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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第一章
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第四話 約束


 渚が来てから二回目の月曜を迎えた。

 海に行ってからは変わらず学校行ってアルバイトの日々。あえて変わったのを挙げるとすればバイト終わりの深夜に温かいご飯が用意されるようになったぐらい。


 でもそんなアンドロイドがどうとかよりも俺は自身の体に別の違和感を感じていた。


「これ風邪の奴だ」


 蜘蛛の巣が喉奥に張ったようなイガイガした感覚。心なしか体も怠い気がする。

 後頭部に出来た寝ぐせを治しつつ、そう自身の体調を把握していると、いつも通り既に台所に立っていた渚がこちらへと歩み寄ってきた。


「どうぞ」

「おう、せんきゅ」


 渚から受け取った体温計を脇に差し込む。

 バイトかそれとも先週の海か。どこで拾ってきたか知らないが今日はバイトも講義があるから休むには少し面倒くさい曜日だ。少し前からあった咳を放置したツケが回ってきたらしい。


(まぁ37℃台とかだろうし無理していくか)


 だがそんな俺の希望もむなしくピピと鳴った温度計には38.3℃の文字。そして俺の手元にある温度計を覗き込むように渚が頭を傾け、俺にそのつむじを向けてきた。


「おぉ高温ですね。今日は休んだ方が良さそうですが」


 そう俺にどうするか尋ねるように視線を上げてくる。だがそう言われても無理に外に出て周りにうつしたらまずい、がバイトのシフトを考えるとなると少し厳しそうか。

 そうやって考えながらもベットから出ようとするが、思った以上に体が重くてベットから腰を浮かせない。


「病院いけそうです?」


「・・・あーいやぁどうだろう。近場に無いからなぁ」


 歩いて20分弱ぐらい。行けなくも無いが学校と反対方向だから行くとなると講義には間に合わないのは確実。


(まぁ一回ぐらい休んでも良いだろうか。・・・・いやでもGPA下げたくないしなぁ)


 そう俺は根性を見せる時だと腰を浮かそうとしたのだが、それを優しく抑えるように渚の左手が肩に乗った。


「じゃあ私が診ますよ。薬は処方出来ないですけど病院に行くかどうかの判断材料にはなりますよ」


「・・・あーじゃあまぁ一応頼むわ」


 こんな所でアンドロイドと生活してた事が活きるとは。まぁ余程じゃないと行く気だけどやってもらう分には損はない。


「・・・・・え、おま━━」


 だがそう俺が思っていたのも束の間、渚の人差し指が俺の眼前へと迫ってきていた。俺はそれを咄嗟に握り止めるたのだが、不思議そうに渚が首を傾けた。


「何してるんです?」


「いやそれはこっちの台詞なんですけど・・・」


 俺の拒絶を受けてなお渚の人差し指がグイッと押し込んでくる。


「インフルエンザの検査で鼻に突っ込んだりした事ありません?それですから我慢してください」


「いやいやいや・・・・・指だよ?入んないってそんな・・・・」


 冗談かとも思ったが至って真面目なようだし、確かに感染症の検査で鼻に突っ込む痛い奴はあるにはあるけど、未来のアンドロイドならもっとまともな検査無いのかよ。


「子供じゃないんですから痛みぐらい我慢してください」


「そういう問題じゃ・・・・」


 そもそも絵面としても感情面でもこれを受け入れる訳にはいかない、そう必死に抵抗を続けるとふと渚がこれを見ろと言わんばかりにその人差し指を立てた。


「これなら入りますよ?」


「見た目どう見ても脳みそ吸いだす機械なんですけど・・・・」


 目の前にあった渚の人差し指が細長く銀色に変形し、先端に綿棒っぽいのが付いた見た目になっていた。だがそこで嫌がる俺に対していい加減痺れを切らしたのか、渚は抵抗する俺をベットに押し倒し抑えると銀色に光る人差し指を突きつけてきた。


「一般的な物と大差はありませんから。それに学校に行くにしても時間無くなってしまいますよ」


 人の体が覆いかぶさっているとは思えない程強く俺の体はがっしりと固定されていた。まさに体の造りの違いってのをありありと見せられた俺は、しぶしぶながら諦めて目を瞑ってそれが終わるのを待った。


(というかな・・・・・)


 そもそも押し倒された男の鼻に女が指を突っ込むとかいう、意味の分からない状況を認識したくなかった。こんな状況になってるの世界で俺一人な自信しかない。

 そんな思考をしている内に、鼻の奥に嫌な痛みを感じ両足を浮かべ我慢していると、数秒後にスルッと違和感が抜けていった。


「・・・ってぇ」


 俺は涙目になりながらも目を開き、覆いかぶさる渚を見上げるとすぐに人差し指が変形しいつもの人間の指へと戻っていた。そして少し考え込んだ後俺を解放すると言った。


「あーインフルエンザとかのそういうのじゃなくて細菌とかですかね。じゃあ次行きましょうか」


 そう言って渚は俺を起き上がらせ再びベットに座らせてきた。


「今度は何するんすか」


「さっきよりは痛くないので大人しくお願いします」


 何も説明をしないまま渚は俺の正面に回り左手を強く握ってくると、今度は俺の人差し指を突き出させ顔を近づける。


(・・・・・まぁさっきより最悪な事にはなりようがないか)


 そう諦めが入った感情で黙ってそれを見つめていると噛まれたような痛みが指先に走る。


「・・・・噛んでる?」

「ふぇふふぇふぃふぇんふぁふぇふ」


「・・・・・・そっすか」


 これまた異様な光景だけど俺の左手はがっしりとホールドされているため成すすべがない。だから俺はやけに人間っぽく個性のある渚のつむじをボーっと眺めるだけだった。

 そしてこれまた数秒後に俺の指から渚が離れるとまた考え込み出した。


「・・・っと、少し待ってくださいね」


 アンドロイドだから唾液もなんも何も無いが、無意識にティッシュで指先を拭く。だがやはりティッシュに付くのは自分の血液のみ。こういう所でこいつが人間じゃないのを感じるとは思わなかった。

 そして数分間気まずい沈黙の中俺は黙って渚が喋るのを待っていると、ふと検査が終わったのか顔を上げた。


「んーあーやっぱ細菌系の病気ですかねぇ、数値からして炎症起きてますし病院行った方が無難ですね。あとやっぱり周囲への感染リスクもありますから」


「・・・・・そうかぁ」


 語学だし飛沫感染とかありそうだしそれもそうなるかぁ。それに炎症って聞くとなんか怖いしな。

 そう悩みながらも休む事を決めた俺は一応の確認とフローリングで座る渚へと視線を向ける。


「てかどこが炎症起きてるんだ?」


「まぁ気管支とかでしょうけど、それ含めて詳細に調べるために病院行くべきなんですよ。あと指をティッシュで拭くのやめてください不快です」


 そう顔で不機嫌を見せながら俺の近くにあったティッシュ箱を取り上げられてしまった。


「・・・・すんません」


 アンドロイドもそういうのは嫌って感じるんだな。そう反省しながら財布の中に保険証があるのを確認しつつ、重い体を動かし着替えを進める。すると後ろからまたも何かあるのか渚が声を掛けてきた。


「ここまで言ってあれなんですけど、今日はバイトと講義は行けなくても大丈夫なんです?」


 少しその言葉に考えながら靴下を履き答える。


「・・・・語学の先生体調管理も学問の一部とかって言って病欠許してくれないんだよな。バイトも変わり見つけないとあれだし」


 あの先生学生課に訴えたらなんとかならないだろうか。課題提出もネットじゃなく紙だし色々古すぎる癖に授業内発表はプロジェクターでやらせるの何なんだか。


「まぁでも文句言っても仕方ないし講義はいいよ。バイトも何とか代わり見つければ」


 出来るだけ学費抑えたいからGPAは稼ぎたいのだけど、一回ぐらい休んでもまだ大丈夫なはず。バイトは・・・・・今日人少ないからなぁ・・・・・・。

 

 そうどうしたものかと考えながら服を着替え振り返ったのだが、どうやら俺の症状には幻覚もあったらしかった。


「・・・・・・説明は」


 ありのまま言葉にすれば渚の体はそこにあったが、その上に乗っているはずの渚の顔はそこにはなかった。言葉にしてもなお意味分からないが渚の体の上に俺の顔が乗っていて、アンバランス感から気持ち悪さしかなかった。


「ちょっと待ってくださいね体も合わせるので・・・・」


 そう言って渚の身長が伸び肩幅も広がり俺の顔と俺の顔が同じ視線で向かい合った。滅茶苦茶な奴だとは思っていたがここまでとは思わなかった。 

 そして調整の終わったらしい渚は俺の顔で俺の声で言った。


「私が大学代わりに行きます」

「いやいい。やめて」


 即答した。嫌な予感しかしないし正直言って気持ち悪い。だが渚はいつもの如く決めたら強情になってしまったらしく、勝手に俺の普段着に着替えながら言った。


「私はアンドロイドですよ。岳人さんを演じるなんて造作もないですよ」

「いや、ほんとに良いからまじで」

「何かデメリットあります?バイトまでやってあげるんですよ?」

「それは・・・・・」


 ・・・・・・それを言われると少し揺らぐ。病院行くなら診察代に薬代がかかるし、今週バイト休んで減る収入も痛い。だが、なんかこう言い知れない気持ち悪さというか嫌な予感が拭えないのも事実。


「・・・・絶対に余分な事するなよ。当たり障りなく周りと良好に常識を持って接しろよ。てか余分な交流はするな」


 結局自分の直感よりも目に見えた利益を優先する事にした。すると自信気に目の前の俺が笑うと胸に手を叩き言った。


「安心してくださいよ。何度も言ってますがアンドロイドですから」


 そう俺の顔が俺の声で言っているのが不気味そのものでしかないが、渚もこう言っているし良いか。いつまでこいつと話してると鏡と話ているみたいで精神までもおかしくなりそうだし。


「じゃ何かあったら連絡しろよな」

「はいはい分かってますよ~」


 そうして俺はダウンを着込み不安と共に病院へと寒空の下向かって行ったのだった。


ーーーーーー


「さて行きますか」


 岳人さんが家を出てから十数分遅れて私も家を後に大学へと向かう。丁度こんな機会が来るとは予想していなかったが、これならあちらからも接触してくるだろうか。せっかく1人になってあげてるのだから早い内にしてきて欲しいのだが。

 そうやって周囲の反応を探りながらも歩くが、結局それは無く大学の講義室へと足を踏み入れる。


(まぁでも今は岳人さんの代役。幾つかの友人はメッセージ履歴からどんな関係性かは察していますし大丈夫でしょう)


 そんな思考をしながらも足を止めることなく岳人さんの席へと腰を下ろす。どうやら隣には女大生がいるらしいが、岳人さんの携帯と連絡先は繋がってないらしい。それならばそこまで思考を向けてコミュニケーションを気に掛ける必要性も無さそうか。

 

 だが私の認識外でそれなりに関係があったらしく、女大生から会話を投げかけてきた。


「・・・・・・なぁ」

「ん?なに?」


 もう少しどもった方が岳人さんらしかっただろうか。いや、この子もあまり違和感を抱いてはいなさそうなのを見ると、それぐらい気にしなくても良さそうか。


「前食堂の外で話してた奴誰なんだ?」

「食堂の外・・・・?」


 大学に来たのは先週の月曜以来で、岳人さんの私的な大学での出来事は把握していない。今から学内の防犯カメラのデータを見るには会話にラグが起きてしまう。ならば下手な事は言えない以上とぼけるのが正解か。


「あー亮太の事?3限が一緒でさ━━」

「いや女。見たことない奴だったから」


 ふむ、女性ですか・・・・・・。岳人さんのトーク履歴からして親密そうな女性は居なかったはずですが、実際に見たというならいたのでしょうけど・・・・。


「それっていつの話?」

「ちょうど先週の月曜だよ。まあ答える気ねェならいいわ」


 そう言って女大生は少し不機嫌そうに頬杖を突いてそっぽを向いてしまった。

 だがそれよりも月曜の事だとなると、恐らく私の事を指していたのだろう。あまり関係も深くなさそだが、私の事を気にする理由でもあるか。そう思考するが結果明確な答えを出す事が出来ずとりあえずの納得をした。


 これだけ外見が良いと気になりますか、私綺麗ですし。


 今は違うけどと付け足しつつも思考を終え、私は文具を取り出し静かに講義を待った。その間それから隣の女大生は話しかけてくる事も無く、講義が始まったのだがアンドロイドである私にとっては全く意味のない物だった。


 でもそんな中に少しだけ面白い物があったとすれば。


「・・・・岳人さん」


 返されたテスト用紙には72点の赤文字。点数だけ見ればそれなりだが平均は86点となるとそれは話は変わる。前日に私が来た事を加味しても少々やらかしたという奴だろう。

 これを岳人さんに見せたらどういう反応をするのだろうか、そんな思考をしているとそのテスト用紙に影がかかった。


「おまえ思ったより頭悪いじゃん。自信あるんじゃなかったのか?」


 さっきは機嫌を損ねてしまったかと思ったが、私を・・・いや岳人さんを煽る様に女大生がしたり顔で自身のテスト用紙をひらひらさせていた。


「と言っても君も点数はそこまででしょ」

「でもおまえより高えよ」

 

 たかだか5点差で何を言っているのだろうか。だけど下手に人間関係を動かす訳にはいかないですしここは冷静に対処せねば。

 そう私は岳人さんの情けない笑い方を真似しつつ頭を掻いて言った。


「いやぁ英語苦手でさぁ。今度分からない事あったら聞いても良いかな?」


 人は教えるという行為が好きな生物だ。会話の体感この女大生は岳人さんに悪感情は無さそうだから、これぐらい言っておけば人間関係に悪影響は出ないはず。

 

「・・・・・・・」


 ・・・・なぜ黙る。対人の会話で岳人さん以外は初めてですが、知識と演算だけで言えばそこらの人間のコミュニケーション能力を超えているはずなのだが。


「まぁじゃ━━」


 そう女大生が何か言いかけた所で講師が手を叩き騒がしかった教室を静かにさせた。どうやら講義を再開するらしいが、まぁ女大生の続きは後で聞けばいいか。


 そうして淡々と意味のない英語の講義が進み、1時間と20分程でチャイムより早く講師が講義の終わりを告げた。どうやら他生徒は昼食に急ぐらしくそそくさと教室を出て行っていたので、私もとりあえずそれに倣って立ち上がる。


(まぁ食事は必要ないですしトイレの個室で待機しますか)


 そう鞄を手に取った時ちょうど女大生・・・いやスマホの個人情報からして浜中結衣か。この子は岳人さんの人生には関わるかもしれないから慎重に挨拶をする。


「あ、じゃあまた来週」

「・・・・おう」


 どうやら機嫌の上下が激しい子らしい。心ここにあらずと言った感じで私を見ていない言葉だった。

 だが怒りの感情は感じなかったことからとりあえずは大丈夫そうだと判断し、今度こそ講義室を出ようとしたのだが、服の裾を引っ張られまた足は止まる。


「・・・・なんです?」

「連絡先。来週ペアワークするから資料作らないとだろ」


 岳人さんそんな事言って無かったですけどもしかして忘れてたのでしょうか。確かに講義冒頭で生徒が英語でプレゼンをしていましたが・・・・。


「今日携帯充電忘れててさ。電話番号でも良い?」


 ここから岳人さんの携帯は自由に操作出来ますけど、この場には携帯自体を召喚する事は出来ないですし仕方ない。また岳人さんに日を改めて連絡先を交換するよう伝えれば良いですかね。


「・・・・おう、じゃあまたこっちからかけるわ」

「はい。じゃあまた今度」

「・・・・・っす」


 人間関係が悪くなるよりむしろ好転したかもしれない。岳人さん女性経験無さそうですし、これは逆に感謝される事をしたかもしれないですね。


 そうして一応名目上の役割を果たしその後の講義とバイトを乗り切った私は、寒空の元帰路に就いたのだった。


(1000年経っても星空は殆ど変わりませんか)


 そんな意味も理由もない思考に一瞬リソースを奪われたが、すぐに私は目の前に現れた反応へとそれを向ける。

 どうやらやっとお出ましの相手らしい。そう電灯の明かりの向こうに隠れる私と言わば同種に声を掛ける。


「初めまして。って表現が正しいですかね」


 そう暗闇に投げかけた言葉に返事をするようにして、コツコツと足音が返ってくる。そしてスポットライトの様に電灯に照らされたそれは、現実世界には不釣り合いに目立つ長い銀髪の女性、いや女型アンドロイドが姿を現す。


「たかだか機械にそんな儀礼的な物必要ありませんよ」


「じゃあ今日はどんなご用件で」


 人間で言う面識があると言われればないとも言い切れないがあるとも言い切れいない相手。だがこの個体にとって私が有益ところが有害な存在である可能性が低い、そして私の生活を妨害し得る以上、少しでも情報を引き出さなければ。


「最近はどうしているのかなと気になりまして」

「権限はあるのですからお好きにのぞき見すればいいのでは?」


 すぐに本題に入ろうとしない事に違和感を覚えつつ、私は意図は何だと催促をする。だがこの個体にも感情が搭載されているのかそれとも意図的に作ったのか、少しだけ眉を上げ怒りの表情を見せた。


「どうやら君に対するそれは制限されているようでね。あの人も色々特別扱いして何が目的でこんな事を・・・」


 あの人?そもそも私は人と接触した事すら無かったはずでしたが、もしかして製造者が何かしたのでしょうか。そうメモリー内を漁ってもそもそも人間と接した事が無く、やはりその人とやらに該当するものはない。


「ですがやり方はいかようにもあります」


 そう目の前のアンドロイドが言うと同時に少し離れた所から反応が3つ程出てきた。いくらのアンドロイドが来ているのか把握していないが、やはりこいつが主導して過去に送った側であるのは確実って事らしい。


「痛いのはやめてくださいね」


 今日の岳人さんの真似が抜けていなかったのかそう冗談を投げかけてみたが、目の前のアンドロイドは目を細くし私の脇を通り抜ける。


「少し特別だからってそういった言い回しするのどうかと思いますが」


 やはり疑似感情があるのではないのか。反応からして考えられたがやはり得られる情報からは、目の前のアンドロイドはかなりの旧型どころか初期型の骨とう品でそれはありえない。改良はされているだろうけど、恐らくただ設定された人格をエミュレートするように設定されているだけなのだろう。

 

 そんな予測を立てつつも少しだけ探りを入れるように私は半歩後ろを歩きついて行く。


「貴方も機械のくせして”思ってる”んですね」

「適当な語彙が無いだけで、円滑な会話の為です」


 だがどうやら相手は私の破壊が目的ではなく会話である。それは確実である事を確認した私は、そのアンドロイドに続いて人気のなくなった深夜の公園へと続いて行った。


ーーーーーー


 焼香の芳しい香りに坊さんによる読経、それにチラホラと聞こえてくるすすり泣く声。

 私。相野穂高は友人の門浪の葬式へと参列していた。事件から一週間も経ち報道は落ち着きつつあるが、門浪に関りがあった人らにとってはまだ落ち着けるほどの時間では無かった。


(・・・・にしても人が多いな)


 所々知っている顔はあるが参列者が予想以上に多い。事件の被害者だから小規模でやる物だと思ったが、門波の娘の意向だろうか。

 だがそれ以上何か考えるわけでも無く、読経を聞き流しながら私は門浪との事を思い出していた。


 あいつと出会ったのは大学のサークルでの事だった。

 最初は真面目で堅い奴って感じで正直苦手だったが、やけに講義やらで一緒になる事が多くて気付けば仲良くなっていた。だがそれぐらいなら大学内だけの付き合いで終わる物だが、社会人に出てからも私達の関りは続いた。


「お前が裁判官ってイメージ通りだな」

「そっちは意外だったけどな。警察とかいけそうだろ、アメフトやってたんだし」


 いつの事かは覚えてないが互いに仕事が落ち着いて来た頃。互いに落ち着いてきた頃に会った俺達はそんな会話を飲みながらしていた。ぼちぼち連絡のつかなくなる同期が多い中、こうやって関係が続いているのは感謝でしか無かった。


「つったって仕事選べるような社会じゃねぇだろ。働けるだけありがてぇよ」

「まぁな。俺も時間かかっちまったし親に金返さねぇと」


 門浪は下戸な癖してビールに口を付けるものだから、既に顔が赤くなってしまっていた。真面目な癖してこういう見栄っ張りな所はこいつの性質って奴なんだろう。

 そんな事を思いつつ俺も負けじと酒を喉に流し込み、イメージできないが自分の将来を考えてみる。


「ほんと就職出来るだけ感謝だよ。あとは嫁さん捕まえて子供こさえて家建てて普通の大人になれたらな」


「・・・・今の世の中見てるとそれも贅沢になってくのかねぇ」


「さすがにそりゃねぇだろ、またいつか上向くときが来るだろ」


 だが今思えばこの時楽観していた私の仲での普通の大人にはなれず、悲観していてた門浪は仕事でも出世し離婚こそしたが子供だって出来たってのに。


 でもそれも今では。


(まだ子供が大学生だってのに殺されちまってよ)


 成人式の振袖がどうとか楽しそうに言ってたのによ。こんな所で死んじまって、まだ多感な時期に親を亡くすのがどれだけきついのか分かってんのかよ。


 だがそうは責めてもあいつは全くの被害者。愉快犯なのか義憤に駆られた頭のおかしな奴なのか知らんが、そんな奴にあんないい奴で娘想いで真面目だった門浪が殺されなきゃならんのか。

 それに私にとっても唯一と言っていいほどの友人で、最近またよくの会うようになって悲しくなるタイミングで殺されやがって。


 そう自分が思う以上に友人の死がショックなのか胸が締め付けられる感覚を覚えつつも、どうやらご焼香が始まるらしく席を立つ。


 そうして私の番を迎え歩いていると、茶髪に眼鏡をかけボサボサになった明らか憔悴したような女の子と視線があう。  

 あれは門浪の娘さん、確か名前は千春さんだっけか。あいつに似て癖ッ毛な子だけど、今は状況が状況なだけに荒んでいるのもあるんだろうな。


 ここ1年ぐらい門浪つながりで関りはあったが、特段何か関係がある訳では無い。だが門浪の奴嫁に逃げられてから不安なのか、呑むと口癖みたいに俺に何かあったら頼むって頭下げてきたしなぁ・・・。


 そんな事を考えながら一礼をし焼香を済ます。だが棺桶は閉じられ中を確認する事は叶わない。


(・・・・・流石に火事だと顔は見れないか。最期ぐらい見たかったんだがな)


 それからは淡々と葬式は進んで行きあとは出棺を見送るだけだったのだが、ここで意外な事が起きた。


「相野さんですよね?お久しぶりです」

「え、あ、はい・・・お久しぶりです。この度は━━」


 突然話しかけられ驚きつつも、振り返ると門浪の娘が私を見上げてきていた。だが私の言葉を遮る様に千春君が言葉を続ける。


「この後もご一緒しますか?父からは特に仲が良かったと伺っていたので」

「え、あ~いや私は・・・・」


 門浪本人とは関りはあったがその親族周りとは全くだった。下手に俺が行って邪魔する訳にはいかないと思い断ろうとしたのだが、流石にそれは死んだあいつに不義理でもあるかとも思い直す。

 

 そう考えた私はやはり友人とはしっかり別れようと思い頭を下げる。


「・・・お邪魔でなければ是非お願いします」

「分かりました。じゃあ行きましょうか」


 そうしてそさくさと火葬場へと移動したのだが、門浪の親族らしい親族の姿がどこにも見えなかった。


「・・・他の方は?」

「母方の親族は連絡が取れず、父方の祖父母は既に他界してます」


 それでもいとこなり遠縁の人が助けてくれそうに思うが、事実この場にいない以上事情があるだろうとそれを今この子に言う事は流石に私には出来なかった。だから黙って読経を聞き娘さんが焼香するのをただ眺め、俺はかつて友達だった物が火葬されるのを見送った。


「父が何かあったら貴方に頼れと言われまして。この後少しお時間いただいても?」


 頼るなら警察の方が良いのでは、そう喉元まで出かかったが寸での所で押し留める。わざわざ私を頼ると言う事は何か事情があるのではと。


「お力になれるか分かりませんが」

「・・・・・感謝します」


 だがこの子やけに落ち着いている。既に涙は枯れるほど出たって奴かもしれんが、それにしては雰囲気が悲しみとは別の方向で重いというか有体に言ってしまえば異様だった。それこそ復讐をしようと覚悟を決めているかのような━━。


「骨。拾いましょうか」


 そう言った彼女のレンズ越しの瞳はひどく歪んで淀んでいるように見えた。


ーーーー


 葬式を終え私は駐車場で自身の車にもたれ掛かり一人待っていた。

 正直何を聞かされるのか聞かれるのか、それが分からずソワソワしていたが私にはどうする事も出来ず、気付けば煙草に火をつけていた。


「・・・・・・・」


 息と煙が混じり合って白く空へと上がっていく。辞めよう辞めようと思っても、結局タバコは死ぬまで手放しそうには無かった。


 そうしてしばらく門浪の娘を待つ。私自身何か要らぬことに首を突っ込んでいる予感はするが、それこそ死んだあいつと娘の下げられた頭を無下に断れない。


(それに門浪の頼みだしな)

 

 そう二本目に煙草に火をつける。


 せめて友人の願いぐらい私が叶えてやらなくてどうする。

 それに友人って言っても、どんどんと友人が消えて行き疎遠になる中ずっと私と一緒に付き合ってくれた、親友とも腐れ縁とも言える奴の願い。死人の想いに応える気概ぐらい私に残っていると思いたい。


(墓参りした時に千春君の事しっかり報告しなくちゃな)


 雪に混じって白い煙が昇っていく。

 

 私にできる事は限られているとは思うけど千春君も頼ってきている以上応えよう。大層な事を出来る自信は無いから、署名活動とかの手伝いがせいぜいな気もしてしまうけど。


 そう自嘲気味な笑みが漏れるとともにコツコツと足音が耳に入ってくる。出しかけた三本目の煙草を仕舞う。


「吸われるんですか?」


「あ、いや・・・そうだね」


「私も吸ってみても良いです?」


 そう差し出された右手を私は優しく振り払う。


「まだ20になってないよね?」


 確か誕生日が成人式の人一緒だとか言っていたのを覚えている。


「別に数か月ぐらい変わらないですよ。父も偶に隠れて吸ってましたし経験してみたいだけです」


「・・・・・・・・それは自暴自棄になったつもりなのかい」


 父親とそっくりで真面目で礼儀正しい子で、自分も裁判官になるって勉強しているって聞いていたんだが。それに少ないが関わってきた中でも所謂ルール違反というものを毛嫌いしていたと思うのだが、これも父を失ったショックだろうか。

 

 だが彼女の状態は私が推し量れるものでは無かったらしく、千春君は白い息を吐いた。


「自暴自棄にはなりませんから。犯人を殺すまでは」


「・・・・・復讐をするつもりと」


 この子が父である門浪を慕っていたのは良く知っている。だがここまで極端になってしまうとは。


「そうです。父は許さないでしょうけど私はやります」


「・・・・・・」


 止めるべきなのではあるのだろう。だがそれをするための言葉を私は持ち合わせてなかった。

 この子、千春君は自身が目指した司法にも裁判官だった父にも逆らって復讐すると言っている。並大抵の覚悟じゃないのは伝わってくる。それを止めるべきなのかも分からないし、それが私にできるのかも自信も無い。


「そこで貴方に協力して欲しいんです」


 困惑する私を無視しして千春君は言う。レンズが光を反射し目元は見えないが、私を見ていたと思いたい。

 そしてその語気から本気なのを理解した私は、少しでも穏便な方法を模索するように一度車から体を離した。


「嫌だと言ったら?」

「一人でするまでです」


「・・ここで私が止めたら?」

「父に嫌われる覚悟はあります」


「・・・じゃあなんで復讐を?」

「唯一の家族が死んで理由要ります?」


「・・・・・犯人が警察に捕まって司法に裁かれるのを待つのは?」

「それまで何年かかると思っているんですか」


「・・・・・・・・・仮に復讐が終わったらどうするの?」

「司法に裁かれたくないですから自死を選びます」


 危ういというかもう引き返しのつかない所まで行ってしまっているらしかった。

 ここは大人として友人の頼みを引き受けた立場として、私は責任をもって止めないといけないのは分かっている。


「父が許す行為では無いのは理解してますが、生憎私が行くのは地獄ですから」


 こんな事に首を突っ込むなんて馬鹿だし、それこそ門浪が望む方向での娘の助け方ではない。

 

 そんな事は言われなくても分かっている。

 

「だからその手伝いをして欲しいのです」


 同じように両親を早くから無くしてたから勝手に同情しているだけなのかもしれない。

 苦しかったあの時洗面台で見た今にも死にそうな俺と同じ目をしているからかもしれない。


「強制はしません。もしかしたら貴方も私と同じ気持ちと勝手に期待しているだけですから」


 でもどこか昔の私に目の前の子が被ってしまう。


「一緒に地獄に行きませんか?」


 暗い・・・・暗くて歪んだ目だった。でもそれはどこまでも真っすぐで、でも簡単に折れてしまいそうな危うさもあって。

 

 私は肺に冷たい空気を押し込んだ。

 今からする選択が正しく無い。でも力の無い私が出来る精一杯がこれだった。


「・・・・・・・・手伝う。だが自殺はダメだ」


 ジッとレンズ越しの千春君を見る。

 

「復讐したらちゃんと一緒に司法に裁かれるぞ」


 まさか私が受け入れると思っていなかったのか驚いたように少しだけ息を飲んで目を見開いていた。

 

 きっと門浪の奴もこんな選択を見たら怒るだろうな。そんな事をあいつと似たたれ目をした彼女の返事を待つ。


「・・・・じゃあお願いします」


 頭をそう言って下げてきた。が、その上げた目からは死の匂いは全く消えていなかった。

 これを私は出来るだけ早くかき消して先を見れるようにする。出来るか分からないが、門浪の為にもこの子を死なせるわけにはいかない。それにそもそも今の彼女にはきっと時間が必要なのだろうから。


 この子が嘘をついていたとしても傍にいなければ。そう差し出された手を握り返す。


「これからはどうするつもりで?」

 

 だがいつも俺の予想は外れるらしく、彼女の口からはまた突飛な単語が飛び足して来たのだった。


「・・・・・じゃあまず、アンドロイドという単語について知っている事ありますか?」







 


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