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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第五十話 逃避


 伊佐治君の一件から一週間

 俺は葬式に呼ばれる訳もなく、そしてアンドロイド達も俺に顔を見せることなく時間が過ぎてしまっていた。


 この一週間俺は外へ一切出る事も無く、バイトも学校も行かずに部屋に籠りっきりだった。最初の1日はただ1人になりたくてこの日だけ休もうとした。けど、それが1日また1日と伸びる内に部屋から出るのが億劫になってしまっていた。


 でも人は眠くなるしお腹も減る。いくら気が滅入ろうとも自分で死を選ぶほどの覚悟も気力も俺にはなかった。


「……ご飯買わないと」


 一人暮らしな以上もう冷蔵庫の中は空で、否が応でも俺は外へと足を運ばないといけなくなっていた。


 クーラーで冷えていた部屋と違い蒸し暑く、降り注ぐ真上の日光


「眩しい」


 テスト期間だったからいくつか単位を落としてしまった。こんなことしてないで学校に行かないといけないのは分かっていたけど、それでも俺は日常生活へと戻ることが出来なかった。


 でも結局死にたくないから俺は食事を買いに行く。奨学金を借りてまで何をしているんだと、呆れそうになる。


「……」


 就活だってしなきゃいけない。落とした単位分資格を取るなりして補わないといけない。それにバイトに行ってない分、生活費を稼がないといけない。

 でも一週間前の、あの生暖かい血液が思い出すたびに吐き気が湧いてき、俺の動こうとする意志を奪ってしまう。


 そんな思考をしていると、踵を返して何度も部屋に戻りたくなってしまう。

 でも俺はなんとか歩き続け、冷房が異常に効き陽気な音楽の流れるスーパーへと足を踏み入れる。


 俺のバイト先のスーパーではない。風邪だと嘘をついて休んでいる以上、のうのうと顔を出せる勇気はないからだ。


「……カップ麺でいいか」


 どうせ大してエネルギーを使うような生活もしない。それに今肉を見るのは俺にとって無理だから、料理をしたくない。


 カランカランと、中のかやくが揺れる音をさせながら俺はいくつかカップ麺を放り込む。醤油に塩に豚骨。辛いのに野菜に人工的な色でカゴの中は鮮やかになっていく。


 するとずっと聞こえていたが、ただの通行人だと無視していた足音が俺の近くで止まる。


「岳人?」


「……あぁ結衣か。久しぶり」


 普段使いしているスーパーがあるって話だったけど、ここだったのか。

 そう俺は結衣の俺とは対照的な自然の彩のカゴの中を見て、そう思いつつまた一つカップ麺を籠の中に入れる。


「テストの日。いなかったでしょ、何してたの」


「……風邪」


「なら追試受けれるでしょ」


「病院、行って無いから」


 俺の隣に並んでカップ麺を一つ取り、裏の成分表を覗く結衣。


「病み上がりでこんなの食べたらダメでしょ」


「いいでしょ。なんでも」


「いいでしょって……どうしたの?様子おかしいけど」


 俯く俺と視線を合わせるように結衣が屈み、髪を垂らして俺を見上げてくる。ふわっとシトラスの良い香りがするが、俺は手に持っていたカップ麺を棚に戻す。


「……なんでもないよ。風邪で元気ないだけ」


「何でもない人の言い方ではないけど?」


 ムッとして眉を顰める結衣。こうやって気遣ってくれるのはありがたいけど、今の俺にはお節介でしかなかった。話せば結衣まで巻き込んでしまうかもしれないのに、俺が話せるわけがないから。


「あ、ちょっと行かないでよって」


 俺が歩き出し離れようとしてもついてくる結衣。気遣っている事は言われなくても分かっている、けどこの時の俺には余裕が無かった。


「……しつこいって。もう良いでしょ」


「そんな言い方しないでも良いでしょ。岳人やっぱおかしいよ」

 

 俺はその言葉に足を止め隣を見下ろす。おかしいも何も、人が目の前で死んで仲の良かったはずの人に殺されかけておかしくならない方が、おかしいってものだろうに。


「なんも知らないくせに何が分かるの」


 するとそれが気に食わなかったのか眉を吊り上げ、明らかに怒気のはらんだ声色になる。


「分からないよ、岳人が言わないから。私いつでも相談してって言ったのにさ」


 だからお前に言えない理由があるんだよ。そう言ってやりたいが、それを言ったら面倒なことになる、そう代わりの言葉を探すが、冷静さを欠いた俺は段々と語気が強くなっていく。


「別に結衣に言う義理もないじゃん。ただの隣の席だっただけなんだから」


「何その言い方。すごい嫌なんだけど」


 髪が逆立つそう表現するのが正しいほど、結衣が怒りの表情を露わにし目を潤ませる。それを見た俺は少し湧いた罪悪感をかき消すように、吐き捨てる。


「……もういいから。めんどくさい」


 するとその言葉が結衣の感情を決壊させたのか、顔を伏せ、俺に言い返すように吐き捨てる。


「面倒臭い女でごめんなさいね!!」


 俺と反対方向へとカツカツと激しい足音が去っていく。

 そしてそれが聞こえなくなった頃合いになってやっと俺は振り返る。


「……なんだよ…ほんとに……」


 そう呟き俺はまたカップ麺をカゴにつめる。

 優しくして気を使っていたのも分かっていたのに、俺はあんなことを言ってしまった。それが後からになって分かってしまうのが、本当に嫌で、自業自得でどうしようもない人間なんだと思い知らされる。


「……俺が面倒くせぇよ」


 そうして俺はさっさと当分の食事を買い込み、蒸し暑い中俺は帰路へとつく。でもその帰路で冷静になればなるほど、結衣への対応で自分に嫌気がさす。


「……」


 でも俺にどうしろって言うのか。あんな良く分からないアンドロイドとかいう奴ら相手に、俺がどうすれば正解だったのかを教えて欲しい。


 そしてビニール袋に指を食い込ませながら俺は、炎天下の道のりを終え家のドアノブを回す。

 クーラーの効いていない暑苦しくて籠った空気。ここ一週間掃除もしていないから、少しだけ埃がまって鼻がむず痒い。


 狭いワンルームの中へと足を踏み入れる。カーテンを閉めっきりだったからか真っ暗で、俺はカチっと電気をつける。


「……今更おでましかよ」


 そこにはいつかの渚を思い出させるような窓際に座るアンドロイド。1週間前助けにすら来ず、今まで俺に何も説明をしなかったアンドロイドのアイ。だがそれ以上にこの場にすらいないエムブラにも怒りが湧いでくる。


「渚?だっけ?彼女がずーっと君のこと監視してるから。今日まで顔出せなくて」


 いつものように何事も無かったように柔らかい笑みを浮かべるアイ。こいつの事を俺はほとんど知らないが、信用できないことは確実だった。


「……帰れ」


「帰れって言われましても」


 ビニール袋に詰まったカップ麺を放り投げる。


「あの時何してたんだよ。テツは助けに来てたんだぞ、お前がいればなんとかなっただろ」


 窓際に座りニヤニヤ笑うアイを見下ろす。こうして見てもどうやっても人にしか見えないけど、結局はプラスチックやら金属でできた偽物。


「私は勝てないって言ったんですけどね。彼も所有者に情が湧いちゃったんでしょうね」


 まるでそれが喜ばしい物かのように笑ってそう語るアイ。ただただそれが不快でしかなかった。


「お前らアンドロイドに情があるなんて思ってねぇよ。なんでお前が来なかったって聞いてんだよ」


「だから勝てないからですって。よっぽど警察を呼んで中断させる方が、所有者の生存率が高いと考えまして」


 俺が怒っている事も分かっていないのか、あえて無視しているのか。ずっと明るい口調で話し続けるアンドロイド。


「2対1なら勝てるだろ」


「私こう見えてかなりオンボロでしてね。そもそも研究用ですし対アンドロイドだと戦力にならないんですよ」


 わざとらしく腕を外して接続部の劣化具合を見せてくるアンドロイド。どこまでも軽い話し方で、自分は達観でもしているのかともとれる言い方。


「お前らなんて信用するものじゃないな」


「個体を見て全体を判断するのは愚かですよ?」


「だからなんだ」


 俺がそう言うと、何かアンドロイドは考え込む。そして数秒後「あぁ」と人真似なのか声を漏らして俺を見上げる。


「君は謝罪が欲しいのかな」


「あ?」


 したり顔でアンドロイドは立ちあがり解説を始める。


「あれですよね?私の行動に合理性があったかどうかは関係なく、私が伊佐治蓮を助けようと動かなくて、結果死んだのが不満なんですよね?だから聞きたいのは私がなぜ助けなかった理由じゃなくて、助けられなくてごめんなさいと頭を下げて欲しいと?そういうことですね?」


「……煽ってんのかお前」


「違いました?でも私と会話をしている以上、何か私に言葉を求めているんですよね?」


 どこまでも俺ら人間とは思考が違うのか、目の前のこいつがやはり俺には理解ができなかった。


「んー違います?この体になって長いせいですかねぇ」


 独り言をブツブツ呟きながら俺の周りを歩き回るアンドロイド。


「もう用が無いなら帰れ」


「もう何もしないんです?」


「良いから帰れ」


「ここで何もかも放り出すんです?」


 こいつにそんなこと言われなくても分かっている。けどアンドロイド相手に言われるとどこまでも腹が立ってしまう。


「門浪千春もあのアンドロイドの渚も全部無かったと、日常生活に戻るので?」


 戻れるわけがない。多分俺は誰かが死んだニュースを見る度に、その事が脳裏にチラついて精神をすり減らすと思う。でも今頑張ったって何も俺は出来ないし、苦しいのは目に見えてしまっている。


 そんな俺の沈黙を答えだと認識したのか、アンドロイドは立ち止まって俺を見上げる。


「まぁ、また一週間後に来ます。その時にエムブラも連れて来るのでまた話しましょうか」


 そう言ってアンドロイドは俺の脇を通り玄関へと進んで行く。もう俺にはこいつらアンドロイドと会う気なんて無いのに。

 

 だがそのアンドロイドはドアノブを握った瞬間、俺へと振り返り言う。


「ちなみに私をアンドロイドと判断するのは早計ですよ」


 さっき自分で腕を取り外した癖に、意味の分からないことを言うアンドロイド。だがその言葉に聞き返す前に扉はバタンと閉じられてしまう。


「……どいつもこいつも勝手に言いやがって」


 俺は思考すら面倒くさくなりベットへと倒れ込み、逃げる様に目を閉じるのだった。


ーーーーー


 瞼で閉じられた真っ暗闇の中、コンコンと扉が叩かれる音に俺は起こされる。


「……るっせぇ」


 瞼を開けても真っ暗な部屋な中、スマホの画面だけが俺の顔を照らされる。時間は19時こんな時間にセールスがくるなんて、どれだけ迷惑なのだろう。


 またコンコンとノックする音が響く。


「……もう帰れよ」


 誰とも話したくないし、話した所で良い事なんて何もない。

 でもまだしつこくノック音が続く。


「……」


 だけど数分だろうか。それぐらいするとノック音が止まり、部屋には時計の鳴らすカチカチとした音だけが響く。


 俺はやっとのそりと立ち上がり、狭いワンルームを歩きカギを回す。

 そして慎重にドアを開け、辺りを見渡すが、パチパチと点滅のする廊下のライト以外何も違和感のない日常の風景。


 だがカサっと袋の音がし、その方向へと視線をやれば何かがドアノブに吊り下げられている。


「……これは」


 袋の中を覗けばタッパーが二段になって入っている。

 その一つを取り出すと、中身は煮物。もう一つは唐揚げが入っているらしかった。


 そしてその二つを取り出すと、床に何か紙がひらひらと落ちていく。


面倒くさい女より

食べろ


 走り書きの様な勢いのある字。すぐにこれが誰のかも分かったし、さっきのノックの音の正体にも察しがついた。


 だが俺はとりあえずそれを手に扉を閉め。それを持っていくことなく床に置く。

 そしてそのまま部屋に戻り湯を沸かして、真っ暗な部屋の中一人でカップ麺を用意するのだった。

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