第二十四話 信念
あぁ夢だ
また似たような夢
ぼんやりと体の輪郭がはっきりしなくてフワフワしている感覚
それにいつかの過去の映像をただ見下ろすだけの趣味の悪い夢
「大学第一希望行かなくて良いのか?」
どうやら夢を見る度に今に近づいているらしい。多分会話からして大学入学前の2月の事だろう。
「うん、こっちの方が学びたい事学べそうだから」
「まぁ・・・千春がそう言うなら・・・・」
お父さんは家事が苦手というか、忙しくてそもそも自分の事すら疎かになりがちだった。だから一人にするのが心配だったし、離婚して余計に寂しいはずの父さんをまた孤独にさせたくなかった。それに学ぶ場所はどこであれ、私の学ぶことこれからやる事は変わらないと思っていた。
「じゃあお祝いはいつ行くの?」
多分お父さんも気を使われていたのを分かっていたんだろう。明らか戸惑っていたけど、あくまで私の選択を否定しないのは父さんらしかった。
「今週末・・・・いや再来週の土曜で良いか?」
「うん、じゃあお店予約しとくね」
確かこの時約束したご飯は流れたんだっけ。まぁお父さんも忙しい人だから仕方ないとは思ったけど、やっぱ悲しかったのは覚えている。でもそれよりも父さんが私に申し訳なさそうに謝ったのが、一番悲しかった記憶。
(今日は中々夢から覚めないな)
いつもならそろそろ覚めそうなものだけど、いつまでも私は夢から抜け出せない。でも今回は自室へと戻った父さんでは無く、リビングに残る2年前の私が私を見てくる。
「何見てんだよ」
多分今の私の声が出たんだと思う。夢の中とはいえ自分に話しかけるのは違和感だ。
すると2年前の私が聞こえたのか見上げる。
「君が見たがってるんでしょ」
意味の分からない事。それを私に一方的に言うだけ言ってそれでこの夢は終わりらしく、私の意識は深層から覚めていく。
「・・・・クソみてぇな夢」
今更父さんの事を散々思い出させる。しかも毎回毎回イライラする終わりだったり、何が言いたいか良く分からない内容。夢だから当たり前かもしれないけど、こうも頻繁に見るとストレスが溜まる。
口の中が渇く。
「・・・・・・・」
タイマーでエアコンは切れ寒くなった部屋、でもその乾燥した空気までは元には戻らなかったらしい。
そう私は昨日飲みかけだったペットボトルを開け、喉を鳴らす。
「・・・・・・・・」
また夢。しかも今日に見るのは余計に最悪な気分にさせる。
「役に立たないなら殺す」
あのアンドロイドもあの男もまとめて。これだけ待たせたんだから、これで上から目線でまた説教とかしてきたら本当に手が止まらないと思う。
そうして私はしばらく滞在したビジネスホテルをチェックアウトし、寒空の下コートを身にまとって歩んでいった。
ーーーー
土曜日。
もう千春さんとの一件が一週間前に迫ろうとしていると思うと、随分時間の流れが早いなと感じる。まぁクリスマスも含め殆どバイトの日々だったから、当たり前なのかもしれないが。
そんな事を考えながら洗面台で自分の頬を触りながら鏡を見る。
「・・・・・よし笑えてる」
笑顔だ。とにかく千春さん相手は笑顔で自信をあるように見せる。間違っても頼りないとか思われて、この関係を切られる事だけは避けないと。絶対にあの人を一人にさせたらダメだ。俺があの日自分勝手な理由で手を差し出した責任を取らないといけない。
パシャっと水で顔を洗い眠気と疲れの残る顔を覚ます。そしてそのまま俺はリビングへと戻り、この所あまり会話の無い渚へ釘を刺す。
「重ねて言うけど千春さんに危害を加えるなよ」
「何度も言われなくても分かってます」
今日は千春さんと改めて会う約束をした日。この日まで定期的に連絡自体はしていたが、そこまで中身の無い殆ど生存確認に近い物。
それで集合場所はあちらが指定してきたのだが。
「・・・俺の家か」
まぁ下手に外に出て前にあった蒲生さんとかに見られるよりはましだけど、またこの狭い七畳の部屋で殺し合いまがいの事をしないで欲しい。
「渚」
「なんです」
「一応周囲の防犯カメラ頼む」
俺の住所も知っているだろうし、下手に警察にバレたくない。別に会っただけでどうこうならないだろうけど、どちらにしても蒲生さんを刺激したくない。
「・・・・きましたね」
渚がそう呟くと同時にエレベーターの音がし、カツカツと外の廊下を歩く音が聞こえる。そしてすぐにそれは止まり、几帳面な人なのか五分前ぴったりにそのドアが叩かれる。
俺は再三の注意と言わんばかりに渚に視線を送りつつ、鍵を回しその扉を開ける。
「・・・・・お久しぶりです」
「・・・・・・」
時間が経っても荒んだままで、ボサボサの髪にクマの酷い目元。いつまでも現状維持だとこの人が危ない、そう顔を見るだけで分かる。
「今日は対決より対話ですよ」
「・・・・分かってる」
よし、一応会話はしてくれる。
それにとりあえずの安心をしつつ部屋に招き入れ、丸テーブルに渚と向かい合って座らせる。そして俺は二人がまた取っ組み合わないか心配になりながらも、緑茶を淹れテーブルに二つ置く。
「じゃあまず俺から質問します」
「・・・・」
俺は少しだけ千春さん寄りに座り、相も変わらず渚の事を睨んでいたその目を俺に向けさせる。
「千春さん。貴女はお父さんを殺したアンドロイドとその所有者を殺したいって事で良いんですね?」
「・・・・あぁ」
時間が経っても答えは変わらずか。何かきっかけがあればいいが、やはりその決心が変わるには簡単ではないらしい。
「じゃあその為に何か計画はありますか?」
「・・・・・無い。全部ご破算になった」
渋々ながらも敵意を向ける俺の手を取ってくれたのも、手詰まりな現状をどうにかする為って言うのもあったんだろう。だが計画が無いなら、ならいきなり無理難題を押し付けられる事は無さそうか。
「なら俺の話を聞いてくれますね」
「・・・・・・」
静かに俺を睨んでくる。もったいぶってないで早く言えってのが、その鋭い視線で良く伝わってくる。
でも多分この人が求めている物じゃないんだろうなと、それが分かりつつも俺は口を開く。
「とりあえずしばらく待機です。情報が少ないので犯人の動き待ちです」
「・・・・・は?」
この人やっぱり表面で平静を保っていたとしても、すぐにこうやって殺意に似た敵意を隠そうとしない。ここまで嫌われる事したのかと思うが、感情に理屈をつけても仕方ないか。
「渚にも情報収集をお願いしますけど、やっぱりまだ情報源が足りないです。警察も足取りすら見つけられてないぐらいですし」
まぁでもそれも嘘だが。そもそも犯人である千春さんの仇はもう渚が殺してるし、今この事件を起こしているのは別人。アンドロイドは同一だろうが、それも命令に従わされているだけだろうしな。
でもそれを言ったら千春さんはそれこそ生きる意味が無くなってしまう。だから俺は黙ってこの人を騙し、死ぬことを選ばせない。
「待つのも大事ですよ。すぐに成果を求めても━━」
俺が気持ちが伝わってくれと、そう言いかけて千春さんが何か動いたかと思った瞬間。服が肌に張り付き、熱いというか痛みに近い感覚が走る。
「あッッつ!!!!」
咄嗟に飛びのいて千春さんから距離を取る。この時やっとさっき自分が淹れた緑茶が自分に掛けられたのに気づく。
「家族死んだ奴の気持ち分からねぇんだろうな。だからそんな偉そうに説教が言えんだろ」
コップの口を俺に向けたまま千春さんが言う。ある程度の反発は予想していたけど、ここまでとは思っていなかった。
「親が目の前で死んだことあんのかよ。無いだろ、それでよくそんな悠長な事言えんな」
俺は熱さから思考が戻ると同時に、咄嗟に渚に視線をやる。
まるで分かってますよと言わんばかりの目が返ってくる。言う事を聞いてくれるのはありがたいが、まだ納得はしてくれないか。
そう思いつつも千春さんへと視線を戻す。
「対話をしましょうと言いましたよね」
やばい。思ったよりもお茶熱い、これ火傷してるかも。
でも俺はなんとか強がって千春さんを見下ろすが、その当人はコップをテーブルに置きながら言う。
「じゃあ私の気持ち考えた事あんのかよ」
「考えてるつもりです」
「口ではどうとでも言える」
だから行動で示せって事か。でも犯人どうこうは差し出せるものじゃないし、そもそも俺の目的は千春さんの復讐に手を貸す事じゃない。
それに千春さんの気持ち分かるつもりではいる。こんな事言ったら気を使わせるから康太とか母さんの事は言わないけど。
「でもとにかく今は着実に情報を集めるべきです。あちらは犯行を続ける限り情報を落とし続けるんですから」
さっきまでの一連の会話で落ち着いてくれたのか千春さんが考え込む。一応話は聞いてくれるなら、さっきもお茶掛けないで欲しかったんだが。てか早く着替えたい。
「・・・・・じゃあお前向こう一か月の予定教えろ」
「・・・え、は、なんでです?」
「変な事しないか私が見張る」
意味が分からない。どれだけ俺が信用されて無いんだとも思うが、ある意味渚を見張る人物が増え、かつ俺が千春さんが早まらないか見張る事も出来る。
(そう考えたら願ったりな提案か)
それにこの質問をしてくるって事は、一応俺の提案を聞いてくれるって事だしな。そう俺はすぐに考えを纏め、千春さんの気が変わらない内に返事をする。
「年末年始は帰省する。そのあとは期末テストとバイトしか入ってない。必要なら逐一予定送るよ」
肌に張り付くシャツが冷たく温度が冷めていくのを感じる。
「じゃあお前が帰省する間、これどうすんだよ」
千春さんが渚を指差し聞いてくる。それはごもっともだが、俺も渚を一人にさせる危険性を無視していない。
「連れていきます。家族は多分なんとかごまかせるので」
どうせあの広い家には父さん一人だし、二階の俺の部屋に入れれば余程バレない。それにどうせ隣りの部屋は7年前から空室のままだしな。
だが俺は余分な事を言ってしまったらしく、千春さんが立ちあがりつつ言う。
「じゃあ私もついて行く。問題無いだろ?」
「いや問題ってそれは・・・・」
大ありにしか感じないのだけど、いやぁ・・・・・でも・・・・・・父さんにどう説明すんだよ。
渚はともかく千春さんは食事だってトイレだって必要な以上、隠しきるのは不可能に近い。
「こいつが良くて私がダメな理由は無いだろ?なんだ、何か隠れてやる気だったのか?」
千春さんの目がレンズ越しに歪んで鈍く光る。どうやらもう俺が拒否する選択肢は無いらしい。
「じゃあ大人しくしてくださいよ・・・・・ほんとに・・・・」
「それはお前らもな。裏切るなよ」
渚の方へと様子を伺うがやはり少し不満そうにしつつも、黙って俺らの会話を眺めているだけ。まぁ異論は無いって事で良いのだろうし、俺もこの提案を拒否する訳にもいかない。
「また帰省の日程は伝えます。あ、何か食べてk━━」
俺がそう提案しきる前に千春さんは立ちあがりスタスタと玄関へと向かってしまう。もう用事は済んだと言わんばかりだけど、やっぱり緑茶の事といい俺は嫌われているらしい。
(まぁそれぐらい最初から分かってるんだけど)
そう思いつつも俺は急いでその背を追い肩を叩く。
「あ、雨の予報なんでこれ」
でもそんな俺に呆れたように千春さんは振り返ってくる。
「まずお前が濡れてるのどうにかしろよ」
「いやこれ誰のせいだと・・・・」
でもそうは言いつつも俺の傘を受け取り千春さんは玄関を開け去っていく。ほんとに嵐みたいと言うか雷雨というか、そう思いつつも閉じられた玄関を眺めつつ俺は濡れて気持ち悪いので服を脱ぐ。
「流石に自身に危害を加えられた時ぐらい言い返したらどうです」
「別にお茶ぐらいなんでもないでしょ。千春さんも衝動でやっちゃっただけだろうし」
後ろから今日ずっと黙っていた渚が低い声で話しかけてくる。俺はそれに答えつつ洗濯機に服を入れるが、やはり未だに渚は不満げだった。
「火傷のリスクだってありました。それにそれがナイフだった時も同じ事言えるんです?」
「さぁ。まだナイフじゃないから分からないないな」
どうにも渚は千春さんを排除したいらしい。言葉で伝わらない以上どうにもならないが、俺の命令に従う以上嫌々でも付いてきてもらう。
そして渚は俺から離れつつ小さな声で呟く。
「・・・分からず屋」
「それはお互い様だな」
そうして俺らは2日後の月曜、着替えを詰めた鞄を背負い駅のホームに立っているのだった。




