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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第五十一話 スタートライン

遅れました!すみません!


 5日前に久々に外に出て以来、夏休み期間に入っても俺は部屋の中のまま。もう2週間は殆ど籠り切りということになるのだろうか。

 それでも俺は、大学3年となれば就活にバイトに忙しくなっていくこの時期に、部屋の中のカップ麺の容器を積み重ねるだけだった。


「……」


 早く動かないと、いい加減立ち直らないと、そう思いつつも俺はベットの上から動けないでいる。

 聞こえるのは自分が寝返りをうった衣擦れの音に、冷房の音と時計の針が回る音。


 そしてカーテンの隙間から差し込む光が途絶え、その時計の長針が7を指した頃。この5日間と続き部屋がノックされる。

 昨日まではずっと変わらずにドアノブに袋がかかっていて、中を見れば料理の入ったタッパー。初日みたいに紙は入っていなかったけど、俺なんかの為にこんな長くもよくやってくれるなと思う。


 そして今日は昨日より短く1分ほどでノックが消え、足音が遠のいていく。俺はそれを確認するとのそりと起き上がり、玄関へと行く。


「……捨てないと」


 足元には5日分の食事の入ったタッパーが放置されたまま。俺が一度も手を付けていないものだった。

 ドアノブを捻り俺はいつものようにかかっている袋を開く。するといつものように料理を詰めたタッパーが入っていて、紙が1枚ある。


タッパー返して

そろそろ無くなるから


 ならこんなこと辞めればいいのに、そう思いつつ俺は部屋の中に戻り、いつものようにカップ麺を取り出して湯を沸かす。


 3分を計らずにカップ麺にお湯を入れ蓋を閉じる。

 あのタッパーを開けるのは余計に結衣に対する罪悪感が増してしまいそうで、俺には出来ないでいた。


「……あっつ」


 蓋をあけ湯気が顔に当たる。3日間ずっとカップ麺だとそろそろ飽きを感じそうなものだけど、俺には特にどうでも良いことだった。そして汁をシンクに流し、カップ麺の容器をまた一つ重ね、俺はベットへと寝転がる。


「……今日も明日も」


 自分が何をしたいのかも分からない。けど何もしたくないから部屋に籠って思考から逃げている。携帯にきたメッセージも最近は溜まり気味。

 

 でも通知があることを確認するようにスマホの画面を開くだけで、何もすることなく画面を暗くし、俺は目を閉じ次の日を迎える。


 そうして起きてもカーテンで閉めっきりで時間は分からない。


「……朝か」


 スマホを見れば5時。早く起きても仕方がないのにこんな時間に起きてしまった。どうせならもっと長く寝てしまっていたいのに。

 そしていつもと同じようにカップ麺を食べ、スマホを開き気付けば寝ている。そんな1日がまた始まる。それからカップ麺の容器がまた一つ積み重なり、また時計の針が回る。


 コンコンとノックされる。今日も飽きずに結衣が来たのだろう。


「……今日は18時か」


 いつもより1時間早い。だがノックは昨日より長く響く。

 けど流石に5分も経てば消えるので、俺はまた玄関へと赴きドアノブを開く。


「……」


 いつものようにノブには袋が掛けられている。中のタッパーにはまた唐揚げが入っている。俺の好物ではあるけど、こんな短期間で同じものを作るのか。そう偉そうにも思ってしまったが、どうせ食べないのだからと扉を閉めようとする。


「まって」


 だが廊下の角から俺を見ていたのか、結衣の声が響く。俺は咄嗟に扉を閉めようとするが、結衣はその俺の手を掴みかかってこようとする。


「…っいた」


 タイミング悪く結衣の左手がドアに挟まれ悲痛な声が漏れる。それに俺は一瞬動揺し力を弱めると、間に足を入れ結衣はグイッと俺に距離を近づける。


「ちゃんとご飯食べてる?」


「……」


 喧嘩別れみたいな事をしたのに、よくも第一声を俺への心配に出来るなと思う。博愛主義なのか、無鉄砲なのか。


「髭も伸びてるしさ。いい加減出てきたら?」


 割と強く挟んでしまった結衣の手首だったけど、赤くはなってないらしく本人も痛む素振りを見せない。


「せっかく好きな唐揚げ作ったんだしさ。食べてよ」


 それが俺の手にぶら下がった袋を指差す。


「毎日メニュー考えるの大変なんだからさ」


 いつものように、というよりいつもより優しい結衣。

 だがそんな結衣に俺は違和感を感じていた。ただただ目の前の人間に何か言い知れない違和感が漂う。

 

「……なぁ」


「ん?なに?」


 根拠は無い。ただの直感だし勘違いかもしれない。

 けど俺には確信的にそう思ってしまっていた。


「お前……渚だろ」


「……?なんのこと?だれそれ?」


 困ったような表情を作り俺を見上げてくる。だがその反応で俺はやっぱりだと、そう心の中で呟く。


「何がしたいんだよ。嫌がらせか?」


「な、なんのこと?ほんとに意味わかんないんだけど……」


 久々に顔を見せたと思ったら、一番俺にとって腹の立つことをしてくる。結衣の体と声を真似て、俺にまた何をさせようというのか。


「白々しいんだよ。機械が人真似すんなよ」


「……」


 結衣の見た目をしたアンドロイドが黙り顔を伏せる。そして次に顔を上げ俺と目を合わせると、それは渚の顔へと変形していた。


「下手なことは言ってないはずですけど」


「油臭いんだよ。早く俺の目の前から消えろ」


 そう俺が言うと、渚は扉を持ち俺の力を無視して無理やり開いてしまう。それが何よりも生物として別の存在だと分からされる。


「……あんまりひどい事言われると私も不機嫌になりますが」


「だからなんだよ。お前のせいで滅茶苦茶なんだよ」


 ただただこいつが怖いし、それ以上に怒りもあって感情が定まらない。でもどちらにしても俺はこいつと一緒に居たくないことは、確かだった。


「今なら和解してあげますよ。岳人さんには私が必要なんですよ」


「どの口が……ッ」


 俺が思いっきり扉を閉めようとドアノブを引くが、それは地面に溶接でもされたかのようにビクとも動かない。


「私を捨てたからこうなったんですよ。今ならまた日常生活に戻れますよ?」


「……だからどの口が言ってんだよ。全部お前のせいでこんなことに……」


 言葉は理解出来ているが会話がまるで成り立っていない。俺を見上げるこの水色の瞳が余計にこいつが機械なんだと思わせる。


「我儘な人ですねぇ……」


 困ったとでも言いたげに眉を顰め腰に手を当てる。どこまでも俺の言葉は理解していないらしい。だから俺ははっきりと言い切る。


「はっきり言う。俺にお前は必要じゃない。一生関わらないでくれ」


 そう言って手に持っていたタッパーの入っていた袋を押し付ける。するとそれをクシャッと掴むと、アンドロイドは俺を恨めしそうに見上げる。


「後悔させますから」


 それだけ言って4階だというのに、廊下から飛び降りて俺の目の前から消えてしまう。そしてそれと同時にスマホには、アイからのメッセージがあり、どうやら今回は助けに来たらしい。


近くで待機しています。


 多分アイが来たから渚はここで引いたのだろう。考えが至ってなかったけど、こいつがいなかったら俺は渚に逆上されて殺されていたかも、そう思うとやはりアンドロイドを信用できない。


あと次は本物ですから安心を。和解のチャンスですよ


 そんなアイからのメッセージに違和感を持っていると、エレベーターの扉が開く音がしそこからコツコツと足音が響く。


「「あ」」


 目が合う。ここでアイのメッセージの意味を理解したが、動揺する俺とは正反対に今回は本物なのか結衣は足音を荒げながら迫ってくる。


「……ッ」


 俺が咄嗟に扉を閉めようとするが、さっきの渚の手首を挟んだ映像がフラッシュバックし力が入らない。そしてその隙に結衣は扉に右手をかける。


「あ、いや、ちょ━━」


 パチンと湧いた音が廊下に響く。地面には作ってきたのであろうタッパーの入った袋が落ち、目の前には目を潤ませる結衣。


「なにしてんの。本当に」


 ジンジンと叩かれた頬が痛みだす。そしていつの間にかドアノブから手を離してしまっていたからか、結衣は俺を押し玄関内へと押しかける。


「いつまで籠ってる気ッ?ねぇ!?」


 バタンと強く扉が締められ、薄暗い中結衣が俺を見上げ声を張り上げる。俺はそれに気圧されるように一歩引くが、その空いた距離をまた結衣が詰める。

 するとその結衣の足に地面に置いてあったその袋があたり、それを拾い上げる。そしてそれの中身を見ると、さっきまでの怒りの色が抜け落ちたように弱々しく言う。


「……やっぱ食べて無いじゃん」


「それは……」


 乱雑に置かれた袋をまとめて手に持つと結衣は呟く。


「それでも私は作り続けるから。嫌ならいい加減元に戻れ」


 俺を押しのけ部屋の中に入るとゴミ袋の中にタッパーの中身を捨て入れ、シンクで荒々しい手つきで洗いだしてしまう。


「……なんでそこまでするんだよ」


 流れ続けていた水道が流れる音が止まり、タッパーを持ったまま結衣は俺へと向き直る。


「なんでだと思う?」


「……」


 俺の沈黙を見ると、また視線を外しリビングへと勝手に入って行ってしまう。


「掃除もしてないし……」


 電気をつけガサガサと勝手に掃除を始める結衣。俺は流石に止めに入ろうと、足を動かしその結衣の肩を掴む。


「もう俺に構わないでいいから。俺なんかに……」


 すると結衣は動かしていた手を止め、少しだけ悲しそうな顔をして俺を見る。


「”なんか”じゃないから。私にとっては」


 立ち上がってすぐそこまでの距離まで結衣が迫ってくる。まださっきのビンタのせいか頬が痛む気がする。


「岳人を大事に想っている人もいるんだから」


 まつ毛の長さまで分かる程に顔と顔の距離が近くなる。感情が高ぶっているのか肩で息をするほどの様子だった。


「だからさ。なんで私が岳人に構うんだと思う?」


「……」


 俺を逃がさず離さない、そんな強い意思の籠った瞳。 

 流石にここまで言われて気づかない程俺もバカでは無い。けど俺にはそれを受け入れる資格が無いんだと、だから分からないふりをしようとするけど、出かけた言葉が目の前の瞳に止められる。


「ねぇ、なんでだと思う?」


 ふと結衣が少し小刻みに震え唇を噛んでいるのが見えた。結衣も必死なんだと、余裕が無いんだと、今になってやっとそれが分かった。俺の為にこうやって無理をして頑張ってくれているその存在に、俺は自然と言葉をこぼしていた。


「……ありがとう」


 自然に出た言葉だったが、俺も意図した言葉じゃないし、それを言われた結衣も困ったように首をかしげる。


「急に?」


「あ、いや、え、えーっと」


 咄嗟に何を言うべきか考えるけど、上手く頭の中がまとまらない。感謝したいって感情が先走ってしまった、けどそんな俺を見て結衣は肩を揺らして笑う。


「締まらないなぁ。岳人っぽいけど」


 そしてニッと笑いかけてきて俺の肩に手を置く。


「でもちょっとはいつも通りかな」


「…あんまり褒められてない?」


「そうかも?」


 また結衣が楽しそうに笑う。それを見ていると俺も緊張の糸が切れたのか、釣られるように笑みが零れてしまう。

 さっきの渚の事がすでに忘れる程、俺は目の前の人に惹かれていたのかもしれない。けどそれを晒す訳にも行かず、俺は一歩距離を取る。


「まぁまだ…ちょっと時間はかかるけど。なんとか踏ん切り付けてくるよ」


 それが俺なりに出した答えだった。こうやって一緒に笑ってくれる人がいるなら、もう少し頑張ろう。単純かもしれないけど、俺はそう思えてしまっていた。なんどこの人に慰められるんだと思うと、俺が情けなく感じるが。


 そしてそんな俺を見て結衣は微笑んで、一歩分開けた距離をまた詰めてくる。


「じゃあ待ってるから。いつでも」


 この時の結衣の顔は一生忘れないと思う。それだけ俺にとっては印象的な、大事な笑顔だったと思う。

 だからこそ俺はもう心配させないように頑張ろう、そう決意したのだが、結衣は何か思い出したかのように唇を尖らせる。


「でも面倒くさいって言ったのは許してないから」


「え、いや、それは言葉のあやというか……」


 言い訳を探す俺をよそに結衣はタッパーを持ち上げ玄関の方へと歩き出す。そして俺へと振り返り、今日何度も見せてくれた笑顔を向けてくる。


「だからお詫びに今度は岳人が旅行連れてってね」

 

 そうして俺はまた数日後。あのアンドロイドのアイとエムブラに会う日を俺は迎えることが出来ていた。


ーーーーー


「大丈夫そうですね」


 ノックされ俺が扉を開けると、どうやら律儀に玄関から来るらしいアイ。俺の顔を見るなり第一声がそれだったが、俺と結衣の会話をどうせ聞いていたのだろうから、そう言ったのだろう。


「でもお前らは信用しないからな」


 するとアイはうんうんと頷くと、微笑んで部屋へと入ってくる。


「その方が精神上良いですよ。一線を引くのは何事にも大事ですから」


「なぁ、お前さ。前最後に言った━━」


 以前最後に自分をアンドロイドと思うのは早計だと、そうアイが言った事。それが気になって聞こうとしたのだが、俺が言いかけた所でアイの指が俺の口を塞ぐ。


「それはあとで。今はやめてください」


 そんな会話をしている内に、久々に見るエムブラが現れる。が、確かエムブラ本人は俺に名前を呼んで欲しくないらしいから、前みたいに同じ呼び方をする。


「久しぶり。山田」


「……思ったよりも元気そうなんですね」


「まぁ……色々あったから」


 玄関で話す訳にもいかないので、俺らは会話もぼちぼちに部屋の中へと入る。もう俺が渚と接触してしまった以上、俺とエムブラが会う事も気にする必要が無いのだろう。


「で、堤岳人。貴方が所有関係を解除したいなら私は止めません。勝手に私達も動くので」


 エムブラが俺の正面に座り開口一番そう言い放つ。

 アイはエムブラの後ろで立つだけで、何か介入するつもりは無いらしい。だが俺の行動に変わりは無いと、そう言い放つ。


「俺は……所有解除はしない。このまま一緒に戦う」


「戦うと言っても貴方に出来る事は少ないですよ」


「それでも。他アンドロイド所有者との関係とか、千春さんの事とかやれる事はやりたい」


 元は問えばエムブラらの方から俺に対して所有関係を持ちかけたというのに、今はその立場が逆転してしまっている。すると困り顔をしたエムブラが呟く。


「自分本位な所は似るんですね……」


「?なんのことだ?」


 エムブラの要領の得ない言葉に疑問符を浮かべながらも、あちら側も俺と所有関係を解除したい強い理由は無さそうに見えた。


「でもどちらにしても、俺は最後までやりきりたい。千春さんも渚の事も」


 俺がそう言うとエムブラは呆れたようにため息をつきながらも、仕方ないと言いたげな表情で立ちあがる。


「まぁいいですよ。どうせ私達のやることは変わりませんから」


「……助かる」


 それにこいつらエムブラらアンドロイドのこともどうにかしないといけない。渚を止め千春さんにこれ以上罪を重ねさせず、こいつらアンドロイドがもう人間に危害を加えないように。やれる事は少ないかもしれないけど、その少ないやれる事だけでもやり切ろう。


「じゃあ早速だけど、明後日の所有者同士の連絡会。場のセッティング頼むよ」


「それは既にやってます。伊佐治蓮に関する説明は貴方に任せますよ」


「おう。言われなくても」


 これからまた戦わないといけない。何ができるか何を成せるかも分からないけど、もう逃げるのはやめる。千春さんを助けると決めた選択からももう逃げない。形はどうあれ、千春さんのあの行為に終わりを見せないといけない。


 だから俺が責任をとって全部の結末を逃げずに直視する。そうしていつか何もかも終わった時に結衣に打ち明けられるようにする。


「……やるぞ」


 俺だって死にたくないし、誰かが俺の前で死ぬ所なんてもう見たくない。俺は後悔なんてもうしたくないし、誰かが後悔するところももう見たくない。

 そんな自己本位的な我儘でも、自分が助けたいと思った人を助けて俺が納得できる結末を得よう。


「なにボーっとしてるんですか。伊佐治蓮のアンドロイド回収行きますよ」


「あ、はいはい。分かったから」


 そうしてやっと俺の止まっていた時間が動き出したのだった。





ここで三章は終わりです。

ここまで読んでくださった人には感謝しかありません。ありがとうございます!

また明日からも続きを書くので読んでもらえると嬉しいです!

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