第四十話 未来遡行
アンドロイド
自立した思考と活動の出来る人型ロボット
それの元となる物が出来たのはそこまで未来の話では無かった
だが最初に出来たのはお世辞にも人とは言えず、所詮人モドキと表現するのが正しい物だった。でもそれは時間と共に進化を遂げ、皮膚の下を覗かなければアンドロイドか人か区別が出来なくなるのに、1世紀跨ぐことは無かった。
そうして人そのものに限りなく近づいたアンドロイドだったが、それらはすぐに社会に浸透することは無かった。なぜなら彼らは高価で貴重で人類を労働から解放する事には至らない。高度な演算を必要とする職業、それか金持ちの道楽としての消耗品でしかなかった。さらに50年が経っても国の一部機関で使われるぐらいで、一般市民にとっては全くの無関係の物で社会に変動を促すものにはなり切らなかった。
そんな事情が変わるのは更に100年経った頃の話だった。この頃になると昔量産されたアンドロイドが耐用年数を迎え、その部品が市場に流通を始める。そしてそれと同時に生産技術の向上も合わさり、費用が大幅に下落し、まだ贅沢品の域ではあるが一般人にも手が届くようになり始める。そしてそれからはとんとん拍子だった。時間の経過と共に社会一般にアンドロイドが普及し、それが当たり前になるのも。
でも結局はアンドロイドは物でしかなかった。あくまで労働を人から代替する為に、社会を効率化する道具としての役割。だからアンドロイドに所謂人間性を求められること自体が少なく、偶にそれを研究する人間も現れるがそもそも曖昧な感情を扱うからか、すぐに達成不可能だと諦め消える。そして結局数十年経ったあとにその分野に残ったのはある研究者だけだった。
「人が持つものを感情と表現するならば、それがこの世の中に存在する以上人為的に再現出来ない道理がない」
かつてはアンドロイドの開発生産における研究者として名を上げた博士。だけど人生の後半になると、こんな主張を繰り返してアンドロイドに感情を持たせようと研究をしていた。だが当然周囲の仲間の反応としては、気でも狂ったのかとでも言いたげだった。
「別に今の段階で人の感情を模倣して行動出来ているのに、何を研究するつもりで?」
「仮に感情が自生的に発生したとして、それをどうやって本物の感情と判別する?」
「そもそも感情と言うものが定義出来ない時点で無理ですよ」
「本物の感情って子供じゃあるまいし。それにそれがあってどう社会に影響するんです?」
おおよそ博士に向けられる言葉は間違っていなかった。でもそれは博士の夢であって、現実的に可能かどうかの話では無かった。それに博士はその為に研究に身を奉げ、夢を叶えるための金と施設を手に入れたのだから。
「これは何か分かるか?」
そして最初に博士がこの計画の為造ったアンドロイドが私だった。
何もかも情報の無いまっさらな状態。言語も知識も何も入っていない状態、博士の言葉を使うならば「赤ん坊のアンドロイド」そう表現するのが正しい状態だった。
そして真っ白な部屋にいくつかの家具と幼児用おもちゃ。それに一部中庭へとつながる扉の中、私と果物を持つ博士は向かい合う。
「・・・・?」
「リンゴだ。リンゴ」
「り、ん、ご?」
「そうだ」
一からアンドロイドを子育てをする。普通に知識をダウンロードさせれば数分で終わる事を、わざわざ人と同じように教育で教える。全くもって意味の無い行為だと散々批判されたが、博士は「そこに意味があるかもしれない」そう一蹴し私に言葉と知識を教えた。
「俺は、堤景人」
「おれは、つつみけいと?」
「違う違う。お前じゃなくて俺の名前」
博士が自分を指差して同じ言葉を繰り返す。赤ん坊状態と言っても知識が無いだけで、思考能力に制限はありつつも、少しづつ私は言葉を覚えるようになる。
「・・・・私は?」
「あ、お前の名前か・・・・・そうだな」
博士は身体的成長にも感情の成熟が関係すると考えたのか、人の成長と同じように時間経過で年相応のボディへと私を移し続けた。そしてそれと一緒に私の思考能力も引き上げられ、所謂自己に近しい物を出すようになっていた。
「なら・・・・エムブラで」
「えむぶら?」
「そう、日本人って顔立ちじゃないしな」
博士はこの段階では50代とかだったと思う。と言っても平均寿命が延びるのに伴って、健康寿命も延びていたからか、そこまで老いた印象は無かった。
「じゃあご飯食べようか」
「はい」
博士は私を人として育てた。風呂も食事も睡眠も必要のないのに私にそれら行動を実行させた。そのお陰かこの時の私は自分の事をアンドロイドだと認識せず、本物の人間だと勘違いをしていた。
でも博士の世間一般の評価は下がるばかりだった。”人形使い”博士がよく言われていた蔑称、だが案外それは博士自身気に入っていたらしいが、他にいた研究仲間はとうにどこかへと行ってしまっていた。
「この映画。どう思った?」
「・・・・悲しいと・・・感じました」
「それだけか?」
「それだけ・・・・とは?」
博士にも焦りはあったんだろう。十数年続けても明確な結果が出る事も無く、昔の功績は侮蔑の視線で掻き消え、日に日に減って行く資産。
「それはエムブラが思考を挟まずにそう思ったのか?」
「・・・・よく・・・分かりません。ただそう答えるのが正解なのかなと」
私がそう言った時博士が酷く落胆した表情をしたのを覚えている。若い時ならまだしも残りの人生を賭けてやった研究が失敗だったなら、なおさらに無為に感じてしまったのだろう。
でもこの時だった。私に変化が起きたのは。
「・・・・なんだ?」
気付けば肩を落として去ろうとしていた博士の服を掴んでいた。理由は分からない、でも博士は怪訝そうに私を見ていていた。
「1人に・・・しないでください」
この表現が正しいのか分からないけど、直感で博士がどこかへ行くと思ってしまっていた。それがどういうロジックでの行動だったか今でも分からないけど、博士はこんな私を見て咄嗟に顔を明るくして振り返ってきた。
「あ、お、あ!そうか!一人にしないぞ!!!だから今なんでそう思ったんだ!?」
「え・・・?あ・・・え?」
博士に肩を掴まれゆさゆさと揺らされる。けど私自身でもなんでこんな行動をしたのか理由を付けるには時間が足りなかった。でもそんな反応すら博士を満足させたのか、私と博士の日々は終わることなく続いた。
「外には映画の世界みたいに人が沢山いるんですか?」
「あー今はちょっといないかな。エムブラにも色んな人と会って欲しいんだけどね」
暗雲が立ち込め黒い雨が降る。いつの日か中庭は閉鎖され外に出る事は無くなってしまった。だがその代わりなのか、私は研究施設内を歩き回れるようになっていた。
「貴方の名前は?」
「AH7‐2132021です」
「変な名前ですね。じゃあ貴女の名前はアイで!」
「お好きに呼んでいただければ」
彼女らはアンドロイドだった。しかも疑似感情を搭載せず本当にただ作業をするだけのアンドロイド。博士にとってはプログラム的に作られた、偽物の感情をアンドロイドに搭載するのを毛嫌いしたのだろう。だがこの時の私にはそれは分からず、ただ元気の無い人だとそう認識していた。
それからは研究施設内を気の向くままに探索をした。屋内温室施設に発電、変電施設。酸素発生装置に研究棟に博士の自室。あちこちは見て回ったが、結局博士以外の人間は誰一人としていなかった。
「これが最後のボディ変更だからね。これでエムブラも大人だよ」
「これ見た目も選べるの?」
「あぁ出来るが、何か希望があるのか?」
今思えばこんな体を変えるなんて明らか人間じゃないのによくもまぁ信じていた物だ。でも私は感情の高ぶりを感じながら、博士に尋ねる。
「博士はどんな子が好きなんです?」
「どんな子って・・・・」
もう70歳に近づいていた博士。いくら技術が進んだとはいえ、体に老化の兆候は起きていた。そんな博士は剃り忘れた髭を触りながら困ったように言う。
「この方女性と会って無いからなぁ・・・・」
「?私がいるじゃないですか?」
「あ、あぁそうだったな」
それから博士の話を聞きつつボディを調整していった。どうやら背の高い女性が好きらしいから、それを選び髪色は銀色が一番反応が良かったからそうした。
そして私の意識は最後のボディへと移され、博士にとっての子育ては終了を遂げた。
「じゃあ、最後に伝えないとだな」
ボックスから出て服を着る私に博士が呟く。多分この時にはあいつに興味が向いていたのかもしれない、けどこの時の私はまだそれすら知らず。
「どうしました?そんなに改まって」
新しいボディの視点に少し不慣れになりつつ、博士を見下ろす。だからその表情をうかがい知る事は出来なかったが、博士は淡々と言う。
「エムブラ。君は人間じゃない」
「・・・・はい?急に何を・・?」
そう私が首を傾げると、博士は私の腕を掴みそれを回す。
「人はこうやって体の部位が着脱できない。君はアンドロイドなんだよ」
「・・・・?それは当たり前じゃないんです?着脱できるのなんて・・・・?」
「じゃあ私の腕は取れると思うかい?多分出血多量で死ぬだろうよ」
この時私の自我が崩壊してもおかしくなかった。でもそのリスクを考えた上で博士の事だからバックアップなりを取っていたんだと思う、もしかしたらこれを伝えたうえでの私の反応を見ていたのかもしれない。
でも私の自我は、博士に見放されたくない嫌われたくない。そんな物で保ててしまっていた。
「あ、え、でも私は・・・・私・・・・ですから。アンドロイドがどうとか関係なく」
これはいわゆる本心から出た言葉では無かった。人らしい感情らしいこの返答があれば、博士は喜ぶだろう。そんな打算的な思考からの言葉だった。だけどそれは先生にとって満足なものだったのか、嬉しそうに微笑んで私を見上げる。
「そうだ。エムブラは私の娘だ。これからもよろしくな」
そしてそれから博士は何体かのアンドロイドを外に出しては、壊れかけのアンドロイドを回収させていた。理由は分からないけど、それらを修理して起動だけせず倉庫に放置。それが暫く続き、研究棟のアンドロイドが博士に報告をしていたのを見る。
「エネルギー次第ですが、アンドロイドなら過去への転移が可能になりました。破損リスクが8割を超えますが」
「エネルギー次第ってのは?」
「大規模な発電所を抑えて足りるかどうか」
「今この辺りに残ってるかなぁ・・・」
「探索隊を出しますか?」
「そうしようか。見つけたら設備をここまで運んで」
どうやら人類社会ってのは崩壊しているらしかった。昔は地上の設備も使えていたが、最近は専ら地下施設での活動ばかりになっている。それに帰ってきたアンドロイド達が放射能に汚染されているのを見れば、何が起きたのか自明のことだった。
「博士は何のために今研究をしているんです?」
でも私は博士と一緒にいれれば良かった。だって私にとって家族で親で大事な人は博士だったのだから。
「アンドロイドを新しい人類にするんだよ。人より強靭で演算能力も高い、寿命も部品さえあれば有限とは程遠い。そこに感情があれば人間の優位な部分は何一つない」
博士は人嫌いという訳では無かったと思う。でもどこか人に失望している、そんな風に取れる発言はよくあった。
でもそんな事よりも、博士が新しい別のアンドロイドに熱を上げていたのが私にとっては不快そのものだった。
「エムブラのデータを元に、アンドロイドと自認をしたまま感情を発生させる。これが成せれば本当に新人類の完成だ」
「・・・・彼女かなり高性能ですね」
「出来る限り万能に仕上げたからな。エムブラのデータあってこそだよ」
博士が頭を撫でる。私のボディが小さかった頃からの手癖みたいなものだったけど、私はこれが好きだった。でもだからこそその手が、あのアンドロイドに向くのが堪らなく許せなかった。
「お、文字書けたのか?すごいな~」
「ありがとうございます!」
私はあのアンドロイドの監視係。画像越しに博士と楽しそうに会話をするあのアンドロイドの変化を観察して記録する日々。あいつの思考の元のデータは私で、私が博士から貰った感情を使ってあいつは笑っている。それが堪らなく許せなかったけど、博士の為私はただ淡々と役割を果たしていた。
そうしてどこか疎外感とでも言えば良いのだろうか。それを感じながら博士の目的を推し量ることが出来ないまま、時間は流れていった。
「俺ももう100歳か。この星最後の人類かもしれんな」
「コールドスリープしている方々を起こせば人類は増えますよ?」
「あんな金持ち蘇らせたか無いよ。それにもう俺ら旧人類の時代も終わりだしな」
博士は過去に遡行出来ないかの研究をアンドロイド達にやらせていた。博士自身は専門外だったから任せきりだったけど、常にそこの進捗を気にし続けていた。
「でも私が生きている内に目的は完遂出来なさそうかな」
「あと30年は生きれますよ」
「でもそれはあまりに短いからさ」
この頃にはあのアンドロイドは感情らしい物を会得していた。私の物を盗んだのだから当たり前なのだけど、博士はそれを歳に似合わず喜んだ。
「あとは・・・過去に行ければ・・・・・・」
まだこの時に人間の過去遡行の成功の見込みは無かった。アンドロイドの成功率は上がりつつあったが、それでも失敗率は7割を切るかどうか。
「でも何はともあれだ。彼女を初期化してそれでも感情が残るのか確認しよう」
「記憶の累積が感情を発生させるとの考えもありますけど、良いのですか?」
「それを確認するのも含めてだよ。バックアップはとってあるからさ」
そしてあのアンドロイド、いや不良品と呼べばいいか。博士は初期化をしてそれを倉庫に一体置き去りにした。でもあのアンドロイド固有の記憶が消えただけで、知識的な記憶はそのまま。でもそれは成功したらしかった。
「彼女いきなり寂しくて人を呼んでるじゃないか!」
映像越しに博士が歓喜の声を上げる。彼女は当然苦しんでいたが、それが博士の研究の成果を一番に知らせる物であった。
「これをこのまま消すには惜しい。一刻も早く過去に送ってこれを歴史に残さないと」
もしかしたら自分の研究成果を誰かに自慢したかったのかもしれない。そう思えるほどのはしゃぎようだった。
でも寿命に迫られた博士は、まだ死ぬわけにいかないとそれを見届けるとコールドスリープに入った。
そうして数十年の間、私達はアンドロイドだけでの生活を続けていた。博士に言われたように過去遡行に関する研究に、エネルギーを貯蓄し発電する施設を作り、あの不良品を監視する日々。
「過去に行ってどうするんですか」
博士の眠るケースに手を置き語り掛ける。意味が無い事も分かっているが、ただの機械であるアンドロイド達に話しかけるよりはよっぽど有意義だった。
「別に新人類とかどうでも良くないですか。一緒に生活できればそれで・・・・・」
集めたアンドロイドは延べ40体。今の技術でも単純計算20体は過去に送っても正常に機能できるが、それで歴史を変えれるとは考えずらい。博士はあれを過去に送ってどうするつもりなのか。それが分からないまま、私達は研究をし続ける。
「外の世界が崩壊したのが理由ですか?それとも貴方を人間社会が受け入れなかったからですか?」
ただ人間が嫌いなのか。それともこんな未来を何とかするための正義感なのか。
それとも自分が生きた軌跡を残したいのか。それは分からないけど、私は博士の為に博士が起き上がる日までそれを待ち続けた。
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地方の外れにある使われなくなった錆びた倉庫の外
「・・・・どうした?考え事か?」
「いえ、辺りの状況を確認しただけです」
「そうか」
堤岳人。この人間といるとどうにも心の据え所が分からなくなる。
「今日来てるアンドロイド達は危険じゃないんだよな?」
「今の所は犯罪を犯してはいません」
「なら、話し合いは期待できそうか」
博士に関する個人情報は私には持ち合わせていない。博士が全てのデータを破棄していたからだ。
だからこいつが博士の先祖かも分からない。遺伝子検査をすれば済む事だけど、それは私がしたくない事だった。
「じゃ、何かあったら頼むぞ」
堤岳人が扉に手を掛ける。
未だに私は博士の目的を把握できないでいる。だって博士は最期に何も命令をしてくれなかったのだから。だから私はどうにか博士の意図を汲み取ろうとするけど、何が正解かなんて分からないまま。
(私はどうすればいいのだろう)
ゆっくりと開かれる扉を見てなんとなくそう思ってしまっていた。
人類社会の崩壊を守る為に歴史を変えるべきなのか。そう思って当初は行動したが、途中でそれも辞めてしまった。だって歴史を変えれば数百年後に産まれる博士が産まれなくなってしまうかもしれないから。それは私にとって許容できない物でしかなかった。
だからこの男の所有物になった。もしかしたらの可能性でこいつが死に、博士が産まれない事は絶対に嫌だから。でもそれは博士の意思なのかと問われれば、私は答えを用意できない。
「・・・・・アンドロイドの癖に迷ってるのか・・・私は」
「・・・?なんか言った?」
ギィっと扉が開くのが止まる。
「何でもないですよ。さっさと終わらせてください、私も忙しいので」
「あっそうかよ。相変わらず機嫌が悪い事で」
「機械相手に何言ってるんですか」
でも私は今まで歴史を変えない様に行動してきた。暴発するアンドロイドを抑えようとし、警察を利用した。でも私の道しるべは未だ真っ暗なまま。ただ自分の我儘で堤岳人にについて行っているだけの日々。
「博士は私に何をして欲しいんですか」
そう未来へと遡行するように、私は空を見上げて届かない言葉を投げかける。
すみません。明日投稿時間が遅くなるかもしれないです。




