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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第三十九話 水面下

すみません!遅れました!


 あの山田とかいうアンドロイドと接触してから1週間

 あれから顔を合わせて何かをするわけでも無く時間は過ぎるが、俺は言われたとおりに日常生活を送る様にしていた。


 と言ってもまだ3月の春休み。これから忙しくなる事を視野に入れつつ、俺は空いた時間をバイトに出れるときに出れるよう励んでいた。


「・・・・うし今日も終わり」


 ちょくちょく俺からは山田に連絡をしてはいるが、まだ調査中の一点張り。一応嘘はついていないと思うが、アンドロイドだし如何せん信用しきれない。


「おつかれさまでーす」

「あ、お疲れ。堤君今週末は入れないの?」

「あーちょっと予定があって・・・」

「あー、んーおっけ。気を付けて帰ってねー」


 またアルバイトが飛んだらしくシフトを組むのが大変らしい。でも俺も出来るだけ入っているが人手不足の世の中らしい。


 そして裏口から外に出れば、時間は15時という何とも言えない時間。もっとシフト入れはしたが、今日は結衣のお見舞いに行く日だった。


(今も渚は俺の事見てんのかな)


 山田の話だと渚が浜中さんに危害を加えたらしい。それを鵜呑みにすれば俺にあいつが執着しているって事なんだろうけど、それはそれで目的が分からなくて余計に怖い。アンドロイドに恨みとかそういう感情があるのだろうか。


 それに結衣の事もある。あまりに俺の周りで色々起きすぎて、状況の整理も出来ないしで胃薬への出費が増えるばかり。


「あ、面会できた堤です。712号室の浜中さんに」

「16時にご予約のですね~少々お待ちください」


 そうして病院に到着すると、いくつか手続きが済むと俺は結衣の病室へと向かう。俺は入院経験は無いから身近に感じないけど、こういう他人との共同生活って大変だろうなって勝手に思ってしまう。


「1週間ぶりかな?体調大丈夫?」


 多分6人ぐらいいるんだろう。そんな集団病室の内、1つのカーテンを揺らして俺は小声で挨拶をする。すると前よりも少し白くなった気のする浜中さんが笑って答える。


「イチゴ持って来た?」

「ご要望通り持ってきましたよ」

 

 見た目とは裏腹に話してみると元気そうに感じる。まぁ入院生活ってだけでもストレスだろうし、見た目に変化は起きてしまうか。


「すぐ食べる?」

「いや、後で良い。今ちょっと薬で眠いから」

「あ、じゃあ俺いない方が良い?」

「・・・・時間に余裕あるならいて欲しい」


 そう言われたら帰る訳にいかないじゃないか。そう俺は椅子に腰かけると、気付いた頃には結衣が寝息を立て瞼を閉じていた。


「・・・・・・」


 人の寝顔をまじまじと見る機会は無い。けど俺はそれに対する物珍しさよりも、罪悪感の感情の方が大きかった。


「・・・・・・ごめん。ほんとに渚のせいで」


 俺が今更謝った所でなのは分かっているけど、俺があいつを手放したせいでこうなったのも事実。でも俺がこうやって言うのも自己満足でしかない。


 そんな事を考えながらもスマホを弄るのも違うかと、時間を潰すように彼女用の棚のような物に目が行く。本が置いてあるけど、読書家だったらいい。


「・・・・SF作家のか」


 名前だけは知っている人。有名だからいつか読もう読もうと後回しにしてた人の本だ。入院生活も暇だろうし、今度俺も本を差し入れたら喜ばれるだろうか。


 するとガラガラと部屋の扉が引かれる音がする。他の患者さんのお見舞いか看護師の人か、そんな事を想いつつその足音を聞いているとどうやらそれが近付いているらしかった。


 ジャラ


 俺の背中側のカーテンが雑に揺れその人が俺を見下ろす。


「誰です?」


 女の人。多分歳は3、40代の人だと思う。結衣のベットに来たと言う事は、この人が母親なんだろう。だから俺は咄嗟に椅子を立ち、頭を下げる。


「あ、浜中結衣さんと同じクラスの堤岳人です。お見舞いにお伺いに来させていただいていて・・・・」


 俺はそう言いつつチラリと様子を伺うが、ただ無言でカーテンを握ったまま俺を見下ろす推定結衣の母親。俺はどうしたら良いか分からず、言葉が尻すぼみに小さくなっていってしまった。


「・・・・・で、結衣の何?」

「いや、だから友達で・・・・あ、これお見舞いの品なんですけど」


 浜中さんの話を聞いている感じ、俺の想像する一般的な母親像では無いのは分かっていた。けどここまで圧をかけられるとは。そう焦りながらも、持って来たイチゴのパックを差し出そうとするが、それを汚いものとでも言わんばかりに振り落とされる。


「・・・・あ、え・・・っと」


 中身は零れていない。でも俺らの異様な会話のせいか、心なしかカーテンの外が静かな気がする。


「大学生なんてどうせ下心しかないんでしょ」

「え、いや・・・・それってどういう・・・・?」


 エアコンのせいだろうか。余計に冷や汗をかいている。

 前電話越しに聞こえた声だと、そこまで厳しい人な印象は受けなかったけど、今俺が受けている圧は相当な物だった。


「男なんて口ばっか。結局いつも不幸になるのは私達」


 俺が拾おうとしたイチゴを先にそのスリッパで踏まれる。俺は行き場の失ったその右手をぶらつかせたまま、どうしたらいいか分からずその人を見上げる。


「お邪魔なら俺帰ります・・・・、結衣さんによろしくお願いします」


 殆ど話していないし、約束のイチゴも食べさせられなかったけど仕方ない。多分俺はこの人の何か逆鱗に触れてしまったのだろう。そう俺が腰をあげようとすると、ベットから衣擦れの音と少しだけ乾燥でガラガラした声がする。


「え、母さん?何してんの?」

「何してんのって、母親だから当たり前でしょ。それにそれはこっちの台詞なんだけど」


 俺はゆっくり顔を上げ、ベットで起き上がる浜中さんへと視線を向ける。すると何か察したように浜中さんは頭を抱えて、ため息をつく。


「あぁ・・・・もう。母さん。頼むから帰って。今日は本当に」

「帰ってって私母親なんだけど?わざわざ時間空けて来たってのに男いるし、なにこれ?」


 気まずそうに結衣が俺を見る。それに段々とヒートアップしてしまっているのか、結衣のお母さんは病室なことを忘れて大きな声になっている。でもそれをなんとか宥めようと結衣は声を抑え説得を試みる。


「男とかじゃなくてさ。心配で見舞いに来てくれただけだから。本当にそう言うのじゃないから落ち着いて」

「そんなの信じられるわけ。てかさ、もしかして前どっか行ってたのもこいつ?」

「だから・・・・もう・・・・」


 どうするのか。他の患者さん達も気付いているのか、静かになってしまって余計に二人の会話が病室に響いて、沈黙になれば暖房の音だけが辺りによく響く。

 

 肩で息をして結衣を睨む母親。困ったようにというか俺に申し訳なさそうにする浜中さん。

 沈黙が気まずい中、慌ただしく病室の扉が開けられその足音は近くまで寄ってくる。


「浜中さん~?どうしました~?」


 看護師の人が母親の肩に優しく手を置く。誰かが知らせてくれたのだろうか。でもそれでも止まらないのか、その看護師の手を振り払って不機嫌そうに言う。


「なんでもないですから。お気になさらず」

「でもまだ入館手続きしてないですよね?一度受付までお越しいただいても良いですか?」

「私この子の母親なんですけど?」

「それでも決まりなので~ご協力お願いします~」


 あくまで体に障らない様に看護師の人が、ドアへと誘導しようとする。それでも母親は不満気と言うか、ブツブツ何か言っていたがこれ以上粘るつもりは無いのか俺らから背中を向けるが。


(そんなに睨まないでも・・・・)


 次俺が結衣と会っている所見られたら、殺されるんじゃないかってぐらいに俺を睨んできた。そしてカーテンが揺れ、またガラガラと病室の扉が開けられ閉められる。


 また沈黙と暖房の音が響く。俺はイチゴを拾い上げながら結衣の方へと向き直る。


「また買ってくるね。今日はなんかごめん」


 タイミングが悪かった。もう少し俺が時間を正確に伝えれていれば起きなかった事だから。すると焦ったように早口で結衣がまくし立てる。

 

「あの、ほんとに気にしないで。あれ最近彼氏に振られてちょっとおかしいだけだから。いつもは普通だから」

「分かってるよ、大丈夫」


 いつもは愚痴を言う結衣でも今回ばかりはフォローせざる負えなかった。

 別に俺の母親も似たような感じだったから、別にそれに関してどうとかは思わない。でも本人は身内の恥を見られたと感じたのか、気持ち前向きになって俺を見上げる。


「また、お見舞い来て。今度は絶対あいつ来ない日伝えるから」

「じゃあまたイチゴでいい?」

「それは・・・・いいよ。流石に悪いから」


 でも思った以上に結衣がテンションが低くなってしまっていた。いつもならさらにお見舞いの品要求してくるかと思ったけど、よっぽどあれが申し訳なく感じているのだろうか。


「じゃあリンゴ持ってくるから一緒に食べようか。俺も食べたいし」

「あ・・・うん・・・ありがと」


 と言っても俺が次いつお見舞いに来れるか分からない。時間を見つけて来ようとは思うが、あのアンドロイドの山田の事もある。


「んじゃあまた。早く治してね」

「・・・・うん、ありがと、そっちもバイト頑張って」


 心なしか結衣が寂しそうな感じはしたが、俺もあまり長居する訳にもいかないし、いつ母親が戻ってくるか分からないのもある。だから最後まで笑顔だけは絶やさないようにしつつ、カーテンを揺らす。


「あ、・・・・・っす」


 他の同室の人たちの視線が刺さる。

 俺は軽く頭を下げつつ針の筵の中病室を出、母親とばったり会わない様気を付けながら外へと出る。


「・・・・・・山田か」

「えぇ。大変でしたようで」

「まぁな」


 こうして面を合わせて接触するのは契約を結んでから一週間ぶり。渚の事もあって接触がバレないよう準備するのが大変らしい。


「で、進捗あったんだよな?」

「・・・・4組のアンドロイドとその所有者とはコンタクトは取れました」

「じゃあ日程調整して会おう。千春さんが先に見つけ出す前に」


 千春さんを見つけられないのなら、その標的になっているアンドロイド達を集めておけばいい。そうすれば千春さんがこれ以上罪を重ねる事も無いし、俺らも草木を掻き分けてあちこち探す必要が無くなる。


「警察への警戒も大変ですし、私自身前所有者の警官に不審がられてますよ」

「上手く誤魔化すって話じゃないの?」

 

 歩きながら俺がそう聞くと、露骨に不機嫌な感じを出しつつ山田は言う。


「誰かが要らぬ業務を命令したからでは?そのせいで単独行動する事もありましたし」

「あぁそういうこと」


 手下のアンドロイドが3か4体いるって話だったけど、その辺も役割分担しているのだろうか。俺はまだ会ったことないからその辺の情報に乏しいが、どちらにせよあまり山田を連れまわす訳にはいかないか。


「ま、でも何はともあれだ。場所のセッティング含め決まったらまた連絡よろしく」

「・・・・次はこちらの要求も飲んでもらいますからね」

「分かってるよ。約束は守る」


 俺に使われているのが余程不快らしい。あの時ちゃんと所有者として契約をしてよかった、じゃ無かったら急に背中を刺されたかもしれないな。


 そうして俺らは会話無く三叉路を別方向に進み、その日はこれ以上何事も起こらず終わって行ったのだった。


ーーーーーー


 埃に海風で錆びた鉄。そして生臭い血の匂い。


「アンドロイドを庇おうとするなんてね」


 堤と山田が接触する少し前、まだひどく寒い2月の事。人目のつかない倉庫に門浪千春とそのアンドロイド、そして一人の人間と機能を停止したアンドロイドがある。


「どちらにせよ口封じする予定だったのですから変わらないのでは」

「それはそうだけど」


 まだ人には息があるのか、弱々しく息をしながら私を睨む。


「なんで・・・こんな事・・・・・・」

「アンドロイドは危険ですから」

「お前だって・・・それ・・・・」

「あぁ、これも終わったら破壊しますから」


 男の所有者と女のアンドロイド。ここまで入れ込むって事は恋人まがいの関係にでもなっていたのだろうか。

 そんな事を考えながらナイフを手にすると後ろからアンドロイドである太郎が言う。


「私がやりましょうか?」

「いや自分で殺すから」


 まさか自分がこんな事をするとは思わなかった。でも誰にもバレずににアンドロイドを破壊し続けるとなったら、その所有者の存在はあまりに邪魔だから仕方ない。それに今回の場合は巻き込み事故みたいな物だった。


「謝らないから。恨んでくれても構わない」


 ナイフを振り上げる。男が酷く怯えたような顔をして、動かなくなったアンドロイドの右手を握る。


「じゃあまた」


 思ったよりも女の力でもすんなりと入っていくナイフ。でも嫌に心臓の脈拍を刀身が伝えて気持ち悪い感覚。そしてそれを抜き去り血が流れ出て衣服に染みていく。


「これでもう引けない」


 この手は真っ赤に染まった。もう振り返る事もやり直す事もできない。

 あとは全てのアンドロイドを、あのアンドロイドを破壊する。その目的の為に進むだけ。


 太郎に死体とその所有物だったアンドロイドの処理を任せ、私は倉庫の外に出て海へとナイフを投げ捨てる。


「堤君。今何してるかな」


 あのアンドロイドの事なんて忘れて幸せに暮らしてくれていれば良いけど。もう苦しむのは私だけで良い、それに堤君を私の我儘でもう巻き込みたくない。


「終わりました」

「ん、じゃあ行こうか」


 潮風でかき消せない程の生臭い血の匂い。


 それだけが嫌に鼻の奥に染みついて掻き消えてくれなかった。


 でも私は一歩また一歩歩む事を止めずに、次へと進んで行ったのだった。

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