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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第四十八話 ディスコミュニケーション


 今まで来た事も通った事も無い町を歩く

 多分この機会が無いと一生縁の無い土地だったのだろうけど、日本の田舎はどこも同じ景色なのかどこかあるはずのない見覚えがある。


 車は一台も通っていないが、赤信号なので足を止める。7月だからかまだジメっとした嫌な暑さで、シャツが肌に張り付く。

 そして後ろから近づく足音に俺は気づき、隣へと目線だけ向ける。


「大丈夫そうか?」


 俺がそう問いかけると、隣に並ぶのはアンドロイドのアイ。そしてそのアイは俺の要求した通り、その携帯端末を手渡しながら言う。


「今は家にいますね」


「そうか。じゃあ周囲の警戒頼む」


「一緒にいなくても大丈夫ですか?」


「警戒されたくないからな」


 そう俺が説明すると話が早く、アイは俺から離れていく。あくまで俺の行動には極力干渉しないつもりらしい。


 そしてまた一人になった俺は横断歩道を渡り、川にかかる大きめの橋を踏む。風が良い感じに川上からきていて、多少はこの暑苦しい天候でも涼しい。


 この所エムブラとも会っていないから、何をやっているのかも分からない。渚の様子も情報が入ってこないから分からない。千春さんの事も何も知らないし分からない。何もかも分からないまま、俺は何も出来ないでいる。


「……俺がいなくてもなんとかなるのかな」


 このまま時間が過ぎても千春さんは渚に殺されないし、他のアンドロイドもこれ以上余計な事をしでかさない。俺がただ身の丈以上に心配して何かやろうとして空回りしているだけなのかもしれない。そう考えてしまうと、今からやろうとしていることも意味があるのか分からない。


 そんなことをグルグルと頭の中で巡らせながらも、ここで引いても仕方ないかと歩を進める。するとやっと見えてきたのは木造の年季の入ったアパート。


「212号室だよな」


 鉄製の階段を登り扉の前に立つ。

 これでダメならもう伊佐治君とは関わらない。俺がこうやって移動するだけで、俺自身にもリスクがあるからの妥協点。


「……っし」


 ノックをしようと右腕をあげる。がその前にドアノブが周り開かれる。


「あ、堤様でしたか。何かご用件が?」


 そこにあるのはアンドロイドのテツ。相変わらず物腰柔らかい雰囲気とその見た目が少しあん馬あらんすに感じる。


「伊佐治君と話がしたくて」


「あ~じゃあどぞ。入ってください」


 でもてっきり、親御さんとかが出て来るかもと思っていたけど、アンドロイドのテツがいるなら今は不在だろうか。

 そうして俺は玄関で屈み靴を脱いでいると、頭上からそのテツの声がする。


「先に言いますが蓮様のご両親はいません。ここで一人暮らしです」


「高校生が、です?」


 靴を脱ぎ顔を上げると至って真面目な表情のテツ。俺に経験の無い他人の家庭環境に少しだけたじろいでしまう。


「そうです。月1で町の職員が見に来るぐらいです」


「そう……すか」


 いきなり気まずくなりながらも、テツに続いて家の中へと進む。台所にある調味料はどれも半分以下で、牛乳パックは開いて乾かしてある。


「……おめぇかよ。入れなくていいだろこいつなんて」


 ワンルームで座っている伊佐治君が俺を見てそう悪態をつく。机の上を見るに……何かの資格勉強をしていたのだろうか。それに日差しを入れない為かカーテンを閉めていて、換気していないのか少しモヤっとしている。


「へぇ……システムエンジニアなりたいの?」


「勝手にみんなよ」


 バタンと参考書を閉じて俺を睨み上げてくる。まぁごもっともの怒りではあるから、俺も謝りつつ伊佐治君の正面へと歩く。


「1人でここ暮らしててすごいね。掃除とか毎日やってるの?」


「だから勝手に歩き回るな。帰れ」


「ちょっとだけ。ちょっとだけ時間頂戴、今日は話をしに来たからさ」


 丸テーブル越しに向かいあって座る。伊佐治君は本当に嫌そうに顔を顰めるが、一応はそこに座っていてくれる。


「あ、私は邪魔でしょうから外居ますね。何かあったら呼んでください」


 テツがそう言ってそさくさと玄関から出て行ってしまう。良いのかと伊佐治君を見るが、特に関心が無いのか頬杖を突いてどこか壁を見てしまっている。

 

 バタンと扉が閉じる音の後、沈黙の中扇風機の首が回り、羽根が何かに掠る音がする。


「俺もアンドロイドは連れてきてないから。安心して」


 だが返ってくるのは無言。無理やり俺を帰さない時点で話す気はあると思いたいが、いまいち伊佐治君の心情を察せない。


「でさ。やっぱり危険だからせめてアンドロイドの護衛付けない?何か伊佐治君に要求もしないしさ」


 チラッと伊佐治君の視線が鋭く俺を向く。


「……偽善者ごっこか?」


「そうじゃない……けどさ。これで君が死んだりしたら俺らだって後味悪いし、人が死ぬことなんて望む人は少数でしょ?」


 ただの一般論。言ってしまえば俺は伊佐治君と大して仲良く無いから、伊佐治君だからって言う理由を持ち合わせてないからこんな事しか言えない。でも人で欲しく無いってのは事実だから聞いて欲しいのだけど、伊佐治君は至極嫌そうな顔をする。


「……俺は1人で生きけるんだよ。大人の手なんざ借りねぇ」


「いや、そう言う話じゃなくてさ。差し迫って危ないから言ってて━━」


「でもこの4か月何もねぇじゃん。そもそもお前の嘘なんじゃないのか?」


 不信感。多分それが伊佐治君の中にあるのだろう。生い立ちか生き方か、それは分からないけど邪推になってしまうのだろう。


「この4か月何もなかったのは、俺らが一緒に行動したからだよ。だからこれから危ないって話をしにきたの」


「じゃああともう半年ぐらいして俺が生きてたらいいって事だろ?」


「そういう話じゃ無くてさ……」


 取り付く島もない。何をそこまで嫌がるのが分からない、だって身の安全の為に助け合いましょうってだけの話なのに。と、思ったがもしかしたら吉岡さんとの一件が気まずいのではと、俺は思い至る。


「あ、もしかして吉岡さんのこと?それなら話聞いて欲しいんだけど━━」


 俺がそう言葉を尽くし携帯端末を出そうとするが、伊佐治君の拳が机の上を叩きそれを中断させる。


「要らねぇって言ってんのが聞こえないのか?俺はこれまでも一人で生きて来れたし、これからも一人で生きてける」


 もう意思なのか意地なのか分からないが、それは固いように見えた。だから俺にもうあとやれることは無い、これが失敗したら、バレないようにエムブラの仲間に伊佐治君を護衛してもらうよう手配しないとか。


 そう思いつつ俺は取り出しかけて辞めたスマホを取り出す。


「あ?急に何やって……」


 ここからは吉岡さんの時間。本人が話したいって言うから、仕方なくだけど妥協でビデオ通話。実際にここに連れて来るには、吉岡さんは中学生だし色々問題がある。


「……どうも」


「いや、どうもって、俺がこいつと話してどうなんだよ」


 伊佐治君が画面から視線を外し俺に向かって吠える。でも俺もこれで伊佐治君が翻意するとは思っていない。ただ吉岡さんが話したいっていうから、繋いでいるまでのこと。


「あの……すみません。急に……」


 いつもの元気でお喋りな吉岡さんが、伊佐治君の前では怯えて会った頃の様にオドオドとしてしまっている。けど、それでも何か言葉を見つけようと、ゆっくりと話し出す。


「多分伊佐治君は私が嫌い……ですよね?」


「いや……別にそこまでは言わねぇけどよ……あの高垣とかいう女が鬱陶しいし……」


 さっきまでの強硬な態度にしては、少しだけ伊佐治君の声色が優しいというか困惑の部分がある。


「あの人も私を守ろうとしてくれた……だけなので。喧嘩しないで…ください」


 どもりながらも話す吉岡さん。この所の元気な様子を見ていた俺にとっては、少し懐かしいというか違和感のある。けどそれ以上に伊佐治君は、なにか歯切れが悪いのか困ったように頭を掻く。


「喧嘩っつってもあいつが嫌ってるだけだし……」


 さっきから俺へとチラチラと視線を泳がす伊佐治君。やっぱりもしかしたら女の子相手だと少し苦手なのだろうか。


「私は……伊佐治君とも仲良くしたいです。まだ……私のお兄ちゃんの話出来てませんし……」


 伊佐治君は以前自分が言った事を忘れたのか、また俺へと視線を向けてくるので俺は口を開く。


「ファミレスで伊佐治君聞いてたでしょ。で、高垣さんが止めたら言い合いして出て行ったじゃん」


「あ、あぁ~あれか……別にあれは気になっただけだし…別になんとも……別に俺は1人でなんとからなるからで」


 きっかけはあのファミレスでの一件だったと思う。が、伊佐治君としてはあれがきっかけ以上の何かでは無いらしく、ただ自分で生きていけるという意地で俺らから離れると言っていたのか。


「じゃ、じゃあ私が勝手に気にしてたってだけって……ことですか」


「え、いや、まぁ気にはなっていたけど……別にそこまでいつまでも言う事じゃないだろ」


 段々と吉岡さんの声色が明るくなり、スラスラと言葉が携帯から流れていく。


「嫌い…とかじゃないってことで良いです?」


「だから俺は別に嫌いかどうかじゃなくて。ただ一人で生きてけるからお前らと離れるってだけなんだよ」


 今まで一人で生きて来れたからこれからも一人で生きてける。強い考え方だけど、それが伊佐治君の指針なのか。でもアンドロイドの脅威を軽視しているというか、若い時特有の全能感とでも言えば良いのだろうか。


 俺はそう伊佐治君を評価しつつあったけど、携帯の向こうにいる吉岡さんは伊佐治君に歩み寄る。


「でも私は伊佐治君と話たいです。次もう一回だけ来てくれません?」


 スラスラと吉岡さんの言葉が流れていく。

 何か特別な会話をしたわけじゃないと思うが、やはり伊佐治君も男の子なのか真正面にそう言われ少し顔を逸らす。


「……鬱陶しい」


「ダメです?」


 震え泣きそうな声で吉岡さん。演技なのか分からないけど、それが伊佐治君にとっては効いたのか、顔を逸らして言う。


「……一回だけな」


「良かった!じゃあ次は皆で話しましょうね!」


 ほぼ失敗前提だったけど、こうやって成功に限りなく近い結果なら良いか。俺も割と言葉を尽くした気ではいたけど、吉岡さんには感謝しないと。


「あ、お母さん帰ってきたから切ります!また連絡します!」

 

 電話がかかった時とは性格が真反対なほどに元気な声で、電話を切る吉岡さん。お兄さんが意識不明になるまではあぁいう性格だったんだろうなと思わせる。

 そして静かになり暗くなった画面をポケットに入れ、俺は伊佐治君を見る。


「……伊佐治君ありがとうね」


「今回だけだわ。あいつに騒がれたら俺も不快だから」


 恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう伊佐治君。歳相応に可愛い所があるじゃないか、見た目怖いからそういうウブな感じギャップって奴だな。


「で、もう用事終わったなら帰れ。アンドロイド俺に付けて良いから」


「あ、良いの?」


「次会う時までな」

 

 トントン拍子に問題が解決して正直怖い。そもそも今回も失敗する前提だったから、尚更に。

 俺はそうやっと運が回ったなと思い、これ以上粘って機嫌を損ねてもあれかと腰を上げるが何か違和感を感じる。


「……窓って開けてた?」


「あ?開けねぇよ俺は。外のジジイが野焼きしてるし今」


「……だよね」


 かすかに香る煙の匂いに、扇風機の送る風とは違う入ってくる暑苦しい風。そしてトンと何かが畳を踏みしめる音。


「伊佐治君。玄関まで走って」


「あ?んだよ今度は」


「良いから。早━━」


 シャッとカーテンが開けられる音がし、伊佐治君の視線が俺の背中の向こうへと行く。そして二人分の気配と共に誰かが俺の真後ろで話す。


「久しぶり。またアンドロイドの件に首突っ込んでるんだね」


 聞き覚えのある声。俺がこの半年探しても見つからなかったその声。

 俺は油の差していない機械の様に、ゆっくりとそれを振り返る。


「堤君と……君は伊佐治君かな?単刀直入だけどアンドロイドの所有権移譲してくれるかな?」


 少し髪の伸びた千春さんがそこに立っている。そしてその手には鈍く日光に反射するナイフがしっかりと握られて。


「殺したくは無いから。特に堤君は」


 口の中が嫌に乾く。それに肌に張り付くシャツの感覚も気持ち悪い。

 千春さんは言葉を止めず、言葉を続け隣のアンドロイドが一歩前に出る。


「言う事聞けば見逃す。下手に動いたらうちの太郎が即殺すから」


 会った頃の荒んだ千春さんとも、成人式前の落ち着いた千春さんとも違う何か。何か覚悟を決めたような諦めたような、でも迷いはないそのレンズの向こうの瞳。


「……アイの奴なにしてんだよ」


 俺はゆっくり手を上げる。そして伊佐治君にも目配せをしそれをするように要求する。


「じゃあ移譲して。あと他のアンドロイドの位置も教えてもらえると嬉しいかな」


 今の俺に出来るのは時間を稼ぐこと。異変に気付いたテツやアイが助けに来てくれるまでの時間をどうにか確保しないと。そう必死に頭を回す。


「……先に教えてくれ。なんでこんな事するんだ」


 俺が冷や汗なのかこの猛暑のせいなのか分からないが、汗を垂らし問いかける。すると千春さんは不思議そうに首を傾げる。


「逆に堤君が私と同じ考えじゃなかったのが意外。アンドロイドなんて破壊すべきでしょあんなの」


「……極論だな」


 渚やそこのアンドロイドの事を言っているんだろう。実際に人を殺したから危険で、千春さんにとっては親を殺し、信用していた相野って人を殺人鬼にしたのだから。でもだとしても、それは負の面ばかり見すぎだし、その過程で人を殺しては本末転倒。でも意思は固いのか千春さんは。


「私はやるから。やり切るしここで止まれないから」


「警察に追われる身になってもですか」


「覚悟の上だから」


 全てあの成人式の日に狂ったのか。それとも千春さんのお父さんが殺された日から、こうなることは決まっていたのだろうか。なら俺がやってきた事は本当に意味があったのか疑いたくなる。


「じゃ、じゃあさ。渚を一緒にどうにかしにいかない?一旦休戦して協力とかさ」


「堤君達のアンドロイド貰えれば私一人でやるから。この罪は私だけの物」


 またも俺が捻り出す言葉は弾かれる。

 だけどまだどうにかしないと、ここでアンドロイドを渡したら本当に俺は千春さんや渚に干渉できなくなる。そう言葉を探るが、もう時間切れなのか千春さんが一歩踏み出し、そのナイフの切先を俺の胸にとんと当てる。


「堤君の事は少なからず好意的に思っているし、平穏に過ごし手ほしかったと今でも思っている」


 千春さんの暗く濁った眼が俺を見上げる。


「でもこれは譲れない。時間稼ぎはやめて早くしてくれるかな」


 俺はこの時決断を迫られた。でも俺はどこまで言っても小心者、そんなすぐに結論が出せる訳もなく、誰かが介入してくれるのを待つだけ。


 そう窓が割れる激しい音が聞こえる時、俺は情けなくも過去の信念も決意も忘れ安堵してしまっていた。

 

 

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