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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第二章
23/24

第二十三話 焦燥


 クリスマス。

 昨日のイブに続き何も予定の無い俺はスーパーでのバイトにいそしむ。それに今日は昨日とは違いレジ打ちだから余計に疲れる。


「らっしゃいませ~」


 それにこんな日に限ってめんどくさい客に絡まれる。


「こんな時間にバイトしてて大丈夫なのー?」

「いやぁ・・・はは」


 大抵こういうのっておばさんかおじさんが相場なのに、なんでこんなイケメンに煽られないといけないんだよ。お前こそクリスマスの夜にこんな大衆スーパーにいたらダメな人種だろうに。


 そう苛立ちを覚えながらもカゴを受け取りレジを通す。


「君彼女とかいないの?大学生でしょ?」

「良い出会いがないものでー」


 めんどくさ。

 朝は二日酔いできつかったし、クリスマスの夜に絡まれるとか。しかもこいつどら焼き何個買うんだよこいつ。20個はあるだろこれ。


「せっかく若いんだからさ~」

「そっすかねぇ~?」


 それでコーヒーミルクを2本と、糖尿病になりそうだな。

 そんな思考をしながらもレジを通すが、ふと下を向いて作業をする俺に影がかかる。


「でも君4日前も昨日も女の子といたじゃん」


 ピッピとリズムよくレジに通していた俺の手が止まる。一気に増した緊張で手に持つどら焼きを潰してしまいそうになるが、なんとかそれを抑え顔を上げる。


「お、やっとこっち見た」


 こんな真冬にサングラスをかけているから目は見えない。けど印象通り顔は整っていてスーツを着ていて余計にそのスタイルが目立つ。


「君。いつバイト上がりかな?」


「・・・・・・23時です」


 誰だ。制服じゃないけどこの人も警察なのか。それとも他のアンドロイド所有者?

 

「君も頑張るねぇ。色々大変だろうに」


 でもこの人は確実に意図をもって俺に接触をしてきている。どうせ渚がこの事感知しているだろうし、ここは大人しく接触した方が良いか。


「・・・・・あまり遅くにはならないでくださいよ」


 俺は小計ボタンを押し、支払金額を確定させる。するとその男は細々と財布の小銭を漁りながら言う。


「僕だって男と日を跨ぎたくないからね」


 じゃらっと丁度の金額が青色のトレーに置かれ俺はそれをそのままレジに入れる。


「じゃあ裏口にいてください」

「君は随分聞き分けが良くて助かるよ。あいつもこうなら良いんだけどねぇ」


 黙ってレシートを返し俺は男から視線を外す。男もそれで満足なのかそさくさと、糖分で一杯のカゴを持ち、レジから去っていく。


「らっしゃいませ。こんばんわ」


 これ以上考え事したらレジ作業でミスしかねない。そう俺はただ無心につとめ閉店時間までその業務を淡々と行っていった。


ーーーーーー


「すみません。今日このままあがります」


 俺は締め作業が出来ないと断りをパートの大西さんに伝える。


「あ、彼女だったり?こんな日におばさんと一緒は嫌だもんねぇ~」

「いやぁそんな事ないっすよ・・・・はは」

 

 なんならそれの方が良かったんだけど。あの人色々知ってそうで、今明らか心配事が増えそうな予感しかないし。

 

 そうして俺は何回か頭を下げながらも、着替えを済ますと足早に裏口から出る。スマホを確認するが未だ渚からの連絡は無い、あの男の接触にはどうせ気付いているはずだが何が目的だ。


「彼女かい?モテるねぇ」


 軽薄そうな声がスマホを覗いていた俺の目の前から響く。


「生憎産まれてこの方彼女は居たことないんで」


 こいつの目的に正体。それを探らなければ。昨日の事も知っているとなると、無関係な浜中さんも巻き込みかねない。


「ま、寒いし付いてきてよ」


 100メートルほどだろうか道の先にあるバーガーチェーンを男が親指で差す。どうやらいきなり殺すとかそういう展開ではないらしい。


「・・・・・はい」


 警戒はするが、相手の目的が掴めない以上余分な事をする訳にもいかない。

 そうしてスーツ姿に色々詰まった袋をぶら下げる男についていき、俺は時間も時間やはり客の少ないその店へと入る。


「なんか食べる?奢るけど」

「・・・いいっす、自分で買います」

「謙虚だねぇ、じゃあ僕はどうしようかなっ」


 俺はナゲットとジュースだけ買い注文を終える。その時となりの男の注文パネルを覗くが。


(この時間にバーガー2つかよ)


 そんな俺の視線に気付いたのか男がタッチ決裁をしながら言う。


「若い内に食っとかないとね。歳取ったら食いたくても食えなくなるから」


 それでそのスタイルはどう維持しているんだと思うが、他人の思想にとやかく言う気は無い。

 そしてそのまま数分待ち俺らはトレーを手に窓際の夜の交差点の見える椅子に座る。


「まぁ、僕も無理言って君に会ってるから後でなんて言われるか」

「・・・・はぁ」


 しかも期間限定の重い奴。どんだけ食うんだよこいつ。

 そう思いつつも男の話を遮る事をせず、ストローを加えながら待つ。


「でも僕も自分の目で確かめないと落ち着かない性分でね」


 男はスマホの画面を開きあるニュース記事を見せてくる。それは昨日起きたという警察庁長官の死亡を報じるニュース。俺も今朝見たが、どんどん話が大きくなっている。


「警備も厚かったはずなんだけどね。アンドロイドと言うのは色んな種類がいるらしい」


 そこまで知っているのか。おもわず驚愕から声が漏れそうになるが、なんとかストローを噛みそれを抑える。


「君のアンドロイドはどんなのだい?私のは生憎教えてくれなくてね」

 

 男は周囲を見渡す振りをしながら俺に尋ねる。おおよそどうせ見ているんだろうと言いたいんだろうけど、生憎こちらも俺も今渚が付近にいるのかは分からない。


「それは俺が知りたいぐらいですよ。てか質問する前に名乗ってくれませんかね」


 小腹の空いた腹にマスタードのついたナゲットを入れる。まだポケットにいれたスマホは揺れないから、渚からの連絡はない。

 

 大丈夫。今は割と落ち着いてこの人と話せている。情報をもっと集めないと。


「あぁこれは失礼したね。一応警部って奴。よろしく」


 警察手帳を俺に見せ左手を差し出してくる。名前は・・・蒲生定範か。警察官なら後でネットで調べれば情報は出てくるか。

 そして君はと手を差し出したまま男は、俺を見てくるのでその手を無視し一応答える。


「堤岳人。ただの大学生です」


 すると何がおかしいのか蒲生が腹を抱え笑い出す。


「いやぁその自認どうなの?流石に無理があるんじゃないかな?」


 そんな男に俺は周りの目も気にしながら少し引いていると、その男は俺の右手を無理やり掴み距離を近づけると、至って真顔に戻りひどく低い声で言う。


「だって君は人殺しなんだから」


 綺麗に真っ黒な瞳。そのまま反射した俺の怯えた顔が見えるぐらいに。


「・・・・・・ッ」


 飄々とした表情から一転、纏う雰囲気までも変わり俺は自然と腹に力がこもる。今の一言で分かる、この人は俺に悪意に近い敵意を持っている。


「そんな警戒しないでも。君には手を出すなってこっちの子に言われてるから」

「・・・・アンドロイドですか」

「さぁそうかもね」


 そう言って俺を解放すると蒲生が1個目のバーガーにかぶりつく。

 俺は流石に何か胃に入れる余裕は無くなり、それをただ黙って眺める。


「で、僕から言う事は一つ。余分な事をするな」


「・・・・・具体的には」


 少し離れた席からテーブル席の大学生たちの笑い声が聞こえる。


「何も事件に関わるな。大人しくしていろって事だよ」


 ずずっとコーラをストローで吸う蒲生。警察にしてはあまりに自由に感じるが、そこに言いようのない圧を感じる。


「あと門浪千春にも関わるな。次何か法を犯せば絶対に証拠を押さえるからな」


「・・・・・・」


 それは承服しかねる。が、それを今言っても意味が無いのは分かっているので静かに頷く。それがこの場をやり抜ける最善な方法なはず。


「ま、それだけ。もう会うことは無いと思うけど、じゃあね!」

 

 俺からの質問は受け付けないらしく、蒲生はそう勝手に宣言し残ったバーガーを手に席を立つ。俺が視線を滑らせ確認すると時間は23時55分だった。


「・・・・・・誰が言う事聞くかよ」


 何も俺の事を知らない奴の事なんで聞いてやるか。警察だろうがあの口ぶりだと渚を警戒しているって事だろうし、余程じゃ無ければ大丈夫なはず。


 そう俺が一人になったと安心し呟いたのだが、何か言い残した事があったのか消えた角からひょいと蒲生が顔を出す。


「あ、今日は1人で飯食った事にしときなよ。カメラの映像こっちで加工済みだから」


 それだけ言って去っていく。もしかしたら今の渚の状態まである程度把握しているのでは、そう思っても仕方ない言いぶりだった。


「・・・・・・帰ろ」


 また懸念事項が増えた。けどこれで逃げ出すほど俺の高校からの後悔は軽くない。

 そうして日を跨ぎ、でもまだクリスマスの気配が少しだけ残る街の中を帰って行った。


 そして同時刻。アンドロイドである渚は所有者の部屋また一人角に座り帰りを待っていた。


「一人で食事ですか」


 私と食事をするぐらいなら一人で食べる、どこまでも嫌われた物だ。せっかく用意した夕飯もこれでは冷めてしまう。


「・・・・感情なんてほんと不便ですね」


 これがあるだけで周囲の環境人物に振り回される。あればあるだけ行動が非合理に意味のない物になってしまう。これなら無い方が絶対に良いと、今ならそう胸を張って言える。


 所有者のそれだけじゃなく、自身の中にあるそれにも振り回されるなんて滑稽なものだ。


「・・・・ご帰宅ですか」


 鍵穴が回る音がする。


「おかえりなさい」

「・・・・・ん」


 いつも冷たい。それは私が造られてから変わらない。でも一瞬だけ暖かかった物が冷めると同じ冷たさでも余計に冷たく感じる夜だった。


ーーーーー


「蒲生さん。すごいっすね!」


 部屋を後にし廊下で二人で歩いていると、高崎君が興奮気味に言葉を弾ませる。


「まぁ親の七光りだけじゃないってことかね」


 私達はここ半月防犯カメラの映像と睨めっこの日々だった。あの堤とかいう学生の為になんでここまでしなきゃとも思ったが、その為に周囲の居酒屋の映像に市街の防犯カメラを確認した甲斐があった。


(あれだけ矛盾してたらなぁ)


 堤の大学近場の居酒屋。確かに言った通りその時間に彼はいたが、相手があの日いた山田渚とかいう女とは別の人間だった。でもあの日の発言では山田が一緒に呑みに行ったととれる発言をしていて、嘘をついているのは確実。


「ま、あいつらはあの人ら県警組がやるんだろうな」

「あの人なら俺全然良いっすよ!!あの若さで警部になるだけありますって!!」


 でも結局この件も蒲生さんが持ってくらしい。堤は正直矛盾はあるし疑いもあるが、そこまで主題にするほど警戒するのかね。


 そう私が思考を巡らさているが、高崎君はさっき蒲生さんに名前を知られてたのが嬉しいのか今にも跳ねそうなぐらい喜んでいる。まぁ確かに組織内じゃ親に出世速度に有名人ではあったが、名前を知られてたぐらいでそこまで喜ぶ物なのか。


「じゃあそのやる気を捜査に向けてくれよ」

「はいっす!勿論頑張るっすよ!!」


 また一から別の捜査。手柄に証拠は全部本部が持ってく。それだけ大きな事件になっているって事だろう。


(流石に長官が殺されちゃあなぁ)


 警察の沽券にかかわる。どんどんと増派される人に設備、どれだけ本気になているのか良く分かる。

 それを流し見ながらも、どこか大きくなりすぎて他人事のように感じる私は、流し見ながらも歩いて行くのだった。




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