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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第二章
30/60

第三十話 嘘つき


 年末年始、大学の短い休暇を使った帰省。

 その単語だけ見ればなんら変わりの無い、一般的な大学生の過ごし方。

 でも俺にとってみれば、何をしでかすか分からないアンドロイドと、敵意を隠そうとせず無理やりついてくる女との共同生活。


 果たして休暇と言えたのだろうかと疑問を呈したくなる、それぐらいの心と体の疲労ぐらいだった。でもそれも今日で終わりを迎えようとしている。


「じゃあまた成人式の日に帰ってくるから」


 俺はそう言って千春さんと共に玄関前で父さんの見送りを受けていた。


「車で送らなくて大丈夫か?」

「うん、大丈夫だから」


 渚の存在を父さんは知らない以上、移動が面倒臭くなるから断る。

 そして俺の隣に立つ千春さんが頭を下げる。


「短い間でしたがお世話になりました。ご飯美味しかったです」


 そう言って顔を上げる千春さんは少しだけうちのシャンプーの匂いがした。この休暇で得た事があるとすれば、毎日規則正しい生活だったからか千春さんの顔色がかなり良くなったことだろうか。


「うん、こっちこそありがとう。またいつでも来て良いから」

「はい、ありがとうございます」


 まぁ本題だった俺が千春さんの信用を勝ち取るというのは、何故か父さんの方に軍配が上がってしまったが。

 

 でも千春さんが少しでも元気になったなら良かった。そう俺は切り替え改めて父さんを見る。


「じゃあまた」

「おう、元気で」


 外に露出する耳に手のひらが痛い程冷たい空気。そんな中を見送りされつつ俺らは二人で歩く。渚はタイミングを見て俺らと合流する手はずになっている。


「・・・・どうでした」


 まだ朝も早く人通りの少なく、一面田んぼと電柱だけが続く道。俺は探る様に千春さんに語り掛ける。


「・・・・まぁ・・・・悪くなかった」


「・・・・・・・・・・そっすか」


 この言葉を聞けたなら良かった。もしかしたら俺が小難しく考えてただけで、千春さんは日常を求めていたのかもしれない。そうこの短い一週間弱を思い出し、胸につっかえたものをはきだすように白い息を昇らせる。


 すると千春さんは足を緩め俺の目を見る。


「でも私の気持ちが消えたわけじゃない」


「・・・・・はい」


 着実に何かを探る様に探すように千春さんは言葉を紡ぐ。だから俺はそれを邪魔しない様続きを待つ。


「・・・・・だから一旦保留」


 初めて千春さんが笑った気がした。でも俺が二度見する時には、またそのレンズの奥に表情を隠してしまう。


「墓参りの話さ」

「あぁお父さんの?」

「そう」


 俺はなんとなく次の言葉を察しながらもそれを待つ。


「成人式の日。一緒に行かないか、今はすぐに整理つけられないからそこで答えを出す」


 こうもあっさり、何か劇的な事があった訳じゃない。俺は何もしていないに等しいのに、それでもあの千春さんがそう言ってくれた。それだけで俺は嬉しくなって、声が上ずってしまう。


「えぇ!!二次会断って行きますよっ!!」

「あ・・・おう」


 少し千春さんに引かれているが、以前までの悪印象を持たれてた頃からしたら屁でも無い。だから俺は話を詰めようと前のめりになる。


「じゃあ時間は━━」


 俺がそう言いかけた時ふと足音が一人分増える。


「なんのお話です?」


 その声に嫌な感覚を覚えつつも、俺はゆっくりと振り返る。


「・・・・・渚か」


 思ったよりも早い合流。まだ地元も近いから人に見られない様、離れた所で集合すると決めたはずだったが。


「まさかその女が本気でそう言ってるとでも?縋る友人をあっさり切り捨てる程の奴が、こんな事で折れると思います?」


「・・・・・・何が言いたいんだよ」


 千春さんへの悪意を隠さない渚。そしてその渚は無理やりにでも俺と千春さんの間に割り込んでくる。


「もちろん危害は加えません。ですが岳人さんの身の安全を懸念した上での警戒です」

「俺はそんな命令をした覚えはないが」


 渚の水色の瞳が俺を見上げる。久々にこのビー玉みたいな瞳を見た気がする。そしてそのアンドロイドは息を吐かずに言葉を発する。


「そんなに私間違った事言ってます?事実岳人さんは危害を加えられたんですよ?」

「でもこの一週間俺は何もされてない」

「油断を誘うためでは?」

「ならその時は渚が止めればいいだろ」

「それを言うなら未然に防いだ方がリスクは少ないですよね?」


 どこまでも平行線。いつのまにか俺らは足を止めたまま睨み合う、そんな問答を続けてしまっていた。

 でもそこに割り込むのは、「信じないかもしれないけど」とそう前置きをする千春さんだった。


「私が成人式の日に何を選んでも、もうあんたらには関わらない。これ以上迷惑をかけたくない、それはもう決めた事だから」


「・・・・・・へぇ」


 渚が俺から視線を外し千春さんを見る。


「復讐を続けるとしても私の事は放置すると?あれだけ意味の分からない因縁をつけてきたくせに?」

「だからそう言ってる。それに少しは冷静になったから」


 自嘲気味に千春さんがそう言う。

 それもそう。だって千春さんは渚を破壊すると言っていたが、それこそ人には到底無理な事。もしかしたら俺に取りいって自壊を命令させる計画だったのかもしれないけど、それも諦めたって事なのだろう。


「・・・・・勝手に盛り上がって勝手に冷静になんなよ」

「自分で言うのも変だが、それが人間って奴じゃないのか?」


 渚はただ睨むだけで、それ以上千春さんに対して何か言葉を返す事はしなかった。いや何かを引っ込めたと表現するのが正しかったのだろうか。


 その後三人で楽しくお話が出来る訳もなく、俺らは公共交通機関を乗り継ぎいつもの街へと帰る。

 行きとは違うのは、俺と千春さんが席に座り渚が一人でつり革にぶら下がりもせずただ立っていたことぐらい。


「じゃあまた来週!!」


 俺は駅に着くとそのホームで、出来るだけ笑みを作り大振りに手を振る。渚の事は俺がなんとかする、そういうメッセージを込めたつもりだった。

 でもそれを見て千春さんは仲間だと思われたくないのか、俺から目を逸らし小さく頷いて眼鏡に光を反射させる。


「・・・・また」


 そう言ったような気がするような無い様な、そんな声だったがそのまま千春さんは雑踏の奥へと消えて行ってしまった。最後にあの言葉が嘘じゃないか知りたかったけど、その表情を伺う事はできなかった。


 だが、次にとで俺は渚をどう説得したものかと、振り返るのだが。


「・・・?どこいった?」


 辺りを探しても姿は見つからない。今までこんな事が無かっただけに少しだけ焦るが、俺の携帯に一通の連絡が来る。


一度頭を冷やしてきます


 それだけがスマホの待ち受けに表示される。

 俺と面と向かって話すのは憚られたのか、それは分からないが渚は自分で整理を付けるつもりらしい。


「帰ったらまたちゃんと話すか」


 渚が理解しようとしてくれるなら俺にとってもそれで良い。自分で考えさせて互いに納得のいく結論をだそう。


 その時向かいの階段に千春さんが昇っているのが見える。なんとなくこっちを見ている気もしたが、気のせいかと、やりきった達成感を噛みしめるように一歩ずつ階段を登る。


 俺はまたそうやって呑気に思考を打ち切り、目をそらして楽な方へと逃げてしまった。


 どうやら人の本質はどこまでいっても変わらない。あの5年前で反省した事も、所詮は喉元を過ぎて冷めきったものでしかなかった。この時ちゃんと見てその手を取っていれば。そんな事にすら俺は気づかずに、改札の外へと出て行ってしまった。


ーーーーーーー


 太郎が接続した携帯から流れていた音声を切り、私は天井を見上げ手に掛けたネクタイを離す。


「太郎」

「どうなさいました」

「動こうか」


 私は太郎からの情報を受け思考を巡らせていた。

 どうやら千春君が立ち直れそうなこと、最初の方は太郎が聞いてたから半分しか知らないけどそれは確か。あの千春君が自分で門浪の墓参りに行くって事は、現実を受け入れられたと同義。だから以前から計画していた事を実行するまで。


「自首しようか。彼女が立ち直るのを見届けてから。君はもう少しやってもらう事があるけど」


 自己を過大評価しているかもしれないけど、少なからず千春君は私が裏切っていた事はショックに感じるかもしれない。だから太郎には残って千春君に入る情報において、相野穂高の情報をシャットアウトさせ、蛇西侑哉とすり替える。大変な役目で実行可能性も低い事は分かっているけど、これぐらいしか彼女の為に出来る方法は浮かばない。


「・・・・・・・私が蛇西侑哉の見た目になり自首する方法もありますよ」

「それだと私が裁かれない。私が殺したのだから私が裁かれるべきなんだ」


 そこは譲れない一線。何でもない一個人である私が、国家権力相手に互角以上に戦えていると、勘違いし、浮かれ殺人を楽しんでいた事への贖罪。そして親友の理念を奉げた法に歯向かった償いをするべき。


「すぐに死刑にはならないだろうからさ。それまで千春君の事をお願いしても良い?」

「・・・・・随分相野様にしては曖昧な命令ですね」

 

 早かったがここで止まれて良かったのかもしれない。これ以上こんな事を続けていたら、私は今と同じように自首を選択する事は出来なかったかもしれない。まだ人であるうちに自首の選択肢が見えた事に、彼に対して感謝しないといけない。


「・・・・・・あぁなんか思い出すな」


 大学の頃の事だ。時間を持て余した私と門浪は、いつもどうでもない意味の無い会話をしていたのが脳裏に浮かぶ。


「もし私が人殺したら匿ってくれる?」


 門浪との関係性を確かめる為だったかもしれない、それともただ最近読んだ本の影響を受けただけかもしれない。でも事実として私はそう問を投げかけたが、門浪はサンドイッチを加えたまま俺を変な目で見る。


「自首するなら早めにな」

「やってないわ。聞いただけだよ」


 人殺してこんな悠長な奴いる訳ないだろうと、私も呆れたように門浪を見る。すると門浪はそのサンドイッチを平らげ、腕を組んで空を見上げる。


「俺は迷いなく警察に突き出す。殴ってでも」

「友情はどこいったんだよ」


 私が冗談交じりに言うと、なぜか門浪は真面目な表情を作って私を見る。

 あぁまたいつもの石頭のお説教かな、そう思ったがその門浪の口調はどこか優しかった。


「俺の友情はお前がムショから出てきた時に一番に迎える事だよ。だから安心して裁かれて来い」

「・・・・・だからやってねぇっつの」


 そんな事を真正面から真面目に言われてこっちが気恥ずかしくなってしまった。でもそんな顔を見られたくないので、私は手に持ったカツサンドを頬張って表情を隠す。


「あ、でも死刑だったらどうしようもないから」


 真面目に冗談を言っているのか相変わらず分からないが、その時は謎にそれが笑えてむせ返ったのをやけに鮮明に思い出す。


「ま、出迎える門浪はいないし、私は死刑だろうがね」


 それでも最後に人として死ねるなら。もしかしたらあの世で門浪が握りこぶし作って待っていてくれるかもしれないしな。


「じゃあ千春君の成人式までに、死ぬまでにやりたい事やりきってみるかな」


 私はそう決めると同時に出勤の為出していたネクタイにスーツをクローゼットにしまう。と、その時太郎が何かあるのか、私の肩を叩く。


「なら最期に私の都合に付き合ってくれません?」

「・・・・?珍しいね。話してごらん」


 そうして私達はその成人式の日を迎える事になったのだった。


ーーーーーーー


「・・・・・・へぇ」


 警察署の屋上。鉄柵に体重をかけ銀色の髪を靡かせる女が遠い空を見つめていた。


「ここ基本使用禁止なんですけど」


 それに並ぶのはコーヒー缶を右手にぶら下げ、疲れたように背を伸ばす蒲生定範だった。そしてそんな蒲生を一瞥することなく、アンドロイドが言う。


「人とアンドロイドの違いってなんだと思います?」

「哲学なら他所でやってくれ。ここは警察署だぞ」


 カシュっとコーヒー缶の蓋が沈む。


「私の本来の所有者は、選択に対して合理性を介さずそれを正しいと勘違いするのが人間だと言いました」


「・・・・・未来でも哲学は残ってるんだな」


 蒲生は興味なさげに煙草に火をつける。もちろん敷地内はダメな事を知っているが、加齢臭の漂う喫煙室を毛嫌いしていたからだ。


「でも私はそうは考えませんでした。それはアンドロイドが常に合理を持って正しい選択をする事が前提だったからです」


「あ、そう」


 珍しく語りたがるアンドロイドに少し興味を示すが、それでも要領の得ない会話をあくまで聞き流す蒲生。


「ラプラスの悪魔の概念を実証出来れば、私達が常に正しい選択が出来ると言えたかもしれない。でもそれは所詮思考実験の域を出なかった」


「・・・・・・・はぁ」


 結局何が言いたいのかも分からないし、疲れた頭に小難しい会話を流し込まれた蒲生は乱暴に空になったコーヒー缶の中に吸い殻を捨てる。


 でもそれでもアンドロイドは続ける。


「アンドロイドも合理を外れ間違えるって事ですよ。人みたいに」

「んだよそれ。結局中身無さすぎだろ」


 あんたらアンドロイドが常に正しい行動が出来ているなら、今俺らは犯人探しに苦戦していないだろうと。何を今更自分の無能さを棚に上げるような発言を、アンドロイドがするのか分からずにいた。


「でもそれが感情というものなら。果たしてそこに人とアンドロイドに差はあるんでしょうか」


 何が言いたいのか分からないが、少なくとも蒲生自身の思想のそれとは違うものを離しているのは理解していた。

 

 だから怠いと思いつつも、蒲生は言う。


「人の脳だってニューロンの連続だろ。それがトランジスタに変わっただけだけで、そんな違いがあると思う方がおかしいんじゃねぇの」


 するとアンドロイドは少しだけ小ばかにするように笑う。


「随分極端な持論ですね。じゃあ人の感情と呼ばれる物もただの学習の結果だと?」

「僕はそう思うね。これがあると嬉しい、これをされると悲しい、そう学んだ結果人は感情という定型的な物を得る」


 子供は一番身近な同じ人である親を見て成長する。だからその親がクソなら、大抵その子もクソになる。


「国ごとでも常識が違うんだ。この行為をあの国でやれば喜ばれる、この国でやったらキレられる。所詮みんな周囲の真似をしてるだけで、自生的な感情なんて持ち合わせてない」


 結局誰かにとっての正しさも全員にとっての正しさじゃないし、それは誰かにとっての間違いの時だってそう。


「つまり環境要因や外部要因によって感情は定められる。だから本来人が持ち合わせている物じゃないと」

「まぁ・・・そうだな。他だと脳内物質とかは典型だしな。外部からの薬で感情を操作できちまうようなもんだしよ」


 ムキになって色々語ったせいで、せっかく冷やしに来たのに頭が痛くなる。

 こんな事アンドロイドと議論した所で何も意味なんて無いのに。でもそのアンドロイドはそれで満足なのか、柵から手を離して蒲生から距離を取り背を向ける。


「なら彼女は誰の真似をして行動してるんでしょうね」

「・・・・・?結局何が言いたいんだよお前は」


 アンドロイドが銀色の髪を風に揺らし振り返ってくる。だがどうやら最後の最後まで、このアンドロイドは蒲生にとって気に食わない奴なのは確からしかった。


「犯人確保に大きく前進したと。それだけお伝えします」


 そしてどこかに嘘つきが一人いたのだった。




 

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