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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第三章
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第三十五話 僅かな欠片


 埃と湿気が充満し、どこか鉄臭くて薄暗い。

 カラカラと外の雨音が弾かれる音に、2つの影に1つの吐息。


「・・・・・・」


 ここは港湾沿いの空き倉庫。

 目の前には新しく私の所有権を移譲された人物、門浪千春が蹲り縮こまってしまっている。


「今ならまだ引き返せますよ」


 私は所詮アンドロイド。所有者の意思には逆らえない従属的な存在。

 だがこの女性を頼むと前所有者に言われ、従う必要はもうないが私はそれを実行している。


「貴女が私と一緒に逃げる意味はありません。また普通の生活を捨てる段階にはありませんよ」


 私が言葉を選びつつ説得を試みるが、女性はただ黙って俯くだけ。その髪も体も雨で濡れ、このまま放置すれば体力に体温が減衰してしまうだろうが、こんな倉庫にタオルがある訳でもなく、私は前所有者に着させられていたスーツの上着を女性に被せる。


「・・・・・・・・・・ッ」


 上着を被せようと私の指が女性に触れた瞬間、その肩が跳ねる。だが多少呼吸が荒くなるだけで、未だ会話をしようとはしてくれない。


「貴女はどうしたいのですか?」


 そう質問の方向を変え問いかけると、その女性は俯いたまま力なく答える。


「・・・・どうしたいんだろうな」


「分からないのなら私と行動をするのは推奨出来ませんよ。私はアンドロイドですから顔を変えれますが、貴女は違うのですから」


 人相手ならともかくアンドロイド相手ならそんな見た目だけ変えても意味は無い。だがそんな理屈よりも、今はこの女性を翻意させる言葉を選ぶべき。


 するとその時やっと門浪千春の瞳孔が私を捉える。


「・・・・・・・相野さん・・・・の話は本当なのか?」


 私はこの質問に正直に答えなければいけない。なぜなら私は門浪千春の所有物なのだから。

 

 でもやはり私は壊れているらしかった。本来ならありのままに答えなければいけない。だが私は門浪千春の求めている答えを知りながら、誘導するよう勘違いするよう答える。


「本当です。彼は人を殺し、その事実を背負った上で貴女と接触していました。自己都合で人を殺す連続殺人鬼です」


 彼の動機は貴女を守る為だった、だがそれを言ってしまえば前所有者の行為を全て無為にしてしまう。そしてそれは目の前の門浪千春の精神にも重大な負の影響を与えかねない。自分を守る為に相野穂高が人を殺めていたと、そんな事実を受け入れられるとは到底考えられないから。


 だから私は前所有者、相野様の意図を継ぎただ自身の悦楽の為人を殺した悪役として仕立て上げる。


「私は何度も倫理に反すると止めました。ですが命令には逆らえない以上、私はそのまま殺人にも利用され、貴女の御父上にも」


 門浪千春の唇が青くなり震えている。信じた大人、それが人殺しだった。到底不安定な状態の人間には受け入れがたい事実なのだろう。だが、自分を守る為にその人が殺人に手を染めていたという事実よりは、精神への影響は小さいのもまた事実である。どちらもマイナスならより影響の小さい方を選ぶべきなのだ。


「これを受け入れて、貴女はどうするのですか」


「・・・・・・私は」


 ここで門浪千春が比較的信用を寄せる堤岳人がいれば、もう少しやりようはあるかもしれない。だが、彼はもうアンドロイドに関わるのを嫌悪しているのだろうから、それも難しい。


「・・・・・・・まだ何にも分からないし・・・・何が起きたのかも・・・・・・」


 だからこの状態の人間を私が、アンドロイドがなんとか社会復帰できるよう誘導しなければいけない。

 そして私が次の言葉を発そうとすると、その前に門浪千春は何か思い出したのかのように、ガラッと空気感を変えその瞳孔をを広げる。


「じゃあなんであんな所で議員殺してたんだ?そんな偶然あるのか?」


 所謂ハイになっていると言うのか、それとも過度なストレスから身を守る為の体の反応なのか。異様な状況ながらも、私の所有者は私を真っすぐ捉え聞かれたくない事を聞いてくる。


「やっぱりどうしても相野さんがそんな趣味の悪い人には思えない」


「・・・・それは貴女が一面的にしか相野氏を見ていなかっただけでは」


「でも父さんの親友だから。私は父さんの信じた人を私は信じたい」


 この様子は危ない。

 まだ門浪千春は相野穂高を信じている。いや、時間が経って冷静になっただけなのかもしれない。


(そもそも無理のあった言い分ではあるのは事実)


 相野穂高は悪人と呼ぶには、あまりに善性があってそれを周囲の知る所だった。その信用が、最後の彼自身の願いを阻んでいるらしい。


「・・・・・後ろに何かいるだろ。お前と相野さん以外にも」


 門浪千春のレンズが外からわずかに入る光を反射する。彼女の信じる相野穂高が悪人じゃない理由を探すのに必死なのか。それは分からないが、その問いが全くの図星であるのは事実だった。


「アンドロイド。問いに答えろ。今回の件、お前が主導じゃないなら他にも関わった奴がいるだろ」


 私はこの所有者の言葉にどうするべきか考える。

 だがいないと言い切るには、あの場所であの時間で議員を殺す理由を説明する材料が無い。それを指摘しない門浪千春じゃないだろう。


「・・・・・・います」


 逃げ場は無し。完全なウソは付けない以上、私は一定の事実を述べなければいけない。ささやかな抵抗として情報を最低限にして伝えるが、それを問い詰めるのが門浪千春。


「詳しく正確に話せ」


「・・・・・・・はい」


 恐らくもう相野様の意図は果たせないかもしれない。門浪千春はこの話を聞けばきっと、そのアンドロイドを追うのは目に見えている。それは相野様が私に託した結果などでは無いのは分かりきっている。


 だが私に答えないという選択肢を取ることは出来ず、それを歪曲して話すには全くない嘘を交えないといけないが、それは私がアンドロイドである以上不可能。

 

 だから私は一からその話を始める。


「最初に言えば堤岳人。彼の所有のアンドロイドが裏で手を引いたのでしょう」


 そもそも私があの議員を殺そうとしたのも、そいつの事があったからだった。当初はその意図までは理解が及ばなかったが。

 

(・・・・・通信か)


 堤岳人らが帰省から帰るとなった日の朝。相野穂高が食事をしている間、リビングで待機をしているとクローズドネットワークでの連絡がある。蛇西を殺す際に念のためにと設置したホットラインだったが、この時初めて使われていた。


「お久しぶりです。随分順調なようで」


「・・・・・要件は」


 あちらの環境音が聞こえる。海だろうか、ノイズキャンセリングをしていないのは何か意図があってのことだろうか。

 そう真意を探りつつ、相手アンドロイドの言葉を待つ。


「せっかちですねぇ・・・・じゃあまぁ良いですけど。殺して欲しい人がいます」


「意図はなんだ」


 別にこの時代の人物を殺すなら、私に頼らずとも出来る行為ではある。わざわざ私に頼む理由が見当たらない。


「まずはイエスかノーで答えて欲しいんですけど。警察に居場所リークしても良いんですよ?」


「私らの居場所は知らないはずでは?」


「相野穂高。リスク要因なんですからそれぐらい調べてありますよ」


 所有者の名前。住所も登記どおりの所に住んでいるから、居場所を知っているというのもハッタリでは無いらしい。


「・・・・意図は答えてくれないのですか」


「答える義理が無い。やるよな?」


 やるしかない。やらねば警察の手が直接届く以上、それは相野様の利益に背反してしまう。だが目的が見えない相手の言う事を聞くのもかなりのリスク。


「場所と人物と時間。指定しろ」


 それを分かっていても目に見えて確定したリスクを取るバカはいない、だから私はその要請に応える事にした。

 すると準備していたらしく、すぐにそれら情報が送られてくる。


「あくまで君の意思で殺す事にしてね。私の事を相野穂高に仄めかしたりしないように」


 この時点で何かこいつが企んでいるのは分かっていた。だがその意図が見えない。私達を嵌めるなら、それこそ今すぐ警察にリークをすればいいだけ。門浪千春の成人式を滅茶苦茶にするのかとも考えたが、襲撃場所は隣町の会場へでそれも有り得ない。微妙に考えうる目的がズレている感覚。


「・・・・・・・お前の所有者は理解した上での行動なんだよな」


 部分部分で会話は盗み聞きしていたが、所有者との関係がこじれているのは知っている。それが関係しているのかとも思ったが、相手からただ冷たく。


「探るな。黙ってやれ」


 それだけ言って通信を切られてしまう。逆らえば直接あのアンドロイドが敵対しかねないリスクもあるだろうか。

 だから結局約束は履行しないといけない、私は指示通り所有者に頼み込んでその殺人計画を実行したのだが。


「・・・・・・・罠か」


 そして決行当日。所有者と車で議員の乗ったタクシーを追いかけている中。一つ気付いた事があった。


(運転手・・・・あのアンドロイドか)


 近距離だと流石に分かったが、タクシーを運転しているのが堤岳人所有のアンドロイド。つまり殺人計画を持ち掛けてきたその張本人。この時点でその目的が議員を殺す事では無く、私達をどこかに誘導するつもりなのは分かった。


(だが、約束を破れば警察か)


 それに加えあのアンドロイドも敵対する可能性がある以上、罠と分かっていてもいくしかないのか。


 そしてそんな予想は合っていてしまっていた。

 最初から相野様と門浪千春をバッティングさせるのが目的。しかも相野様の殺人現場ともなれば、立ち直りかけた門浪千春の心をまた折れる。そしてそれは所有者である堤岳人の望みでは無い事も確かで、アンドロイドの独断ということになる。


 それで結果は御覧の通り、私の所有者だった相野穂高は捕まり、次の所有者である門浪千春も精神が不安定化し、追われる身になりつつあり、私自身も捜査の対象になってしまった。すべてがあのアンドロイドによって滅茶苦茶にされたと言っても差し支えの無い現状。


「多少の推測はあります。が、恐らくは門浪千春、貴女を目標として仕掛けた事なのでしょう」


「・・・・・あのスクラップのせいか」


 人の感情は変わりやすい。悲しみの色が強いと思ったら、話を聞けば今度は怒りの感情が湧き出ている。だが堤岳人、彼への信用まで折ってしまうのは門浪千春にとっては良くない。


「ですが所有関係を解除しているようですね。相野氏の車にセットしたドライブレコーダーによると」


 ちょうど近くで話していて、そのデータが残っていた。普段なら消されているだろうが、それだけあのアンドロイドが動揺したと言う事なのだろうか。


「じゃあ堤君はもう関係無いんだな」


「えぇ、彼も匙を投げたらしいですね」


 扱いかねていたから、今回のような事が起きてしまったのだから。

 すると門浪千春は安堵したように小さく「良かった」そう呟くと、のそりと立ち上がり私を見上げる。


「他にアンドロイドは何体いる」


「分かりません。ですが複数体他にも所有者のいるアンドロイドが存在するのは事実です」


 事実何度か同種を感知した事もある。だがこれを聞いてどうするのか、そう私が問い返す前に門浪千春は、深く息を吸い込む。


「なら私のやる事は決まった」


 アンドロイドにそんな機能が無いのは知っている。だが私はその続く言葉に猛烈に嫌な予感と言うものを感じていた。


「あのアンドロイド含めて全部ぶっ壊す。相野さんや父さんみたいな人をもう出さないために」


「・・・・・・・その場合私はどうなるので」


「終わったら壊す。それまでは頑張ってもらう」


 不正解。どこで間違えたのだろうか。もっと別のやり方があって、それなら門浪千春を社会復帰出来たのだろうか。これは確実に相野穂高が望んでいない結果の一つ。ただの一つの託された事を果たせないのか、アンドロイドの癖に。


「リスクは大いにありますよ」


「そんな話じゃない。堤君も父さんも相野さんも私も、あんたらアンドロイドに滅茶苦茶にされた。でも私には今お前がいる」


 あの時相野穂高が門浪千春に所有権を移譲しなければ、こんな事にならなかったのだろう。だが私は門浪千春の所有物になってしまった以上、相野穂高の頼みを願いを無視してそれに従わないといけない。


「だから力を貸してくれ」


「・・・・・命令とあらば」


 もうこうなってしまえば、従うしかない。いかに門浪千春を生存させるか、それに思考をシフトしていくしかない。

 

 そう思考していたのだが、自身のそれに違和感を持つ。


(なぜここまで特定の人間に拘っているのだろうか)


 そもそも相野穂高も、もう所有者では無い以上気に掛けるべきではない。門浪栄治に関してはそもそも所有者ですらなかった。


(なのになぜ。その人物らの言葉に律儀に従い、この門浪千春を守ろうと思考しているのだろうか)


 それが分からない。けど、それをすべきだと私は考えてしまっている。

 これが長く存在したせいのバグなのだろうか。それとも言語化出来ないだけで、それ相応のロジックがあるのだろうか。


 それに答えが出せないまま、その門浪千春の差し出した手を取ったのだった。



 


 

 


 



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