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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第二章
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第二十九話 出来ること出来ないこと


 真っ暗で冷たい夜空。車の通りなんてほとんどない畦道を歩く。

 星と中途半端に満ちる月だけは良く見える。でもそれぐらいしか良い事なんて無い。


 私は目の前を歩く男の背について行く。するとその背は振り返り、白い息を吐く。


「渚は部屋から出ない様言ってありますから」


「・・・・・・別になんも言って無いだろ」


 遠くから除夜の鐘が鳴り始める。それだけかBGMのように辺りに響き、コツコツと二人分の足音が鳴り続ける。

 

 時間は少し前のこと。目の前の男の父親が作った年越しそばを食べ、お互い無言で部屋で時間を過ごしていた時。


「俺これから近所の神社行くんで行きます?」


「・・・・・・」


 私はそれを聞こえてはいたが、応える義理も無いので無視をする。確か行の電車でも似たような事を言っていたけど、私を連れ出して何が目的なのか。


 そんな不信感しかなかったが、男は腰掛けていたベットから立ち上がって言う。


「良いじゃないですか。ずっと部屋にいたら息も詰まりますよ」

「・・・・・・しつけェな」

 

 突き放すように強めの口調と共に私はやっと顔を上げその男の目を見る。だが腹の立つ事に、その男はまるで自分を善人と信じきっているように優しく笑う。


「何時間もそこに蹲ってたら腰も痛みますし」


 上から私を見下ろし右手を差し出してくる男。どこまでも腹の立つ奴、だから私はその手を振り払おうとするけど、その寸でで止まってしまう。


「・・・・・・・・んだよその顔は」


 どれだけ拒んでも振り払っても嫌な顔せずに同じように笑いかけてくる。どこまでも腹が立つし鬱陶しい事この上ない。


「ッチ」


 だから私はこいつの相手をするのが面倒くさくなって付いてきてやった。私はこいつに妥協したんじゃない、これ以上面倒くさく絡まれない為の行動。


 だから私はその手を振り払った。


「・・・これで最後だからな。これ以上絡んでくるな」

「・・・え、あ、っ・・・・・はい?」


 自分から誘っておいて困惑した顔を見せる男。どうせ断られるものだと思い込んでいたらしい。

 この顔を見られたならある意味この選択肢をして清々したと言えるかもしれない。


 そうして今私は鳥居をくぐり静かでほとんど森の参道を歩く。

 偶にすれ違う地域の人たちは私を不思議そうに見つつも、隣を歩く堤岳人を見ると何か納得したように挨拶をする。


「・・・・千春さんは地元どこなんです?」


 コツコツと石畳の上を二人で歩く中、堤岳人は前を見たまま話しかけてくる。


「・・・・・隣町だよ。家はもう売った」

「あぁだからここに来ても戸惑ってなかったんですね」


 男は何か得心が言った様に頷く。自分でもこんな事答える義理は無いのは分かっているけど、寒さのせいだろうか。

 でもそれで調子に乗ったのか、男は更に会話を投げかけてくる。


「じゃあお墓もこちらに?」


「・・・・・・・あ?」


 なんでそんなことまでお前に教えなきゃいけないんだ。少し気まぐれで答えてやったら調子に乗って、ずけずけと人の触れて欲しく無い所に踏み込んでくる。


「あ、いや・・・千春さんがうちの仏壇に手を合わせてくれたから、俺も手を合わせに行くのが筋かなって・・・」


 俺は冷や汗をかきながらもありのまま理由を述べるが、光源が無いせいか千春さんの表情を読み取る事が中々出来ない。

 

 少しの沈黙が流れる中、参道の向こうに篝火の揺らめきが見えてくる。そしてそれと同時にオレンジ色の灯が千春さんの顔に反射する。

 

 だがその顔は俺を見ず、その先にある神社へと向く。


「・・・・・・ほら、お前に手振ってる奴いるぞ」

「え、あ、あぁ・・・あいつか」


 俺も視線を向けると高校までずっと一緒だった友人が手を振っている。隣に居るのは・・・・あぁあいつの彼女か。


 そんな会話をしている中でも俺らは歩き続け境内に近づき周りに人も増え、さっきの墓参りの件は会話に出しずらくなってしまう。だから俺は一回それを抑えて、久々に会う友人に声を掛ける。


「久しぶり。なんか背伸びた?」

「いやぁ?どうだろう?」


 須佐渡。地元だと割と仲の良かった友人の一人だと思う。そして隣の彼女は・・あんま話した事無いけどこの人も同級生だったことのある人だ。

 

 そう俺が懐かしさを抱いていると、渡が面白い物を見たとでも言わんばかりに、俺の隣にいる千春さんを見て耳打ちしてくる。


「・・・・そういう事だよな?」

「どういう事だよ」

「分かってるくせに」


 俺が女の人と一緒に居るのがそんなに面白いのか肘で突っついてくる。昔はもっと大人しいイメージだったけど、彼女が出来ると人は変わるのか。


 そう思っているとチラホラ近所の人が見えてくるので、俺は渡との会話を程々に離れあいさつ回りを手早く済ませる。

 そしてちょうど甘酒を配り出したので、俺は千春さんを連れそこまで行く。


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 町内会の会長の・・・・・誰だっけ。顔は見覚えあるけど苗字が出てこない。でもそれでなんとかなり、会長さんも頭を下げて紙コップを差し出す。


「おめでとうねぇ。よろしくお願いします」


「ありがとうございます。あ、あともう一つ良いです?」

「ん?あぁ他所の人?」

「まぁそんな所です」


 千春さんも軽く頭を下げ甘酒の注がれた紙コップを受け取る。隣町なら知り合いもいそうなものだけど、その気配はないらしい。


(ま、俺も隣町に知り合い高校の奴ぐらいだしそんなもんか)


 そうして俺らは境内の少し外れまで行って、遠巻きに篝火と人だかりを眺める。


「さっきの俺の友達、明日舞?みたいなのするらしいんだよ。神社の家らしくて」

「・・・・・へぇ」


 興味無さそうに返事をしつつ千春さんは甘酒に口を付ける。俺もそれに倣って甘酒に口をつけるが。


「・・・・なんか日本酒っぽいね」

「・・・・・・だな」


 そういえばあの人一言も甘酒って言ってなかったな。去年はそうだったけど、もしかして割とランダムだったりするのだろうか。


 そう思うと同時に千春さんが下戸って言っていたのを思い出し俺は焦る。


「あ、これアルコール強いかもしれないんで無理に飲まなくても━━」


 俺がそう言うが千春さんは無視して紙コップに口を付け飲み干してしまう。そしてその空になった紙コップを握りつぶして言う。


「捨てる訳にいかないだろ。それにお前に呑ませるとか論外」


「・・・・・なんかすんません」


 パチパチと篝火が弾ける音がする。いつもは1人で来て挨拶とお賽銭だけしてさっさと帰るから、なんだか不思議な気分だった。


「やっぱ来るんじゃなかったな」


 千春さんは心底嫌そうな顔をして、真っ白な息を吐く。

 篝火から距離があるせいか、痛いほど指先と耳が冷える。


「でも見たことない光景ではある」


 千春さんが俺に向けて言ったのかは分からない。でもそう確かに呟いて、空になった紙コップを捨てに行く。俺はその背を急いで追いかけ、紙コップの中身を飲み干す。


「かっら」


 少しだけむせてしまいながらも、なんとか紙コップを軽くする。

 

「アホかよ」

 

 と、千春さんには呆れられてしまったが。

 そうして俺らは参拝を済ませると、新年のあいさつ回りもほどほどに境内を後にする。最後の方では崩れかけた篝火が印象的だった。


「こういう地元の集まりって街じゃ中々ないよね」


 帰りの参道の途中。両脇に並ぶ木々の間から見える夜空を見上げる。


「田舎なんて良い事ばっかじゃねぇだろ」

「まぁそれはそうだけどさ。嫌な事ばっか見ててもじゃん」


 それを俺が出来ているのかと聞かれたら確実に否ではあるんだけど。それが分かりつつも、俺は良い格好をしたいらしい。


「・・・・お前らしい楽天的な思想だな」

「俺って千春さんの中で随分評価低いですよね?」

「逆に嫌われて無いと思ってたのかよ」

「いやまぁそれは・・・・分かってますけど・・・・」


 少しは俺に心を開いてくれても良いんじゃないかと思う。でも渚の処遇が気に入らないんだろうなってのも、理解はしているつもりだが。


「まぁ・・・・えーっと・・・・・・・ですね」


 どう言ったら良いのだろうか。上手く言葉がまとまらない。


「・・・・・・・・」


 でも千春さんは無視しているのか分からないが、無反応のまま俺の隣を歩く。

 

 でも今言うべきだとそう感じる冷たい空気を吸い込む。


「俺は千春さんと仲良くしたいと思ってますよ」


 もう少し言葉を捻るべきだったかもしれない。月並みで空っぽに聞こえる言葉かもしれないけど、これは俺にとっては本心そのものだった。


 俺と似た境遇。そして今まさに苦しんで自暴自棄になっている千春さん。もしかしたらこの人に俺がしているのは、過去の俺がしてもらいたかったことなのかもしれない。


 そんな俺の考えを見透かしたように、やっと千春さんが俺の目を見る。


「お前の自己満足に付き合う気はない」


 言葉では突き放すような言葉。でもその声は消え入りそうなほど小さかった。

 だから宣誓とでも言うのか、俺は千春さんの眼を見る。


「それでもです。逃しませんから」

「・・・・・・・気持ち悪りぃ」


 着実に千春さんは俺と会話をしてくれるようになった。それだけでも俺があの時選択したことを後悔しないで済む。


 そう僅かな成果を感じ、俺たちはまた畦道を辿っていった。


ーーーーーーーー


 元旦の朝。

 大晦日から1日経っただけで、どこか雰囲気が変わる気がする。


 そう俺はどこかの駅伝を見ながらお雑煮を食べていた。


「これ、黒豆作ったの?」

「そう!千春さんも手伝ってくれてね」

「へぇ・・・・・」


 父さんから視線を外し黙々とお雑煮を食べる千春さんを見る。そんなに協力的なことに意外なのもあるけど、なんで俺はダメで父さんにはそんな優しいんだと少し不満。


「こっち見ないでくれます?食べずらいので」


「あ、すんません・・・・・」


 まぁ・・・・・父さん相手でも誰かに心を開いてくれる分には良いんだけど。なんかモヤっとする。

 

 そうしてお雑煮を食べ、コタツでだらついているところで、俺は寒さになんとか抗いのそりと立ち上がる。


「じいちゃんの家行ってくる」

「ん?あぁ気をつけて」

「父さん行かないの?」

「どうせお宮掃除で会うし良いかな」


 町内会の役回りの仕事のことだろうか。そう思いつつも、俺はダウンを着込んで寒く冷え込む元旦の空気を吸いに行く準備をする。


 するとその背からまた足音がする。


「来るんすか?」

「彼女が行かないと不自然だろ」

「はぁ・・・・・律儀っすね」


 千春さんがそこまで付き合ってくれるとは思わなかった。そして千春さんは俺の隣でブーツを履きながら言う。


「・・・・・お前じゃひ孫の顔見せれないだろうし、彼女の顔見せて孝行してやろうかと」


「俺憐れまれてるんです?」


 なんかレンタル彼女を家族に紹介しているみたいな状況だなこれ。


 でもそれは俺がマイナス思考すぎただけらしく、千春さんは少しだけほんの少し柔らかい口調になる。


「まぁ生きているうちは喜ばせてあげろよ。私は1人もいないから」


 それだけ言って千春さんは先に玄関を出ていってしまう。重みのある蔑ろにできない言葉を聞いてしまった。


「やっぱ優しい人ではあるんだよな」


 真っ直ぐで優しい。でもそんな彼女は拠り所を奪われて、その善性を塗り替えるほどの憎悪に見舞われた。


 靴紐を縛り立ち上がる。


 きっと彼女は強い人なんだろう。それこそ時間があれば俺の手助けなんていらずに立ち直れる。


 俺にできることなんてあるのか


 あの公園で会ってから俺は千春さんに何か与えれただろうか。何かしたいそう思っても何か実行できているのか。


 そう俺が逡巡しているとまた玄関の戸が乱暴に開けられる。


「いつまで待たせんだよ。寒いから早くしろ」

「あ、はい!すんません!」


 やれることを一つずつ。それをするしか俺にはないか。 それこそ千春さんが選択できる時間を稼ぐぐらいできて見せないと。


 そうして新年の1日は平和にゆっくりと流れていった。


ーーーーーーー


「太郎って寒さ感じるの?」

「いえ、触覚自体はありますが、そう言ったものは」


 霊園の駐車場に車を止め、降りると丸まった背を伸ばし骨を鳴らす。


「・・・・あぁ千春君か」


 通知を受けて震えた携帯の画面を見る。


明けましておめでとうございます


 ただ淡白な一文。でも1ヶ月前の彼女なら絶対に送らなかったであろう一文。


「彼と会って少しは変わってくれたのか」


 少しだけ心が軽くなる気がした。自分の行いを肯定された気がした。

 私はそんな千春さんに返信をうつ。


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 すぐに既読が付きスタンプが返ってくる。私じゃどうしようもできなかった彼女を、ここまで引っ張ってくれた彼には感謝をしないと。


「よし行こうか」


 携帯を内ポケットにしまい霊園を歩く。そして門浪家代々の墓跡を前にする。


「千春君はまだ来れてないか」


 一本も差されてない墓花を見つつ、道中買った菊の花を差す。そして線香だけをあげ両手を合わせる。


「今俺を見てどう思うんだろうな」


 きっと許さないだろう。もう4人も殺してしまった。正義感の強い門浪なら、烈火に如く掴みかかってくるだろうか。


 すると後ろから太郎の声がする。


「私には故人の気持ちは分かりません」

「君に言ったわけじゃないよ、独り言」


 別に神や仏を熱心に信仰しているわけじゃない。でもこういう時に縋りたくなってしまうのは何故なんだろう。


「じゃあそっちで待ってろよ。まぁ私の行くところは地獄だろうけど」


 立ち上がり線香を付けたライターにまた火を灯す。そして口元に加えたタバコに火をつける。


「・・・・そういやお前タバコ吸わなくなったんだっけか」


 門浪は一時期吸ってたけど千春さんが生まれてパタりとやめてしまった。まぁ大学時代は吸ってなかったから短い喫煙期間だったな。


「じゃあ行こう」


 私は太郎にそう呼びかけその墓標を背にする。

 

 2つの白い煙が真っ青な空に上がり、どこかその上で霧散し互いに混ざり合った。

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