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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第四十九話 出逢った頃のように


 ガシャンと激しく音を立て割れる窓

 飛び散る破片はカーテンに防がれつつも、その奥からは人影が一つ飛び込んでくる。


「蓮ッ!!玄関ッ!!!」


 テツがカーテンの向こうから姿を現し、千春さんのアンドロイドを背中から抑え込もうとのしかかる。それを見て俺は咄嗟に千春さんから距離を取り、伊佐治君へと向く。


「走って!!」


「あ、お、おう!」


 俺より先に玄関に向かって走り出す伊佐治君。俺も伊佐治君も何が何だか状況は分からないけど、今はどうにか逃げるのが正解なはず。


 そう俺も走り出そうとするが耳元を何かが掠める。


「堤君。私は本気だから」


 そんな言葉に咄嗟の事に足を止め、耳元を掠めた物を追う様に視線を動かす。


「……ッ」


 鈍く光るナイフ。さっきまで千春さんの手に、そして俺の胸に突きつけられていたもの。


「思ったより深く刺さったかな」


 バタンと転ぶように正面から倒れる伊佐治君。 

 そしてその背中には鈍く光るナイフが突き刺さる。


「……んで……またこんなことに……」


 再び走ろうとしても足は動かない。ただ目の前で人が血を流し倒れたという事実に、康太の記憶が蘇り息が浅くなる。


 でもそんな俺に発破をするように、背中から千春さんのアンドロイドと取っ組み合いをするテツが叫ぶ。


「堤さん!!まだ致命傷じゃないです!!頼みます!!!」


 俺はその言葉にハッとし忘れていた呼吸と共に、走り出し倒れ込んだ伊佐治君の体を持ち上げる。


「……痛ってぇ」


 呻くように伊佐治君が零し、腕にその出血なのか熱い感覚が広がる。


「大丈夫だから。大丈夫だから。また同じ事は繰り返さないから」


 伊佐治君にも出なく誰に言っているのでもない。ただ自分に言い訳するように俺は呟いていた。


「助ける。俺が助けないと…ッ」


 だが人1人を抱え俺が走る速度は、女性の千春さんのそれよりも当然遅く、玄関のドアノブに手を掛ける前に俺の肩に手が置かれる。


「はい、おしまい」


 囁くような距離でその声が聞こえ、千春さんの体が後ろから俺に密着しその手が包むように回ってくる。何をするのか分からないこの異様な状況に、俺は再び固まって動けないでいた。


 そしてその手は俺の抱えていた伊佐治君の背中へと伸び、俺が抜かないでいたナイフを掴みそれを抜く。


「次は堤君。どうするの?」


 伊佐治君の血が苦しそうなうめき声と共に一気に流れだし、俺のシャツを重くする。そして血が密着し体が熱くなっていくのと逆に、俺の首にはべっとりと血の付いた冷たいナイフの感覚があった。


「……人を殺す事に抵抗は無いんですか」


「慣れた。そうとしか言えないかな」


 伊佐治君の体がぐったりとし始め声がか細くなっていく。そしてそれと同じくして、いつの間にか聞こえなくなった戦闘音の代わりに、千春さんのアンドロイドの声が聞こえてくる。


「制圧完了しました。もう少しで初期化出来ます」


「そ、じゃあこっちも終わらせるから待って」


 ゆっくりと体を傷つけないよう、伊佐治君を床に寝かせる。でも上半身は首元の冷たい感覚のせいで、全く動ける気配がない。


「堤君もアンドロイド持ってるんでしょ?多分だけど」


「……持ってたら今助けに来ると思わない?」


「何か作戦があるの?」


「……」


 俺も今なんでアイが来ていないのかが分からない。そもそもあまり信用はしていなかったが、ここまで薄情なことをするとは思わなかった。でもぢどちらにせよ今俺が何も出来ない、ただの無力な人間であるのは確かだった。


「太郎?いると思う?」


「この場にいる以上なにかしら接触しているのは確かでしょう。所有関係にあるのかは知りませんが」


「だってさ。早く答えてくれると嬉しいかな」


 刃先が首の皮に食い込んでくる。もう少しで俺の血が流れ出てしまうかもしれない、そんなギリギリまで。


「さーん」


 脂汗がダラダラと流れる。思考は纏まらないし、今千春さんが本当に俺の事を殺そうとしているのかも分からない。


「にーい」


 だって少なからず一緒に過ごして、それなりに仲は良かったはず、そう俺は思っている。それなのにこうも殺す事に抵抗を持っていないものなのか。


「いーち」


 与えられた時間に対し、俺が得たものは何もなかった。心拍で周りの音が聞こえなくなるぐらいに鼓膜が揺れる。


 けどそんな中、コンコンと目の前のドアが響く。


「すみませーん。通報があったんですけど、大丈夫ですかー?」


 心拍と自分の呼吸音だけだった世界に、入ってくるその声に俺は現実へと戻ってくる。

 それはどうやら誰かが通報したのかそれは警察のものらしかった。


「……時間かけすぎちゃったか」


 首から冷たい感覚が離れる。そして足音が俺の背中越しに遠くなっていく。


「次は無いからね」


 そう千春さんは言い残し、窓がパタンと閉められる音がする。そしてそれと同時に、扉の下から伊佐治君の血が流れ出たのか、異変を感じた警官が扉を開ける。


「……ッこれは」


「応援呼びます」


 2人組の警官が俺を見下ろす。

 今はただ自分が助かって良かった、伊佐治君の動かなくなった体を足元にそう思ってしまう自分が嫌になりそうだった。


 すると警官は何か察したのか膝を折り俺を視線を合わせる。


「君では無い?」


 俺はゆっくりと頷く。


「窓から逃げた?」


 また俺は頷く。すると警官は無線機を取り、検問だとか応援だとかの事を誰かに連絡する。


「事情聴取。受けてくれるね」


「……はい」


 俺だって状況が分からない。今だって伊佐治君が死んでいるのかどうかも確認できる勇気は無いし、それをしたのが千春さんだってことも余計に理解しがたい。どこか千春さんは人を殺すような人じゃないと信じたかっただけに。


「……俺のせい」


 俺がもっと上手く人を纏めれて、もっと早く伊佐治君と向き合っていればこんなことにはならなかったのだろうか。


「何度も何度も」

 

 また俺は康太の時と同じように、俺の甘さと力不足のせいで機を逸して人を死なせてしまったのか。


 その事実が思考を回るたびに俺に深くのしかかる。


「……結局何も出来ない」


 偉そうに覚悟だとか決意しても、同じ事を繰り返してしまった。結局何もあの時の駅のホームから変わっていなかった。


「大丈夫だから。1回パトカー行くよ」


 警官が優しく俺の肩をとりアパートの外に連れていく。

 その時はただただ、生暖かくなったその血の気持ち悪さが嫌で嫌で仕方が無かった。


ーーーーー


 警察での取り調べは俺の思っていたよりもあっさりと終わった。でもその中で伊佐治君が病院で亡くなったとその事実が重くのしかかった。


 そのせいで上手く受け答えできたとは思えない。けど渚が何かやったのか、それとも千春さんが伊佐治君を殺したと警察が確信したのか分からないが、俺は今日は返してもらえるらしかった。


 えも俺にとっては短くとも、神経の擦り切れるような苦しい物であったのは事実だった。


「また後日お話を伺うと思いますので、その時はお願いします」


「あ、はい……」


 服は着替えた。けどあの血のべっとりとした気持ち悪さはどうやってもぬぐえない。

 そして警察署内を俺は連れられるまま歩いていると、知っている顔が向かいから来る。


「久しぶり~半年ぶりかな?」


「警部の知り合いですか?」


「まぁそんなとこ。ちょっと彼借りて良い?」


「今取り調べ終わった所なので、本人次第ですが」


 蒲生……下の真苗は確か定範だったはず。そして今は渚の所有者だっていう男。こいつが管轄外のここにいるって事は、渚も近くにいる可能性が高い。そう思うともう限界をとうに迎えていた、俺の精神には耐えきれそうになかった。


「え、あ、ちょっと。僕の顔見て泣くのやめてよ。悪者みたいじゃん」


 こんな歳になって人前で泣く。しかも大して関りの無い警官の前で。でもそんな俺に気を使われる事も無く、そのまま蒲生に連れられるがまま、応接室へと連れていかれる。


「僕関わるなって言わなかったっけ?せっかくあのアンドロイドから解放されたのに、また首突っ込んでる訳?」


 ソファに深く座り足を組みどら焼きを口に放り入れながら話す蒲生。でも俺にとってこの場にいる事が苦痛でしかなく、それに答えないまま沈黙が流れる。


「それで人死がでたらねぇ。自業自得としか」


 カチカチと時計の針の音がする。すると俺の沈黙に耐えかねたのか、蒲生の左指が机を叩く。


「で、アンドロイドはどこ。いるんでしょ」


「……蒲生さんも同じ事言うんですね」


「?そりゃそうだろう。あんな危険な物一般人には身に余る」


 誰も俺のことじゃなくて、そのアンドロイドの事ばかり見ている。当たり前の事だけど、改めて自分がいかに何も出来ない小さい存在かを教えられる。


「ほんとにねぇ。大して人間様の訳に立たないどころか、仕事を増やすばかり」


 どら焼きの甘ったるい匂いが冷房の風に乗って俺の所までやってくる。クシャっと、どら焼きのプラスチック容器が潰され、蒲生さんは手を拭く。


「だからこそ早く回収してこの騒ぎを終わらせたい訳。だから場所教えてくれない?」


 組んでいた足を止め、膝の上で手を組んで人の良い笑顔を作る蒲生。

 だがそうやって俺を懐柔しようとした所でだった。


「俺なんも知りません……何も出来ないですし……蚊帳の外で何も」


 アイもエムブラの居場所も分からない。それに吉岡さんや亀田さんのアンドロイドは俺が勝手に差し出す訳にもいかない。だから俺がこの人に伝えられる物は何もなかった。


 すると正面からため息と呆れたような言葉が聞こえる


「そうやって非協力的だと僕も困るんだよねぇ。君の……えーっと渚?だっけあのアンドロイドも君の事だと一々うるさいからさぁ」


 渚という単語に俺の肩が一瞬跳ねる。一番何を目的に動いて俺に何を求めているのか分からないアンドロイド。意味の分からない執着が怖かった。


「泣いたと思ったら今度は知らぬ存ぜぬかぁ。もしかして門浪千春の共犯だったりする?君」


「……違います」


「言葉じゃなく行動でそれを見せて欲しいんだけどね」


 なんて答えればこの人は俺を解放してくれるのだろう。何を言っても疑ってばかりで、何も信用いてくれない。

 今日の俺にはこんな環境がただただ耐えられなくて、ソファから腰を上げ蒲生さんを見下ろす。もう今日はただただ疲れて逃げ出したかった。


「ごめんなさい。何も言えることは無いです」


「君も強情だねぇ。また君のせいで誰かが死ぬよ?」


 軽いその口調とは裏腹にきつく俺を睨む蒲生さん。その言葉を否定したい気持ちはあるが、俺のせいで既に2人を死なせてしまっている事実がそれを阻む。

 

 だけどそんな事実分かっていたとしても、今の俺はそれを認識したくなかった。


「……ごめんなさい」


「いや、謝るなら━━って本当に帰るのかよ」


 バタンと閉じられた扉に向かって、蒲生は行き場の無くなった言葉をぶつける。だが今の彼に強制的にこの場にいさせる理由が無い以上、蒲生はそれを追いかけるのを止めソファに腰を深くおろす。


「君は話さなくて良かったのかい?あれだけ彼に手を出すなと言っておいて」


 どうせ聞いているんだろうと、蒲生は天井に向かって声を張り上げる。するとそれに答えるように、閉じられた扉がまた開く。


「傷心を慰めたいですけど、まだ他のアンドロイドの影があるので」


 いつ見ても同じ外見で変化の無いアンドロイドが部屋の中を進む。


「どうせあのアンドロイドが監視しているんでしょうし、こちらの情報を与える事はありません」


「傷心って……きもいなぁ」


 キッと睨んでくるアンドロイド。機械の癖して人の恋愛を真似ているらしい。

 だが機械に気を使う必要も無いので、蒲生は捜査に関して会話を始める。


「でも彼アンドロイドの居場所知らないって言ってたけど?あの感じ割と本当だと思うけど」


「確度の高い情報源です。居場所を把握していない可能性はありますが、アンドロイドの所有者であるのはほ確実です」


「じゃあなに。あの子アンドロイドに好き勝手やらせているって事?」


「さぁ。それは私には分かりませんけど、あちらも一枚岩では無いですし」


 内通者がいるって話だったか。その割に居場所とかの確定的な情報を流さない辺り、信用の出来る情報源だとは思えないのだが、こいつはそれなりに根拠を持ってそう判断しているのだろうか。


「……ま、報告だけはしっかりしろよ。独断で動くな」


「言われなくとも」


 会話はそれで終わりなのかさっさと部屋を去っていくアンドロイド。情報を出してくれるだけ前のアンドロイドよりマシだが、単純に機械にしては気持ち悪い。


「……人モドキが」


 1人残った蒲生は、ごみをポケットに突っ込み数分後部屋を後にしたのだった。

 


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