第三十四話 決別
頭上で広がる傘に雨粒がぶつかり弾いて落ちる
こんな冬の時期にここまでの雨が降られると、スーツだとどうしても肌寒くなってしまう。
そんな文句を心の中で零しながらも霊園へと向かっていると、その入り口のスペースガードにタクシーがぶつかっているのが見える。
「え、事故?」
人の姿は見えない。でもそんな状況に何か嫌な予感を感じはしたが、俺は千春さんとの約束の為歩を進めようとする。
が、その時俺の肩を掴む人がいた。
「君。ここは進入禁止だよ」
振り返ると物腰の柔らかそうな警官がそこにいる。もしかしてこのタクシーの事故の調査だろうか、俺はそう思い霊園の方を指差す。
「あの自分、墓参りに行くだけなのでダメですかね?」
「うん、だめ。ここは通っちゃダメ」
そんな会話をしていると、また雷が落ちたのか破裂音に近い大きな音が辺りに響く。それに俺がビビりながらも視線を向けると、ぞろぞろと霊園の敷地へと入っていく警官が見える。
「危ないからここにいるように」
警官さんはそう言って他と同じようにして霊園へと走っていく。何かあったのか、千春さんが何かに巻き込まれたのか。
そう気になって霊園の中を覗いてみると、奥の方で誰かが走っているのが見える。
「まさか・・・・・違うよな?」
雨が激しいし距離もある。顔なんて区別はつかないけど、その走る誰かに抱えられている人の色味、それは千春さんの振袖そのものだった。
「俺がいかないと」
警官に止められた。でも俺は千春さんと約束をしたのだから行かないと。この場所で約束して、あの色は千春さんに違いない。
そう足を一本踏み出した時。背後でパシャっと水たまりを誰かが踏む音がする。
「・・・・・・」
ゆっくりと振り返る。するとそこには雨で濡れているはずなのに髪は全く張り付かず、異様にただ笑みを浮かべる渚の姿がある。それがまるでアンドロイドだと、自ら主張するように。
「ここに来ないって話じゃなかったのか?」
その姿を見た瞬間薄々察してしまっていた。この異様な状況はこいつが何かしたんじゃないかと。
だから俺の言葉は震えつつも必然的に強くなっていたが、その渚はなんてことの無いように鼻歌混じりに近づいて来る。
「んー何かあったみたいなのでね。心配で来ちゃいました」
一歩渚が近付くたびに俺は一歩下がる。
「じゃあ聞き方を変える。何があった、何をした」
呼吸も浅くなる。目の前の人の形をした何かに恐怖しているのかもしれない。
すると渚は水たまりの上で足をぴたりと止め、霊園の方角を見る。
「端的に言えば、連続殺人を起こしていたアンドロイドの所有者が捕まりました。あと門浪千春はそのアンドロイドに誘拐されたってとこですかね」
「・・・・・・それはお前が手引きしたんだよな」
すると渚は笑顔を張り付けたまま首を傾け、髪をさらりと揺らす。何も言う気がないのか、それがただただ異様で非生物的で、余計に恐怖を煽った。
「お前が・・・・・お前が余計なことをしたんだよな」
「余計な事とは心外ですね。私は公衆の安全の為殺人犯逮捕に協力しただけですよ」
「・・・・ならなんで千春さんを巻き込む。他に方法はあっただろ」
怒りの感情はある。だがそれ以上にこの異様な雰囲気の渚に、理解の出来ない何者かにただただ俺は恐怖感を抱いていた。
「それは不幸な事故ですよ。それにどうせこれ以降会わないのですから、岳人さんには関係ありませんよね?」
「・・・・・・あぁそうか」
俺は勘違いしていたんだ。今ままでこいつとは話せば理解し会えると思い込んでいたんだ。
こいつは何一つ俺の言った事も、千春さんの事も分かっていなかった。分かったふりをして、こいつはすべて丸く解決できそうな所を滅茶苦茶にしたんだ。ただ自分の目的を達成するために、千春さんの人生を邪魔するんだ。
「・・・・そんな目で見ないでくださいよ」
「見られるような事したのがお前だろ」
自分がした事を分かっていないのかこいつは。お前のせいで千春さんはまた事件に巻き込まれてしまった。もしかしたらこの一件のせいで、またアンドロイドへの憎悪を増してしまうかもしれない。普通の女の人としての生活を取り戻そうとしていたのに。
「せっかく笑ってくれるようになったんだよ」
拳を握る。俺が渚と戦っても勝つ見込みなんて無い。
けど俺はこいつの所有者として責任を取らないといけない。だけど渚は未だに俺が何に怒っているのかすら分かっていないのか、悲劇のヒロインを気取って悲しそうな顔を作る。
「どこまでも私の事を理解してくれないんですね」
「お前らアンドロイドなんて理解出来ないんだって、お前が教えてくれたんだろ」
千春さんが今日どんな思いでこの日を迎えたと思っているんだ。自分の亡き父と向き合って、それを乗り越えようとしていた。それなのにこんなのあまり酷い結末じゃないか。
こいつはこいつのせいで、意味の分からない理屈で滅茶苦茶にした。でもいつまでもそれに罪悪感を感じないのか、渚は言い訳を並べる。
「私はいつまでも貴方の為に動いているんですよ?今回だって不幸な事故ですって」
「ならッ!!なんで俺に黙って動いたッ!!!!!」
あぁ雨音がうるさい。イライラしてくる。
なんで上手く行きかけたのに、こいつなんかのせいでここまで崩れてしまうんだ。
「それは貴方に正常な判断が出来ないと認識したからです。今貴方には合理的な判断の出来る私が必要なんですよ?」
「俺の為俺の為ってなぁ!!!全部俺に取ったら最悪の結末迎えてんだよッ!!!!」
「それは岳人さんに正常な判断が出来ないからそう勘違いしているだけですよ!」
俺の声が大きくなるのにつられ、渚の声も大きくなっていく。
ここまで俺が強く言ってこいつは分からないのか。それとも俺の言葉なんて動物の鳴き声だとも思って、聞き入れもしていないのだろうか。
「岳人さんには私が必要なんですよ!私がいないとダメなんですよ!!」
渚は無理やり距離を詰め俺の両肩を強く掴んでくる。それは人の女の子では到底有り得ない程、強く肩に食い込む力だった。
「・・・・俺にお前は必要じゃない」
俺はトーンダウンしたように声を抑え、渚を見下ろして言う。でもこいつはいつまでも笑みを浮かべて、どこまでも俺の感情を逆なでする。
「今は分からないかもしれないです!でも冷静になれば私のやった事の必要性が分かるはずです!!」
水色の瞳。以前はそれが綺麗に見えた事もあったけど、今ではただただそれが物で、機械で、ただの鉄とプラスチックの塊だと、何も感じなくなる。
「・・・・もう無理か」
「私がいないとダメなんですよ!?これまでだってこれからだって!」
このアンドロイドと分かり合うのは到底不可能。だから俺は選択する・・・・いやそんな良い物じゃない、俺は逃げることにした。
「渚」
「はい?なんです?」
俺にこのバケモノは扱い切れない。俺の傍におけばいずれまた誰かを傷つける。俺にこいつは制御しきれる代物じゃない。
でもそのアンドロイドは俺が理解を示したのかと勘違いしているようで、嬉しそうに笑みを浮かべる。だからそんな気色の悪い顔をさせないため、俺は冷たく突き放す。
「お前の所有権を放棄する」
「・・・・・・はい?」
もっと早くこうしておくべきだった。こうしておけば、今日千春さんがこんな事に巻き込まれないで済んだんだ。だからこれは俺の甘さが招いた事態。これ以上俺の周りで被害者を増やさないために。
すると今日初めて渚の薄ら笑いが消え、焦りがその顔に浮かび上がる。
「え、いやいやいやいや。ちょっと待ってください、そんな勝手に・・・・」
「俺はもうお前とは分かり合えない。今後俺の人生に関わらないでくれ」
渚の両手が痛みを感じる程俺の両腕を掴む。まるで逃がさないとでも言いたげだが、俺はもうこいつの相手をするのが疲れたし、俺みたいな一般人には過分な力だったんだろう。
「だ、だって私は岳人さんの為にやったんですよ!?なのになんで・・・・・!?」
縋るように俺を見上げる渚。人を殺して、人の人生を滅茶苦茶にしておいて、よくもまぁ自分だけは正しいと勘違い出来る物だな。
「なんでです?理由は!?門浪千春にそこまで拘る必然性がどこにあるんです!?」
「いい。もう俺から離れろ」
もう全身は雨でずぶ濡れだった。体も芯から冷え、目の前の物に対しても何も思わない。ただキンキンとうるさい騒音をまき散らす、不快な存在でしかない。
「私がッ!!貴方の傍にいないとダメなんです!!!」
俺の腕の事なんて考えていないんだろうと、そう思えるほど渚の手が食い込む。
「だ、だって!!あの蛇西の時だって!!私がいないと岳人さん死んでたかもしれないんですよ!?」
「そもそもお前らアンドロイドがいなければ何も起こらなかったんじゃないか」
俺が付き放すように言葉を投げかけるごとに、段々と俺の肩を掴む渚の力が弱まる。
「い、いや・・・・だって・・・だって私がいないと普通の生活なんて・・・・・」
「お前がいない生活が普通の生活なんだよ」
するとゆっくりと渚の両手が名残惜しいように俺から離れる。そしてまるで俺の事を信じられないとでも言いたげな顔をして。
「なんで・・・・なんで・・・・・・分かってくれないんです?」
「お前がアンドロイドだからだ」
もう会話もここまでで良いだろうか。こんな鉄くずと関わっていたら、またこいつらの問題に巻き込まれかねない。
「・・・・・私は・・・・私は・・・・これからどうすれば・・・・・」
「お前に罪の意識があるなら自壊でもすれば。俺は所有者じゃないから命令出来ないけど」
俺はそれが最後の言葉だと、渚から背を向ける。もうこいつのシリコンで出来た顔なんて二度と見る事は無いだろう。
「後悔しますよ!!いずれ私が必要だったと!!!」
「・・・・・・・・・」
一歩ずつ距離を離していく。
「私はただ貴方と一緒に居たかっただけなんですッ!!!!なんてことの無い日々を!!!!」
どうせ同情を誘うための方便。アンドロイドらしいやり口だ。
だから俺はそれに言葉を返す事も無く、背を向けたまま歩き続ける。でもその間雨音の間隙を縫って渚の声が聞こえるが、段々とそれは薄れて行き全く聞こえなくなる。
「・・・・・・疲れた」
曇天の空を見上げると、雨粒が顔全体に弾いて行く。
千春さんは大丈夫だろうか。逮捕される事はないだろうけど、どこか安全な所で幸せに暮らしていて欲しい。誘拐されたとはいえ、ただの一般人で無関係な以上殺される事もないだろうし。
「・・・・・まぁ、もういいか」
千春さんに合わせる顔なんてどこにもない。俺のせいでまた滅茶苦茶にして、渚も手放したとなったら何もできないただの他人。
「帰ろう」
そうして俺は1人、ただ一人で無力感と水浸しのまま帰路に就いたのだった。
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私は前所有者の言葉に従い、門浪千春を抱え走っていた。後方からは警官の制止を求める声に、追いかけてくるあの銀髪のアンドロイドの姿がある。
「・・・・・どこかで置いてきます。その後警察に事情聴取されても巻き込まれただけだと言って下さい」
彼女を守るにはこれしか無いだろう。しばらくは不自由かもしれないけど、いずれそれも時間は解決する。
だが門浪千春は殻に蹲る様に顔を伏せる。
「連れてってください」
「それは出来ないです。私と行動を共にすれば貴女も罪を追求されることになりますよ」
そんな声もぶつかり弾かれる雨音に遮られ、私の耳が受け入れる事はなかった。
「連れてって」
「・・・・・・・自暴自棄にはならないでくださいよ」
そうため息に近い言葉と共に、また私に当たる風が強くなった気がする。でも今はこれで良い。
何も分からないし、理解もしたくない。もうこのまま滅茶苦茶になった方が、幾分マシだと思えるほどだ。
父を失いその仇が相野さんだった。そんなのまるで私がバカみたいじゃないか。
「・・・・・・疲れた」
そう私は思考すら鬱陶しくなり、冷たい腕の中で静かに目を閉じた。
想いを背負わされたアンドロイド。想いを勘違いしたアンドロイド。想いを放棄した人間。そして想いを忘れようと直視できない人間。
それらが雨に打たれ、それぞれ失った物のある夕日の見えない夕暮れ時だった。
ここで2章は終わりとなります。
まず、ここまで読んでくださった皆様!ありがとうございます!
ブックアークや評価もありがとうございます!励みになります!
3章の更新は今週金曜(1月9日)から再開します!また皆様が面白いと思っていただけるように、書いていくので是非読んで行ってくれると嬉しいです!!




