君の人生に関わらない方が良いから」
「なら次は殺す気は無いので?」
私は座ったまま地面に生える草を引っこ抜く。足回りにはもう地面がはげ始めていた。
「……多分殺せないと思う。殺そうとしても」
ブチっと大き目の草を引っこ抜き、目の前の川へと投げ入れる。
そして隣に座るアンドロイドへと、視線だけを向ける。
「だからあんたが殺して。アンドロイドでしょ」
そんな私の言葉にアンドロイドは見慣れない橋の裏側を見上げながら答える。
「アンドロイドですから。命令には従いますよ」
「そうか。助かる」
相変わらず淡白なアンドロイドの回答に少し不安を覚えるが、そう私は表面上礼だけ送り時間が流れるのを待つ。
いつものこと。私らは殆ど会話しないというか、私から話しかけようとしない。でもアンドロイド……相野さんが名付けたように言えば太郎、こいつは案外私に献身的に付いてきてくれている。いつ裏切るのかと思っていたけど、半年持つとは思わなかった。
「じゃあ行きますか」
「……ん」
まだパトカーのサイレンは聞こえる。けどさっきよりは遠くなっているからと、行動を始めるがやはり日本の熱帯夜は気持ち悪い。そんな中で川に濡れるとなれば尚更。
「そこ、深くなっているので避けてください」
中州を経由しつつアンドロイドの後ろをついて行く。山に籠るか濡れるかなら後者だと選んだけど、これはこれで不快な感覚だ。
そう不満を心の中で零しつつも私は川を渡り切ると、向かいに人影が二つ。
「初期化は終わったか」
「えぇ完了しました」
そう答えるのは以前老婆のアンドロイドだった物。今は私の所有物として働いてもらっていて、今まさにもう一体アンドロイドが増えようとしている。
「じゃあ佐藤ね。私の名前は門浪千春、所有契約ね」
「はい」
これで合計5体のアンドロイドを手に入れたことになる。ここにいない2体は直近で所有者を脅して手に入れたけど、今は別で警察の捜査を錯乱するために行動させている。
「堤君の様子はどう?」
私より先に川に上がり服を整える太郎へと話しかける。今頃は警察署で事情聴取だと思うけど、最後の動揺した顔を見ると心配にもなる。
「一応……平静ではあるようですが……どうにも精神的なダメージはありそうですね」
「……そう」
でも仕方ない。私はあぁするしかなかった。少しでも甘い所を見せてしまえば、あの性格の堤君だ、またこの件に首を突っ込みかねない。
「じゃあ行くよ。アンドロイドの目星付けてるでしょ?」
「えぇ伊佐治蓮の家からの通信で傍受出来たので」
また堤君の知り合いを殺してしまうかもしれないが、いつかはそうしないといけないことだ。段々警察の捜査も厳しくなっている以上、悠長にしてられない。
「もう少し付き合ってもらうから」
「……はい」
まだ私は立ち止まる訳にはいかない。アンドロイドすべてを破壊して、相野さんの濡れ衣を晴らす。そして最後に私が死んですべて丸く収める。そうすることが私の生きる意味なんだ
そうして日も傾き偶に通る車のライトを警戒しつつ、真っ暗な夜道を進んで行くのだった。
ーーーー
最初に俺達が集まった地方の廃倉庫。俺らはまたこの場所に集まる、けどそこにいたはずの伊佐治君とそのアンドロイドのテツはいない。
だが伊佐治君の一件を知らない他の皆はいつも通りに会話をしている。が、その中で吉岡さんだけは、伊佐治君が来ない事を気にしてか、しきりに入り口の扉へと視線を向けている。
俺はそんな吉岡さんの肩を叩きつつ、頃合いかと声を張る。
「伊佐治君の事で話があります」
一斉に俺へと視線が集まる。それぞれのアンドロイドは察しがついているのか顔が明るくないが、人間は困惑の色が濃い。
「やっぱ説得無理だったか?」
第一声亀田さんがそう問いかけてくる。俺が伊佐治君の離脱を防ごうとした話をしていたから、そのことを聞いているんだろう。けどその言葉で吉岡さんが大きく肩を跳ねさせ、俺が答える前に震えながらも零す。
「あ、あの……私のせい……です?伊佐治君がいないの」
最期の最後の直前まで伊佐治君と通話していた吉岡さん。あの空気で伊佐治君がこの場にいないのは、本人としてはかなり気になってしまうのだろう。
「それも含めて説明します。だから一度最後まで俺の話を聞いてもらえると」
そう言うと、俺の真面目な雰囲気を察してか亀田さんは口を噤み、吉岡さんはより怯えたように俺を見、高垣さんはそんな吉岡さんを励ますように背中に手を回す。
皆の様子を確認しつつ俺は、伊佐治君に何があったかを隠さずに話す。勿論俺と千春さんの関係も含め、隠すことなく全て話した。そしてその結果反応はまちまちだったが、やはり予想通りと言ったらあれだが吉岡さんは肩を震わせる。
「私が……電話したから……です?」
「いや、元々居場所はバレていた。吉岡さんは何も悪くない」
空気が数分前とは全く異なり暗く沈む。だがアンドロイドは空気というものを読まないのか、亀田さんのアンドロイドのメイが手をスッと上げる。
「もう警察に行った方が良くないです?いるんですよね?警察にもアンドロイド」
「……いますが、以前も言ったように殺人を犯した事のあるアンドロイドです。信用に足るかは」
「でも、どうせ殺人マシーンに追われるんだから、選択肢としては無くなく無くない?」
俺としては渚の事を知っているからこそ、その選択肢を取りたくないし取れない。けど他の皆にとったら、当たり前の判断なのだろう。実際亀田さんも高垣さんも頷き、賛同を示している。そして亀田さんはメイを抑え、発言をする。
「数か月の関りがあるとは言え、堤君に対しての信用ってのもそこまで大きくないんだよ」
きつい言い方ではない。けど冷静にそう判断した結果出た言葉なのだろう。それにこれまで俺も情報を隠してたからその判断を批判する事は出来ない。
「判断は皆さんに任せます。けどアンドロイドというこの時代に過ぎたものがある以上、皆さんもそのアンドロイドも肩身の狭い生活を送ることになるかもしれないですよ」
その言葉に高垣さんが眉を顰める。
「大学も行けなくなる?」
「そうでしょうね。アンドロイドなんてもの国がリバースエンジニアリングしたくてたまらない、技術の塊でしょうしね」
「……そう」
勿論今は警察でもアンドロイドの事を知っているのは蒲生さんぐらいなのだろう。けど捜査が進めばいつの日か知れ渡る事を考えると、素直に庇護を求めるのも正解とは言い切れない。それこそアンドロイドを大事にする高垣さんなら猶更。
「でも全て可能性です。それぞれが正しいと思う事を判断してください」
すると悩む素振りを見せる高垣さんは、肩を揺らし涙を零す吉岡さんの肩を抱き寄せる。
「紗南はどう思う?」
「私は……」
悩むように吉岡さんのゆっくりと時間が流れる。自分の中で言葉を上手く纏めようとして、感情を押さえつけようとしているのだろう。
でもその言葉を心の中で決めたのか、息を一度深く吸い込む。
「警察は……いやです。パパとママにも迷惑がかかるし」
「周りじゃなくて紗南本人が━━」
そう高垣さんが吉岡さんの言葉を遮ろうとするが、吉岡さんは逸れに被せるように言葉を続ける。
「それに……伊佐治君の仇を討ちたい」
仇。つまり千春さんを殺したいって言うのか、それともただやり返したいというぼんやりした物なのか。それは俺には分からないが、その目を見れば吉岡さんの意思は強そうだった。
「ならまた1週間後集まりましょう。そこでお互い答えを出しましょう」
今急かす事は無い。それぞれの人生に関わる大きな選択を俺は強いているのだから。急ぎたい俺の気持ちだけを優先してはダメだ。
だが亀田さんは決めた事だと、立ちあがる。
「俺は警察を頼るべきって考えは変わらない。警察にいるアンドロイドって奴に手引きを頼んで良いか」
だから亀田さんの選択にも、俺は拒絶する訳にはいかない。この人の性格からして一度決めたら変えないのだろうし。
「ならいつも護衛についていたアンドロイドにやらせます。以後は護衛はありませんからね」
「それでいい。しばらく世話になったな」
先に倉庫から出て行ってしまう亀田さんとアンドロイドのメイ。ドライな人だが社会人らしい冷静な正しい判断だと思う。そもそも一般人が突っ込むべき問題では無いのはそうなのだから。
「私は……ちょっと時間欲しいかな」
「うん、俺はそれで良いよ」
高垣さんはまだ迷っている様。吉岡さんは腹は決まったらしいけど、一過性の気持ちの高ぶりかもしれないから時間を空けるべきか。
「じゃあ次の集合場所だけ決めて今日は解散しましょうか」
俺のそんな言葉に2人とも立ち上がり、それぞれのアンドロイドがついて行く。見慣れた光景だが、この時代に4っつの影に異物が半分の異様な光景。アンドロイドが誰かの為になっていることも知っている、だけどその分の代償が大きい。
「両方は得られない」
その代償をなくそうと今千春さんは動いている。その行動は理解出来るけど、俺にはそれは出来ない。それこそ吉岡さんの功罪の功績の例を見ているなら猶更。
「エムブラ。もう少し付き合ってもらうからな」
そういるはずのアンドロイドへと声を掛けるが、返事が無いのでその方向を見ると何かに驚いたのか目を丸くしている。
「?なんか変な事言ったか?」
「……その名前。どこで聞いたんです」
「あ、ごめん。アイから聞いたんだけど」
呆れたように頭を抱えつつ、エムブラはため息を零す。どうやら俺に名前で呼ばれたのが、余程不愉快だったらしい。
「その名前で呼ばないでください」
さっきの堤岳人に私の名前を呼ばれた時。一瞬だけ博士と被って、それが嫌だった。考えないようにしていた事実なのに、それが遺伝子なのかどこか面影を重ねてしまう。私にとっての博士はただ1人なのに。
そんな思考のさなか、先ほど会話に出たアイからの通信が入る。
「博士の事はどう思っていたんですか」
「勝手に人の思考を盗聴しないでください」
アイは昔とはかなり変わった気がする。元々博士が色々いじくっていたアンドロイドだったから、何か種はあるのかもしれないけど、もしかしたらこの子にも疑似感情を搭載したのかもしれない。
「冗談はさておき、渚との連絡が取れました。亀田氏とそのアンドロイドの引き渡し準備も進めそうです」
「……そうか、じゃあ任せる」
そして私は通信を閉じると、目の前の男に集中する。
「引き渡しの手引きが出来ました。後日こちらでやっておきます」
「おう、助かる」
この男もつくづく分からない。気が強いタイプでは無いのに、人が目の前で死んでもこうやって取り組んでいられている。強情な所は似ているのかもしれない。
でも今の所は渚の排除と門浪千春を止めるという目的が一致している以上、私はそれに手を貸すだけ。
「じゃあ行きましょうか。終電早いですし」
「うん、そうしようか」
だけど祖先だったとしても博士と顔が似ている事だけは許せない。それに性格も博士と同じように気が小さくて、その癖に夢想家で、自責思考ばかりな人。どこまでも似ていて私がこれ以上関わりたくない人。思い出して今私は1人ぼっちなのだと思い知らされるから。
そんな所有者の顔を見つつも、私は目的も定まらないままその男の隣を歩くのだった。




