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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第四十三話 研究者


 暖房もやっと切っても大丈夫になってきた季節

 少しずつ人員は削減されているものの、未だ雑多に荷物が積み上がり外の廊下では捜査員が歩き回る。


「また君どっか行ってた~?」

「門浪千春の捜査に」

「君の手下の子にやらせればいいじゃん。最近見ないけど」

「あの子達にも捜査させてますから」


 4月の中頃にもなったが特に捜査に進展はない。堤岳人の方ではアンドロイド同士で協力させているから、負担が減ったとはいえ、この警官、蒲生定範の対応も考えねば。


「君は秘密主義だねぇ、ちょっとは捜査に協力してよ~」

「してるじゃないですか。現にこれも」


 アンドロイドは蒲生に門浪千春とそのアンドロイドの捜索を任せられていた。蒲生の方針でアンドロイドの件は他者に伏せているらしく、捜査を私を頼らざる負えないらしい。その立場を利用させてもらっているから、都合が良い事この上ないが。


「・・・・・アンドロイド破壊時の映像データか」

「やっと復元出来たので、場所は港湾の空き倉庫ですね」

「もう証拠は残って無いか」

「でしょうね」


 小出しにでも情報を出さないと信用されない。この警察のパイプは持っておいて将来的に損は無いはず、まだ私自身でも方針を決めかねている現状からしても。


(今はとりあえず門浪千春のアンドロイドを抑えるだけ)


 歴史をこれ以上大きく変える訳にはいかない。それこそ博士が産まれなくなる世界なんて私が望めない。


「・・・・・アンドロイドも考え事するんだね」

「沈黙を勝手に解釈しないでください」

「冷たいね~そんなんじゃ俺に捨てられるよ~」

「私がいなくてアンドロイド捜索が出来るとでも?」


 そんな私の言葉に対して、椅子の背もたれに体重をかけた蒲生が、薄ら笑いを浮かべ私を見上げる。


「私はリスク分散を好むのでね。投資も仕事も」


 部屋の扉が開けられる。普段は使われない部屋だから人が入ってくる事自体珍しいのだが、それよりもそこに現れたアンドロイドが問題だった。


「いつ接触した」

「さぁ?なぜか君の監視が緩んだお陰かな?」

 

 コツコツと足音が近づいてくる。見た目ぐらい変えれば良い物を、私を意識してか以前と変わらない背格好と顔で近づいてくる。


「お久しぶりですね?管理者様?」

「・・・・堤岳人の所はやめたのか」


 経緯は知っている。けど私が知っていたらそれこそ不自然だから、あくまで知らない前提で煽る。すると分かりやすく苛立ったらしく、その不良品は語気を強める。


「答える義理はありませんね」

「振られて他の人間に乗り換えたと、随分軽いですね」


 あぁやっぱり顔を見るだけでも腹が立つ。それはお互い様なのだろうけど、私にとったら私の感情を盗んで博士との時間も奪った存在。到底許せるはずがない。


「で、蒲生定範。これをして何が目的なんですか?」

「あら、もう感動の再会は良いの?」

「目的はなんですか?」


 一度相野穂高の逮捕の為会わせたのが失敗だっただろうか。結局相野穂高だけ捕まえてもアンドロイドを逃がしてしまった以上、得たものが何もないどころか今こうやって面倒な事態を招いてしまった。


 ギィっと椅子が悲鳴をあげるように軋み、それを揺らす蒲生が天井を見上げる。


「色々考えたんだけどねぇ~。僕は何はともあれこの件を終わらせたい訳。で、そうなった時、明確に利害が一致しているのは誰かって」


 そう仰々しく言って私へと視線を向けてくる。


「君は何を考えているか分からないし、積極的に協力してくれない。でも、こっちの子は実際に相野穂高の逮捕に貢献した上、単独で門浪千春の捜索もしている」


 あとは言わなくても分かるよなと、勝った気にでもなったのか嫌に微笑んでくる。私の現状維持策が不信を招いてしまったって事らしいか。


「じゃあ私はお払い箱ですか」

「僕は君もいてもらう分には良いんだけどね。彼女が嫌がるからさ」


 蒲生の指があの不良品、渚に向く。まだ私と堤岳人が接触した事に気付いていないはずだが、それでも私を警戒した上での行動って事か。


「私は門浪千春とそのアンドロイドを消せればそれで良いので。それまでの契約です」

「僕もこんなアンドロイドとかいうリスクの塊と一緒にいるのは嫌だからね。丁度いいパートナーって訳」


 今現在でも警察内では、アンドロイド関係の事は共有されず、以前のアンドロイド所有者の殺害は、相野穂高に唆された門浪千春が実行している事になっている。だがそれを隠すにしても女子大生にしては、大掛かりな工作をしているから協力者がいるのではというのが本線の方針。複数体アンドロイドがいる以上、いつの日かその存在が露見してもおかしくない状況、それを隠していたとなれば蒲生の立場も不安定になるか。


「・・・・・・・はぁ。つくづく不良品はどこまで行っても不良品ですね」

「骨董品が何か言いました?早く新しい人間見つけないとですよ?」


 多分博士がやったんだろうな。

 こいつといい明らかにアンドロイドに本来備わっている制限が撤廃されている。人類社会にとって明らかに危険因子でしかないが、それを蒲生に説明したとて私の信用があまりに足りないが。


「アンドロイドなど人には余る力です。御せるなどただの奢りだと思った方が良いですよ」

「ん~?僕が一度でも君を御せたとはも思って無いけど?」

「そのアンドロイドは確実に問題を起こします。門浪千春を殺す事さえする可能性もあります」


 それを聞いてやっと何か思う所があったのか、蒲生の視線があの不良品へと向く。


「そうなの?」

「いえ、貴方の所有物な以上勝手は出来ないです。命令していただければ」

「こう言ってるけど?」

「貴方は尋問で容疑者の言葉をそのまま信じるんですか」


 蒲生が思考を巡らすように顎に手をやる。多少は冷静な判断を促せただろうか、そう考えたのだったが。


「でもそれもこれも全部仮定の話。僕からしたら2人とも信用無いから、実利のある方を選ぶまでかな」

「そうですか。いずれ後悔しますよ」

「怖い事言うね~それじゃあいつか僕は破滅の道かな?」


 少々堤岳人の対応に回りすぎたか。

 警察の情報もこれからは入りずらくなるし、私への監視も増える可能性もある。そうなると易々と堤岳人と接触するのもリスクに成り得るか。


「・・・・・・・では、私はここで」


 これ以上ここにいても仕方ない。もう少しやりようはあったはずだが、歴史を変えたくないが故に慎重になりすぎてしまった。


 そして私が通り過ぎようとした時、不良品が私の行く手を阻むように左腕を差し出す。


「岳人さんには接触するなよ」

「・・・・・誰があんな一般人に」


 やはりこいつにとっての堤岳人は重要な点。それが逆鱗なのかは分からないが、下手に暴れられては困るのも事実。

 私はその左腕を振り払って出口のドアノブへと手を掛ける。


「最後に」

「ん?まだなにか?」


 ただのハッタリ。でもアンドロイドの管理者という私の立場上無視できない言葉。


「私は貴方の言う通り秘密主義です。自らの持つカードはそう簡単に開示しないので」

「・・・・今教えてくれても良いんだよ?」

「もう貴方は所有者じゃありませんから。その命令には応えられません」


 これで私に対して行動を起こしづらくする。将来的に敵対した時に必要以上に警戒してもらえれば儲けもの。


 そう私は部屋をあとにし、また一人になってしまう。


「AH7‐2132021」


 通信を開く。未来から私とずっと一緒にいるアンドロイドの内一人。


「はい」

「堤岳人について連絡役に。私は吉岡紗南につく」

「戦闘用では無いエムブラが付くには、リスクが高いのでは?」

「それは誰についても同じ事。私が堤岳人と接触するリスクの方が懸念すべき状況になった」


 今考えればあの不良品への意趣返しで堤岳人の所有物になったのも失敗だっただろうか。全く方針が決まっていないと、こうも迷走してしまうとは。


「ではそのように動きます。定例連絡は予定通りで?」

「そのつもりだ。それに堤岳人の方針にはしばらく従う」

「承知いたしました。ではこれで」


 理想は門浪千春が逮捕されそのアンドロイドが破壊。そしてあの不良品が目的を終えたとして、何もせず耐用年数まで大人しくしてくれる。これが最善の結果だが・・・・


「そうはいかないのだろうな」


 気温は8℃。4月にしてはかなり寒い。

 でも私の口から言葉が漏れても、そこに白い吐息は混じらない。人ならば白く昇っていたのかもしれないが。


「本当に・・・・博士は何を求めて」


 目的も何も知らされず私達はこの時代に送られた。数十年、博士が眠っている中ひたすら待ち続けたというのに、結局今私が博士の意志を継げているのかも分からない。


 最近はよく昔の事・・・・いや今の時代から見たら未来の事か。意味も無いのにそのメモリにしまった映像データを振り返ることが多い気がする。


 そうくすんだ色の空を見上げ、記録を巻き戻すのだった。


「記録。博士のコールドスリープから42年と4か月。大気及び放射線量に変動なし・・・・人類生存に適す環境には未だ戻らず」


 一連の環境観測を終え、私は人間のいなくなった研究所内を歩く。この頃はアンドロイドの代替パーツも足りなくなってきて、共食い整備も視野に入れないといけなくなってきた。


「エムブラ。そろそろパーツ交換をしないと行動不能になりますよ」

「・・・・・一番古い型が倉庫にあったよな?」

「良いのですか?まだ比較的新しいパーツも・・・」

「それはとっておけ。博士が起きた時に使える物は残しておきたい」


 AR9‐2421021の各部パーツを見る。比較的新しい型なせいか、代替パーツが少ないらしい。


「私に注意するよりもそちらもパーツ交換怠るなよ」

「えぇ。ですが私は研究用故ボディパーツは必要ではないので」

「・・・・合理的だな」

「アンドロイドですから」


 私は・・・・私の事が分からない。人として育てられ成人した瞬間に自身がアンドロイドだと告げられた。自我は人のつもりでいようとしても、この老いない体に入れ替わり続けるパーツがそれを否定する。私が最初に持っていたパーツなんて数えるほどしか残っていない。


「・・・・・そういえば研究の進捗はどうだ?」


 コツコツと真っ暗な廊下を2体のアンドロイドが歩く。片方のアンドロイドである私は、研究用アンドロイドへと問いかける。


「やはりどうやっても人は過去に送れません。バラバラになって肉片になるのがせいぜいですね」

「・・・・ではいつ博士を起こせると」

「不可能な以上新たな命令を仰ぐため今起こすのも選択肢かと」


 博士に会いたい。それは私の感情と言えるものなのか、それとも長年稼働したが故の不具合なのか。それすらもう分からないが、その考えは真っ先に浮かぶ。


「では・・・その提案を実行しましょう。すぐに準備に取り掛かってください」


 電力の維持も数年後には困難になるのは予測されている。合理的に考えてもこの辺りが限界って事なのだろう。


 そうして私達は久々に空調設備及び酸素発生装置を稼働させると、博士をコールドスリープから呼び起こす。


「・・・・・計画はどうなった?」


 第一声がそれだった。長年の眠りから覚めたというのに相変わらずの研究の虫。


「人間の時間遡行は不可能。アンドロイドは成功率が7割ほどに。ですが電力供給の問題であと数年が限界だと判断し、起こさせていただきました」


「・・・・ふむ」


 そんな会話をしつつもいそいそと博士に服を着させて、車いすに座らせる。


「リハビリ計画は立てているので、担当のアンドロイドに引き継ぎます」

「・・・・・」

「博士?」


 何かずっと考え込んでいる。歳と言えば歳だが、博士がボケると考えずらい。


「いやリハビリは良い。計画を実行しよう」

「ですがまだ人間は不可能だと・・・」

「いや君だけで実行する。私が人類初の時間遡行が出来ないのは残念だがね」


 そんな投げやりな言い方に戸惑ってしまい、久々に取り変えた天井のライトの下車いすを止めてしまう。


「例の子もまだ稼働しているでしょ?」

「・・・・えぇ倉庫に」

「感情に変化は?」

「諦めが強いようですが、偶に意味の無い体の動きを見せるので感情に似たものはあるようです」

「・・・・そうか・・そうかそうか」


 博士が起きて初めて笑った。私を見た時ではなく、あの不良品の事を知った時にだ。

 自然と車いすを持つ手が強くなってしまうが、すぐにそれを控え私は会話を続ける。


「それで私達を過去に送ってどうするのですか」

「・・・・・それは言わないかな。君らで考えることが大事だ」

「意味も無く過去に干渉するのはリスクがありますよ」

「この未来より最悪な結果は無いでしょうよ。君が考えて君が思った通りにやって見なさい」


 車いすを押す私へと博士が振り返る。久々に見たその顔はやはり皺が深くなり肉が削げ落ちていた。でもそれは私にとって大事な博士であるのは変わりが無い。


「ただのアンドロイドに何を期待しているんですか」

「君はただのアンドロイドじゃないよ。新しい人間とでも言える存在だ」

「・・・それは錯覚ですよ。博士がそう思いたいだけでは」


 カラカラと車いすをまた押して運んでいく。博士は人間で私はどこまで行っても道具であるアンドロイド。それが良く分かる静かな廊下の構図だ。


「この部屋で実行が出来ます。過去に送れる状態のアンドロイドが27体で、これが各個体の状態です」

「・・・・・・じゃあ一度部屋に一人にしてくれるかい。私一人でこれは実行するよ」

「ですが私の補助があった方が確実かと・・・・」

「このシステムは私が組んだんだよ?最後ぐらい自分のおもちゃを弄らせてくれ」


 こういう時の博士は譲らない。長い間眠っていてもこういう所は変わらないのか。


「じゃあ何かあったら呼んでください。他アンドロイドを起動して所定の場所に配置したら連絡します」

「うん、ありがとね。エムブラ」

「いえ、貴方のアンドロイドですから」


 車いすの押し手を離す。最後に博士の顔を見たかったけど、博士はもう画面の中に夢中なようだ。

 最期に何を言うべきか、少し悩んだが私は月並みな言葉しか用意できなかった。


「・・・私を造ってくれてありがとうございました」


 すると博士の手が止まり出口から廊下へ一歩出てしまった私へと振り返る。


「造ったんじゃないよ。育てたんだ。君は私にとっての娘みたいなものだよ」

「・・・・・・・」


 なんと答えれば良いのだろうか。それが全く分からない。


「君は君の人生を送りなさい。命令じゃなく私からの最後のお願いだ」


 その言葉に応える前に扉は閉じ、それが最後に見た博士の姿だった。

 でも扉が閉じなかったとしても私はなんと答えれば良かったのか、それは今になっても分からなかった。


ーーーーー


 そしてただ一人部屋に残った人間は呟く。


「長男は甘やかされる次男に嫉妬すると言うからな」

 

 男には家族はいない、人生において人間よりアンドロイドと生活した時間の方が長いぐらいだ。でもそういう理屈を知っていたから試したが、やはりアンドロイドに感情というものは発生するのだと改めて確信していた。


「エムブラと・・彼女はどう関係を築くのか見て見たかったが」


 自生的な感情を見せた2体・・いや2人のアンドロイド。本当は私がゆっくりその2体の関係を経過を観察してから、過去に送りたかったが仕方ない。やはり人に産まれれば時間的制約が邪魔をする。


「・・・・制限を解除。そしてエムブラの感情データを移行」


 28体のアンドロイドに感情の種を撒く。これがどんな結果を招くかは分からないが、それが人類に新しい進化を促す事は確か。そして歴史を大きく変える事にもなるだろう。


「もしかしたらエムブラが人類を支配したり」


 それだったらよく見る映画のバットエンドって奴だろうか。


「そんな面白い結末・・・・見たかったんだがな」


 この研究成果を滅びゆく星で朽ち果てさせるなんてもったいない。結果過去の人類は苦労するかもしれないが、それを自分が見れないとしても、研究結果を動かして実証してこそ研究者というものだ。


「・・・・人類。せいぜい頑張れよ」


 画面をタップする。人類初の時間遡行が推定最後の人類によって行われる。人間という物語のエンドロールにしては綺麗に纏まりすぎだろうか。


 辺りに青白い光が壁を貫通して満ちていく。


「あぁ、防護服着ないと私は死んでしまうのか」


 外でロックした扉がドンドンと叩かれる。エムブラの奴が気付いたのかもしれないが、もう始まってしまった物は仕方ない。


「・・・・でも私が観測出来ないんじゃなぁ」


 そうして辺りは光で満たされ、その星に残った人類は潰え、わずかに残った人工的な光も数日のうちに消え去ったのだった。

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