第三十六話 そばに
3月
大学生2回生にとっては特にこれと言ったイベントは無く、偶に友達と遊び基本はアルバイトにいそしむ日々
「いらっしゃいませ~」
この所は週5でシフトに入ってる。悲しい事に予定もあまり入っていないのもあるが、来年度の就活でバイト出来ない事を考えると今のうちに稼いでおきたかった。
「レジ袋ご利用なりますかー」
こんな単調な日々、そう思うのもそれは12月と1月が濃密にありすぎたせいなのかもしれない。元々俺はこんな生活をしていたのだから、あの2ヵ月がおかしかったのだろう。
「レシートと320円のお返しになりますー」
渚を手放してから2ヶ月。何か大きな事件が起きるわけでも無く、連続殺人の犯人は捕まり事件は沈静化。まだ協力者がいるとかなんとかで捜査本部はあるらしいが、もうニュースでは耳にすることは無くなった。
「トマトが・・・6個ですねー」
それに後変わった事と言えば、千春さんと連絡が取れなくなったことだろうか。渚があんな事をしたのだから当たり前なのかもしれないが、そもそも連絡すら絶たれると俺も苦しい所があった。
「お会計5210円になりますー」
でもこれで本当に俺は部外者になったって事だ。アンドロイドの事なんてもう関係も無いし、関われる事も無い一般人。何も出来ずただ無力だっただけの男。
そんな思考を巡らしながらも俺はレジを打ち続ける。いつまでも成人式の事が脳裏にチラつくせいで、レジをやるたびにこうやって似たような事を考え続けてしまう。
「らっしゃいませー・・・・って浜中さんか」
「相変わらず死んだ顔してんな」
そんな中で変わらないのは浜中さんとの関係ぐらいだろうか。春休み中になっても、浜中さんがここのスーパーを使うからレジで顔を合わせる事もしばしば。といっても、それ以外で会ったりはしないからよっ友という奴かもしれないが。
「今日はシチュー?」
「そ、そろそろ暖かくなるだろうから最後に」
年明けの講義。と言ってもテスト終わりの事だった。
スーパー以外で浜中さんと会った一番直近の出来事。
テスト用紙を返却し先生が締めの言葉を言うと同時に、今学期の言語の講義は終わる。そして各々解放されたとそれを表現するように体を伸ばし楽しそうに会話する中、俺は粛々と荷物を片付ける。
「テストどうだった?」
「ん?まぁぼちぼち。そっちは?」
隣の浜中さんに話しかけられ俺は、浮かした腰を再び椅子に降ろしつつそう答える。
「こっちもぼちぼち。最初の単語がちょっとびみょ」
「あー確かに、そこは俺も不安かも」
この頃はまだ渚の一件があってすぐの頃だった。だからだろう、俺の話し方というかその様子にでてしまっていたのだろう。
浜中さんは少し訝しむ様に首を傾げ俺を見てくる。
「なんかあった?」
「・・・いや?別に?」
女の勘と言う奴なのだろうか。この時の俺はそう思いつつ、言い当てられたことに心拍を早くしていた。
「あのアンドロイドがどうのってのと関係ある?」
周りに気を使いつつ浜中さんが小声で俺を心配してくれる。どの程度話を聞かれたのかは分からないけど、やっぱりその辺りの事は知っているらしかった。
「・・・・・・うん、でも本当にもう大丈夫だから」
大丈夫というよりは、もうどうしようも出来ないというのが正しいが。それにこの時の俺は一刻も早くその事を忘れたがっていたのもある。
でもそんな俺を見て浜中さんは体をほぐすように両手を伸ばし、なんてことの無いように言う。
「そ?なら元気だせ」
「そんな雑な慰め方ある?」
「なに、慰めて欲しいんだ?」
「そうは・・・言って無いけどさ」
からかうような浜中さんの面白い物を見る視線。
だけど、「でも」と前置きして浜中さんは優しく笑う。
「大丈夫って見栄張るなら周りに心配させんな。辛いなら辛いでいつでも相談していいから」
「・・・・・・優しいね」
「でしょ?昼飯奢りで良いよ」
ニッと笑った浜中さんはそう言って立ち上がる。
それを見て俺は単純な事に、こんな調子の浜中さんのお陰でまぁ良いかと、そう思えてしまった。心のつっかえはあるけど、これが心が軽くなるって事なのだろうか。
だから俺もつられる様に席を立って浜中さんに合わせて笑ってみる。
「じゃあじゃんけんで勝ったらね」
「なら3回戦な」
と、特に何か大きな事があった日では無かった。でも浜中さんは一貫して俺から無理に話を聞き出そうとしないで、ただ楽しくおしゃべりをしてくれただけだった。それが俺にとってはただただありがたくて助かった。
だから割と浜中さんには感謝している。面と向かってそれを言うのは恥ずかしいから、言えてないけど。
「おい、ジャガイモ4個だぞ。1個多く買わせるな」
「えっ?あ、ごめん」
考え事をしながらレジを通していたせいか、個数選択を間違えてしまったらしい。すると少し不機嫌にさせてしまったのか、浜中さんは少し小声になり唇を尖らせる。
「ただでさえちょっと高いこっちに来てんだからさ」
「・・・・・・・?なんで?」
節約家なイメージだったからそんな事をする意味が分からない。家から近いとか、今日特売のヨーグルト買いに来たとかそんな理由だろうか。
だがどれも違うらしく、そんな俺の反応が気に食わないのか浜中さんは分かりやすくため息をつく。
「・・・・・まぁいい。早く会計して」
「ん?あぁはい」
言ってくれないとこっちがモヤモヤするのだが。そう思いつつ俺は小計ボタンを押し、会計金額を表示させる。
「げ、高」
浜中さんは渋い顔をしつつも、財布を開けクレジットカードを取り出して会計をする。
それで今日はもう会話は終わりかと思ったが、浜中さんは緑のカゴを持ち上げながら話しかけてくる。
「今週末。予定空いてる?」
「土曜なら空いてるけど」
「そ、なら9時に駅で」
そう一方的に言ってカゴを右手に去ろうとしてしまう浜中さん。だがこれでは何も分からないと、俺はそれを呼び止めるが。
「え、ちょ、ちょっと早くない・・・・・?」
「良いじゃん。どうせ男なんて20分とかで準備出来るでしょ?」
「いや・・・・まぁそうだけどそこじゃなくてさ・・・」
てか準備なら10分もかからず済むし。
じゃなくてどこに行くかとか、そういうのが気になるんだ。そんな意図で戸惑った俺だったが、浜中さんは顔だけ振り返ってくる。
「だめ?」
「・・・・・まぁ・・・良いけどさ」
そういう言い方と顔をされると断れない。別に誘われるのは嫌じゃないしむしろ嬉しいけど、どこに行くかぐらい教えて欲しい物だった。
でも俺は今自分がレジ定員なのを忘れていたらしく、後ろでカゴが乱雑に置かれる音がする。
「良いですかね?」
「あ、はいっ!すみません!」
怖めのおじさんに焦りつつもそのレジを済ませ、すぐに辺りを見渡すがその時には浜中さんは帰ってしまっていた。
だからその約束の日までどこに行くのかも分からず、俺はソワソワした気持ちのままその集合場所へと赴いていた。
「・・・・・ねむ」
高校の頃は6時に起きていたはずだけど、大学になったら8時起きですら眠くて耐えられなくなってしまう。そして俺は起きてすぐ家を出て今の時間は8時30分。まだ集合時間まで30分も余裕がある。
「コンビニ行くか」
飲み物と一応ブレスケア買っておこ。口臭いとか思われたくないし。
そして少し歩き駅に併設のコンビニへと入って、時間を潰すように棚を見渡す。
(・・・・これスーパーより50円高いじゃん。買う気なくなるなぁ)
飲み物とかは露骨にこういうのがあるから嫌だ。便利代だと思って買うんだけど、勝手に損した気分になる。そう不満を心の中で零しつつブレスケアを手に取ると、何か腹に入れるかとパンとかおにぎりの辺りを物色していると、ふと俺の背中を誰かが叩く。
「何してんの?ここで」
「え・・・・・」
その声に振り返るとグレーのロングコートを身にまとった浜中さんが、不思議そうに俺を見上げていた。そしてその手には使い捨てのコンタクトの袋が握られているのが見える。
「ん?あぁ持ってくるの忘れてて。先に買いに来ただけ」
俺の視線に気付いたのかそう浜中さんは説明してくれるが、どうやら俺らは2人して30分も早くに来てしまっていたらしい。
「なんで2人ともこんな早いのかね」
コンビニで買い物を済ませてそのまま歩くと、浜中さんが何かツボに入ったのか肩を揺らして笑っている。
「いやぁ・・・俺はこういうの男が先に来るべきだと思って・・・・」
「良い心がけじゃん。今回は同率だけど」
「それ言ったら浜中さんこそなんでそんなに早いの?」
ピッと浜中さんが改札を通るので、俺もそれに従って改札をくぐる。どうやら前渚と海に行った時と同じ路線らしい。そして改札を先にくぐった浜中さんは、俺の問いに答えるように振り返ってくる。
「まぁーそーゆー日もあるって事」
「そーゆー日って・・・」
今日の浜中さんは少しテンションが高い気がする。いや会った頃に比べれば随分柔らくなったけど、それでも今日はいつもより声も高い気がするし、心なしかいつも鋭い目つきも優しい気がする。
「で、行き場所はまだ教えてくれないの?」
「ここまで来たら聞かないでも良くない?」
「・・・・・確かに」
駅のホーム。さらりと浜中さんの髪が肩を撫でて、少しだけ柑橘系の良い匂いがする。少し距離が近い気もするけど、俺が気にしすぎなのだろうか。
「あ、でもチャージは5000円ぐらいしといてね」
「え、どこまで行く気━━」
そう俺が言いかけると同時にアナウンスと風圧がやってきて、電車がホームに止まる。そんな告白のタイミングで花火、みたいな会話の途切れ方をさせられてしまったが、俺は先に乗り込む浜中さんを追って席に座る。
「やっぱこの時間は空いてて良いね」
「あー、だね。平日だしそんなものなのかもね」
今日の浜中さんはサプライズがしたいのだろう。だから場所も教えないし、明るく振舞っていてくれるのだろう。
(そう考えると慰めてくれてるのかもな)
隣で楽しそうに成人式での話をする浜中さんを見つつ、そう俺は感じていた。いつも友達かも怪しい関係性の俺に気を使って、お金に余裕が無いはずなのにこうやって旅行に連れてってくれる。他人の為にここまでしてくれるなんて、本当に良い人なんだろうなって思う。
「・・・・聞いてる?」
「あ、うん聞いてる聞いてる」
でも距離が近いのはやめて欲しい。多分浜中さんって友達とかには距離が近いタイプなんだろうけど、俺がそれをされると緊張で何話して良いか分からなくなる。
「で、そこにいたの。元彼が。したら私振ってから1か月で別れてんの、ほんっと済々。離しかけられても全無視してやった時の顔、まじでだっさかったから」
楽しそうと言うか少し狂気を感じる笑いだったが、何はともれ浜中さんは楽しそうに話していた。ただ俺への慰めというより、ただ愚痴を言いたいのかもしれない。やけに熱のこもった恨み節を聞いて、そう一瞬思ったが数分もすれば会話は流れていく。
「あ、この曲知ってる?最近聞いてるんだけど」
「あー・・・・ってこれむっちゃ昔じゃない?俺らの親世代じゃん」
「お、でも知ってんの?めずらしっ!」
「俺は親の影響で聞いてるから、そんな深くは知らない無いけど」
少しずつ。少しずつ普通に話せるようになってきたと思う。こうやって話していると渚の事とか千春さんの事を思い出さなくて済む。でもそんな思考をすると途端に、あれだけの事があったのに忘れようとして自分の責任から逃げるのか。そんな自分の声が聞こえて━━
「今話してるの私。偶にそーゆー顔するの周り気付いてるから」
グイッと浜中さんが席の手すりを超えてまつ毛が見える程顔を近づける。それに今一瞬考えただけでそれを見抜かれたのに驚く。
「旅行は楽しむため。大丈夫って言ったんだから笑いなって」
そう言って浜中さんはスマホを取り出すと、そこには浜中さんのプレイリストが表示されていた。
「で、どれが好きなの?聞いてるんでしょ?」
「・・・あ、あぁーっと、俺は有名所ばっかしか聞いて無いけどこれとか・・・」
「・・・案外王道じゃん。変に逆張りしたのが来たらどうしようかと思った」
やっぱり気を使ってくれている。だから俺はそれに応えるために・・・・・・いやそんな片意地張るのを浜中さんは望んでいないか。ただこの旅行を楽しむべきなんだろう。
「じゃあ俺こっちのバンドも好きなんだけど、知ってる?」
「あ、知ってる知ってる!!岳人案外センスいいじゃん!!」
浜中さんの趣味ドストレートの所だったのか、俺のスマホに表示したバンドを見ると興奮したように声を上げる浜中さん。でも楽しむと言っても、ここが電車内なのを忘れてはいけない。
「ちょ、ちょっと声でかいって・・・・」
「あ、すまん・・・」
お互いに極端なのか今度は声を抑えてそう言い合い、それがどこか可笑しくて互いに笑い合う。
そうして俺らは電車に揺られ、ただの大学生、ただの友人、そんな普通の会話と共に時間を過ごして行った。




