第二十八話 年の瀬
寒い
どこからか鳥の鳴き声に、新聞配達のバイクの音がする。
「・・・・・・ん」
自分が変な時間に起きたのを自覚しつつも、俺は体を起こし時計を確認する。
「4時か」
どうやら千春さんが締めてくれたのかカーテンは閉まっている。が、それでも外がまだ真っ暗な事ぐらいは分かる。
そうして俺はベットに腰掛け、頭を働かせるが自分の服が寝間着では無いのに気づく。
「風呂入んねぇと」
まだ寝ているらしい千春さんを起こさない様、俺はゆっくりと部屋を歩きクローゼットから着替えを取り出す。するとその時千春さんが俺のいる方へと寝返りを打ち、ガラついた声を発する。
「・んあ?」
「・・・・・っと、起きて無いか」
眼鏡を付けないとなんか印象が違う。なんかこう幼く感じると言うか、元が大人びている風貌なのもあるけど、そう感じる。
だけどあまり人の寝顔を見る物でもないので、俺はさっさと一階に降り風呂を済ませる。と言ってもシャワーだけで全く体は温まらなかったが。
「・・・・冷蔵庫空っぽだな」
ドライヤーは起こしてしまうからもしれないからと、バスタオルで頭を拭きながら冷蔵庫を漁る。どうやら父さんあまり自炊はしないようで、冷蔵庫の中はガランとしていて多少昨日の残りがあるぐらいだった。
「ま、お茶でいいか」
コップに注ぎ喉を鳴らす。深夜とか早朝に飲む飲み物っていつもより割り増しで美味しく感じるのはなんでだろう。そんな事を考えていると、後ろでリビングの戸がキィっと開く音がする。
「・・・・おはようございます」
「・・・・・・」
俺が起こしてしまったのか機嫌の悪そうな千春さんがこっちを睨む。
(・・・俺を睨んでくるのはいつもと変わらないか)
そう思いつつ俺はもう一つのコップにお茶を注ぎ、寝起きの千春さんに渡す。てかこの人寝たにしてはクマ酷いし、これまでどんな生活送ってたんだか。
「・・・・・・・・」
無言で俺からお茶を受け取る千春さん。相変わらず俺から何か貰うのは嫌らしいが、朝の喉の渇きには勝てないらしい。
でもそんな俺の考えが伝わったのか、余計に千春さんは目線を鋭くして睨んでくる。
「何見てんだよ」
「あ、っと・・・洗面所に新しい歯ブラシ置いてあるんで。使ってください」
俺はそれだけ言って千春さんのいるリビングを後にする。千春さんも俺なんかと一緒の部屋で寝て疲れただろうし、今下手に関わると余計に嫌われてしまう。もう既に下限まで嫌われているかもだけど。
そして俺は二階へと再び上がり自室へ戻る前に康太の部屋の前に立つ。中にいるのは渚だと分かっていても、康太の部屋を前にすると少しだけ動機がする。だけど、俺は意を決してノックをしてからドアを開ける。
「おはようございます」
部屋の真ん中で正座する渚が俺を迎える。まるで昨日からずっとそこにいたと言わんばかりの座り方だった。
「おはよ。変わりない?」
相変わらず俺はこいつを扱いかねていた。が、昨日こいつが死んだ康太に化けた事で、俺は関わり方を決めていた。
「変わりないです。それとあの女に警察庁長官の話はどうします?」
「引き続き隠しておいて。テレビも千春さんの携帯上でも」
こいつはどこまで俺ら現代の人間とは考え方が違う。人命や倫理よりより理屈、合理が優先される。一応感情を考慮しているらしいが、それは心を理解しているだけであって、心や感情を持ち合わせている訳では無い。俺は今までそれを勘違いして、渚に感情があると勘違いしてたから関わり方が分からないでいたんだ。
「じゃ、また指示するまで部屋から出ない事」
「・・・・・・はい」
こいつは所詮機械。人と思っちゃいけない。変に感情移入をして甘さを見せたら、またこいつは人を殺す。
「何もするな。その部屋で座っているだけで」
「・・・・・・」
今渚が悲しそうな顔を作っているのも、俺の同情を誘ら俺うためだ。だから俺はここで甘さを見せたらダメだ。
そう俺は渚との会話を打ち切るようにして扉を閉じ、ガランとする自室へと戻る。
「・・・・・・んでこんな罪悪感」
あいつが人の見た目をしているからだろうか。一か月弱でも一緒に生活をしたせいだろうか。
「でも俺がなんとかしないと」
甘くなりそうな自分の心を忘れるように見ない様に一言零し、俺はまだ朝も早い事もあり二度寝をするのであった。
そしてただ一体、部屋に残されたアンドロイドは零す。
「・・・・・アンドロイドの癖して空回りですか」
どうもやることなすこと上手く行かない。昨日のことだって、故人を再現する事はこの時代でも部分的にもされていたのを確認したし、未来だと多くの人を救った機能だった。だから良かれと思ったからなのに、昨日私の所有者は怒りの感情を示した。
「・・・・・関係の修復は不可能」
あれだけ嫌われてしまったらどうしようもない。いつ門浪千春と結託して私を排除しようとしてもおかしくない。でも私個人として、岳人さんを害する事はしたくないし所有者でいてほしい。
ふと自身の思考に疑問を持ち天井を仰ぐ。
「・・・・・・どうしてこんな事を?」
不意に出た私の所有者に対する思考の異変。
別に所有者なんていくらでも変わりはいる。それはそうなのだけど、なんで私はこれまであの人に固執してきたのだろう。
「・・・・・・・でも」
思考をすればするほど適当な理由は出てこない。合理的に考えれば関係が悪化し解消の見込みが無い所有者なんてさっさと変えるべき。固執するだけ歴史的に重要な人物でも無いし、何か秀でている訳でもない。
でもなぜか私に所有者を変えたいという思考は一切出てこない。
「・・・・自己矛盾」
これもこの偽物の感情のせいなのだろうか。人に近づけよう、人の代替をさせようと作られた、疑似感情。それがまた今私の行動指針を乱そうとしているのか。
「早めに動いた方が良さそうですか」
私が感情なんて言う不合理で不条理なものに乱されない内に。まともな判断が出来る内に、私とその所有者の安全と生命の為、アンドロイドの本懐を果たそう。
「私が岳人さんを救わないと」
カーテンの隙間から差し込み出す朝日。その朝日に照らされ映し出される宙を舞う埃。
どこかそのアンドロイドにとって懐かしいその空間。でもそのアンドロイドにはその空間にいた時とは違い、大きな変化が訪れようとしていたのだった。
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人の家。知らない匂いに知らない間取り。
でもそんな慣れない環境でも、なぜだか今日はいつもより寝れた気がする。だって父さんの夢を見なかったから。
「・・・・これか」
洗面所に置いてある未開封の歯ブラシを手に取る。わざわざ私の為に用意してくれたらしい。
「鬱陶しい」
私に尽くして何が目的なのか。それとも私を油断させて何かしようとでも言うのか。
それでも今はあちらが協力する姿勢な以上、私から手を振る事はない。だが、未だ犯人捜索に進展を見せないのは懸念要素。いい加減こんな茶番を終わらせないと。
「・・・・ッチ」
歯磨き粉が残り少なく中々でない。思考している時にこういうのが起こると余計にイライラする。
「あいつもあいつで気に入らねぇッ」
歯磨き粉がやっと出てきて歯ブラシに乗っかる。
自分にあれだけの境遇があってなんで私の暴言を受け流した。それがただただ腹立つ、私が悪い事をしてしまったと罪悪感を抱きそうになるから。
(あいつはアンドロイドの所有者。何をしでかすか分からない危険分子)
私があいつが暴走しない様抑えないといけない。それでうまく利用して父さんの仇を探すのに使う。
それであのアンドロイドも壊せばそれですべて解決、解決なはずなんだ。だからあいつに同乗する必要なんて無い。
冷たい水が洗面台を流れる。
歯磨きを終えて私は顔を洗って鏡へと見上げる。
「・・・・ひどい顔」
しばらくこうやって自分の顔を見る事は無かった。ここまで自分は荒んでいたのかとやっと気づく。
「私がやらないと。私が」
甘えそうになる、油断しそうになる気持ちを抑えるように頬を叩き気合を入れる。年末はまだしも年が明けたら、本格的に犯人捜索に協力させる。こんな帰省に付き合ってやってるだけ譲歩しているんだから。
「・・・・・・・・」
そうして私は部屋に戻ろうとした。が、あいつがいるのは嫌だからとリビングで一人こたつに入って時間を潰す。
そうして私が父さん関係のニュースが無いか犯人関係の警察発表が無いかいつものように調べ時間を潰していると、リビングの扉が開く。
「あ、千春さん起きてましたか」
「・・・おはようございます」
堤岳人の父親が姿を現し人の良さそうな笑みで軽く頭を下げてくる。昨日は大分酔っていたようだけど、もう酒は抜けたらしい。
「あいつまだ起きて無いのか。相変わらずだなぁ」
そう言いながら堤さんは私と距離を離しこたつに足を入れる。
少しだけ気まずい空間、どこかで様子を見て二階に行こうとも考えたが、堤さんがテレビを付けながら言う。
「色々気になるよね」
「え?」
「仏壇とか。付き合ってるなら説明されてたりする?」
「・・・・・あぁまぁ大体」
断片的にしか知らないが、別にあいつのことなんて知りたくも無いから、この話題が広がらない様そう答える。が、この親にしてあの子ありとでも言うべきか、堤さんは喋り続ける。
「あいつはちょっと抱え込みすぎるからさ」
「はぁ・・・・」
年末の空気感を漂わせるニュース番組の音声が流れる。
「ちょっと重いかもしれないけど、あいつの事お願いします」
私をまっすぐ見て頭を下げてくる父親。付き合ってる事なんて全くの嘘だから、こんな事されても困る事この上ない。けど、私にこの人の願いを無下にする事は出来ず、話を合わせてしまっていた。
「・・・・えぇ出来る範囲で」
「そうですか!ありがとう!」
チラつく。
どこの父親もこんなものなのだろうか。
「じゃあ私雑煮作るので。お餅何個が良いです?」
「・・・一つで」
「うん、じゃあ楽しみにしてて!」
なんか変な感覚。
もう無いと思っていた日常がまた戻って来ているように錯覚してしまう。さっき浴びた水の冷たさをもう忘れてしまいそうになる暖かさ。
「・・・・親も子だな」
暑苦しいし変でやけに話しかけてくる。
それに人の目をよく見てくる。どこか私の心の内を見透かすようなざわつく眼。心底腹の立つその眼。
「・・・・てか年末に雑煮?」
そう私が今更疑問に思ったが、すでに堤さんは台所で調理を始めてしまっていて何も言えず私はこたつの中に戻る。
そんな年の瀬の朝の何ら変哲の無い日常だった。
まだ本作の投稿を初めて一か月程ですが、今年一年間ありがとうございました!
また来年からも投稿を続けていくので、これからも読んでくれたら嬉しいです!
では!よいお年を!




