第二十六話 家
渚を隣の康太の部屋に入れ、千春さんを俺の使ってた部屋にいてもらう。
そうしてその二人が二人きりにならないようしてから、俺はまた一階に降り線香の香りが漂う仏間へと向かう。
丁度夕方だからか西日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
「ただいま」
マッチ棒を擦り蝋燭に火をつける。
「母さんはこんな事しても喜ばないのだろうけど」
そう呟きながらチーンと甲高い音を鳴らす。そして二本目の線香をおき両手を合わせる。ここでもなんとなく母さんの遺影は俺を見ていない気がする。
最後まで母さんが俺の事なんて気に掛けてなかった。最期の最後まで康太の事ばかり俺なんてオマケ程度でしか無かったんだろう。
「・・・・それにお前も俺の事恨んでるんだろうな」
康太もそう。最後まで頼りなくて情けない兄。康太が助けを求めようと俺に手を伸ばしても、その手を振り払って見捨てた俺の事なんて嫌っていて当然。だから俺の目の前であいつは死を選んだんだろう。
でもただ俺に出来るのはこうやって自己満足で手を合わせるだけ、これが康太にも母さんにとっても不快な行為なのは分かってもだ。
「・・・・・・・・もう5年か」
そう目を開け二人の遺影を視界に入れ俺が呟くと、後ろで畳を踏む音がする。
「7年前じゃなかったのかよ」
振り返るとそこには千春さんが俺を見下ろしている。
「・・・・そうでしたっけ?」
そんな俺の言葉に露骨に舌打ちをしてくるが、案外律儀なのか俺の隣に座り線香を手に取って香りを立てる。
「一応の礼儀」
「・・・どうも」
千春さんは数秒だけ正座し手を合わせる。それを見て俺も再び手を合わせるが、すぐに隣で立ち上がる音がする。
「同情はしないからな」
「そんなの要らないですよ。俺の事ですから」
俺も立ちあがり二人の遺影と三本の線香から視線を外す。結局物語みたいに俺がこの事実を受け入れる事の出来る何かは無かった。ただ時間と一緒に記憶が風化するのを待って、それに慣れるだけ。まぁ現実なんて大体こんなものなんだろう。
「・・・・あ、父さん」
俺が外の車の音にそう反応すると、千春さんも窓の外へと視線をやる。
「先リビングで座っててください」
「・・・・・・ん」
そこは一応言う事聞いてくれるんだな。そう思いつつ俺は玄関まで行くと丁度鍵が回る所だった。
「あ、帰って来てたのか」
「うん、ただいま」
いつ見ても弱々しい人だ。あの母とどうやって結婚したんだとも思うけど、俺をここまで育ててくれた恩のある大事な肉親。
そして父さんは玄関に増えた女物の靴を見て言う。
「人・・連れてきてるんだよな」
「そう。リビングにいるよ」
多分彼女とか想像しているんだろうけど申し訳ない。そんな俺らにとって幸せな物じゃない、けどありのまま言おうものなら、また父さんの心労を増やしてしまう。
そうして俺は父さんとリビングに入り、食卓テーブルの千春さんの隣に座る。そして緊張した面持ちの父さんが正面に座る。
「・・・・岳人の父親です。よろしくお願いします」
露骨に緊張してるな。こういう所は俺が似たんだろうなって思う。
そして千春さんも軽く頭を下げ言葉を返す。
「門浪千春です。無理を言ってしまい申し訳ありません」
「いやいや!!別に部屋はいくらでもあるので・・・・!」
そう言いながらもどういう関係なんだと俺に尋ねるような視線を向ける父。でも俺も正直どう説明したものかと、迷っているんだが・・・・・。
「岳人さんとお付き合いさせてもらってます。数日ですがお願いします」
「・・・・・え、あ、は?」
思わず動揺が言葉に漏れ隣に座る千春さんを凝視してしまう。だがその言葉はもう取り消される事無く、父さんが少しだけ声を上ずらせ言う。
「あー!やっぱそうですか!!いやぁゆっくりしてってくださいねっ!!」
父さんがここまで笑うの久々に見た気がする。てかこんな明るい人だったんだな。
それになんとか誤魔化せているのを見るに、まぁ結果オーライって奴なのか。そう俺は判断して話を合わせる。
「あ、あーまぁ・・・・そう言う事だから。でも来週の月曜にまた帰るから」
「あ、おう早いな・・・・」
「まぁ学校まだあるし」
さっきとは正反対に少しだけ肩を落とす父さん。でも期末も近いしそう長居出来ないのは事実だし、千春さんに渚の事もある。
すると父さんは椅子を引き立ち上がる。
「じゃあ夜寿司あるから。父さん部屋にいるで」
「うん、分かった」
まぁ時間的に17時だし今食べても良いけど、父さんの都合優先で良いか。まだ父さん仕事着のままだしな。
そうしてリビングから出て行く父さんを見送りながら、俺も席を立ち千春さんに向き直る。
「・・・・・良いんですか。あんな事言って」
「あれぐらいしか適当な理由ないだろ。そんなのも分からないのかよ」
相変わらず棘があるようで。これがツンデレ的なあれなら良いけど、本当に心底不愉快って顔に書いてあるから何も嬉しくない。
そんな千春さんを置いて俺はさっさと自室に戻ろうと歩き出す。すると千春さんも戻るのか、俺の後をついてくる。
(渚の様子もあとで確認しとかないとか。ずっと放置は流石に危険だし)
そして自分の部屋のドアノブを回す。それから当たり前のように扉を閉めようとするのだが、ガッと何かがぶつかる音を鳴らしドアが閉まらない。
「ふざけてんのか」
「え、いや・・・・一緒の部屋いるんすか・・・?」
振り返るとドアに挟まれる千春さんが俺を睨んでいる。その不機嫌な顔を見るに、また余分な事をしてしまったらしい。
俺は咄嗟にドアを開きなおし、千春さんを部屋に招き入れる。
「あのスクラップと同じ部屋に居ろって言うのかよ」
「・・・・・いやぁ」
渚を俺の部屋に置くと、それはそれで父さんが来た時ごまかしがきかなくなる。まぁ千春さんが良いなら良いけど、俺の落ち着く時間は無くなりそうか。
「俺のベット使います?」
「誰がお前の臭いベットなんて使うかよ。床で良い」
そういう訳にはいかないだろうに。あとで来客用の敷布団持ってくるか。
「・・・・てか俺臭いっすか?」
「・・・・・・」
無言で千春さんは部屋の角まで行き座ると、また小説を読み出してしまった。
まぁ話かけるなって雰囲気丸出しだし、俺も本読んで時間潰すか。実家に置いて来た漫画あるし。
そうして1時間程だろうか。階段を誰かが上がる音に懐かしさを感じると、すぐに部屋の扉がノックされる。
「岳人。ご飯食べようか」
「あ、うん。分かった」
扉越しに会話をし、千春さんへと視線を向けるとあちらも小説をぱたんと閉じ立ち上がる。
「・・・何見てんだよ」
「なんでもないっす・・・・」
これからの年末年始に不安を抱きつつ、俺らは階段を降りリビングの扉を開くと、そのやたらに皿の数の多い机に目が行く。
「買い物行った?」
「あ、まぁな。せっかくだから」
にしては買いすぎと言うかはしゃぎ過ぎにも感じるが。
でもいつも疲れてると言うか気力の無かった父さんが楽しそうなのは、ちょっとだけ俺には嬉しくもあった。
「あ、千春さんお酒はいける?」
父さんはビール瓶とチューハイ缶を持って俺の後から部屋に入る千春さんに話しかける。
「・・・いえ下戸なもので」
そう言って座る千春さんに父さんは紙パックを持ちだす。
「じゃあオレンジジュース買っといたから!どうぞ!」
「あ、はい・・・ども」
あの千春さんが押されいる。コップにジュースを注がれる千春さんを眺めながら、俺は珍しい物を見たと思い椅子に座る。
そして俺はと言うと、父さんにビール瓶を差し出されていた。
「お盆の時はまだ19だったからな。飲めるだろ?」
飲めないとは言えない雰囲気。てかここまで楽しそうな父さんの邪魔をしたくない気持ちが強い。
だから俺もコップを差し出す。
「一杯だけね」
そしてなみなみまで注がれたそのコップを傾けない様に机に置き、今度は俺がビール瓶を持つ。
「良いのか?」
「飲むんでしょ」
「・・・・おう、ありがとな」
なんかここまで父さんと話したの久々だな。いつも帰っても互いに部屋に籠ってばかりだし、まともに話した記憶が無い。飯の時もどっちも話しかけずらかったし、なんか小さい頃に戻った懐かしい感覚。
「じゃあ食べようか」
お父さんのその言葉を皮切りにそれぞれいただきますと食事を始める。俺にとったら千春さんが変な事言わないか冷や汗ダラダラだったが、それでも寿司の誘惑に勝てない。
「・・・・・・うま」
回転寿司ってリーズナブルな風だしといて、一人でも3000円ぐらい飛んでくから絶対食べに行けないんだよな。まぁだからこそ偶に食う寿司が旨く感じるんだけど。
(千春さん食べ方綺麗だな)
チラッと見ても食事はちゃんととっている様で安心した。自暴自棄になって拒食とかしていないか心配だった。
そう思いながらビールに口をつけるが・・・・。
(にっが。これ旨いって意味が分からん)
でも俺の目の前の父親は勢いよくビールで喉を鳴らす。人が飲んでいるのを見ると美味しそうに感じるけど、やはりもう一度口をつけてもそれは理解出来ない。
「これも食え。旨いから」
父さんが俺の視線に気付いたのかゲソの塩辛を差し出してくる。俺はそれを突っつき、父さんは次に千春さんにそれを向けるが。
「すみません。アレルギーで」
俺の箸を見ながら心底嫌そうに言っている辺り、俺の箸が付いた物を食いたくないんだろうな。てかそれが分かる様千春さん視線向けてるあたり、ちょっと性格悪くないか。
「あ、あぁーそうだった?ごめんね?取りずらいのあったら言ってね?取るから!」
「お気遣いどうも」
お父さんも酒が回っているとは言え、よくもここまで千春さんに話しかけられるな。割と不機嫌を隠していないと思うんだけど。
そうしてどこかちぐはぐした食事は1時間程進み、丁度机が片付きだした頃千春さんが先に部屋に帰る。すると父さんが俺を見て口を開く。
「上手くいってるのか?」
「まぁ・・・ぼちぼちかな」
上手く行ってるわけないんだが、まぁ千春さんが付き合ってるって言っちゃったとはいえ、千春さんがあの様子だと、そう父さんが思うのも仕方ないか。
「そうか・・・まぁ頑張れよ」
「・・・うん」
もうこの数日であの人をどうにかできる自信は割と消えそうだけど、それでも手を引く訳にはいかないから。
「ほんとに・・・・・良かったよ。岳人が自分の幸せを考えるようになってくれて」
「どうしたの急に」
空になりつつあるビール瓶を見ながら、俺は残った総菜を口に運ぶ。
「あんな事があって、父さん岳人に何も出来なかったからさ」
「・・・・そんな事ないよ。今だって助けられてる」
そしてまた会話が途切れ、沈黙が二人に流れる。
すると父さんが何か意を決したようにコップを机に置き天井を仰ぐ。
「まぁ・・・・・いつか言おうと思ってたんだけどな」
どうやらこれからのが本題の話らしい、それが分かる真面目な雰囲気になる。
「母さんな再婚なんだよ。だから岳人とは血が繋がってないんだ」
「・・・・・・・え」
それから話を聞くに、どうやら俺は父さんの連れ子で康太は再婚後に出来た母さんと父さんの子って事らしかった。で、俺が2歳ごろに再婚してっていう流らしいけど、ちょっと急すぎて話が呑み込めない所も多い。
「中々言い出せなくてな。すまんかった」
さっきまで上機嫌だった父さんが頭を下げる。ちょっと場違いにも、少し薄くなったその頭に時間の流れを感じてしまう。
「・・・・・全然大丈夫だから。頭上げてよ」
でも父さんは頭を上げようとしない。俺には大丈夫としか言う事しか出来ないって言うのに。
「母さんも康太の事も。お前のせいじゃないから、何も出来なかった父さんのせいだから」
何を言ってるんだろう。
事実俺のせいだっていうのに、その責任すら奪おうとするのか。
そう怒りが湧きそうになるけど、父さんがそういう意図で言ったんじゃないってのは分かるからなんとか心を落ち着ける。
「もう5年も経ってるからさ。気を使わなくても整理は付けてるから大丈夫だよ」
「でも・・・・結局父さん何も出来なかったし、全部お前に押し付けて・・・・・」
俺は立ちあがって今にも泣きそうになる父さんの背中をさする。今までこの人の息子として生きてきて、泣き上戸なんて初めて知った。
「そんな事俺は思って無いから。それにせっかく楽しく飲んでたんだからさ」
「あの時だって母さんに殴られてる岳人を助けれなくて・・・・・」
どうしたら良いのだろうか。
はじめて見たこんな父の姿に俺は対応が分からず、ただあたふたしてしまう。でもなんとか泣きじゃくる父さんに肩を貸し立たせる。
「もう今日は寝よ?洗い物やっておくからさ」
「ほんとに・・・・・ほんとに・・・・・ごめんな・・・・・・」
父さんも父さんで色々抱えてたんだろうな。それが分かる父さんの消え入りそうな言葉だった。
「じゃあ電気消すから」
カチッと電気を落とし父さんの自室に寝かせ、それをあとにする。瓶一本まるまる飲み切ってたから、余程酔っていたんだろうな。
「・・・・・・父さん、あんな事思ってたんだな」
自分だけ自分だけって思ってきたけど、身近に同じように5年前に縛られていた人がいたんだと再認識させられる。
「・・・・・・ん、千春さんかな」
父さんの自室から戻る途中で暗い廊下に漏れるリビングの光と、音でそう思った。
少しだけ戸惑いながらも扉を開けると水の流れる音がするから、どうやら洗い物をしているらしかったのだが。
「・・・・・・・・康太?」
そこにいたのは康太。紛れもなく5年前死んだ中学生だった頃ままの康太。
俺はそんな意味の分からない現実に戸惑うが、その康太の見た目をしたそれは渚の声で話す。
「私ですよ。部屋に写真立てがあったので」
「・・・・・・なんのつもりだよ」
趣味が悪いにも程がある。
俺は強めに扉を閉じ、一歩一歩とその渚へと詰め寄る。が、なんで俺が怒っているのか分からないらしい、渚は当たり前かの様に言う。
「故人に再び会いたいと思うものですよね?だから写真から再現したのですけど・・・・お父さんの方は寝てしまいましたか・・・・」
「お前絶対それ父さんに見せるなよ」
思いっきりその渚の頬を引っ叩こうとするが、どうしても康太の顔を傷つけるのは出来ず固まる。
「音声データさえあれば声まで再現しますけど・・・・・?」
「そういう意味じゃないっての分からないのか」
でも俺の反応がまるで以外とでも言いたげな顔をする渚。
「なぜ怒るのです?未来だとこういうサービスは一般化してるんですよ?」
「・・・・・お前本気で言ってんのかよ」
常識が違う。多分渚がどうこうというより、未来の人類の常識がおかしくなったのかもしれないけど、どちらにしてもこの、渚の行為を許せるはずも無い。
「良かれと思ったのですが・・・・」
「早く戻せ。その顔で喋るな」
するとすぐに渚の顔と体格は変形しいつもの姿形に戻る。
「・・・・私がやったから怒ってるんですか」
「お前じゃなくても怒ってるよ」
事の本質を分かっていないようだった。だが今の俺の様子を見て察したのか、大人しく引き下がるようで最後の皿をたておき、渚は少しだけ顔を落とし俺の脇を通り過ぎる。
「じゃあおやすみなさい」
「・・・・・・・」
相変わらず考えの理解出来ない奴だ。しかもあんな勝手な行動をして、やっぱもっと警戒しておかないと。
そうして俺は一階から布団を引き出して自室へと戻る。どうやら渚は康太の部屋に帰ったようで、今日はもう余分な事をする気はならしい。
「・・・・・・敷布団置いときますよ」
いつまでそこにいるんだっていう千春さんにそう言うと、一瞬だけ俺に視線が向く。が、何も言うわけでも無いらしい。
「風呂あと少しで湯が張るのでどうぞ」
「・・・・・・」
無視されているのか、でも俺の事をジッと見てくるから余計に意味が分からない。
けど千春さんはため息をつき立ち上がると、風呂に行くらしく着替えを手に立ちあがる。
「会話。丸聞こえだった」
「え、あ・・・・・」
一言そう言って部屋の外に出て行く千春さんに俺は言葉を上手く返せず、静かにその閉じられた扉をボーっと見る。
「・・・・気を使わせちゃったか」
あまり人に聞かせる会話では無かったのは事実。父さんがあんな様子だったとはいえ、そこまで気が回らなかった俺の落ち度か。
そう頭でわかっていても、この生活の不自由さに反省よりも疲れを先に感じてしまう。
「・・・・・・・・・はぁ」
ベットへとダイブするように飛び込む。もう色々疲れたと逃げ出したくなる。
でもそんな自分をなんとか逃げない様鼓舞するように、手足をばたつかせ何度も毛布を叩いて埃を舞わせる。
「がんばれがんばれがんばれがんばれっ!!!」
ここで踏ん張らないでどうする。俺がウジウジしてても仕方ない、今俺よりも苦しい人が目の前にいるんだ。
「よしっ切り替えた!」
そう俺は顔を埋めていた毛布から顔を上げる。
が、すると視界端に動くものが見え俺は体が固まったまま、それへと視線を向ける。
「・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・」
無言でこっちを見る千春さん。手元を見るとどうやらバスタオルを忘れたらしい。
「・・・・きも」
それだけ言ってまた部屋から出て行ってしまった。いやまぁ自分でも意味分からない事した自覚はあるけど、一人の時って皆こういう独り言したりしないのだろうか、いやするよな?
「・・・・・・・まぁもういいか」
そうして俺は風呂に入る事を忘れ、この日はそのまま眠りに落ちて行ってしまったのだった。




