第三十三話 継ぐもの
「未来の為に殺さないといけない人物がいます」
お願いと言うにはあまりに物騒な言葉。それに気圧されつつも、私はその言葉を放ったアンドロイドである太郎に振り返る。
「あれだけ人殺しを嫌がっていた君が?」
私のそんな問いに太郎が手に持った携帯に映し出すのはある議員の顔。国会議員であはるが現職大臣でも無いし、そもそも野党の政治家。それが彼にとっては未来の為必要な殺人なのだろうか。
「これを殺したら多くの人が救われるの?」
「えぇ・・・・・ですが」
何かを溜めるように言葉を濁すが、太郎は意を決したように言う。
「彼を暗殺出来るのが、恐らく成人式の日が一番都合が良いんです」
「・・・・・・・・あぁそういう」
千春さんの成人式と被る事を気にしているのだろう。でも彼女と血縁関係も無いし、言ってしまえばただの他人。だからどちらにしろそんな事を気にしないでも良いのに、そう思ったが太郎は首を振る。
「その議員が門浪千春の成人式会場に登壇するんです」
「・・・・・・へぇ」
議員は各地の成人式会場を回るから、隙ができやすいんだろう。
「式中に殺す訳では無いんでしょう?」
「えぇそれはそのつもりです。移動中を狙います」
なら千春さんのせっかくの成人式を邪魔する事も無いだろうし、私としては全く問題の無い事である。だから私は気にするなと太郎に近づき肩を叩く。
「良いよ、君にここまで付き合わせたんだから。最後ぐらい私の我儘より人類の為に働いてみな」
「・・・・・・はい。感謝します」
少しだけ歯切れの悪い太郎。必要に駆られたとはいえ、また殺人を続ける事に抵抗感があるということなのだろう。
「じゃあ成人式までは・・・・・・・・て、別に仕事しなくても良いのか」
どうせ自首して逮捕されるんだからそれまで働かなくても良いと言うか、意味が無いのか。
でもそんな考えが浮かんでも、私の手は放り出していたネクタイを掴んでいた。
「部下が可哀そうか。それは」
そうして私は繁忙期の中、いつもと変わらず一週間を仕事で詰めやっと出来た休みの日曜。私が一般人として過ごせる最後の日曜を迎える。
「・・・・趣味が無いとこういう時何すれば良いのか分からないものだね」
結局何をすれば良いか分からず部屋でゴロゴロして、タバコ吸って酒飲んでそれだけで夕暮れ時。まぁ中年の典型的な休日かもしれないかもしれないか。
ただこの太郎っていうアンドロイドがいる事を除けば。
「最期って思っているなら良い物食べたら良いんじゃないです?」
机の上にはスーパーで買った出来合いの総菜ばかり。貧乏舌と言う奴かもしれないけど、高級フレンチに行くドレスコートとかも知らないからなぁ。
「・・・・じゃあ君が晩酌付き合ってよ」
だから私はもう一つのコップにビールを注ぎ込む。すると太郎は案外優しいらしく、そのコップを受け取ってくれる。
「別に飲めますけど、意味も無いですし酔いませんよ」
「付き合ってくれるだけありがたいよ」
誰かと酒を飲むなんて門浪と以来か。そう思いつつ鶏皮を口に入れる。
「君は未来だと何やってたの?」
なんとなくの会話をしたつもりが、その返答がない。だから私は太郎へと視線を向けると少し困った顔をして苦笑いをする。
「・・・・・実はメモリーが破損してまして。多分過去に来たせいだと思うんですけど」
「記憶喪失って奴?」
「まぁそんな所です」
人それぞれと言うかアンドロイドそれぞれって奴か。
「・・・・じゃああんまり碌な思い出は作ってあげられなかったね」
「・・・・・・・」
一人目の所有者は連続愉快殺人に使い、二回目の所有者な私もそれを自己の勝手な理由で続ける。あまりにひどい扱いって奴か。
すると太郎はそのビールでひたひたになったコップで喉を鳴らす。
「・・・・・でもこの時間は嫌いじゃないですよ」
「嬉しい事言ってくれるじゃん」
「お世辞じゃないですよ。こういう人らしい活動って初めてですし」
人らしい活動がおっさんとの晩酌ってのは、少し可哀そうになってしまう。けど、それで太郎が満足してくれるなら良いのだけど。
「・・・・・で、これは言うつもりは無かったんですけど。酒の席なので」
そう太郎は前置きをして、こたつの前に置いてあるテレビを操作する。何事かと思っていると、見覚えのある映像が流れる。
「・・・・これは門浪の」
「そうです」
門浪栄治が殺された時の映像。私が太郎と契約を交わした時に見せられたものと同じ映像だ。
「あの時は必要ないと飛ばしましたが、一言私は遺言のようなものを預かりまして」
映像は早回しされ、太郎がいよいよ門浪の胸に右手を差し込んだとき。以前はこれより少し前に飛ばされたが、まじまじと友人の死ぬところを見ると心に来る所がある。
そして画面の中の門浪は刺され血を吐きながらも、太郎に体を預け呟く。
「君に言っても仕方ないかもしれないけど」
「・・・・・・・」
太郎の体に門浪のべっとりした血が張り付き流れていく。
「出来うる事なら娘は助けてやってくれ」
か弱い。今にもこと切れそうな弱々しい言葉だったが、そこに強い意思があるのは良く分かる。そしてその門浪は力が段々抜けるように、太郎の体を滑り床へと落ちていく。
「・・・・・・」
それをゆっくりと太郎が受け止め、床に優しく寝かせる。
「・・・・あぁ・・・・見たかったな」
そう門浪はどこか・・・・・クローゼットの方だろうか千春さんの部屋を見ながら静かに目を閉じる。
最後まで自分の事よりも娘の事とはやっぱり門浪らしいというか。最後ぐらい自分を優先して命乞いしないのかと思ってしまうが、それだけ千春君のことが大事なんだろうな。
するとプツリとテレビの画面が切れ、太郎が私へと視線を向ける。
「だから貴方の行動自体はこの事もあって好意的には感じてました。そのやり方には賛同しかねますが」
「・・・・はは、これは手厳しい」
そこはずっと太郎の一貫している所だな。まあ人殺し、それが命の大小を語りたくないが社会的影響の大きい人物となれば、余計に許されない事である。
「まぁそれも終わりだから。許されようなんて思っていないけど、裁かれるからさ」
「ほぼほぼ死刑ですけど、良いのですか?」
「それが償いになるならね」
それはもとより覚悟を決めていた事。私は弱いから他者を傷つける事でしか、守りたい人を守れなかっただけ。
「・・・・まぁあの世で門浪に殴られるだろうけどね」
私はそう言いながらもう一つのコップを持ってきて、それにビールを注ぐ。それを不思議そうに太郎が尋ねてくる。
「誰か来るので?」
「・・・・もう来ないよ」
そうして最後の休日を終え、次の日私は千春君の成人式会場付近へと到着していた。
ーーーーー
「いつ頃に実行する?」
「16時頃ですかね。雨の予報で証拠も残りずらいですし、人も少ないでしょうから」
昼過ぎに到着し太郎とそんな会話をしつつ、駅前のコンビニで時間を潰す。
「じゃあもう少し待たないとかな」
千春君と堤岳人が接触するのが17時だしバッティングするリスクも無さそうか。
するとポケットに入れていた携帯が震え、その話題の当人である人からメッセージが来る。
「千春君か」
成人式の写真だろうか。友人との振袖での写真、微笑ましいしこんな風に彼女が笑えるようになったことが嬉しい。
「門浪の奴見たかっただろうなぁ」
「墓前に供えます?」
「いや、千春君が見せに行くだろうから」
私が先に見せる訳にはいかない。せっかくの晴れ着なんだから娘が一番に見せるべきだろう。
そうしてボチボチ会話をしながらも、外を眺めれば天候が崩れ始め本降りになる。そんな空模様を眺めていると、隣で太郎が立つ。
「じゃあやってきます」
一人で行くらしい太郎だったが、私も連れ添う様に立ちあがる。
「私も行くよ。最期ぐらい君だけにやらせたくないからね」
車のキーを指で回して運転手を名乗り出る。最後まで太郎に全ての殺人をやらせる訳に行かない、私が責任から逃げないように。
「・・・・無理はしないでくださいよ」
「もちろん。五十肩だからね」
太郎が何を言っているんだと呆れたように見てくるが、そんな視線もこれが最後になるんだろう。
そう思いつつ車へと乗り込みエンジンを回しエアコンをつける。
「位置情報は?」
「議員も確認済みです。門浪千春もホテルで待機しているようです」
なら巻き込む心配も無いか。そう確認しつつ車を走らせるが、雨とワイパーですぐに視界が悪くなる。そんな中でも車を走らせ、千春君の隣町の成人式会場前へと車を止める。
「・・・・あのタクシーかな?」
「予約されているようですし恐らく」
一台のタクシーが会場すぐそばに止まっているのが見える。
「どうやって殺すの?」
「車に乗って走った所で、これを使います」
助手席に座る太郎が、指を変形させる。そしてその人差し指の先端にはおおよそ銃口と表現するのが正しい物になる。
「太郎って多機能過ぎない?」
「有効射程は短いですから。信号待ちの際に目標の隣に止めてください」
ただ呆れるしか無いけど、太郎の存在は私が扱うには強大過ぎる物だったんだろうな。
すると目標のタクシーに乗り込む人影が見える。
「彼だね」
「私がタイミング指定するので、適度な距離で追跡してください」
「あいよ」
そして太郎は後部座席に移り私はエンジンをかける。雨なせいか車の通りは多いが、なんとかタクシーを追いかける。議員なら専用の公務車を使えよとは思うが、今気にしても仕方ないか。
「・・・・視界悪いなぁ」
車を走らせながら青看板を見るが、少し門浪の霊園に近づいているらしい。方向が同じだけだろうけど、あまり近場にはいきたくない。
そう思っていると太郎が言う。
「次の信号赤になるので、右折レーンに入って並んでください」
その指示に従い車を走らせると、丁度赤になりそのタクシーは止まる。そしてそれと並行するように右側のレーンに止め太郎に視線を向ける。すると最終確認だと太郎は私を見返してくる。
「撃ったらそのまま自首で良いんですね?」
「・・・覚悟は決めている」
太郎が頷き、私は後部座席の窓を開ける。が、その時赤信号だというのにそのタクシーは急発進して先へと行ってしまう。
「追ってくださいッ!」
太郎が咄嗟に叫び私もそれに釣られるようにアクセルを踏み込む。
「ゴールドだったんだけどなぁ!!」
でも何もかも交通法規を無視してアクセルを踏み込むのが少し快感なのも事実だった。
そうして雨の中、雨粒を弾き国道に沿ってそのタクシーを追うが、なぜ私達に気付いたのかが分からないでいた。
「・・・・・罠か」
「え?!なんて!?」
何か太郎が呟いたがゆうに100キロは越えて走っているから、その言葉を聞き取る事は出来なかった。
でもなんとか事故を起こさないよう、運転に集中しタクシーを追うが嫌な看板が目に入る。
「・・・・霊園に近づいてる」
そしてその嫌な予感は当たり、追っているタクシーは霊園の敷地へと乗り込み、車の侵入を阻害するスペースガードへと勢いそのまま衝突する。
「無茶苦茶じゃん・・・・」
「私が行きます。相野様は車の中で」
「え、ちょ、ちょっと━━」
私が衝突して止まったタクシーの近くで車を止めると、太郎はそれだけ言って先に車から降りてしまう。どうやらあの議員も降りて逃げているらしいから急いでいるのだろうけど。
「・・・・太郎だけに行かす訳にはいかないって」
土砂降りの中太郎とその議員を追う。その時通り過ぎるタクシーの運転席が目に入るが、運転手は既にどこかへ行っていた。でもそれを気に掛ける事も出来ないので、霊園の中へと2人を追う。
そして議員がこけたのか地面とぶつかるのが見える。
そんな彼に間髪入れずその背中に追いついた太郎は躊躇なく手を刺し込む。それを見つつ雨でびしょ濡れになりながらも追いつく。
「太郎、ちょっと早いって・・・・・・・・え?」
息を切らしながら膝に手をつく。足元の排水溝に赤い血が流れるのが見える。
だけどそんなことよりも、この場には議員の他に人がいた。でも後から思えばそこにいて当たり前だったかもしれない。だってそこはその人の父親の墓前だったのだから。
「ち、千春さん?」
「相野さん・・・・・・・・」
驚きを顔に隠せない千春君。でもそれは私も同じだったんだろう。だけど私の動揺よりも遥かに、千春君が動揺して傘を落とし明らか取り乱していた。
そんな私に落ち着かせるためか太郎が、議員から手を抜き出しながら見上げてくる。
「どうします」
「え、いやどうするって・・・・・」
どうするって言われたってもう顔も見られた時点で、もうどうしようも出来ない・・・・・
すると太郎が強く見つめてきて雨音に負けない声で言う。
「貴方が決めるんです」
そうだ。もう顔を見られた以上、私だって腹を括らねば。
「貴方が守るんですよね」
嫌われる勇気を、こうなった以上私が千春君と仲良く会話する未来は無くなった。大事な人の娘を裏切らないといけない。太郎はそう言いたいんだろう。
だから私は咄嗟に腹を決め、思いつく限りの悪人面を作る。
「いやぁ今まで気付いてなかったの?」
無理やり声を作り太郎と議員を追い越して千春君の目の前に立つ。するとあちらは何を言っているんだと私を揺れた瞳で捉える。
「・・・・・・・は、は?」
もちろん千春君の父親は殺してない。でもその殺人以降のものは私がやった。その事実は千春君にとってはショックでしか無いし、ただの裏切り行為。そんな事今立ち直りかけている千春君にとって、マイナスな事しかない、だからそれを少しでも和らげるには。
「いやぁ君の父親と変わらない顔するねぇ。絶望した良い顔」
嘘に嘘を重ねる。私が嫌われれば、千春君の負の感情は全て私にいく。変に同情されれば、千春さんの感情が追い付かないのは目に見えている。
「何を言ってるんです・・・・?相野さんですよね?」
「そうだけど?君の仇で恨むべき相手だよ」
千春君の顔は雨のせいか、この意味のわからない現状に青白くなっていく。
「ちょ、ちょっとすみません・・・・・状況が掴めなくて・・・」
頭を抱え地面にへたり込む千春さん。意味が分からないだろうけど、ここで私が自分の保身のために釈明すれば、千春さんは誰を恨めばいいか分からなくなってしまう。誰かが責任を負わねば、なら大人の私の役目がそれだ。
「もう5人は殺したよ。もちろん正当な理由もない憂さ晴らしで」
笑え。より醜悪に笑え。もしかしたら何か理由があったのかもと、千春君が私に同情し後悔しないほど悪役になれ。
「・・・・・・あ、相野さん?ほんとに言ってます?それ・・・・・・?」
「本気も本気大真面目だよ」
雨の冷たさが嫌に染み込む。ここまで人から失望の色が濃くなる眼差しを向けられるとは思わなかった。
だから私は止めにと言う。
「君の父親の死ぬところ見る?動画とってあるけど?」
私は携帯を取り出す。するとここまでやってこれが千春君にとって、私を見限る決定打となってくれたらしかった。
そう頬を掠める小石の感触を確かめて思う。
「そんなんじゃ私は殺せないよ?」
千春君が肩を上下させまた地面に落ちた石を拾いまた私に投げてくる。でもその顔にはいまだ動揺と、恐怖の色が強く、乱雑に投げられた石は殆ど当たらない。
「なんでッ!!」
「なんでど言われても」
雨がよりひどくなる。
「なんで貴方がそうなんですッ!?」
「私は元々こう言う人間だよ」
今度は千春君の投げた石が右目付近に当たる。
「じゃあなんで私を助けたんですッ!?」
「・・・・そっちの方が面白いからでしょ」
ごめん。本当にごめん。でも君の負の感情はここで全部清算しないといつまでも尾を引く。
こうなった以上私が悪人になるのが千春君の心の為だ。
そう自分の行為を納得させていると、その石が飛んでくるのが止まってしまう。
「なんで・・・・・・・なんで・・・・・・皆いなくなってくの」
何か彼女に渡せる言葉を私は持ち合わせていなかった。資格が私にはなかった。
でもここが潮時かと太郎を見た瞬間、その太郎が私へと向かって叫ぶ。
「伏せてくださいッ!!」
その言葉に私が反応する前に、雷鳴のような轟音が響く。そしてそれと同時に私の大腿に激しい痛みと熱くじんわり広がる熱を感じる。
「・・・・・・え、これは」
腿を触った手には赤い液体がべっとりとつく。今まで他人のものばかり見ていたもので、冷たい雨と合わさって余計に熱く感じる。
すると雨音の中2人分の足音が近づいてくる。
「警告射撃無しですみませんね。でも逃げられるわけにはいかないんで」
警官だろう。服装はスーツだがそれはすぐに察しがつく。もう片方は銀髪で目立つが警官だとしたら2対2。
「あれ、アンドロイドです」
太郎が私を警官から守る様に間に入ってそう言う。
するとその銀髪が物珍しいように見てくる。
「おぉやっぱ大分珍しい型ですね。スパイ活動で国内に持ち込まれたんですかね」
そんな2人の会話の中。私は痛みを必死に隠しながら今最善の行動を考える。
まず警官がこの2人だけだとは考えずらい。そしてあちらにもアンドロイドがいる以上、戦闘で勝つには分が悪い。だが逃げるにも私の怪我は足手纏い。
なら私のやるべき事は決まっている。そう膝をついたまま目の前に立つ太郎の肩を叩く。
「千春君のことを頼むよ」
「・・・・・・良いのですか?」
流石アンドロイドすぐに私の意図を察してくれる。だがそれをただ眺めている警官ではなく、再び拳銃を構える。
「両手を頭に。膝をつけ」
「足に穴空いている人にそれ言うのはひどくないかい?」
太郎は私の意図通り後ろへと回って千春君の方へと向かう。だがそれを警官が放置する訳もなく、その銃口は太郎へと向いていた。
「良いから膝をつけ。あとそこのアンドロイドも動きを止めろ」
刑事の後ろの銀髪の女は動こうとしない。アンドロイドである太郎の動きに警戒しているのだろうか。
そう思考をしながらも拳銃をそうバカすか撃たないと思っていたのだが、また耳が痛くなるような雷鳴の様な破裂音と共に、私の頭上を銃弾が通り抜ける。
その瞬間まずいと振り返ると、太郎は体を屈んでおりなんとか避けたらしく、跳弾する音と共に墓石が欠けるのが見える。そしてそこで私は最期に走り出す太郎と目を合わせる。
「千春君をッ!」
太郎が頷いた気がした。でもすぐに太郎は私から背を向けへたり込む千春君を抱え走っていく。そして私の体の前からは刑事が距離を詰めてくる足音がする。
だから私は痛みに耐えなんとか立ち、刑事の行く道を阻む。そして最後に私が言うべき事をと、背後で千春君へと向かう太郎に顔を向けることなく叫ぶ。
「太郎の所有権を門浪千春に移譲するッ!!!」
そう私は叫びその刑事へと向かい直りタックルを試みる。アドレナリンが出ているのか、痛みも少ないし雨粒も止まって見える。昔アメフトやってた時に一度あった似た感覚だ。
「うらぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあああああ」
情けない雄たけびだったと思う。ここまで声帯を開いたのは何年振りだろうか。
それでも私は不格好にでもタックルを男の刑事へとかまして、無理やりにでも押し倒す。だがその刑事はすぐに銀髪の方へと指示を出す。
「アンドロイドッ!!追え!!!」
耳元でそのの声が聞こえる中、雨で視界も悪いが音を頼りにそのアンドロイドの足を掴もうとするが、それはすぐに空ぶってしまう。
「ッチ、お前捕まえても意味無いんだよッ!!」
そうあっさり取り押さえていた刑事に突き飛ばされ、背中に激しい痛みが走り雨水が沁み込む。
「はァ・・・・ッ」
衝撃のせいか息が出来ない。
でもそんな事より千春さんだと。太郎ならなんとかしてくれるはず。そう僅かに顔を上げれば、歪む視界では千春君を抱え走り去る太郎の姿が僅かに見える。
私はなんとか絞り出すように言葉を零す。
「・・・・・・・頼むぞ」
そしてそれと同時にぞろぞろと大勢の水を弾く革靴の足音、それに遠巻きにパトカーのサイレンが騒がしくなる。だがそれを感じる時間も無く、私は無理やりうつ伏せにされ、背中には何人も人が乗っかり両手首には冷たい金属の感触がつく。
「あいつらも逃がさないからな」
水浸しになった刑事が私を見下ろしてそう呟く。この感じからしてすぐに太郎たちが捕まったわけでは無さそうと安心を覚える。
「・・・・・太郎はすごいよ」
そう言い返す私に、ひどく冷たい目を向ける青年だった。犯罪者に向ける視線そのものだ。そしてその刑事は私を取り押さえる警察官に一言残し、この場を去る。
「・・・署に連行しろ」
そうして私、相野穂高は一連の殺人事件の容疑者として捕まり、尋問の後起訴される事になったのだった。だがこの事件はグループでの犯罪として扱われ、私が捕まった後も捜査は継続される。
だけど後悔はない。千春君には多少はショックを与えてしまったかもしれないが、私の事を嫌いになっただろうし太郎も上手く話を合わせてくれるだろう。
私の様ななんてものも無い中年に出来うる事限りの事をした。最善じゃあないかもしれないけど、やれるべきことをやったと信じたい。
だからあとは太郎に・・・・そして話したことも無いけど堤君彼に託そう。
そして連続殺人犯相野穂高。彼の死刑判決が出たのはそれから3年後。高裁への控訴は相野死刑囚は行わず、死刑が執行されたのは18年後の事だった。




